五感を問わず一瞬にして蘇る記憶。
「・・・服装というものは不思議なもので、第二国民兵の服装をしていると、どんな人でも、ねっからの第二国民兵に見えて来るもので、職業、年齢、知識、財産などのにおいは全然、消えてしまって、お医者も職工さんも重役も床屋さんも、みんな同年配の同資格の第二国民兵に見えて来るものである。・・(中略)・・私はその日は、完全に第二国民兵以外の何ものでもなかった。しかも頗る、操作拙劣の兵である。・・・」※
太宰治の『鉄面皮』の一文ですが、この時代を知らないのに、たったこれだけで張り詰めた規律の空気が伝わってきます。一瞬にして火がともるような想像は、不思議と記憶が蘇る感覚と似ているように思います。
解題によると、『鉄面皮』は昭和十八年『文学界』に発表されて、戦後『薄明』に収録されましたが、その際、当時の戦時状況を示す文章に削除訂正を施されたということです。
「・・名前が私の名だ。「はあい。」のどに痰がからまっていたので、奇怪に嗄れた返辞であった。五百人はおろか、十人に聞こえたかどうか、・・」※
当時の戦時状況を示すこれらの文章は作者の性格や心情、置かれている立場が表現されていて、これ抜きでは作品の印象が大きく損なわれます。今こうして、削除されたものではなく、発表時の作品が読めることは当然と考えがちですが、表現の自由に対しての認識が深まれば深まるほど、その重要性を感じるのだと思います。
※『鉄面皮』:『太宰治全集6』 筑摩書房 p.23/p.24より引用
