あの頃の私は、仕事から帰ると、


全エネルギーを使っていたのか、


とにかく身体が重くて、


家事がほとんどできませんでした。  


今振り返ると、

私がいた環境も、かなり歪んでいたのだと思います。



人がどんどん辞めていくのに、

新しい人は入ってこない。



気づけば、いつも人手が足りない状態でした。


一人ひとりの負担が増えていくのに、

「回っているから大丈夫」

そんな空気だけがありました。



朝になると、理由もなく涙が出てきて、

「今日も一日が始まってしまった」と思うだけで苦しくて。


電話の音がやけに大きく感じて、

鳴るたびに心臓がぎゅっと


縮むような感覚になっていました。


しんどかった。


一番近くにいた夫に、


つい八つ当たりしてしまうこともありました。



あとから自己嫌悪で、さらに苦しくなるのに。


夜は、変な夢をよく見ました。



車に乗ったまま、

まだ固まっていないコンクリートの中に落ちていく夢。

あ、死ぬんだ私!という直前に目が覚める。


目が覚めても、嫌な感覚だけが残っていました。




人と目を合わせるのが怖くなったり、

いざ話そうとすると声が出なくなったり。



今振り返ると、

あれだけのサインが出ていたのに、

それでも私は仕事を続けていました。


「ちゃんとしなきゃ」

「これくらいで弱音を吐いちゃダメ」

「自分は弱い」

「自分には価値がない」



そう思っていたんだと思います。


あとになって、

あの時の私は適応障害だったと分かりました。


今なら、はっきり言えます。

あれは甘えじゃなくて、限界でした。『あの頃、私を苦しめていた「無職」というラベルのこと』適応障害で休職して、退職して、傷病手当をもらっていたときのこと。当時は、自分に貼られた「無職」というラベルが、何よりも痛いものでした。聞かれると嫌な質問ナンバ…リンクameblo.jp


『あの時の自分に、今なら言えること』『無理していることに、気づけなかった話』あの頃の私は、仕事から帰ると、全エネルギーを使っていたのか、とにかく身体が重くて、家事がほとんどできませんでした。  …リンクameblo.jp