一定の功罪 | ひだまり 日常生活

ひだまり 日常生活

日記を書くことで考えを整理したり、気づいたことを記しています

                

りんごが硬いと消費者から苦情がある、そのようなニュースをみました。新鮮なりんごは硬く収穫後に熟度が進むことで柔らかくなる、そのことを生産者は消費者に伝えていくとのこと。
<青森リンゴ>硬いと苦情 実は新鮮の証し
http://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201701/20170124_22008.html

新鮮さとは少々異なりますが、バターやチョコレートは気温が低くなると硬くなります。大手などは植物性油脂を混ぜたり、植物性油脂が予め混ぜられた商品(バターならコンパウンドと呼ばれているもの)を使用することによって菓子に一定の軟らかさを保っていて、市場ではそれが多数を占めております。


大手との差別化をはかるため、油脂はバターのみで、チョコレートはクーベルチュールを使用して作るとコストがかさむだけでなく、室温が低いとすぐに固まって作業性も落ちます。そのような状況で商品の硬さを指摘されると、やるせない気持ちになってしまいます。少々愚痴っぽくなりましたが、私は材料の特性が消費者に伝わっていないことを嘆いてもいますが、それ以上に農産物も含めた食品が常に一定であるという消費者の潜在的な意識を憂いているのです。

市場は一定の商品で溢れ、それを享受し、一定のサービスを受ける。品質が一定なら消費者は安心し、それにより企業は信頼を得る。

けれども、そのような一定の社会にいると、自然の摂理を忘れはしないだろうか、予測不能な自然を目の当たりにしたとき、たじろぎはしないだろうか。


私の心に、そんな突拍子もない老婆心が湧いてくるのです。