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マンデラの伝記映画「インビクタス」

一昨日の当地の新聞Standardに、写真に小さな説明の付いた記事で「『インビクタス』にアカデミー賞」というのがあったのだけれど、オスカーの最優秀賞なのか部門賞なのかはっきり分からなかった。米国では昨年公開されると同時にノミネートされそうとかいうニュースがあったけれど、マンデラの伝記映画がアカデミー賞ならすごいと思う。

http://wwws.warnerbros.co.jp/invictus/


第二次世界大戦後、かつての列強の支配下にあったところが次々に植民地支配を脱して独立を遂げ、1960前半にはアフリカでも独立ラッシュとなった。これらの独立というのはその地の民族・部族の植民政策からの解放であり、自主自立を勝ち取ったといことだが、いろいろな人が言っているように、マンデラ率いるANCと南ア黒人が置かれていた状況は、アパルトヘイトという人間の尊厳を認めない状況下で、彼らが戦っていたのは、アフリカ人の自立ではなく、基本的人権と自由という、たんなる反植民地闘争ではなく、むしろ根底の理念は18世紀のフランス革命に通じるものであり、1990年2月12日のマンデラ釈放とアパルトヘイトの終焉は、革命とも云うべきものの勝利であったのだ。


マンデラはその後いろいろな困難に直面いながらも1994年の黒人が参加した最初の総選挙を成し遂げたのは、やはり偉業といえると思う。

しかし、しかしだ。マンデラが一期で大統領を退きムベキが二代目となり、かれを引きずり下ろすようにズマが黒人三代目大統領に就任して、南アの政治を含めた国内状況は劣化した普通のアフリカ人の国になりつつあり、マンデラの描いた「虹の国」理想はかすんでいくように思える。

そして、南アのアフリカ人が、彼らの成し遂げた革命は、単なる植民地闘争でなかったことを誇りにするのは、それはそれで結構だけれど、他のアフリカ人に対して「ワレワレはキミ達とは違うんだ」というような優越感を潜在させているのがチラリと見えると、とても傲慢に思えて不快に思う。


マンデラは、もうほとんど公の場に姿を見せておらず、W杯の開催を静かに心待ちにしているのだろうが、もしかしたら、彼の思い描いた南アと云う国と現実の状況とのギャップを一番嘆いているのは彼ではないかと思う。




アフリカ風ピッツァ・パイ

ナイロビに着いたら、まずニャマチョマ(Nyama Choma=焼肉)でしょうということで、昨晩はホテル内のニャマ・チョマ屋さんで夕食。ニャマ・チョマと云うのは、断りがない限り普通はヤギ肉の焼肉を云う。象さん印のTusker Beerを飲みながらNyama Chomaを頬張るとケニアに来ましたを実感するを訳だ。


そして、今日の昼も「The biggest Shippping Centre in the Sub-Sahara, except S.Africa」のSarit Centreがホテルの筋向いだからそこのFood Courtにある「Flavours of Africa(アフリカの香り)」と云うところでアフリカ食を堪能した。食べたものは、Mbuzi Stew(ヤギ肉シチュー)にKinyanzi(Kikuyu主食。マッシュポテトにトウモロコシ・グリーンピースを混ぜ込んだもの。Ilioとも呼ばれる)とSukuma Wiki(キャベツの原種のケールを炒めたもの)。まさにAfrican Flavours全開。


友人・知人に連絡すれば「メシでも一緒に」とか「飲みに行こう」となるので、いまのところ数人だけに連絡を取っただけでナイロビに来ていることは知らせていないのだけれど、それでも「じゃ、今晩一緒どぉ?」などと誘ってくれる友人がいる。有難いことだ。

それも断り、夕食はホテル内のピッツァ・ガーデンヘ行って、軽くピッツァ・パイでもと云うことにした。


ピッツァというのは、上にのせる具材・チーズの種類などにより、パイナップルをのせたから「ハワイアン・ピッツァ」と呼んでみたりと、云ったもの勝ちのネーミングになっているが、ここは最もシンプルなマルガリータを注文した。

しばらくして運ばれて来たものは「ピッツァ・アフリカン」と呼びたくなるようなものだった。見た目や味ではなく、その切り分け方で。

ピッツァというのは、円形のピザを中心線を真一文字に切って半分とし、さらにそれと直角に交差する直径で切って4分の1。それをさらにX印に切られた8分の1のピースが8個が円となって出される。普通は。

円形のピザ・カッター・ナイフを使っているのだろうが、そのカットの何本かはが円の中心線を大きくそれて通過している。結果としてあるものは16分の1のサイズで、またあるものは6部の1のサイズとなっている。

ピッツァは間違いなくマルガリータだ。でも、真剣な顔をしていかに正確に8等分にしようかなどと考えないこの鷹揚さ。まさに「ピッツァ・アフリカン」。これがアフリカを訪れるものをなんとなく楽しくさせてくれる原点かも知れない。

日本のある政府機関から、3月にある場で「アフリカでビジネスをするということ」ということで心得みたいなものについて話をして貰えないかという打診を受けている。まだ回答はしていないが、もし引き受けるとしたら、メインの話題は「日本人の感覚でものを考えないでください」ということ云おうと思う。


違いのわかる男の、、、

最近は見かけなくなったインスタント・コーヒーのTV.CMで「♪シャバダー、シャバドゥビア、、 違いのわかる男のネスカフェ、ゴールド・ブレンド」というのがあって、あれを見るたびに、そもそも違いが判ったらインスタント・コーヒーなんて飲まないんじゃないかなぁと天の邪鬼は思っていた。

コーヒーの話ではなく、トロピカル・フルーツの話。


日本からケニアまでトータル移動時間は24時間以上となり、さすがに疲れた。

窓の外のアカシアの木の上でギャーギャーと鳴く犀鳥の鳴き声で目が覚めたが、疲れが取れず全身が重い。それでもレストランへ行って朝食をとった。

自家製と思われるかなり甘めのパッション・フルーツ・ジュースを、バイキングの元卓の前で立ったままグビグビとやると、Break-Fast! Fast=断食をBreak=打ち破るという気がして落ち着いた。

で、そこに並んでいるパパイヤ、マンゴーなどを食べるのだけれど、この味が日本では味わえず、熱帯/亜熱帯に来たことを実感する。


銀座・千疋屋の2個3万円のメロンや1個1万円のマンゴーというのは食べたことがないので何とも言えないけれど、こっちの方が美味いだろうなと悦に入る。

違いが判るか判らないに関わらず、老若男女関係なく、誰もがこの空気の中でこれらのフルーツを食べたら間違いなくこちらが美味いと云うと思う。


そんなことを思いながら新聞に目を落とせば一面は、最終段階に到達したという憲法改正の記事。長くなるので述べないけれど、「最終段階」とはいうもののこれはそう簡単には決まらず、まだまだ波乱があり、2012年の総選挙まで引きずると思いながら記事を眺めていた。

ケニアの憲法改正の話は、もう20年も続いていても落とし所が見つからない問題で、これはアフリカの国のガバナンスの問題の典型と思う。