適応障害で休職して、退職して、

傷病手当をもらっていたときのこと。


当時は、自分に貼られた「無職」というラベルが、

何よりも痛いものでした。



聞かれると嫌な質問ナンバー1は、



「仕事何してるの?」


奥さんは、今何をされているんですか?」





「……無職です」


そこで会話は終わる。


まるで自分は「社会の役立たず」だと思っていた泣き笑い




医者から傷病手当の書類を受け取る時も。



お願いする度に、私はこうやって働かないための言い訳を探して、


働かずにお金を得ようとしている。。。


妙な罪悪感。



友人たちが会ってくれる時もそう。

みんな本当に優しく「ゆっくり休みなね」と言ってくれる。


その言葉に嘘がないことは分かっているし、心から感謝もしている。


それなのに、その優しさを受け取るたびに、

自分で勝手に自分なんか…と思っていた。


キャリアを積んでいく友人。


親になって、育児という

新しいステージで奮闘している友人。



「置いていかれている」


「私だけ時間が止まっている」



この感覚がなんとも嫌だった。


パートナーに対してもそうだ。


仕事で疲れて帰ってきた背中を見るたび、

「ごめんね」という言葉が喉まで出かかる。


「休むことが今の仕事だよ」と自分に言い聞かせても、



何も生産していない自分が、誰かの支えだけで生きていることが申し訳なくてたまらなくなった。



「情けなくて、

 申し訳なくて、

置いてけぼりな気持ち」


を抱えながら、生きていたな。


その時は休むことが大事だと分かっていながら、

心が焦るんですよね赤ちゃん泣き



何も生産していない私

何も出来ない私

無職の私   



自分を自分で責めて、落ち込んでいたな。



単なる一時的な状態に過ぎなかったのに、


当時はそれが自分の価値のすべてだと思い込んでいました。



いつか大切な準備期間だったと思える日が来ると思う。


罪悪感で潰れそうな過去の自分に


焦らなくて大丈夫だよ。


って伝えたいですね。



『あの時の自分に、今なら言えること』『無理していることに、気づけなかった話』あの頃の私は、仕事から帰ると、全エネルギーを使っていたのか、とにかく身体が重くて、家事がほとんどできませんでした。  …リンクameblo.jp