よく寝て、とてもすっきりして目覚めた私は、食事を済ますと仕事の準備にRBと近くの集会所へ向かう。途中、うちのプロジェクトがトイレ建設の材料のパイプ等を仲介してくれているというよろず屋へ寄る。店の老主人はRBと懇意らしい。RBが言うには、主人は単なる材料発注の仲介の立場にありながらトイレ建設の為に必要なコミュニテイへの啓蒙までしているとの事だった。2軒でペアを作り、一袋のセメントをプロジェクトより支給されるシステムなのだが、ペアが見つからない場合、店の主人が協力が得られそうな家に口をきいてくれ、時にはトイレ建設の重要性を説明したり、フィールドワーカー顔負けの役割をするらしい。偶然かもしれないがRBはいい人を選んだものだ。彼はこういう村で長老格の人物を巻き込む事が段取りをうまく進める上で大事なのだと言ったがそのとおりなのだった。
オフィスでは冴えない彼だが、意外とフィールドワークのツボを心得ているかもしれないと思った。
この日はコミュニテイファシリテーター(CF)6人コミュニテイグループの評価の為のオリエンテーションだったのだが、CFのレベルに合った説明をしなくてはいけないのだ。先週RKが行っていたのと比較すると、理路整然とした中心のRKに対し、RBの説明はどちらかというと下世話な話になる時が多いが、ともかくCF達を分からせる事は出来たようだった。
それより問題は翌日より3日間のコミュニテイグループとのミーティングがうまくいくかどうかだった。
初日は徒歩で2時間かかる山道を上った尾根にある村だった。9時に朝食を済ませ、山を登る。登りはそれほど苦にならない私はRBと同じ速度で歩いた。傾斜がやや急だったせいか暑くなり、私はフリースジャケットを脱いで半そでになった。RBは裏ボアつきのジャンパーを着ていたので汗だくになり、村へ着くとカッターシャツも脱いでいたが、下にさらに裏起毛のラクダのシャツを着込んでいたのだ。彼は汗でびしょぬれになったラクダのシャツを脱いで民家の庭先に干し、上半身裸になり、その上にじかにカッターを着た。歩くと暑くなるのは当然なのにどうしてそんなに厚着をするのかわからなかった。この後も毎回歩くたびRBが道端で裸になり、ラクダのシャツをぬぐ場面を目にした。見かねた私は、そのような防寒下着は、Jumlaへ行くとき意外必要ないのではないかと言ってみたが彼はこれはわざわざインドから買ってきた、ネパールでは手に入らないのだと得意げに言うのだった。
どうやら彼はそのラクダの上下を一つしか持って来ていないようで、着っぱなしなのだった。その後もほとんど同室で寝ていたのだが着替えているところを見ていない。カッターやズボンは2、3枚持って来ているらしかったが、どうりで荷物が少ないわけなのだ。
ホテルではお湯のシャワーはおろかシャワー室そのものが無い所ばかりだったが、2週間の間に一度くらいはどこかで体を洗いたいと感じていた。Jumlaでの経験から、1週間は耐えられると思ったが、それ以上は…
CFの一人が、この近くに良い川があるからそこで行水すれば?と言う。Jumlaではないにしろ 12月に川で行水というのは寒中水泳みたいなものだからちょっと勇気が要ったが、あともう1週間風呂に入れない事を考えて、それを実行する事にした。
Salyan 滞在最後の日の朝、私はRBと川へ向かった。川はちょうどその日行くコミュニテイへの道中にあった。ネパールの川で行水するのは初めてではなかったので(このような冬には初めてだったが)私はペチコート一枚を身につけ、恐る恐る水に入る。見るとRBはもうパンツ一枚になり川原で体を洗っている。私はRBから10メートルほど離れた位置でむこう向きになって体を洗った。大きくてきれいな川にはRBと私のほかは誰も居なく、静かで、朝の空気が澄んでいて気持ちがよく、水は冷たいが陽射しは暖かかった。行水が終わると川の向こうに渡るのだが、思ったより水量があり、流れも速いので足をさらわれそうだ。RBが手を引いてくれたので腰をからげて川を渡る。RBは、上は裸の上に直にカッターシャツ、下はパンツ〈ブリーフとトランクスの中間のような物〉一枚という妙な格好だったので可笑しくて仕方がなかったがRBは平然とし、私は笑いを必死にこらえ、二人とも黙ったままて手を取り合って川を渡った。