分水嶺
映画『インビクタス』を観た。「よかった。」素っ気ないけれどそれが感想。
マンデラがあの時思い描いていた南アフリカ将来像と現在の状況は、何とも気の毒なほど乖離してしまったようだ。
インターネットでアフリカのニュースを検索する際に、http://allafrica.com/ というサイトが便利でよく利用する。
このポータルページでサイト内検索をする箇所に国名を入れるとその国のニュース見出しの一覧が見られる。
昨日、マンデラ釈放から満20年だから何か関連のニュースがあるかと思い「南アフリカ」へアクセスしたら、何と、トップニュースはこの前から騒いでいるズマ大統領の隠し子と不倫の話題で、なんとも情けなくなる。結局そのニュース一覧にはマンデラのニュースはなかった。
その後、ケニアの新聞Daily Nationのサイトで、マンデラ釈放から満20年を迎えるにあたり、南アの現状を嘆いているヨハネス駐在のロイターの記者の記事↓があり、やはり同じような思いをしている人がいることに安心した。
http://www.nation.co.ke/News/-/1056/858702/-/item/0/sorb44bz/-/index.html
記事の見出しはそのものズバリ『South Africa needs another Mandela』。今の南アフリカには20年前のもうひとりのマンデラがひつようなのだ。 もしこのサイトにアクセスできたら、釈放された時のマンデラが元奥さんのウィニーと群集に囲まれて祝福されている写真があるので見て欲しい。マンデラの温和な表情がなんともいい。
全く別の話。別のサイトでちょっと興味をもってみた記事があった。
日本語のサイトで『アフリカ資源争奪戦にブラジルの参戦』
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/2746
日本人が南米を思い浮かべると日本が中心に来る世界地図で南米は「右下」に位置し、方向は東。
シンガポール以西の人たちが南米へ行く際には、西へ、欧州か南アを経由して行く。世界地図で欧州・アフリカが中心に来るものか地球儀を見れば簡単に理解できるが、実は香港あたりから中国人が南米へ行く際にもヨハネス経由でリオやサンパウロへ行き、米国を経由する東回りを利用する人は少ない。台湾と香港の間あたりが分水嶺になっているようだ。
その南米とアフリカだが、距離も近く、同じポルトガル語だからブラジルとアンゴラ、モザンビークとは緊密になって当然だろう。
マンデラの釈放された日
ちょうど20年前の今ごろ、ナイロビ病院の3階の病室のベッドに横たわっていた。
2月6日が土曜日だったと思うが、昼食の後に熱が出て、Thikaの掛かりつけ医者に見てもらったら盲腸の疑いありと云うことになって、急遽Nairobi Hospitalの英国人の外科医を紹介され、自分でクルマを運転した行って診てもらったら急性盲腸で、夕刻には全身麻酔で手術となった。
どのくらい経ってから覚醒したのか覚えてないが、とにかく麻酔が切れたあとは痛かったのは覚えている。
その後、その外科医のおじいちゃんが回診に来て、腹膜炎を起こしていてちょっとヤバイ状況で手術に時間がかかったという説明を受け、その腹膜炎の処置もあったので切開した傷が大きくなったと云われた。腹膜炎を起こしていたとは云え、所詮は盲腸炎、それが実際に傷口を測ったら10.5センチとはと驚いた。それで、後日抜糸のときに外科医の指を見て納得した。でかい手とぶっ太い鱈子指、あの指が入るように切開すると、当然傷口が大きくなるのは当たり前だと思った。
その病床でお見舞いに貰った日本の雑誌で、開高健が二ヶ月前の1989年12月9日に亡くなっていたことを知ってショックを受けた。そして、12月9日ということは、その1ヶ月前の11月9日にベルリンの壁の崩壊があった訳だけれど、文豪はベルリンの壁崩壊の知らせをどう受け取ったのだろうと思っていた。
さらにその半年前の6月には天安門事件があり、中国で何かが起きそうな気配は押しつぶされても、秋口には東欧で何かが起きているようだと云う「気」がアフリカのケニアまで伝わって来ていたけれど、まさかベルリンの壁が打ち破られ東ドイツと云う国が消滅するとは思いもしなかっただけに驚いた。
少しは痛みもなくなり、いつ退院しようかなどと思っていた頃、南アフリカから「マンデラ釈放!」のニュースが衝撃波のようにケニアに押し寄せ、ナイロビ病院の病室にまで届いた。それは、2月11日で、偶然だけれど日本の建国記念日と一緒だと思い、翌日の新聞のマンデラの顔写真に、またしても誰もが驚いた。それまで知られていたマンデラの顔写真は、逮捕投獄される前の顔写真で、今にして思えばオーム真理教の麻原彰晃にそっくりな顔だったのが、ほっそりとして温和な顔になっていたからだ。
あれから、ちょうど20年だ。
この前の週末に映画『インビクタス』を観ようと思っていたが外出できなかった。明日は休みだから映画を観よう。
日本の黄昏
発狂しそうなナイロビ市内の交通渋滞に巻き込まれ、雇いあげたタクシー・ドライバーとの会話も尽きると、彼は「日本製のクルマばかりだ」などと話題を繋ごうとする。
実際、ちょっと大袈裟に云うと、ナイロビ市内で目にする乗用車の7割はトヨタ車で、多分残りの2割は日産・スバルなど他の日本車で、最後の1割がベンツ・BMWなどの欧州車という比率に感じられる。とにかくトヨタの存在感は圧倒的で、このタクシーもカローラだし、ドライバーも満足していて日本車を、そして日本を褒め上げる。勿論ちょっとはこちらを意識してヨイショしているところもあるだろうが、悪い気はしない。
そのナイロビで先々週観ていたCNNのニュースは、例の米国でのトヨタ車のアクセルの欠陥によるリコールのニュースにかなりらの時間を割き、とにかくヒステリックにこの時とばかりトヨタをボコボコに叩きまくっていた。日本でもライバルの失策に乗じてそれをビジネスチャンスと捉えるということはあり得るだろうが、この件に関するCNNなどの一連の報道は、1980年代後半の日米貿易摩擦で東芝のラジカセをハンマーで叩き割ったりしたあのシーンと重なって、日本人として不快で不愉快だった。
被害に遭った人たちが集まってトヨタを相手に集団訴訟を起こす準備をしていると云うニュースもあったが、そう云うのは裏で被害者を結束させようと画策している人たちがいるということで、見ていて気持ちの好いものではない。
もちろん非はトヨタにあるのだけれど、昨今のビック・スリーの問題がなかったらここまで感情的にはならなかっただろう。
先週帰国後に観た日本の報道は比較的冷静かと思ったら、今度はプリウスのブレーキの問題が出てきて、そこで一気に大きなニュースとなってしまった。
日本政府が表立ってこの手の民間企業の問題をかばうことはできないだろうが、せめてマスコミは、われわれが海外で自慢できる日本を代表する企業をサポートし、励ますことはでなないのかと、すこし残念だ。
トヨタの海外でのキャッチ・コピーに「Trust in Toyota(信頼のトヨタ)」というのがありアフリカでも道路沿いに看板を見かける。そして、トヨタが圧倒的なシェアを誇るものだから、半分やきもちのあったのだろうが、ある人が最初の「T」を取って「 rust in Toyata」と揶揄した。「サビにまみれたトヨタ」という意味だ。
この難局を乗り越えて、トヨタ世界一復帰を果たして欲しい。