私の住む地域でたった一軒だった歯科医院が閉院しました。これからは車で40~50分かかる市街地まで治療に行かなければなりません。診察日が僅か週に2日でしたが地域住民の安心感において、その存在は大きかったと思います。
この10数年、旅館のみならず集落の世帯数も半減し、地方の疲弊を目の当たりにしてきたのですが、今回、歯科医院とはいえ、医療という生活の基盤の一部がもぎとられた、そのような感覚がしました。
観光産業に関しても、吸収合併した側に財布を握られ、見込みのある計画なら金を(補助金や税金を費やす)出してやってもいい、何かそのような圧力めいたものを感じないわけでもありません。合併前に慌てて建設した観光施設は公設民営で運営されていたのですが、肝心の運営会社が破綻して、自然の観光名所の脇に、もぬけの建物が目障りに建っています。今となっては自然のままのほうがずっとよかったのです。
平成の大合併があったにせよ、なかったにせよ、急速な過疎化は免れなかったかもしれません。しかし、合併によって、より地域の自主性や独自性が失われたような気がします。この失われた精神性は広い意味で私たちにとっての損失であると、私は思います。
10数年前、合併にあたっての水道料金変更の説明会で或る長老の方が最後まで合併の反対を訴えていたことを、私は忘れる事が出来ません。「○○さん、今は水道料金の説明ですから、その話は役場へ行ってしてください」村の職員にたしなめられた、その姿、表情を。
冷凍庫の隅に残っていたオレンジのシロップ煮を食べたとき、にわかに、賑わっていた夏の気分になりました。片付けようとしても捨てられない道具をみると鮮やかに初心が蘇ってくるのも同じような感覚で、木苺の香りは私に希望を呼び戻してくれます。
五感を問わず一瞬にして蘇る記憶。
「・・・服装というものは不思議なもので、第二国民兵の服装をしていると、どんな人でも、ねっからの第二国民兵に見えて来るもので、職業、年齢、知識、財産などのにおいは全然、消えてしまって、お医者も職工さんも重役も床屋さんも、みんな同年配の同資格の第二国民兵に見えて来るものである。・・(中略)・・私はその日は、完全に第二国民兵以外の何ものでもなかった。しかも頗る、操作拙劣の兵である。・・・」※
太宰治の『鉄面皮』の一文ですが、この時代を知らないのに、たったこれだけで張り詰めた規律の空気が伝わってきます。一瞬にして火がともるような想像は、不思議と記憶が蘇る感覚と似ているように思います。
解題によると、『鉄面皮』は昭和十八年『文学界』に発表されて、戦後『薄明』に収録されましたが、その際、当時の戦時状況を示す文章に削除訂正を施されたということです。
「・・名前が私の名だ。「はあい。」のどに痰がからまっていたので、奇怪に嗄れた返辞であった。五百人はおろか、十人に聞こえたかどうか、・・」※
当時の戦時状況を示すこれらの文章は作者の性格や心情、置かれている立場が表現されていて、これ抜きでは作品の印象が大きく損なわれます。今こうして、削除されたものではなく、発表時の作品が読めることは当然と考えがちですが、表現の自由に対しての認識が深まれば深まるほど、その重要性を感じるのだと思います。
※『鉄面皮』:『太宰治全集6』 筑摩書房 p.23/p.24より引用

五感を問わず一瞬にして蘇る記憶。
「・・・服装というものは不思議なもので、第二国民兵の服装をしていると、どんな人でも、ねっからの第二国民兵に見えて来るもので、職業、年齢、知識、財産などのにおいは全然、消えてしまって、お医者も職工さんも重役も床屋さんも、みんな同年配の同資格の第二国民兵に見えて来るものである。・・(中略)・・私はその日は、完全に第二国民兵以外の何ものでもなかった。しかも頗る、操作拙劣の兵である。・・・」※
太宰治の『鉄面皮』の一文ですが、この時代を知らないのに、たったこれだけで張り詰めた規律の空気が伝わってきます。一瞬にして火がともるような想像は、不思議と記憶が蘇る感覚と似ているように思います。
解題によると、『鉄面皮』は昭和十八年『文学界』に発表されて、戦後『薄明』に収録されましたが、その際、当時の戦時状況を示す文章に削除訂正を施されたということです。
「・・名前が私の名だ。「はあい。」のどに痰がからまっていたので、奇怪に嗄れた返辞であった。五百人はおろか、十人に聞こえたかどうか、・・」※
当時の戦時状況を示すこれらの文章は作者の性格や心情、置かれている立場が表現されていて、これ抜きでは作品の印象が大きく損なわれます。今こうして、削除されたものではなく、発表時の作品が読めることは当然と考えがちですが、表現の自由に対しての認識が深まれば深まるほど、その重要性を感じるのだと思います。
※『鉄面皮』:『太宰治全集6』 筑摩書房 p.23/p.24より引用

りんごが硬いと消費者から苦情がある、そのようなニュースをみました。新鮮なりんごは硬く収穫後に熟度が進むことで柔らかくなる、そのことを生産者は消費者に伝えていくとのこと。
<青森リンゴ>硬いと苦情 実は新鮮の証し
http://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201701/20170124_22008.html
新鮮さとは少々異なりますが、バターやチョコレートは気温が低くなると硬くなります。大手などは植物性油脂を混ぜたり、植物性油脂が予め混ぜられた商品(バターならコンパウンドと呼ばれているもの)を使用することによって菓子に一定の軟らかさを保っていて、市場ではそれが多数を占めております。
大手との差別化をはかるため、油脂はバターのみで、チョコレートはクーベルチュールを使用して作るとコストがかさむだけでなく、室温が低いとすぐに固まって作業性も落ちます。そのような状況で商品の硬さを指摘されると、やるせない気持ちになってしまいます。少々愚痴っぽくなりましたが、私は材料の特性が消費者に伝わっていないことを嘆いてもいますが、それ以上に農産物も含めた食品が常に一定であるという消費者の潜在的な意識を憂いているのです。
市場は一定の商品で溢れ、それを享受し、一定のサービスを受ける。品質が一定なら消費者は安心し、それにより企業は信頼を得る。
けれども、そのような一定の社会にいると、自然の摂理を忘れはしないだろうか、予測不能な自然を目の当たりにしたとき、たじろぎはしないだろうか。
私の心に、そんな突拍子もない老婆心が湧いてくるのです。

<青森リンゴ>硬いと苦情 実は新鮮の証し
http://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201701/20170124_22008.html
新鮮さとは少々異なりますが、バターやチョコレートは気温が低くなると硬くなります。大手などは植物性油脂を混ぜたり、植物性油脂が予め混ぜられた商品(バターならコンパウンドと呼ばれているもの)を使用することによって菓子に一定の軟らかさを保っていて、市場ではそれが多数を占めております。
大手との差別化をはかるため、油脂はバターのみで、チョコレートはクーベルチュールを使用して作るとコストがかさむだけでなく、室温が低いとすぐに固まって作業性も落ちます。そのような状況で商品の硬さを指摘されると、やるせない気持ちになってしまいます。少々愚痴っぽくなりましたが、私は材料の特性が消費者に伝わっていないことを嘆いてもいますが、それ以上に農産物も含めた食品が常に一定であるという消費者の潜在的な意識を憂いているのです。
市場は一定の商品で溢れ、それを享受し、一定のサービスを受ける。品質が一定なら消費者は安心し、それにより企業は信頼を得る。
けれども、そのような一定の社会にいると、自然の摂理を忘れはしないだろうか、予測不能な自然を目の当たりにしたとき、たじろぎはしないだろうか。
私の心に、そんな突拍子もない老婆心が湧いてくるのです。

あの失敗が布石だった、そう思える出来事があった。失敗の体験からあまり時間が経っていなかったこともあり、私は同じ過ちをせずにすんだ。恐る恐る今やろうとしている行動が、やがて過去となり、たとえ失敗に終わったとしても経験となる。
この極あたりまえのことが何たる不思議かと感じる。
過去は単に過ぎ去ったものではなく、今の「私」を成す要素であり、私の「土台」でもある。「私」や「土台」は、過去に対する向き合い方によって大きく変わってくるのかもしれない。
過去に対する態度と人の話を聞くときの姿勢とを照らし合わせてみた。話を聞くとは、単に同調、同意することでも批判することでもない。ひとまず、相手が述べようとする内容を理解すること。これには聞きたいという意思が必要だろうと思う。
時に私は過去を引きずることがあり、美化してしまうこともある。また、嫌なことがあるとすぐに過去に逃避する。けれども、少し自分の過去に耳を傾けてみようかという気がしている。
人を理解したいと思うときのように。

この極あたりまえのことが何たる不思議かと感じる。
過去は単に過ぎ去ったものではなく、今の「私」を成す要素であり、私の「土台」でもある。「私」や「土台」は、過去に対する向き合い方によって大きく変わってくるのかもしれない。
過去に対する態度と人の話を聞くときの姿勢とを照らし合わせてみた。話を聞くとは、単に同調、同意することでも批判することでもない。ひとまず、相手が述べようとする内容を理解すること。これには聞きたいという意思が必要だろうと思う。
時に私は過去を引きずることがあり、美化してしまうこともある。また、嫌なことがあるとすぐに過去に逃避する。けれども、少し自分の過去に耳を傾けてみようかという気がしている。
人を理解したいと思うときのように。

もののはずみで、コメントを書いてしまい後々ずっと自分の書いたことが気になっていました。
「・・ストア派の人達は(激しい)感情を排除して【アパテイア】心の平安を得ようとしたそうです。・・・」
アパテイアの語源は「パトス(pathos/感情)」を否定する「ア」がついてアパテイアとなったそうで、この部分だけ見れば間違いではないのですが、それさえすれば、心の平安が得られるかというと、そうではないので、表現に語弊がありました。ストア派の人達は内なる自然といいますか、ロゴス(logos)<理性・言葉・論理・議論・言明・思考・秩序・・>に素直に従うという姿勢を重視していたこともあり、このことを端折ってはいけないのではないかという気がしてきましたので、リブログで補足させていただきます。と申しますのも、私自身がこのアパテイア(心の平安)を目指し、自分自身の(激しい)感情の部分を制御しようとしましたところ、逆に感情が過敏になってしまったので、注意が必要かと思われます。このコメントを見て私のように実践する人など皆無と思いますが、どうも気になって仕方がありませんでした。
ストア派の詳しい説明はこちらに書かれています。
古代ギリシャ哲学 ストア派
http://www7a.biglobe.ne.jp/~mochi_space/ancient_philosophy/stoics/stoics.html
また、テーマと時代錯誤だったことに関しましてもお詫びいたします。
「・・ストア派の人達は(激しい)感情を排除して【アパテイア】心の平安を得ようとしたそうです。・・・」
アパテイアの語源は「パトス(pathos/感情)」を否定する「ア」がついてアパテイアとなったそうで、この部分だけ見れば間違いではないのですが、それさえすれば、心の平安が得られるかというと、そうではないので、表現に語弊がありました。ストア派の人達は内なる自然といいますか、ロゴス(logos)<理性・言葉・論理・議論・言明・思考・秩序・・>に素直に従うという姿勢を重視していたこともあり、このことを端折ってはいけないのではないかという気がしてきましたので、リブログで補足させていただきます。と申しますのも、私自身がこのアパテイア(心の平安)を目指し、自分自身の(激しい)感情の部分を制御しようとしましたところ、逆に感情が過敏になってしまったので、注意が必要かと思われます。このコメントを見て私のように実践する人など皆無と思いますが、どうも気になって仕方がありませんでした。
ストア派の詳しい説明はこちらに書かれています。
古代ギリシャ哲学 ストア派
http://www7a.biglobe.ne.jp/~mochi_space/ancient_philosophy/stoics/stoics.html
また、テーマと時代錯誤だったことに関しましてもお詫びいたします。