Hardnutのブログ -59ページ目

しかし、それだけではない。

この週末に読もうと思っていた本があったのでどこにも出掛けずにと思っていたれど、気が変わって加藤周一のドキュメンタリー映画「しかし、それだけではない。 加藤周一 - 幽霊と語る」を観に行くことにした。


気候のよいナイロビあたりでのんびりしているのもいいけれど、長谷川等伯のナマ作品に接したり、こう云う映画を観たりということは、余所ではできない。そう云う点、やっぱり東京はいい。

事後報告

ホリエモンは「ブログに書けないこと」とかを有料メルマガで配信しているらしく、まぁそれはそれでどうでもいいけど、こちらは書けないことがあった訳ではなく、ただサボっているうちに10日以上が過ぎてしまった。

それと、実際にいろいろなことに時間を取られていて、ブログどころではなかった。


今週は、アジア最大の国際食品見本市Foodex Japan 2010が幕張メッセで開催され、日本政府関連の某機関が主催するセミナーの中で「アフリカの食品ビジネスについて」という演題で、アフリカに興味のある日本のバイヤーを対象にアフリカの食品産業の話をしてくれという依頼が昨年暮れにあり、それを引き受けていたので、その準備や打ち合わせで時間を取られていた。

講演内容の組み立ては、アフリカを理解するにはアフリカ人の気質の説明から入るのが良いであろうということ思い、気質を理解するには、思考のもととなる彼らの言語の説明から始めるのが分かりやすいということで、

-アフリカの部族語の話で、南アに9つある部族言語は指の数である10以上の数字を表わす単語がない、とか、-一方、キクユ語では99万まで数えられるからキクユは数字に明るい、とか、

-バスコ・ダ・ガマの何百年も前からアラブ人と東アフリカの交易はあり、そこでどうスワヒリ語が発展したか、

-スワヒリ語は、良くいえば鷹揚、悪く言えば大雑把、テキトーな言語で、話す人たちも鷹揚、でもそれが知能程度が劣るということにはならず、賢い人は賢い。

-たとえば、スワヒリ語には色を表す単語は「白」「黒」「赤」しかないけれど、だからと言って色彩感覚が乏しいかということはなく、彼らの着ているカラフルな洋服等々、言語から気質を説明しようとしてもなかなかそれだけでは分からないということを冒頭の「ツカミ」とし、そこから本題へという構想だったが、主催者からは、「済みません、これではツカミの部分だけで時間が終わってしまいます」と言われ、せっかくの導入部は省略し、本編だけの当たり前の平凡に話になってしまい、プレゼンはなんとなくグイっと引き付けられないまま終わってしまった。


さらに、Foodexでは南アフリカ大使館のブースのお手伝いなどもしていたので、そちらでも時間をとられた。


もうひとつ。某大手新聞社の読者プレゼントへ商品提供した企画が先週末(25日)に締め切られ、ハガキでの応募は2000通に達し、同時並行でのインターネットの募集には、なんと34,000人以上の応募があった。メディア、畏るべし。でも、驚きと同時になんだか高揚感があり、クセになりそう。

実際、金曜日の晩は、恵比寿カーデンプレスのウェスティンホテル東京の某団体主催のイベントへも潜りこんで、別のメディアに接触している次第。



ここ以外のどこかへ

むかしの中国の人たちは「桃源郷」という理想郷へ思いをはせ、インドの人たちはヒマラヤの果てにあるといわれた「シャングリ・ラ」を思い、古代ギリシャの人たちには「アルカディア」という理想郷があった。みんなチョボチョボ。考えることは似たり寄ったり。


現実の生活からふと逃避して、全く非日常的な時空へ身をおければ少しは救われるのではないかと思い、「ここ以外のどこかへ、ここ以外ならどこへでも」と考えることは、たぶん誰にでもあるのかも知れない。


深夜に息苦しくて目が覚めた。

花粉症の症状が、例年よりちよっと早めに始まった。

30年前に日本で生活をしていたときには、花粉アレルギーなどという症状を経験した記憶は全くないのに、4年間に日本に戻ってからは毎年この時期に症状が出て苦しめられる。3月‐4月は憂鬱だ。

薬を飲めば少しは症状が軽減するが十分ではない。やはり、ここは転地療養しかないようだ。「ここ以外のどこかへ、ここ以外ならどこへでも」。まさにそんな気持ちだ。