ナイロビで思うこと ( 続 x 11 )
去年だかおととしに買った本で、オックスフォード大学のアフリカ経済研究所の所長を務め、世界銀行のディレクターなども務めたアフリカ経済の専門家ポール・コリアー(Paul Collier)と云う人の著書で『最底辺の10億人(The Bottom Billion)』というのが手元にあったので、今回こちらに来るにあたり鞄に入れてきた。
この本は買った時に読み始めて途中で放り出したものだったので、今回はこの本と中国語のテキストを持ってきており、当初の予定でどちらかでつまづいたら別の一方へというプランだったのだが、結局どちらも根を詰めて読むと云うことはできなかった。
このThe Bottom Billionだけど、精読はしてないけれど、一応はパラパラと見させてもらった感想では、さすがにアフリカ経済の専門の研究者らしく、冷静に過去・現在を分析し現状を認識したうえで、ではどうしたらよいのかというような解決策のようなことを提示している点は白眉とは思うけれど、どうもいまひとつ膝をたたいて「うん、その通り」と納得させてくれる迫力がないように思われた。
話が飛ぶが、そのままんま東が宮崎県の知事に立候補したのはちょうど4年前だろうか。
はじめは「お笑い芸人が」ということで相手にしていなかった有権者たちが、「宮崎をどげんこつせにゃならん!」とかいうフレーズの引き付けられ、投票日が近づくにつれ支持率が上昇し、それを記事のした週刊誌の記事のタイトルが「このまんま行けばそのまんま」というもので、面白いタイトルをつけたものだと笑ってしまった。
「アフリカを何とかしなければ」とか云う気負もないし、そもそもこの大陸に生まれ住んでいる彼らは何か問題があるとも認識していないかもしれないところで、何とかしてあげなければと思うのは大きなお世話かもしれないし、ちょっと傲慢な気もするのだけれど、それでも自己責任でしょうとか、あなた方の問題なのだから自分たちで解決しなさいと、放って置くのも気が引ける。
では、どうすればようのか。
ナイロビで思うこと ( 続 x 10 )
かつてケニアに住んでたいときは、金曜日の新聞が待ちどうしかった。日本では信じられないことだけれど、ケニアの新聞「Nation」「Standard」とも、金曜日にスポーツページに「Weekend Golf Fixtures」という欄で全国のゴルフクラブで週末に開催されるゴルフ・コンペの組み合わせとスタート時間が掲載される。
ケニア全土にゴルフクラブが40箇所近くあり、そのうちの半分くらいは主に土曜日にコンペを企画しており、そのコンペのタイトル、スポンサー、全参加選手の名前とスタート時間が書いてあるので、自分のクラブのところに書いてある自分の名前を探して、何時に誰と回るのかが判る。断っておくが、ここで云うゴルファーというのはゴルフクラブの月例会などに参加するクラブ・メンバー、つまりみんなアマチュアの人たちを意味する。
長くなるので詳しくは書かないが、1989年にあるゴルフクラブで、クラブのゴルフ部門の責任者となるゴルフ・キャプテンという役を引き受けた。災禍なく運営して当たり前、しくじったらボロクソなじられて「無能」のレッテルを貼られていまうということで、単に任務を遂行するということを越えて、いかにクラブ運営を盛りたてるかと云う、言ってみればイベントを企画して、クラブの会員同士の交流を図り、なるべく多くの会員がより多くの機会にクラブに足を運んで貰い、飲食その他で収益をあげるかという、まさにマーケッティングに邁進した。その結果、日本人のキャプテンで、白人でもなく、アフリカ人でもインド人でもないので一党一派に偏ることことがなかったこともあってメンバーも支援をしてくれて、通常一期1年もところを2期2年その役職に専念し、これが結果として結構とんでもない人脈の構成に繋がって行った。
現在のケニア大統領は、かつてはゴルフ狂として知られていて、そのケニアの40のゴルフクラブとゴルフ活動全般を取り仕切るKenya Golf Union(KGU)という組織の後見人(Patron)というポストが与えられていて、いまでもその地位は変わっていない。
そのキャプテンをやっていたゴルフクラブが、ナイロビから現大統領の出身地がある北のアパディア山地の麓の村との中間地点にあり、複数政党制導入前でまだ彼の政党DPを旗揚げする前などに、ふらりとクラブに立ち寄る度にお相手をしていた。そう云う場で政治の話はしないが、やはり人格者という印象は受け、折々に彼とはいろいろな場所で会っていたので、2002年に大統領になったときは本気で、ケニアが変わるのでないかと期待したが、彼の組閣人事、政府機関の人材登用を見ていたら、キクユ中心の彼の元々の政治仲間と、彼のゴルフお友達が入閣し、KenGenという国営の電力会社のトップはRoyal Nairobi Golf ClubでキャプテンをやっていたXで、Kenya Revenue Authorityのトップのケニア山麓出身のMuthaiga Golf ClubでCaptain/Chairmanを務めたY氏でと、まさにお友達人事でがっかりしたが、権力の座に着くとPower Drunkと云って正常ではいられなくなると云うが、やっぱり彼そうなのかと思っていたころに、英国大使館(British High Commission)の大使(高等弁務官Commissioner)が、2005年に前のモイ大統領の時よりも政権の腐敗がひどいということで「反吐(へど)が出る」という発言をして物議をかもしたことがあった。
ナイロビで思うこと ( 続 x 9 )
今回のケニア出張はかなり緊張する案件を抱えており、気合いを入れてあれこれ尽力したので何とか思ったような方向へ仕向けることができ、今年一年も何とかしのげる見通しが立った。
昼間は取引先のオフィスの一室を借りてパソコンに向かい、合間合間に会議を重ね、宿舎に戻ってまたパソコンと睨めっこということだったので、ゴルフはもちろんできなかったし、日本人の知り合いの人たちにも連絡を取らなかった。
それで、今日の夕刻、Westlandsの旅行代理店へ行き、明晩というよりも土曜日早朝ナイロビ発のイスタンブール乗り継ぎのトルコ航空ビジネスクラスの航空券を確保した。一年間のオープンチケットで価格はUS$2,650_。
いつも持ち歩いているノートに書きこんだり、雑誌・新聞の見に止まった記事を切り抜いて貼り付けたりということをしていて、それをパラパラめくって抜き出してみる。
浅田次郎 JALの機内誌に寄せたインド旅行時のコラム。2-3年前?
「やっぱりインドで考えた。
ひとたび車から降りれば、物乞いに囲まれる。べつだんインドに限った話ではないが、こういうときには喜捨をするのか無視するのか、はっきりとした態度をとることが肝要である。
私は常に無視する。非情だとは思わない。現地社会の固有の歴史の結果として存在する人々に対し、憐れみをたれることが正しい行いであるとは思えぬのである。いっときの感情から、あるいは面倒くさいから金銭を投げ与えるのは、喜捨というより僭越というものであろう。」
京極夏彦 小説「厭な小説」上梓の際のインタビュー。朝日新聞2009年6月7日
「人間って、どんな厭な状態でも幸せになれるはず。幸福も不幸も個人の問題でしかないことは疑う余地もない。」
村上龍著「無趣味のすすめ」。朝日新聞、編集・小柳某氏の書評。2009年夏のころ。
「弱肉強食の社会でのサバイバルを描いた小説でも、作品の深部で弱者の側に立っている。そしてそれこそが、村上龍の村上龍たるところだが、彼は決して弱者に『共感』や『同情』はしない。生き延びる戦略は個人がそれぞれ立てよ、と。」
アフリカの、特にマラウィなどの最貧国といわれるところへ行き、いろいろな人たちに関わったときに「何かお手伝いしましょうか」というのもちょっと傲慢な気もするし、かと云って何もしないでもいいのかというと、それにも違和感を感じるし、、。