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アフリカ アップ デイト

今日で9月もおしまい。

6月のラオス・タイ訪問のあと、7月末に南アフリカ・ダーバンを中心にKwazulu Natal州を訪問。あれから2ヶ月、ブログはとんと御無沙汰。


何かアップしておきましょう。


9月10日ころ、タンザニア沖でPemba島へ向かうフェリーが沈没して約200人が亡くなった。その一週間後、ケニア・ナイロビのKenya Pipeline Co.のEmbakasi Depot近くでガソリン搬送用パイプが破損、ハイオク・ガソリンが隣接する貧民街の排水溝へ流れ込んで引火・爆発、100人以上(実際は85人?)が死亡、負傷者も多数出たが、これらのニュースは日本ではほとんど報道されなかった。

同じころ、米国デンバーの航空ショーで墜落事故、2-3人の死者と数十人の負傷者がでた。こちらは墜落の瞬間の動画などもあったのでテレビでは何度も放映され、新聞でも一面に写真を掲載した全国紙もあった。

ニュースバリューということを思えば、日本ではこんなものなのでしょう。


マラウィがかなりまずいことになっている。

諸々の事情で英国からの援助が止まり政府は緊縮予算と増税を発表と、石油製品を含め厳しい輸入制限を開始。物資の不足・物価の高等、7月にはゼネストに発展、軍・警察はデモ隊に発砲、北部Muzuzuなどの都市で20人近いデモ参加者が死亡。大統領Mutharikaは国民を人質にとって国際機関などに援助を要請するも効果なく、ついに国内からはガソリンもディーゼルも底をついてしまい、現在は、完全な麻痺状態。


ザンビアの総選挙はたいした問題もなく終わったようだ。


日本は秋分を過ぎ秋が深まり行き、ケニアからジンバブエ・南アフリカにかけての南半球は百花繚乱の春となり、ジャカランダが咲き始める頃か。


瞬間を生きる哲学

ビエンチャンからバンコクに着いたのが月曜日の晩で、夕食はバンコク市内のローカルな海鮮レストランへ出掛けた。夜更けに空港に戻り、福岡に所用があったものだから福岡行きの便でバンコクを後にし、火曜日には博多で一泊し、昨日東京に戻った。


ラオス滞在は数日と短く、また、予定もいろいろあったので残念ながらのんびり過ごす時間はなかったけれど、またま持っていった本の一冊が『瞬間を生きる哲学』 (古東哲明著・筑摩書房)という本で、これが時間ということについて考えさせるのでラオスあたりで読んで「今ここに」に思いを馳せるにはぴったりの本だった。


最近はみんな携帯電話で連絡を取り合えるようになったものだから、日本でも約束時間に3分程度遅くなりそうだからと云って電話をしてきたりと云う状況だから、ラオスでは、時間というものについて思ういい機会だった。


ラオス - なにもない豊かさ

ベトナム中部のダナン・フエから真西へ視線を移し、国境を越えてメコン河に届いたあたりにパクセ(Pakse)という街がある。

ベトナムとタイ、カンボジアとラオス北部を結ぶ要衝にあり、かつてクメール王朝が都を南のアンコールワットへ移す前の中心はこのあたりだったそうで、ワットプーという世界遺産に認定された遺跡がパクセの近くにある。


成田を出てバンコクを経由して首都ビエンチャンで一泊し、翌朝国内線でビエンチャンから1時間半のフライトでパクセに着いた。さらにパクセから東のベトナムの方角へ100kmも走るとボラヴェン高原(Bolaven)に着く。標高約1000メートルの高地の風は気持ちがいい。

ラオスという国は、後発開発途上国などというあまり有難くない名前で呼ばれるカテゴリーに入るということだけれど、その中でも首都から遠く離れた田舎の山の中で、なんとも言えない居心地の良さを感じるのは何なんだろう。そこに暮らす人たちがいいのだろう。民度が高く、鷹揚な人たちと接していると、アフリカや他の地域の人たちと接したときとは何か違う感覚をおぼえ、何もないけれど何となく豊かに思えてくる。


もうちょっとゆっくりしていたいけれど、日本への帰路につかなければならない。

気が重いけれど、荷物をまとめるか、、、。