スピリチュアルライフ ー 原水音のマザーアースカフェ -6ページ目

スピリチュアルライフ ー 原水音のマザーアースカフェ

アメリカ、屋久島を経て、熊野の自然のなかで暮らしています。四人の子どもを自宅出産、自然育児で。スピリチュアルでエコな体験をおしゃべりしちゃいます。



原 水音のマザーアースカフェ
七里御浜にそびえる獅子岩。パワーの強い磐だ。すぐ後ろには花の窟神社がある。花の窟がピラミッドなら獅子岩は海のスフィンクス。


熊野灘の神秘を気軽に味わうハイキングコース


JR熊野市駅 →(20分)→木本登り口 →(20分)→ 松本峠(20分)→ 鬼ヶ城センター

 

 原 水音のマザーアースカフェ

  

  伊勢へ七度、熊野へ三度、愛宕さまへは月参り

 昔の人はそう言いつたえ、伊勢参りについで熊野詣でをさかんに行っていました。

 伊勢路は、伊勢と熊野をむすぶ熊野古道です。起伏の激しい峠越えの道が多い伊勢路のなかで、もっとも短距離で、しかも圧倒的に眺めが良いのがこのコース!

 ゴールの鬼ヶ城(おにがじょう)は昭和10年に国の天然記念物に指定され、ユネスコの世界遺産の一部でもあり、熊野灘の荒波によって侵食された砂岩が、まるで鬼の棲む城のようにも見え、ちょっと、日本ではないような風景にひたることができます。


 
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 熊野市駅を背にして左手方向にのびる記念通り商店街をまっすぐ進むと、道が二手に分かれます。右方向に進んで道なりに少し坂を上がって行くと、熊野古道松本峠の木本登り口に到着します。

民家のわきを上がって古道に入ると石畳の道が続き、みごとな巨木が道脇に生えていました。

汗ばんだ体に木陰が優しく、ふと見ると、足もとの草むらにはヒオウギスイセンの朱色の花が、初夏の訪れを告げています。

 ゆるやかな上り坂を進んでいくと、白竜大師と書かれた赤い鳥居が見えてきました。その先にトイレがあります。

 

 トイレの先は、東熊野街道(伊勢街道)随一の景観を誇るポイント。ここから眺めると、七里御浜は、はるか新宮市の速玉大社まで25キロものなだらかな弧を描いていて、晴れ渡った空を映して海がおだやかに横たわっています。

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熊野市から和歌山県新宮市まへと続く七里御浜

 

 ここから民家が消えて、山道に入ります。

 石畳は苔むした自然石の道へと変わり、その間を木の根が這い回って石を支えているかのようです。節の多い竹の根が目に入ったので、ふと見あげるとそこには一むらの竹林が。

 竹は野生で生える植物ではなく、昔、そこに人家があった証拠なのです。

 竹林に守られるように、背の高いお地蔵様がたたずんでいました。峠のお地蔵様は、建てられたその日に、化け物とまちがえられて鉄砲で撃たれ、傷を負ったという話が伝わっています。お地蔵様の足もとには、ツワブキが茂っていて、鮮やかな緑の葉がキラキラと陽光を受けとめていました。



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峠のお地蔵様を起点に、まっすぐ500m歩けば、大泊(おおどまり)、お地蔵さんを背に左手へ700m進めば、鬼ヶ城です。

 

鬼ヶ城を目指して進んでいくと、絶景見晴らしポイントの東屋があります。目の前に青い海、背後には熊野市を抱く山々の緑がみずみずしく迫ってきます。ここでお弁当をゆったり食べたら最高に気持ちがいいはずです。



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  熊野古道弁当(¥800)(要予約)


 鬼ヶ城跡の掘割を過ぎると、「滝見の丘」の標示。以前は、ここから雄大な清滝が見えたのでしょうが、今は植林された桜の木が邪魔して見えません。

 その先の「鬼のみはらし台」に立つと、海に突き出した船の舳先にいるような気分。「さくらの道おり口」を下りきると、そこが鬼ヶ城センターの入り口です。春にはこの山の斜面は淡いピンクに染まるほど、多くの桜が植えられています。


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 熊野灘に沿って1kmほど続く鬼ヶ城は、世界遺産にも登録された国指定の名勝地です。数回の大地震で海から隆起した凝灰岩(ぎょうかいがん)が海風と波にさらされて風化して創り出した、世にも美しく怪しい、しかし静けさを感じる風景が広がる場所です。


 ここには、その昔、鬼と恐れられた熊野の海賊、多娥丸が住んでいたという伝説が残っています。

 

 岩に座って波音を聴いていると、時を越えた場所にいるような不思議な安らぎが胸を浸していきます。

 靴をぬいで、ついでに裸足になって、階段状に広がる千畳敷の平らな岩場に寝転がってみました。



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はるか昔、急峻な伊勢路を越えてきた旅人たちの目に、この海はどう映ったのだろう。


そんなことを思いながら、もうしばらく海に抱かれていました。




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花の窟神社、例大祭のようす



*松本峠は大泊口から歩いても、鬼ヶ城口から登っても気楽に歩けるショートコースですが、わたしは山から一気に鬼ヶ城へ下りてくるこのコースが一番好きです。


これだけではもの足りない方は、ここから獅子岩、花の窟神社(はなのいわや)方面まで歩くことをおすすめします。

駅方面に戻る場合は、鬼ヶ城センター入り口まで戻って、国道に出てすぐ右手方向に見える、旧いトンネル「鬼ヶ城隋道」のなかを歩いていくと車の多い国道を歩かないですみます。

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花の窟(はなのいわや)神社は社殿をもたない自然信仰の神社。女神イザナミの墓所とされる。



駅前の観光センターで古道地図をもらってから歩くとよいでしょう。記念通り裏にある「紀南デザインセンター」にも地図が置いてあります。

こちらは旧い日本家屋をそのまま利用していて、熊野のおみやげものなども購入できます。縁側にすわってお茶を飲むと落ち着く、和みスポットです。



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「かね久商店」は、JR熊野市駅からすぐ側にある弁当・寿し、仕出しのお店です。多種類のお弁当(¥630~)に、郷土料理のさんま寿司(1本 500円)、めはり寿司(3個 350円)、昆布寿司(1本 600円)なども人気のお店です。
お弁当の配達もご相談に応じており、個数により二木島~紀和町、古道登り口に配達が可能。

熊野古道弁当(¥800)(要予約)」は、竹の皮で編んだ籠に、熊野地どり、さんまかんろ煮、マグロわた甘辛煮、うつぼの唐揚げ、トマト、みかん、おにぎりには熊野を代表するめはり寿司、自家製の梅干しが入ったもの、炊き込みご飯のおにぎり、甘味に自家製なべもちが入っています(季節によって中身は変わります)。
品数の多い豪華なお弁当タイプのものは(¥1,000)。

店名:かね久商店
熊野市井戸町649-1 電話:0597-85-3548
営業時間:630~ 日・祝は予約のみ可


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那智へのアクセス・JR紀勢本線(きのくに線)特急にて紀伊勝浦駅下車、紀伊勝浦駅から熊野交通バスで、神社お寺前駐車場行きにて30分、終点下車、那智青岸渡寺、鐘楼横の大雲取越登り口から歩く。     




大雲・小雲取越は、熊野三山巡礼の山越えルート


 いにしえの熊野詣、熊野三山巡礼は、本宮大社から熊野川を舟で下り、熊野川の河口近くに建つ速玉大社に詣でた後、新宮から那智へは海沿いの道を歩いて、浜の宮から那智川に沿って那智山を登った後に那智大社へ詣でました。



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円座石(わろうざいし)


  


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  那智山からいざ出発!

那智山青岸渡寺は、西国三十三所観音霊場巡礼一番札所です。明治時代、神仏分離令が出され、修験道の影響で神道と仏教がミックスされて出来上がった熊野信仰は、神か仏かどちらかを選ばなければなりませんでした。

熊野三山のうち、熊野本宮大社も熊野速玉大社も神道を選んだために敷地内にあった寺院はすべて取り壊されましたが、ここ、熊野那智大社だけは、青岸渡寺が、西国三十三所観音霊場巡礼一番札所であたっために取り壊されずにすんだのです。

急な坂を登っていくと、そこは晴れた日には熊野灘が見える船見峠。雄大な眺めを楽しんだら、八丁坂を下っていきます。



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  那智山に棲む亡者ダル


ここは「亡者の出会い」と呼ばれる場所で、亡くなった親兄弟や知人たちが白装束姿で歩いているといわれた場所。熊野信仰では、山は霊が集まるところとされています。

また、ここは空腹の旅人にとりつくダルという化け物、またはヒダル神と呼ばれるものがさまよっている場所ともいわれているのです。

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夜には野生の獣が闊歩する山の中。かわいいウリボウも!


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南方熊楠が愛した那智山は植物の宝庫!


ダルとは、熊野の方言でだるい、疲れるという意味。地元の人は疲れることを「かいだるい」と言いいます。

ダルに憑かれると異常な空腹感に襲われて死んでしまう、と恐れられていました。これを防ぐためには弁当の飯つぶを少しだけ残しておいて、それを口にして飢えをしのぐと良いとされています。


原 水音のマザーアースカフェ原 水音のマザーアースカフェ


高菜漬けでまいためはりずしは、漬物が乳酸醗酵しているため、おにぎりよりも腐りにくい。かつては山人の昼食にされた。大きく握ったご飯を食べるとき、目を見張ったから、とか目張りをするように飯を高菜でくるんであるからとか諸説ある。
わたしの大好きな熊野名物、サンマ寿司も美味!  

                 

坂を下って、色川辻を過ぎ、粥餅茶屋跡から林道を歩き、地蔵茶屋跡に出ます。地蔵堂には三十二体のお地蔵様が祀られています。

ここでひと休み、お弁当を食べるのもよし。体力を回復させてから、急な石畳を登っていくと、石倉峠に出て、そこから先が大雲取越最大の難所といわれる、越前峠。険しい上りの道が続き、やっと峠を越えると、今度は、長い下りの石畳、これが胴切坂です。



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上りもきついのですが、長い下り道は疲れた足腰にはけっこうこたえます。下り道にさしかかる前には、靴ひもを締めなおしておきましょう。ゆるめのスニーカーなどをはいて歩いていると、靴のなかで足が泳いで足首をねん挫しやすいし、足の指先を痛めることもあるので注意してね。

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杉林におおわれた長い下り道をぬけると、美しく苔むした円座石が見えてきます。



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大きな岩に、薬師如来、阿弥陀如来、観音菩薩の熊野三所権現が梵字で刻まれています。円座とは、い草や藁で編んだ丸い敷きものという意味の方言。この大岩の上に神々が円く輪になって座って談笑していたと言い伝えられているのです。

円座石を過ぎると、もうすぐ、そこは熊野川町小口。やった!終点です!

熊野古道一の難所と脅かされた割には、なんとか歩けるものですね。


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那智の滝


わたしは薄暗い地蔵堂に並んでいたお地蔵様たちの風情が一番、心に残りました。そして、道の途中に立っていた歌碑から、歌人たちの美しい歌を通して、熊野古道のイメージがまた一段と広がった気がします。

古道の出口で借りてきた杖を置き、アスファルトの道を歩き始めたら、急に現世に戻った気分になって、すこし淋しくなってしまいました。


  
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大雲取越コース(16 km;約6時間)

那智山バス停 → 徒歩10分 →  那智山青岸渡寺 ( 2,5km;約1時間 )→ 

登立茶屋跡(2.0 km;40分) →  舟見峠(3.7km;1時間20分) →地蔵茶屋(1.9km;50分)→越前峠(4.9km;1時間40分) →円座石(0.8km;20分) → 小口


*宿泊施設 小口自然の家 新宮市熊野川町上長井 電話0735-45-2434


大雲取越に関しての質問 那智勝浦観光協会 

電話 0735-52-5311

小雲取越に関して  新宮市観光協会  

電話 0735-22-2840




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熊野古道 中辺路 発心門王子から本宮大社

(和歌山県田辺市本宮町)


JR新宮駅から熊野交通バスで1時間15分、本宮大社前バス停下車、徒歩10分




祈りの道を歩いて、神の光を受けとる



熊野古道、中辺路は、今なお車の騒音や人の気配に惑わされることなく、木々のあいだを吹き抜ける風を感じ、野鳥の声に耳を洗われながら、ゆったりと古道を味うことができます


発心門から本宮大社までは、そのほとんどがゆるやかな下り坂で、歩く距離も時間も短いので初心者でも、ハイキング感覚でスニーカーで気軽に歩ことができる道。




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出発点にあたる発心門王子は、熊野九十九王子の中でも特別な場所で、中世には発心門と呼ばれる大鳥居があり、ここが熊野本宮の聖域の入り口とされていました。


発心とは、「仏道に入って、悟りを得ようと志を起こす」という意味です。



水呑王子を過ぎて、杉林をぬけると伏拝(ふしょがみ)集落が見えてきます。しばらく歩くと、伏拝王子に到着。


休憩所とトイレの前を通って、伏拝王子の石祠と和泉式部供養塔に手を合わせました。




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ここからはかつて川の中州にあった本宮大社の大鳥居が見える。



平安時代の女流歌人、和泉式部が熊野詣にこの地までたどり着いた時、月の障りになってしまったために神社への参拝をあきらめて、



「晴やらぬ身のうき雲のたなびきて月の障りとなるがかなしき」



と歌を詠んだそうです。


でもその夜、夢に熊野権現が現れて、


もとよりも塵にまじはる神なれば月の障も何かくるしき」


と応えて下さったので、和泉式部は感激してこの場所から本宮を伏し拝んだと言われ、それがこの地の名前の由来でもあります。




ここから古道は杉木立の中へと続き、苔むした石畳を踏みしめて歩きます。

千年前にもこの道を、遠く都から着物の裾をからげて歩いた人がいて、その同じ道を今、わたしが踏みしめている。時空を越えた不思議な一体感に襲われました。






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古道に咲く野生のリンドウとオニダスキ



遥か昔にこの石を積んだ人がいて、大雨で崩れるたびに黙々と道普請をしてくれた人がいて、麓に国道が走り、誰もが車でひとっ飛びに移動できる時代になっても、こうして熊野古道がたいせつに守られていることに自然と感謝の思いが湧き上がり、踏みしめる道にいつしか愛おしささえ感じてしまうのです。


雨あがりには露をふくんだ苔があざやかな緑に輝き、季節がめぐればその苔には、黄色や赤のこまやかで可憐な花が咲きます。


熊野の気候の特色は、雨が多く高温多湿なことです。

梅雨の雨はときに激しく、湿度も非常に高くなるので古道を歩く身にはつらいのですが、この気候こそが、岩も、木々の樹皮までも、緑のビロードで覆ってしまう、神秘的な熊野の森を創っているのです。


熊野古道歩きが、山歩きと似ているようで異なるのは、ここがかつて、人々が聖なるものを求め、神仏への祈りをこめて歩いた参詣道であったということです


古道には、昔は社のあった王子跡や石仏が残されていて、それらが歴史的に価値あることは言うまでもないのですが、道そのものにも石仏にも、人々の祈りや願いの力がこめられていることに、古道を歩いて気づかされました。

 

 雨に打たれながら森を抜け、木立のあいまに輝く朝日に神の慈愛を感じ、巨樹に畏敬の念を抱いて手を合わせる。


 鹿や山鳩たちの棲む森で眠りながら旅をつづけ、熊野へ、ただ無心に熊野三山へと向かった旅人たちの深い祈りと、大自然にいだかれて初めて知った、生まれたての赤子のような魂のやすらぎ。


 それらは苔むした石畳に、道わきの石仏の笑顔の奥に、今も波動となって匂いたつように漂っています。


道端に咲くラピスラズリの色したアサマリンドウを愛で、石仏の前で足を止め、仏様の印を組んだ指先に優しさを感じて、この名づけようのない思いを感謝の祈りにのせて捧げた時に、熊野古道に刻まれた聖なるものへの希求と、わたしの祈りとが時空を越えてひとつに合体したのを感じました。


歩きはじめたときは、日常の延長でしかなかった時間がいつの間にか変化していて、静かな平安に満たされているのを感じます。




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温泉民宿大村屋の熊野古道弁当



「ちょっとより道」の看板を見つけ、古道からほんの少し外れて、「和歌山県の朝日・夕日100選」に選ばれた見晴らしの良い場所へ。


 ここでお弁当を広げます。ペットボトルの水が体にしみていく!正面には大斎原の大鳥居が見えます。

 

 お弁当を食べてしばらく歩くと、もう山道を抜けました。

団地を通り過ぎて、祓戸王子に到着。


 



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祓戸王子

 大きなイチイガシや楠の木々に囲まれた美しい場所。本宮大社はもうすぐそこです。


古道を歩き、汗をかいて辿り着いた熊野本宮大社で、大自然を育み、わたしに命を吹きこんでくれた大いなる存在に祈りを捧げます。


清々しい気持ちで石段を降り始めた時、突然、雷が落ちたような光を感じて目眩がしました!


一瞬、なにが起こったのかわからなくなったのですが、次の瞬間、理由のない喜びと、感謝の波が、後からあとから湧きあがってきて涙がとまりませんでした。


その時、はっと気づいたのです。


古道を歩く前に抱えていた心のしこり、ずっと胸を重くしていた不安感がすっかり消えていることに。


今まで何度も本宮大社をお参りしてきたのに、こんな体験は初めてでした。


祈りながら、汗を流して、熊野古道を歩いてはじめて得られる神の光を、その時わたしは確かに受け取った気がしました。



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発心門王子から 熊野本宮大社(8km:約2時間40分コース)


発心門王子バス停 → 発心門王子(30分) → 水呑王子(45分)→伏拝王子(65分)→ 祓戸王子 (3分) → 大社熊野本宮 → 熊野本宮旧社地、大斎原


タクシー  熊野第一交通  電話 0735-42-0051




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本宮大社内にあるヤタガラスポスト。ここから旅のお便りを愛するひとに送ってみては!







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原 水音のマザーアースカフェ 山頂から境内を彩るしゃくなげは5月が見ごろ。今年はこれからです!


霊峰、玉置山に建つ玉置神社

アクセス

国道168号線で十津川村「折立」または「平谷」から約40

分で玉置神社駐車場へ。国道169号線北山方面からは田戸トンネルをぬけて玉置川集落から40分。路線バスなし。平谷からはタクシーで行ける。 



RDGレッドデータガールの舞台、霊峰玉置山


大峯山系に属する玉置山は、風土、文化において熊野エリアと吉野エリアの分水嶺にあたります。この山を境に気候も言葉も変わってくるから不思議。

標高千メートル以上の玉置山は熊野の中でも最も多くの自然林が残された美しい山。永く聖域として樹木の伐採が禁じられていた山には杉の巨樹がそびえ立ち、春は山桜、そして新緑が美しく、秋は紅葉に染まり、カモシカ、猿、猪、鹿、熊など野生動物だけが棲息する、もののけ姫の森に似た神秘的な世界が広がっています。萩原規子先生が描く「RDGレッドデータガール」の舞台は、この玉置神社。主人公の泉水子の霊能力にはうなずけるものがあります。

この霊山の麓に長く暮らしたわたしも、言葉では言い表せないほど様ざまな霊的体験をさせて頂きました。熊野の数ある聖地の中でも、玉置山はわたしにとって一番身近な存在であり、かつ最も霊的なエネルギーが強烈で、畏敬の念なしには近づくことのできない神の山なのです。



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玉石社。ここが玉置のエネルギーの源泉といわれています。古代からの祭祀が行われてきた聖地。

玉置神社は熊野三山奥の院と称され、崇神天皇によって紀元前37年に熊野本宮とともに創建された日本最古の神社で、日本一広い村、十津川郷の鎮守です。また、役の行者が開いた山岳修験道においては、吉野、熊野、高野をむすぶ要の地にあたり、大峯奥駈行の終点地点で、ユネスコの世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」大峯奥駈道に属しています。

主神は国常立神尊。国常立神尊は 天地開闢の際に出現した最初の神様で、地球神霊の中心を司る非常に大きな働きをされる神です。

山頂近くに建つ玉置神社は、駐車場から杉の巨木が続く参道を十五分歩かなければたどり着けません。参道を歩き始めて最初に目に入るのが乳岩と呼ばれる磐。ここはご祭神、菊理姫を祀った白山社です。丹倉神社や花の窟に通じる巨岩信仰がここにもあります。  

杉の巨木のあいだをなだらかな上り下りが続く参道を進むと、ついに本殿が姿を現わします。熊野三山の神社に比べると、古びてこじんまりとしていますが威厳のある佇まいで、五月ともなれば、境内の脇や山頂には、あでやかなピンクの石楠花が咲き誇り、本殿裏にまわると、樹齢三千年の神代杉、夫婦杉、常立杉などの巨樹が神の化身のようにそびえています。

 


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玉置神社を訪れたら、必ず参ってほしい場所があります。それが、玉置のエネルギーの源ともいえる玉石社です。ご祭神は、大巳貴命。本殿から境内へ向かう道の途中にあり、瑞垣で囲った杉の木の根元に白い丸石が敷き詰められ、その中央に黒光りする玉石が顔をのぞかせています。一見、さほど大きな石に見えないのですが、実は地中深く埋まった巨大な磐であるといわれています。以前、村おこしのためにこの石を堀りあげようとしたところ、あまりに巨大なので、いくら掘っても掘り出せなかったという話を聞きました。

玉石社は、玉置神社創建よりもさらに古いといわれ、古代、この場所が神聖な祭祀場であった可能性が高いのです。

玉置山は、海底から噴出した玄武岩質のマグマが隆起してできた岩山で、白山社の近くには、天然記念物の枕状溶岩が露出しています。玉石社のご神体も、海底マグマが冷えて固まった巨大な枕状溶岩。つまり、この玉石は地球創世時、あるいは日本創世時からの果てしなく永い時間、この場所にあった岩といえます。

 


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天然記念物のカモシカも棲む玉置山

岩は記憶装置です。宇宙意識を記憶したアカシックレコードにつながるツールともいえます。どんな巨樹よりも永い時間を生きてきた岩を、古代人は信仰の対象としてきました。

量子物理学によれば、岩のように固く動かない物体も、すべての物質の最小単位である素粒子は振動して微弱なエネルギーを発しているのです。その微弱なエネルギーを気、あるいは波動として感知し、岩に刻まれた地球の記憶を読み取る能力が古代のシャーマン、巫女にはあったにちがいないのです。そのような能力を持った者たちが聖地を定め、日本各地の神社の創建に関わってきたのだろうとわたしは思います。


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古い橋の上から見た瀞峡。木々の緑と水の美しさに息をのむ。


今なお、十津川村は交通不便な秘境ですが、今よりももっと巨樹が生い茂り濃密な森に覆われていた玉置山の頂を聖地と定めた者とは、いったいどんな人なのでしょうか。

 玉置山から湧き出す水は、清流、玉置川となって谷を潤します。我が家の子どもたちはその川で水浴びし、魚を釣って遊びました。

娘は「死ぬときは玉置山で死にたい」と言ってわたしを驚かせましたが、子どもたちの産土神は玉置の神様なのだから、その神の懐にいだかれて、願わくば山桜の咲く時に旅立てたなら、そのまま神界へと昇っていけそうな気さえしますね。熊野は根の国、山は死者の棲む所といわれてきましたた。玉置山はそんな、この世ならぬ神気に満ちた山なのです。




例大祭 10月24日
 

玉置山の例大祭で行われる弓神楽は、巫女の衣装をつけた男の神子が木で作った白い弓矢を手に舞楽を奏するという非常に珍しい神楽である。創建以来、悪魔退散、荒れ狂ふ海波を鎮め、四海安穏を祈って奉納されてきた。
 熊野なる玉置の宮の弓かぐらつる音すれば悪魔しりぞく
と歌われ、白河院、後陽成院を始め皇室の御祈願には弓神楽が奉納された記録がある。


土・日・祝日だけ十津川温泉から玉置神社の駐車場までバスが運行されています。

運行時間は十津川温泉8時30分~玉置神社9時10分~玉置神社10時30分~十津川温泉11時10分の往復一便だけバスをご希望の場合は3日前までの平日に十津川村役場にお電話してください。(十津川村役場総務課 電話0746-62-0001)。





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玉置川の滝 水音に魂までもが洗われていく


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古代から川の中州にあった熊野本宮大社。明治の大水害で社殿を失い、今は、旧社地、大斎原として残されている。


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熊野本宮大社 (和歌山県田辺市本宮町)



JR新宮駅から熊野交通・奈良交通・明光バス。南紀白浜空港から明光バスでJR紀伊田辺駅まで、駅前から龍神バス。または南紀白浜空港から明光バス、熊野古道スーパーエクスプレスで本宮大社前まで。

 

 

思えば、わたしが熊野に住むことになったきっかけは、熊野本宮大社にあるのかもしれません。初めてこの地を訪れた際、吉野を経て奈良県十津川村から本宮町に入る道すがら、国道に沿うように流れる熊野川から湧き立つ水の気配と、しっとりと水気をふくんだ木々の緑に、思わず車の窓から身を乗り出したのを覚えています。


その時わたしの胸に、薄紫色のたなびく雲のようにそっと響いてきた言葉がありました。

神々の御座します地

 

 当時のわたしは、恥ずかしながら、熊野について何ひとつ知らなかったのです。熊野信仰についての知識も皆無なら、熊野の自然や歴史についても無知そのもの。それなのに、なぜ、こんな言葉が流れてきたのでしょうか


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ほどなく、車を停めた夫が次男を抱き上げ、わたしは幼かった長男の手を引いて上ったのが熊野本宮大社の石段でした。もちろん、本宮大社についての知識もなかったわたし達は、通り道にこんな大きな神社があるのだから参ってみようという軽い気持ちにすぎなかったのです。


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 長い石段を上りながら、わたしはなにか不思議な胸の震えを感じていました。まだ三歳だった長男の小さな足に歩調をあわせて、ゆっくりゆっくり石段を踏みしめるように上っていく時、まるで神前結婚の挙式に向かう花嫁のように、これから神様の前で誓いを立てるような気持ちがしてきて、わけもわからぬままに本殿の前に立ち手を合わせたのです。

 祈り終えたその時、サイレンのような大きな音が響いて、それは町民に正午を知らせる音だったのですが、その音が、神様からのしるしのように感じたのを覚えています。

神社をお参りして、こんな気持ちになったのは初めてだでした。当時のわたしは霊的な事柄に関してまったく関心がなく、神社仏閣への興味もさらさらなかったのですが、まさか、その数年後には熊野に移り住む運びになるなんて、その時はまだ知るよしもありませんでした。


でも、「神々が御座します地」という言葉と、熊野の美しい自然が、アメリカからの帰国を考えた際、この地を選ぶ決め手となったのです。



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神秘の五芒星がむすぶ熊野本宮と伊勢


熊野本宮大社はかつて、熊野坐神社と呼ばれ、熊野信仰の中心でした。

わたしの胸に響いてきた、「神々が御座します地」という言葉の意味そのものである、熊野坐神社が熊野本宮大社の元の名前です。



主祭神は、証誠殿に祀られている家都美御子大神(熊野坐大神)。

この神は須佐之男命といわれていますが、古代より中州に鎮座していた神だから水の神様ではないか、ともいわれており、また、太陽の使いの八咫烏を連れていることから太陽神ではないかともいわれます。

上四社第一殿には、熊野牟須美大神、つまりイザナミがここにも祀られています。


熊野の神々はその素性に謎の多い神様が多いため研究者によって諸説あるのですが、重要なのは神様の名前や由来ではなく、神社が建つ前の古代の聖地としての在りようではないかと思うのです。



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なぜ、その場が選ばれたか。それが一番の手がかりになるのです。それには、現在の神社がある場所ではなく、古代から明治まで神社が建っていた大斎原が、三本の川に挟まれた中州であるという事実ではないでしょうか。

さらに言えば、熊野本宮大社の立地には不思議な事実があります。

内田一成氏は、著書「レイラインハンター」(アールズ出版)の中で、

大和武尊にまつわる聖地の伊吹山、伊勢とまったく同じ構造を持ち、それより古い謎の聖地である元伊勢、伊弉諾神が眠る伊弉諾神社、天照大神を祭る伊勢、そして熊野本宮大社。近畿に点在するこの五つの聖地を結ぶと、一辺が170kmの巨大な五芒星が現れる。それぞれの聖地の創建年代から、およそ二千年前に形作られたと思われる五芒星に内接する五角形の頂点には、平安京があり、底辺の真中には飛鳥京、そして中心には平城京がある。五芒星は、それ自体が正五角形に内接し、その内側に正五角形を描き出す。五芒星と正五角形は合わせ鏡のように無限に連鎖していくので、そこに魔が入りこむと抜け出せない。」と書かれています。

いったい誰がこのような壮大な結界、あるいはエネルギー装置を創ったのでしょうか。

熊野の謎は追えば追うほど深まるばかりです。

ただ一つ、言えることがあるとすれば、熊野本宮は今も昔も変わらぬ、聖なる波動を放ち続けている場所であるということ。ここに来て、無心に神への感謝を捧げてほしい。その時きっと、清々しくも力強い朝日のような光を感じるはずです。

*例大祭 4月13日から3日間に渡り、4月13日に湯登神事、14日に航海の安全と大漁を祈念する船玉大祭(ふなたまたいさい)、15日には御田祭が執行される。









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イザナミとイザナギが天降って神々を産んだ逢初の森



神内神社(こうのうちじんじゃ)・子安神社(こやすじんじゃ)


三重県紀宝町神内近石

アクセス JR紀勢本線鵜殿駅からタクシーで5分



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神内神社は別名を子安神社といい、社殿はなく背後の磐をご神体に据えた、原始神道のにおいを色濃く残す神社です。



明治39年に神社合祀が行われる以前の熊野には、巨岩や巨樹を祀った神社が数多くありましたが、神内神社のように古代から脈々と受け継がれてきた自然信仰を起源にもつ神社の多くが神社合祀令によって破壊され、消滅してしまいました。

神社合祀令の嵐を生き延び残された神社を参ることで、古代の日本の祈りのカタチを感じることができると思うのです。それが熊野の神社の特色ともいえます。


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天を突く磐。この磐が神内神社のご神体。拝殿の前に見える磐はこの磐のボトム部分にあたります。


ご祭神は、天照大神、天忍穂耳尊(あめのおしほみみのみこと)、瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)、彦火火出見尊(ひこほほでみのみと)、鵜草葺不合尊(うがやふきあえずのみこと)。



しかし、ご祭神よりも、むしろわたしは、「明細書」に記されたこの文に注目しています。


「当社の義は近石と申すところに逢初森(アイソメノモリ)というのがあり、そこにイザナギノミコト、イザナギノミコトを天降らせ一女三男を生み給う、この神を産土神社(ウブスナジンジャ)と崇め奉る、よってこの村の名を神皇地(コウノチ)と称す。いつの頃よりか神内村(コウノウチムラ)と改むと言い伝う」


とあり、神内の名の由来と、イザナミ、イザナギの神産み神話から安産の神、子安神社と呼ばれ慕われるようになったのではないかと推察できるのです。



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鳥居近くにあるホルトノキは、石を巻いて抱え込んでいて、その姿がお腹に子を宿したように見えることから、この木が子安神社のご神木とされています。



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せせらぎが流れています。



神社の脇を小川が流れ、この水で身を清めてから狛犬が見守る石段を上ってお参りするのが、古来からの参拝形式だと思っているので、わたしはいつもこの水で手と顔を洗ってからお参りしています。


昼なお、うす暗い境内には、巨樹と巨岩の織り成すエネルギーが蠢いています。


ここは心を鎮め、自然への畏敬の念を持ってお参りする場所で、いたずらに霊的なエネルギーを求めたりすると危険な気がする場所。

地元の人たちが参るように、ただ無心に神様に頭を垂れ、大自然に感謝の祈りを捧げるのが一番いいと思います。


御神体は岩山そのものです。拝殿は狭く、祈りを捧げにくいので、すこし右手に歩いて、足場は悪いですが、磐をまじかに感じられる場所で祈りを捧げてください。

そこには嵐にもたえて生き延びている巨樹がはえています。

磐に思いをはせて、鉱物をつかさどる神々様と、巨樹に思いをはせて、植物をつかさどる神々様に、そしてイザザミ、イザナギ様に思いをはせて、大自然、いのち、そして宇宙への感謝の祈りを捧げましょう。



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神内神社は、地元の人にとっては安産と子どもの健康を守護する子安神社として親しまれていて、無事に出産を終えたお母さんたちが奉納した赤ちゃんのよだれかけがたくさんかかっています。



無数のよだれかけの向こうに、原始の姿をそのままに届めた巨岩が鎮座して、あたり一帯には巨樹が生い茂り植物が繁茂している。これこそが熊野信仰の姿なのです。


きらびやかな神殿のなかに神がいるわけではありません。

大自然の息吹こそが神の姿であると古代の人々は知っていたのです。



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神内神社のすぐ近くに「古神殿」と地図に記されている磐座がある。以前は樹木に覆われた中に巨岩が置かれて昼なお暗く、石組みから原始のエネルギーを醸し出している場所だったのですが、ここは個人の所有地であるため、現在は木々が刈りはらわれて以前の面影を失ってしまいました。それでも、ここが古代の祭祀場であったことはまちがいないでしょう。

 

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森と水音に守られた聖なる岩屋


マナイタさま ・天の真名井戸(三重県熊野市有馬町池川)


JR熊野市駅前から車で20分。






「日本書紀」によると、三重県熊野市有馬にある花の窟神社がイザナミとカグツチノミコトの墓所であり、イザナミが火の神カグツチノミコトを出産して亡くなった場所が、花の窟から歩いて10分ほどの産田川沿いにある産田神社だとされています。



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花の巌の前に立つ獅子岩。海のスフィンクスと称される。


産田神社は古くは産土神社と表記されていて、ここは弥生時代からの古い神社であり、古代の土器も出土しています。


また、非常に貴重な神籬(ひもろぎ)と呼ばれる石で囲んだ古代の祭祀場跡も残されている神社です。


この産田川を源流にさかのぼると、今はもう住む人も少なくなった池川集落にたどり着くのですが、ここには、もしかしたら産田神社の元宮ではないかとも囁かれる、不思議な岩屋、天の真名井戸、通称、まないたさまがあります。


池川集落の外れに、「まないたさま」と書かれた小さな木札をみつけました。


民家の近くに車を停めさせていただき、林の中へと続く苔むした石段を下っていきます。


周囲には木々の間に巨岩がそびえ立ち、午後の傾いた日差しの下、すでに薄闇をまといはじめた林のなかへと進むのが少し怖くなってきました。



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それでも進んでいくと、石段がとぎれて山道に変わり、木々の間からかすかに水の音が耳に届いてきます。水音をたよりに進んでいくと、産田川の源流に突き当たりました。



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川の脇に姿を現した岩屋の前には古びた鳥居が立ち、岩屋のなかには無数の白い浜石が敷き詰められています。


古代から熊野では、潮で清められた石には霊力があるとされ、神様への捧げものにしてきました。

どれだけの数の女たちがここに石を捧げて祈ったのでしょう。あたりには川から立ち昇る冷気が満ちていて、清涼な水音だけが響き渡っています。


なんともいえない不思議な気持ちになりました。怖いのともちがう、不気味とも神秘的とも形容しがたい。


古代人のむきだしの原初の祈りの姿をまざまざと見せつけられたようで、体のなかがざわつくような感覚に襲われたのです。


この世とあの世の境目にいるような感覚。

子宮がぐうっと締めつけられていくような、身が引き締まる思いがしました。


案内板には、

「正式名は、天の真名井戸。マナイタさんと呼ばれ婦人病にご霊験ありとしてこの地方の婦女子の信仰を集めている。マナイタとは真名井戸の転化で古くはここに水神が祭られていたため、この信仰が生まれたとみられる。民俗学の面から見れば、水神は五穀豊穣をもたらす神で、人間界では多産を約束する神でもある。それゆえ、水神に対して子どもを求め、安産を祈願し、婦人病の治癒を祈願するのは、全国を通じての習俗であるが、水神と呼ばずにマナイタの古語が残っているところに時代の古さが偲ばれる」とあります。



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産田川の源流。 冷たい水は甘く体にしみわたっていく



いのちの源である水の神に出産を祈願するのは当然のことかもしれませんが、ここは婦人病が悪化しそうなほど冷気に満ちた場所。

それでも川に近づくと、そこは産田川の源となる小さな谷川で、山から湧き出す澄んだ水が小さな滝になってほとばしっています。


妙なる水音が森にこだまして、それは天界に響く鈴の音のようで、じっと聴いているうちに、わたしはしだいにトランス状態になっていったのです。


そうか、ここは安産を祈願するだけの場ではなくて、女性が水音に導かれ、水音と一体になって意識変容を起こし、巫女のように自然の息吹と、あるいは水神と霊的な交合をする場なのではないか。


赤んぼうの肉体の核となる魂を呼び寄せる場所なのではないか。そんな気がしてきました。



イザナミの出産の場である産田神社の源流にあたるマナイタさま。

この不思議な力を持つ聖地を訪れたわたしは、ここにも母なる女神イザナミの色濃い香りが漂っている気がしてならないのです。







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11月3日の例大祭。少女たちが舞う、浦安の舞を巨樹が見守っている





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精霊宿る巨樹のエネルギーに満ちた古代の祭祀場



飛鳥神社(あすかじんじゃ)三重県熊野市飛鳥町小阪


国道43号線、三重県熊野市飛鳥町小阪。JR熊野市駅前から車で20分。三重交通バス飛鳥方面行き、小阪下車。





 国道42号線に沿って清らかな水をたたえる大又川の河岸に建つ飛鳥神社は、杉、アスナロ、イヌマキなど多様な植物が生い茂る杜にいだかれ、社叢全体が熊野市の天然記念物に指定されています。



 ご祭神は、速玉男命、倉稲魂命、弁財天神、山津見神、牛頭天王神。


 飛鳥神社はここから奈良方面に向かう五郷寺谷の飛鳥神社から勧請されたのが始まりだとされていますが、この場所からは弥生式土器が出土しているため、ここは神道が確立される以前から、古代の祭祀場であったと思われます。


「あすか」と名のつく神社は、歴史的にみても非常に古い神社だと聞いたことがあります。


 和歌山県新宮市の阿須賀神社も非常に古く歴史のある神社で、境内からは弥生時代の竪穴住居あとが発見され、復元されています。また、熊野三山のひとつ、熊野速玉大社とふかい結びつきがある神社です。



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祓戸四柱のご神木


 飛鳥神社の境内には、杉の巨樹が何本も立ち並び、力強い木の根がむくむくと石畳を持ち上げていて、巨樹の放つパワーにまず圧倒されます。


 ご神木は、幹が四本に分かれている境内裏の四本杉です。祓戸四柱の神木とされ、樹齢千三百年の巨樹。


 木の根は苔むした土と交わり、太い枝が空を覆うかのように茂って、樹皮は緑色の苔にビロードのようにおおわれています。


 あたりには苔のにおい、落ち葉が朽ちて土に帰っていくにおい、目には見えないほど細やかな粘菌、細菌が蠢く、生と死のにおいに満ちているようです。



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 飛鳥神社の巨樹たちには霊魂が宿っている。


 そう思わずにはいられないほど巨樹たちが強い波動を放っていて、ゾクゾクするような自然への畏怖、畏敬の念にかられ、わたしは思わず手をあわせずにはいられませんでした。


 ここでは、もはや、神様にお願いごとをいうような余裕はないのです。


 目に見えぬ大いなる存在の圧倒的なパワーが迫ってきて、ひれ伏すようにして祈っていました。



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飛鳥神社のある国道42号線から山側に入った場所にある巨樹


大自然の前では、わたしたち人間の力なんて無に等しい。


 その事実を思い知らされたのが、2011年3月に東北を襲った巨大地震と大津波です。


 そして同じ年の9月、紀伊半島南部は台風12号による豪雨水害に見舞われ、熊野地方も壊滅的な打撃を受けました。


 数日間に渡って降り続いた激しい雨がもたらした河川の氾濫と山津波、土石流は尊い人命を奪い、家を、町を飲み込んだのです。


 わたしの住まいも母屋は無事だったものの、もう一軒借りていた家は床上浸水の被害を受け、畳や家具も着物もあらゆるものが泥水に浸かってしまいました。


 道路はあちこちで寸断され、今も不通のままの道が残されていて、元に戻るのは数年先だといわれています。



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 大自然の力の前に、人は祈ることしかできない。


 それは縄文の昔も、科学が発達した現代においてもまったく同じことなのだと、あの時、わたしは痛感しました。


 古代の人々が生贄を捧げてまでカミに祈り、天にひれ伏す気持ちが、あの降り止まぬ豪雨の最中にやっとわかったのです。

水、空気、食べ物、命の糧のすべてを自然から頂いて、はじめてわたし達は生きていける。


水、電気、生活にかかわるすべてにおいてムダ使いを恥じ、地球にリスペクトしながら、日々の暮らしに自然への感謝を反映させていくことが、これ以上の災害を生まないことにつながると思う。

「人間のエゴや欲望で、この美しい自然をこれ以上、破壊してはならない」


 飛鳥神社の巨樹たちは、人間たちのふるまいをじっとみつめながら、永い時を生きてきたのです。



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飛鳥神社例大祭 


11 月 3 日( 木 )


(神事)10時~
早朝より「割り箸神輿」「子ども神輿「陣太鼓」が出発し町内を練り歩き9時45分ごろに飛鳥神社に参集。10時から神事が執り行われ獅子舞や地元、飛鳥小学校児童による浦安の舞の奉納が行われる。
12時に七五三の祈祷が行われ、13時頃に餅まきが行われる。



  


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大丹倉(おおにくら) 夕陽を浴びると鉄分を多く含む赤い岩が輝く。


丹倉(あかくら)神社(じんじゃ) ( 三重県熊野市育生(いくせい)(ちょう)赤倉(あかぐら) )


熊野市駅からタクシーで30分。または和歌山県北山村と三重県御浜町を結ぶ県道52号(御浜北山線)を車で北山村から大丹倉へ向かう途中にある。



神道以前の古神道の源である、原始自然信仰が、今も生きている場所、それが熊

野です。

 大丹倉の山頂近く、道わきに立つ質素な鳥居をくぐって道下に続く石段を降りると、社殿も御神木もなく、境内奥にご神体の巨岩だけが鎮座しています。ここは神社とは名ばかりで、古代から続く自然信仰の祭祀場。いかにも熊野らしい、木々と苔の匂い、厳かな気配に満ちていて、近年、パワースポットとして人気が高い場所です。




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丹倉神社。社殿はなく、巨岩が御神体の神社である。

昔からこのあたりに住んでいた人々は、病気になるとこの岩にすがって祈り、今でも病気平癒の祈りを捧げにくる地元の人々がいます。境内に湧いている水には、病気平癒のご利益があると聞きました。



はじめてこの神社を訪れたとき、ひとりのご老人に出会いました。



「よう来た、よう来た。神さんが喜んどる」



小柄なおじいさんは顔中をほころばせて、私たちを迎え、話はじめました。「わしらがこの山に住んでおった頃は、病気になるとみなこの岩にすがったもんじゃ。このあたりには医者はおらん。丹倉さまの岩がお医者さまじゃった。今日はのお、娘の病気を治してくれた神さんに御礼を言いにきたところなんじゃ」


そう言って、おじいさんは不思議な話をしてくれました。


 おじいさんの娘さんはガンを患い、遠方の病院に入院して治療を受けたのですが、治療のかいなく、娘さんは日に日に弱っていきました。



 食べ物がのどを通らなくなり、ついには飲み物さえも受けつけなくなってしまった娘のために、おじいさんは、丹倉神社の境内から湧く山水を娘さんのもとに運びました。


 脱脂綿に水をふくませて娘さんの口に入れると、娘さんはわずかに残った力で、その水を吸ったそうです。


 毎日、水を吸わせていると、やがて娘さんは水を飲むことができるようになり、水が飲めると、次には果汁を、そして牛乳を飲み下すことができるようになりました。


 そして、流動食から固形物へと食事がとれるまでに回復していったのです。


 半年後、末期ガンで医者も見放した娘さんは退院し、今では元気に看護師として働いているというのです。


 老人の後からやってきた中年の女性が、その娘さんでした。



 
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境内から湧く山水は冷たく甘い味がした


永いあいだ、人々が真剣に祈りを注いできた場所は、人間が放った想念エネルギーの集積場となります。


岩はとくにエネルギーを集積しやすいのです。そして、そのエネルギーを増幅させる、エネルギー増幅装置の役目をするのです。


 おじいさんは磐の前に供えてあったお餅とお酒を私たちに下さいました。

笑顔で去っていくおじいさんが、私には丹倉神社の神様の化身のようにさえ思えたのです。

 現代人が失ってしまった祈りの力、信仰の源泉を教えていただいた気がしました。



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注連縄を張った磐にはお供えものが置かれている




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道わきの鳥居をくぐり石段を降りるていく







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野ねずみか野鳥がつついたのか、リンゴには穴が
 はるか古代から、人々の祈りを、必死の願いを黙して受け入れてきた磐座は、木々の間にひそやかに、だが強烈な波動を放って佇んでいます。古代より続く磐倉信仰は、今も熊野に生きているのです



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北山渓谷の大岩に羽をやすめる鳥。水の声に耳をすましているよう。





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勝手神社(かってじんじゃ)和歌山県東牟婁郡大字大沼


北山村は全国で唯ひとつの飛び地の村。周囲を三重県と奈良県に囲まれながら、ここだけは和歌山県の領土なのです。

その理由は、北山川と村人の生活とのふかい関わりにありました。


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観光筏では、北山渓谷の水の魅力をぞんぶんに味わえます


かつて、この村は山から切り出した木を筏に組んで、北山川を下り、熊野川の河口にある和歌山県新宮市まで木材を運んでいたのです。


北山村の男たちは、激流をあやつる勇壮な筏師としてこの村を支えてきました。


昭和三十年代にようやく国道が整備されるまで、山ふかく平地の極端に少ない熊野地方では、川こそが「道」でした。山奥の集落でも木材を運び出せる川があれば、川の道を駆使して木材の集積地である新宮市まで運ぶことができたのです。

そのため、廃藩置県によって属する県が決められたとき、北山村は経済的、文化的なつながりの深い新宮市がある和歌山県に属することを選んだのでした。


村を流れる北山川は、かつては村人の生活の中心であり、今も人々の心のよりどころ。そのせいでしょうか。村の神社はそのほとんどが川沿いに建てられています。


北山川と平行して走る国道169号線沿いの高台に勝手神社があります。鳥居をくぐり石段を上る道と、林のわきから上がる道があります。

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社殿は、神明造。大祭は、11 23日に大沼地区の当屋二軒によって執り行われて、餅まきや福引などもあり、氏子たちの大切な祭りとして伝承されています。



明治41年12月26日、村内の四社を合祀して大沼高倉神社と改称し、昭和21年、昔の姿に復元し勝手神社として、高倉下命・穂屋姫命・護良親王の三神をお祭りしました。


勝手神社の御祭神は、高倉下命・穂屋姫命・護良親王・底筒男命・中筒男命・表筒男命・建速素戔嗚男命・奇稲田比売命。


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勝手神社といえば、奈良県吉野郡吉野町吉野山にある吉水神社(勝手神社)。
勝手神社は「かってのやしろ」として有名で、吉野八神のひとつです。

御祭神は受鬘神命(うけのりかみのみこと)で勝手大明神であり、文武の神として崇められてきました。


高倉下命(たかくしらじのみこと)(手栗彦命)は、紀伊熊野の民族にとっては先祖神にあたります。

神武天皇東征の際、韴霊(ふつのみたま)の神剣を授かり、神武軍の勝利に偉大なる貢献を果たしたとされており、智恵と武勇の神として崇拝されています。

「先代旧事本紀天孫本記」には、「饒速日尊の御子として天香語山命(高倉下命)が御生誕され、御吹屋姫命(穂屋姫命)を妃とせられた」と書かれています。



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御神体は、神社脇の大杉。神社脇には湧き水が流れ、巨岩が鎮座して幽玄な趣をたたえています。

明治の合祀令で多くの神社が寄せ集められたり、御祭りする神様の名前も時代と共に変遷してきたことから、私は神社の本体は、神様の名前ではなく、むしろ、その社の立地にあると考えています。


聖地は一歩も動かない。


中米や南米の奥地を訪ねたときにも、かつてのマヤ族ヤインカ族の神殿を征服者であるスペイン人が破壊し、神殿の石を先住民族たちが悲しみの涙を流しながら組みなおして建てられたキリスト教の教会を見てきました。


その時代の権力者によって、土地の上ものが変わっても、聖地が発するエネルギーの強さ、その条件は変わらないのです。


古代の人々は、私たち現代人よりもずっと敏感に、

「気の流れの良い場所」

「エネルギーの高い場所」

を見分ける能力がありました。


社に向かい手をあわせ、水と山の神様に、そして神社の神々様に、感謝の祈りを唱えていると、林の奥から木々のこずえをゆさぶり、なにかが近づいてくる音が!


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勝手神社境内から見下ろす北山川。対岸には筏師の無事を祈願する不動明王を祀った天宮があり、今も天宮のまつりが大沼地区の人々によって行われている。



それは、一匹の猿でした。


私の祈り言葉に唱和するようにして、高い木のこずえで、猿とは思えないほどやわらかく、明るい声で鳴くのです。


私の祈りが終わると、またこずえを揺らして山の奥へと去っていきました。


勝手神社には、熊野川の上流にあたる、北山川の水のエネルギーと、ここから吉野大峯連峰へとつらなる山々の気配とが交じり合った静謐にしておだやかな霊気が流れています。


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猿の後を追いたいチャッピー