Hardnutのブログ -90ページ目

貴重な経験しています

日本刀の反りと鞘の反りが合わないのが「ソリが合わない」という意味だけれど、どうしても反りが合わないと云うか、相性が悪いというのがあって、オランダに関することはどう云う訳か何をやっても上手く行かなかったりトラブったりということばかりのようだ。

むかし、ブリュッセルからオランダ・スキポール空港へ向う国際列車の中、ハーグ駅で手荷物を盗まれて頭の中が真っ白になった。仕事でもどう云う訳かオランダの相手とはケンカになってしまう。KLMは不快な思いをしたことが何度もあるので嫌いな航空会社だけれど、今回は事情があってKLMにしてしまった。。


今朝、台風が知多半島に上陸したというニュースをテレビで観て、電車が止まる前にと思って6時過ぎに家を出て成田空港へ向かい、8時過ぎには空港に着いた。

KLMのチェックインカウンターで手続きをしているとき、出発時間が1時間遅れるという掲示板の表示だったので、アムステルダムでデュッセルドルフ行きに乗り継ぐ時間がなくなるのでその次の便に変更してもらった。

搭乗口で待っていると1時間遅れが3時間遅れになり、空港サテライト内で食事ができるクーポン券を貰ったりしていたら、またアナウンスが流れて更に1時間遅れると云う。もういい加減にしてくれと思っているときにまたアナウンスが流れて飛行機が東京に到着する前に鳥がエンジンに入るバードストライクがあってひとつのエンジンがダメージを受け、修理に時間がかかるということで結局きょうのフライトがキャンセルになってしまい、乗客は空港周辺のホテルで泊まってくださいということになってしまった。


そう、これは、今、成田のホテルでアップしています。

明日は9:15の特別フライトだってさ。


トラベルにトラブルはつきもの。毎日同じルーティンをこなしていればそうそう訳の分からないトラブルに巻き込まれることはあまりないが、不定期行動をとればそりゃいろいろあるでしょう。

でも今回は、まだトラベルが始まっていないのにもうトラブル。先が思いやられる。



明日、欠航にならなければドイツへ行きます

その昔、ブレーメンに住み始めたころのこと。

フランクフルトへ日帰り出張をするので早朝ブレーメン中央駅へ行った。

駅構内のパン屋さんのスタンドで朝食を買う人の列に並び、あと4-5人で自分の番というときに、列から横へ1-2歩はずれてパン屋のショーケースを覗き込み買うものの品定めをして列に戻った。その時、後ろからトントンと肩をたたかれ振り向くと、年配のオバサンが憮然とした顔で「○×△◎/?X??○●???」とドイツ語で話しかけ要するに「列に割り込んじゃいかんぞ!」といっているようだったので、英語で「もともとここに並んでいたぞ」と言い返した。

そのオバサン、たまたますぐ後ろにいた中学生くらいの男の子に「コイツ、本当にここにたいか?」ということを確認し、その子が「居ました」と確認するとそのババアは何事もなかったように素知らぬ顔をして黙り込んだ。

公共の場で迷惑行為などをしてたしなめられるというのはどこの国でもあることだろうし、そう云う行為を見て関わり合わないようにするために見て見ぬふりをすることもあるだろう。でも、あの時は「おぉ、怖わ!」とぞっとした。


ドイツ人も自虐的に言う。真夜中、クルマのまったく通らない横断歩道の赤信号で、信号待ちをしている人を見かけたらドイツ人ですと。誰が見ていてチクられるから分からないからということらしい。

ロンドン市内の交差点で見る歩行者とはずいぶん違う。


ケニアのように社会の決まりごとや約束事などあってないようなユルユルの社会も困ったものだけど、ドイツのガチガチの社会も疲れる。

明日からそのガチガチへ行く。


台風が来ているが飛行機は飛ぶのだろうか?


懐かしのブレーメン

昨晩のNHK「世界遺産への招待-ブレーメン」を懐かしい思いで観た。

ブレーメンへは約3年振りで今年初めの一番寒い時期に行ったが、行くのならやっぱり暖かい時期がいい。


ケニアのオペレーションの延長として欧州販売拠点を展開するにあたり、拠点選択の候補としてハンブルグ・ブレーメン・ロッテルダム・アントワープ・ジェノアというところから最終的にコンパクトで港・空港などの基本的なインフラもあり、且つ倉庫賃貸料なども比較的低かったブレーメンに決めて、2001年8月に赴任してしばらく滞在した。

旧市街から近いお堀の外の静かな住宅街にアパートを2005年まで丸4年借りたが、ケニアとドイツを行ったり来たりで結局通算では1年くらいは住んだのだろうか。


アフリカへ初めて行った時は「こんなものだろう」というものばかりで特にカルチャーショックということはなかったが、ドイツでは既成概念と実際のドイツの状況があまりにも違う場合が多くあり、まさにカルチャーショックというものを体験した。

前にも述べたが、ドイツ人のイメージ、質実剛健・謹厳実直・質素等々は全く違っていた。

そして、個々のドイツ人はいい人だけれど、その人たちが形成する社会はお互いがお互いを監視し合うようなところがあり、かなり息苦しく感じた。ドイツ人にとって年に一度のバカンスは何にも替えがたいもので今年のバカンスが終わると来年のバカンスの計画を立てるということをしている。そしてバカンスは太陽の燦々と照りつける地中海の島だったり、モンバサの海岸だったり、最近ではタイの方へ足を伸ばす人も多い。これは高緯度の太陽に飢えた人たちにとっては当然と思っていたが、そればかりではなく、その息苦しい社会からちょっとの間でも逃れたいと云うこともあると理解した。

旅行者では分からないいろいろな貴重な体験をさせてもらったが、今となってはみんな懐かしいことばかりだ。

ちょっと面白いサイトを。http://www.big-bremen.de/jp/startseite 日本語のサイトです。