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またしても、ロクシタン

トルコ航空のイスタンブール‐東京のビジネスクラスは、エミレーツのファーストクラスには比較しようがないが、座席が個々のコンパートメントになっていてエミレーツのビジネスクラスよりは上と評価した。「やればできるじゃないか」と贔屓にしてあげたいのだから、ナイロビの発着時間とイスタンブールでの待ち時間の長さをなんとかしてほしい。


もうひとつ、ちょっと感心させられ、かつ、またしてもやられたと思ったことがあった。

シア・バターで一躍世界的に有名になったフランスの新興化粧品会社ロクシタン(L'OCCITANE)が、トルコ航空のビジネスクラスの顧客サービス用アミニティにをプロデュースしているのを見て軽いショックを受けた。


どういうことかと云う事を説明しよう。

ロクシタンという化粧品会社を創立したオリビエ・ボーサン(Olivier Baussan)という南仏プロバンス出身のフランス人は、学生時代は近代文学を専攻していたのだけれど、卒業後、ひょんなきっかけでローズマリーのエッセンシャルオイルを蒸留してそれをベースにした化粧品の会社を始める。社名のロクシタンはスペイン北東部、南仏、北イタリア地方一帯を呼ぶ「オクシタニ」に由来する。


まだ会社を始めて間もない頃、ボーサンが休暇でセネガルだったかへ行き、帰国しようして空港で飛行機の搭乗待ちをしている時に、西アフリカの農村社会を調査していた北欧の女性とたまたま居合わせ、西アフリカのある地方の女性たちが伝統的に肌に塗っているオイルの話を聞いて、その女性からさらに詳細を聞いてその場でフライトをキャンセルして、そのアフリカの女性たちが居るという村へ向かった。

シアバターとめぐり合うきっかけとなった話である。

その後、シアバターを使った化粧品はフランスと米国で知られようになり、約10年くらい前だったろうか、有楽町阪急デパートに日本で最初のロクシタンの支店がオープンし、その後、日本市場に浸透したシアバターを使った商品をコピーしようという会社も現れ、日本人が直接西アフリカからシアバターを手当しようという動きになり、現在ではJICAの専門家が西アフリカのどこかでシアバターの生産を指導しているとか云う話を聞いた。


25年前、ケニアで農園を展開する事業を進めている時に、とても成長の早い雑草があり、結実するとビー玉ような堅い殻の実は、子供たちには戦争ごっこをやる時の石つぶての代わりに使われ、また、その実から取れる油は、キクユの女性たちが代々化粧用にと肌に塗っていたということで、よろめき立ってその実を日本へ送って分析してもらった。

大発見かと思ったが、後日、すでに化粧品や医薬品の原料として知られており、かつ、簡単に生産できることからどごででも手に入ると云う連絡が届いた。

これはものにならなかったが、アフリカのものを商品化して世界に通用させるにはどうしてらいいかを考えて、こう云うやり方がいいかも知れないと思ったことを、すでにロクシタンがやっている。


トルコ航空のアメニティというか洗面用具セットは、中国製の安っぽいタカタカだけど、L'OCCITANEを使うマーケッティング手法は、見事!


とんだイスタンブール

トルコ航空ナイロビ発イスタンブール行きの便の出発時間は30日の3:30am.

ということは2時間前のチェックインということで1:30amまでに空港に行かなければならいということになるが、そんな真夜中じゃ運転手に気の毒だと思い、29日11:00pmに空港に着いてラウンジで時間をつぶしていればいいかと思っていたら、まずチェックイン・カウンターは午前零時まで開かなかった。やっとチェックインをしてラウンジで酒を飲んでひと眠りしてまたビールを飲んでひと眠りということをしていても搭乗手続きが始まらない。

結局午前5:30の搭乗開始で、飛行機が動き出したのは明るくなった6:30am.

こんなことじゃ、始めから早起きして来れば良かったんじゃないかと文句をいいたくなる。


エチオピア上空を通過中に眼下に、砂漠のなかをうねりながら靄の中に消えていく青ナイルが見えた。

トルコ上空に来ればこぶのように見える山が雪に覆われていた。


そして、イスタンブールに着いてまたひと悶着。本来乗り継ぎ待ち合わせ時間が9時間近くになるのでホテルの一室が提供されることになっていたものが、飛行機が3時間遅れて6時間の待ち合わせだからラウンジでお待ちくださいときた。

こうなるとこっちも「交渉」などではなく、「恫喝モード」迫る。そして、もちろん空港内のホテルでシャワーを浴びてこれをアップしていると云う訳だ。


2008年の8月末、トルコ政府とトルコ・ドライフルーツ・ナッツ協会の共催で業界のカンファレンスがあり、往復の飛行機代は出せませんが、当地のカンファレンス・ホテル・レセプション・観光などの費用は負担しますから参加しませんかというお誘いを受けて、初めてイスタンブールを訪れた。


いろいろな人種・文化・宗教が混ざり合うところは間違いなく興味深いいろいろなものがあり、そういう意味でイスタンブールはずっと訪れたいと思っていたところで、期待通り楽しい滞在だった。食べ物も美味しくて、「これがイタリアに行ってリゾットになり更に西のスペインへ行ってパエリヤになったのだろう」とか、「この鶏の煮込みにもっとスパイスが入って辛くなったらインドカレーだ」などというのがあり、アジアとヨーロッパは繋がっていると実感した。

今回は単なる乗り継ぎの通過だけれど、復路はちょっと余裕をもって何日か滞在してみよう。


ナイロビで思うこと ( 続 x 12 )

The mission completed. と云うことで予定していたことは一応すべてこなしたので、これから帰国の途につく。

今回は、始めは追いつめられているような感覚もあり、ケニア国内在住の友人・知人への連絡もせず失礼してしまったけれど、まぁ、しょうがない。

時間がない中、先週の土曜日にはナイロビの北へクルマで一時間程のところにある2万ヘクタールの農場で、現在進行中のプロジェクトを視察した。農園内の赤土の道を、もうもうと埃を立てながら走るので、エアコンをかけて四駆車の窓は閉め切って走っていたがどこからか埃が入ってくるようで、あの赤土の懐かしい匂いがした。あの赤土の匂いもアフリカを思い出させる匂いだ。


さて、つらつらとアフリカのことを考えて、アカデミズムの欠片もなく無責任に夢想して、荒唐無稽にこうすればいいのではないかというのを言うと ;


1、アフリカの富を不正に外へ持ち出せないために、スイス金融機関などでの情報を完全公開し、不正な蓄財させないようにする。個人情報の保護がスイスや英領ジャージー島、バミューダ島などのの金融機関の「売り」ではあるが、そこがブラックホールのようにカネを飲み込んでいるのだから、ここを止める。

たとえば、アフリカのの国家元首とその取り巻きが国有財産を私物化してそれを海外へ持ち出そうとするとき、国内でその強大で狂暴な権力者の不正を阻止することはまず不可能で、仮に個人なり組織それを止めようとするといとも簡単に葬りさられることになる。だから、国内・アフリカ内でそう云う不正は阻止できないので、アフリカ外の"行き先"をなくする。


2、そして、そう云う富を集中的に教育にあてる。一万円札の福沢先生が文明開化の日本国民に「天は人の上に人を作らず、、、」と説いたように、啓蒙教育を強力に推し進める。ケニア人の高校卒はだいたい英語が話せるが、もうちょっと高いレベルの語学、たとえばある程度観念的なことまで英語で思考できる程度に、スーダンやソマリヤなども含めたアフリカ人をあまねく引き上げる。


3、後進国から抜け出したBRICsなどとの距離が開かない施策・方策、BOP Business、なんでもいいから、彼らを世界の経済活動の外に置かない、明確なものが見えないが、そう云う何かを考えださなければと、思う。


所詮たわごとかな、、、。

さっ、飛んでイスタンブールだ。