京都・南座に行った。

年末を飾る顔見世を見た。


客席には、瀬戸内寂聴さんの姿があった、
奥からは、びっくりするような大きなレンズを装備したカメラを抱えた写真家が
舞台に広がる、現実と切り離された現世と来世が交わる刹那に広がる異界の空間を
切り取っていた。


歌舞伎俳優は、かっての名優の血をその身に宿し、
音曲の導きによって舞台にその再来を招きだし、
観客はこの世にはあらぬ空間に魅了され、やがて陶酔し
暫し心を魔界に遊ばせた後、
幕の外の現実とやらにまた立ち戻っていく。


特に、海老蔵の『源氏物語」での光源氏は絶対的だった。

芳しいその若さ、美しい容貌に、凛々しい所作は

正に光輝き、その胸に顔を押し当てて

その息遣いを確かめてみたい・・・・・。

今を盛りに咲き誇る海老蔵の存在は、

「夕顔」や「六条の宮」ばかりか

 誰の心をもときめかせる完璧さを持ち備えていた。


外にどれだけの冷たい師走の風が吹きつけていようとも、
異界に遊んだ心は、このひどく寂しく苦しい現実さえも
受け入れよとする。前向きに受け入れようとする力を得ているのだ。


厳しい現実だから、暫し、心を解放する術が、
芸術を楽しむではないだろうか・・・・・


世相は不安だからこそ、今を大切にしたい。
来年は、どうなっているだろう・・・・・
押し寄せる不安は、棚上げして、
今年は、今年の、今できることを受け入れたい。


オフとオンとの切り替え。
故桂枝雀師匠の『緊張と緩和』、


生ある者の前途には、
永遠のオフ、永遠の眠りが待っている。
それまでの、この世の夢物語が、生きていること・・・・・。

その物語を、舞台の上の俳優たちは美しく彩ってくれた。

三国志って前から何とな気になっていたのですが、

あまりの長編で、どこから手をつけたらと思っていたところ、テレビで宣伝を見たのと、

外出したついでにフラッと映画館へ。

上海へ行ったばかりで・・・

なぜか中国の空気を15年ぶりに吸ってみると、

小娘の頃に、ボランティアで残留孤児のおじさん、おばさんを生徒に、

毎週日曜日鶴橋の『愚公時習社」で

初級班を担当。大学で学んだ中国語がさびないようにという下心があったのですが、

学校では教わらなかった日中の悲しい現実の狭間で、幼い時に親と別れ

中国の大地で育った日本人、戦争さえなければ、こんな小娘から母国語である

『日本語』を学ぶ必要もなったのに・・・・・。

孤児たちの中国での体験や、実父母との出会いや養父母との別れ、

夢にまで見た母国での様々な現実・・・・・

でも前向きで、日本語を学ぶ場所があるならと、こんな小娘先生の日本語教室に通ってくれたのです。

「原田先生!」と呼ばれ、私の大連の養母ですと見せられたセピア色した写真の中には

チーパオ姿の美人が、『この人は本当に中国人に育てられたんだ・・・』

敵の子である日本鬼子の子供を育てる中国人の懐の大きさ・・・・

ましてや戦争の混乱期、養母が病死し、その人は新疆ウイグル自治区へ流れ着き、

そこでも養父母に恵まれ大学まで出してもらって小学校の先生をしていたそうです。


また子供を中国へ置いていくしかすべの無かった中国開拓団の方々の手記も拝見しました。

ロシア軍が迫ってくる中での逃亡は死と隣りあわせで、道々に日本人の死体の山があり、

その愚公時習社を運営していたのも、生き残って日本に帰りついた方々でした。


自分にできること。安易な思いを引き受けた一年は、大地の子の物語さながらで、

その後、仕事で広州交易会などに行く機会があったのですが、

私の心のどこかに、敵の子を育ててくれた中国の養父母の自愛に

私になりに日中友好の橋渡しができればと・・・

思えば、私は若くて、純粋で、直向でした・・・・・


今は・・・ ただのおばちゃんですが・・・・・

目15年ぶりに上海へ行ってきました。

まるで別世界の上海でした。

15年前は骨組みが組みあがりつつあった浦東地区にテレビタワーをまじめ

エーペック会場に、大阪にはないほどの森ビルの高層ビル。

ニューヨークのような上海の摩天楼郡・・・・・かお

景気に翳りが忍び寄ってくる中国にありながら、2010年の上海万博に

ディズニーランド建設とこれから、これからの、プロジェクトがメジロ押し!


龍の行き先ははるか遠く!!です。

今回は伍芳といく上海ツアーで、有名レストランめぐりに最新観光スポットに

上海蟹!と、セレブな旅に満足!上海ドリームを楽しみました!にひひ