スピリチュアルライフ ー 原水音のマザーアースカフェ -2ページ目

スピリチュアルライフ ー 原水音のマザーアースカフェ

アメリカ、屋久島を経て、熊野の自然のなかで暮らしています。四人の子どもを自宅出産、自然育児で。スピリチュアルでエコな体験をおしゃべりしちゃいます。

 

記念すべき夫との初夜は、まったく記憶にない。

 

前夜、雪のなかで毛布にくるまっても寒くてさむくて、

 

うつらうつらしか寝れなかった。それなのに、

 

飲めないお酒を気分で飲んでフワフワになって

 

気がついたら、朝だった。

 

 

この時はなんも思わなかった夫と

 

三か月後に、まさかの再会が待っていようとは、

 

これはもう、運命としかいいようがない。

 

だからわたし達は、恋愛結婚じゃなくて運命結婚、

 

運命婚だと思っている。

 

 

 

あさっての京子さんとわたしを山まで運んでくれたススム君は、

 

翌日には帰ると言い出した。自動的にわたしも彼の車で帰ることになる。

 

「ベイエリアまでのライドなら、きっとまたあるから、もう少しいればいい」

 

山の村長も、ビッグママもそう言って引き留めてくれたので、

 

わたしだけ山に残って、結局、3週間ほど滞在することに。

 

山の人たちは、スケールの大きなアメリカの大自然のなかで

 

ひっそりと平和に暮らしている。

 

はるか遠くから山々を渡ってくる風が

 

大草原をざわめかせて通り過ぎていく時間

 

そのなかに生きている。

 

薪を燃やして、生きている炎で調理した

 

とれたての畑の野菜は、太陽の味がする。

 

水は山の湧き水。

 

日が落ちると、ランプの灯りが金色に闇を染めた。

 

圧倒的な闇が世界をつつみ、梟たちの夜が来る。

 

どこかで、コヨーテが鳴いている。

 

空には満天の星。

 

手を伸ばせば、宇宙はすぐそこにあった。

 

 

 

 

山での日々がわたしを変えた。

 

自分のなかでいつも波立っていた思いが

 

静かに引いていく。

 

生きるって、命そのものでいることなんだ。

 

頭のなかのうるさい羽音に、初めて気づいてぞっとした。

 

ずっと、こんなふうに風の声を聴く耳さえもたなかったなんて。

 

自分の頭の中の雑音がうるさすぎて、

 

でもその繰り言みたいな自分の思いにすがって生きてきた。

 

 

許されるなら、このまま山に残りたい。

 

でも、学校もだいぶ休んでしまったし、

 

このままでは浦島太郎になる。

 

2月の終わり、山の住人で、森のなかに住んでいる

 

スイス人の男性がサンフランシスコへ車で行くという。

 

彼の車に乗せてもらって、わたしは街に戻った。

 

 

 

 

 

 

 

まるい部屋の真ん中に、どっしり大きな布団が一枚だけ敷かれている。

 

「この布団、いいでしょう。バークレイで日本の布団を作ってるお店があるんだよ。

 

その店のオーナーが作った、ほんものの綿入れ布団。」

 

横になってみると、布団というより、頑丈なマットレス。

 

サイズはダブルベッドくらいある。

 

これなら、こっちの端で寝ればなんとかなるかも。

 

ランプの灯りを吹き消し、ヒデさんが入ってくる。

 

寝たふり、寝たふり。

 

じっと目をつむっていると、いきなり背後から抱きしめられた。

 

うっ、それでも寝たふりだー。

 

 

 

 

 

自分は、恋愛体質だと思っている。

 

恋愛体質のひとどうしが出会うと、

 

みつめる目で、言葉の遊びで、それとわかる。

 

恋愛といってもピンキリで、

 

心も体も、たましいさえも一つになりたいと願う恋もあれば

 

おたがい割りきった遊びの恋もある。

 

ひとを好きになってしまったら、しょうがない。

 

理由なんてない。

 

生物として、DNAが引き合うのか、

 

はたまた、たましいの記憶に、迷路のように隠されていた扉があいて

 

運命のひとだと思ってしまうのか

 

恋愛体質の私は、少ないとは言えない数の男性と恋をしてきたけど、

 

正直、ヒデさんにはなんの恋愛感情も抱かなかった。

 

こんな山のなかで仙人みたいに暮らしている

 

料理のうまい、イキな人。

 

だけど、それだけ。

 

一宿一飯の恩義

 

古い言葉がうかんできた。

 

彼の指が動き始める

 

しょうがない、寝てやるか

 

ハラを決めた私は、昨夜の寝不足と飲みなれないお酒のせいで

 

そのまま深い眠りに落ちていった。

 

 

 

 

ドキュメンタリー映画「かみさまとのやくそく」には、胎内記憶をもつこどもたちの証言がたくさん登場

します。横浜市で産科院を営んでいる池川明さんは、1999年にクリニックのスタッフから、「自分の孫には胎

内にいたときの記憶がある」という話を聞いたそうです。

そのお子さんは、「ぼくがおかあさんのおなかにいるときに、ほうちょうがささってきて、しろいふくをき

ためがねのひとにあしをつかまれて、おしりをたたかれました」という作文を書いていますが、実際、

その子は、帝王切開で産まれていました。

それまでの医学の常識では、新生児はまだ視覚・聴覚の発達は不十分で、胎内や誕生時の記憶は

ないと信じられていました。驚いた池川さんは胎内記憶の事例を集め始めたのです。


 

長男は、アメリカはカリフォルニアの山奥で生まれました。長男がまだおなかの中にいたとき、

ふだんはおとなしい長男が急に激しく動く瞬間がありました。

電気もガスも水道もなく、木と布でできたモンゴルのゲルにそっくりな,シンプルこの上ない家に住ん

でいたのですが、お隣に住む幼い男の子がやってくると、

まだ玄関のドアが開く前に、庭先の落ち葉を踏む小さな足音が聞こえただけで、

おなかの赤ちゃんは、突然、小さなあんよをバタバタさせておなかを蹴ったり、

なんだか興奮して、うれしそうに動くんです。

そんなことは、他にはありませんでした。ほかの誰が訪ねてきても、ぴくりとも動きません。

友人たちが優しくおなかに向かって話しかけても、しいんと静かにしています。

はじめは、偶然かと思いましたが、何度も同じことが起こるので気がついたのです。

医者も助産師もいないこの山の布張りの家で、三日がかりの大難産の末、無事に生まれてきてくれ

た息子は、生後半年で日本へ渡り、その後、3歳になって山に戻ってきました。

英語もしゃべれない息子を、日本人の父とアメリカ人の母をもつ,その子はいつも面倒みてくれました。

森の倒木を大きなロケットにみたてて遊んだり、野原にこどもだけの基地を作ったり、英語を教えてく

れたのも、その子でした。

お隣の男の子は、いわば息子の人生さいしょの親友であり、先生でもあったのですが、わたしには、

そんな未来はまったく見えていませんでした。

 

この体験から、わたしはおなかの赤ちゃんにも、はっきりした感情がある。五感があるのだということ

を意識しました。

胎内記憶は、人間は単なる肉体ではなく、霊的な存在であることを示唆していると思います。

 

町から戻ったボブとススム君が買ってきたビールで、まずは乾杯。

 

ヤートの中は、広々とした円形のワンルーム。

 

布と木だけで建てられた遊牧民のテントのような家は、

 

窓ガラスの代わりに厚手のビニールが張られ、

 

そこからは雪を抱いた山の稜線と、青い空しか見えない。

 

まるで、天空に浮かぶ宇宙船のなかにいるようだ。

 

寝不足の上に、お酒に弱いわたしはすぐに意識がふわふわしてきた。

 

ふと、名前を呼ばれた気がして顔を上げると、

 

全員がわたしを見つめている。

 

「ねえ、今夜、どこに泊まりたい」

 

出た!あさっての京子さんのあさっての質問。

 

どこって、京子さんの家に泊まるつもりでついてきたんだけど。

 

聞けば、彼女が借りていたヤートは今、他のメンバーが使っているらしい。

 

ここ以外の家を知らないわたしは答えに困ったが、なにか答えないと。

 

そのとき、思考を素通りして口が勝手に動いた。

 

「じゃあ、ここに泊まる」

 

日本語でそう言ったのに、ボブもビッグママもみんながこくんとうなずいて、

 

その言葉を待っていたように、みんなが帰り始めた。

 

えっ、ちょっと待って。

 

京子さんは?ススム君はここに泊まらないの?

 

二人は村長のヤートに泊まるという。

 

待てよ、だって、ここは男性の一人住まいじゃない。

 

ああ、わたしったらなんて非常識なこと言っちゃったんだろう。

 

「お客さんは大歓迎だから、ゆっくりしていってよ」

 

肩までの髪に口ひげ、藍染半纏を羽織ったヒデさんは

 

深山幽谷に住まう頑固な一徹老人、そんな印象だ。

 

高校生のころバンドを組んで以来、ロック命だったわたしは、

 

好きになる男の子といえば、芸術至上主義のアーテイスト。

 

東京にもミュージシャンがひとり、彫刻家がひとり、

 

わたしの帰国を待っているというのに。

 

 

 

 

その夜、私は生まれて初めて、ランプの灯りの下でごはんを食べた。

 

建物のなかにトイレはない。

 

夜の草原で、満天の星空を見上げながらオシッコした。

 

どこかでフクロウが鳴いている。

 

息を吸うたび、空の星がキラリと輝きを増す。

 

昨日まで住んでいた人間社会から、ここはあまりに遠くて

 

わたしは知らない星に不時着してしまったような心細さに襲われた。

 

「布団敷いたから、いつでも寝られるよ」

 

ヒデさんが声をかけてくれ、中に入ると、

 

ガアアーン、大きな布団が一枚だけ、まるい部屋の真ん中に敷いてある。

 

どうする、わたし!

 

 

 

 

 

 

 

 

雪にうもれた車のなかで凍え死ななかったのは、

 

男友だちのススム君が車に積んでおいてくれた毛布と寝袋のおかげだ。

 

飢えずにすんだのも、

 

「昨日のカレーの残りだけど」

 

彼がタッパーに入ったご飯とカレーを持ってきてくれたおかげ。

 

「おいしい!」 

 

笑顔で冷たいカレーライスをほおぼる、あさっての京子さん。

 

冬山に、あさって情報だけを頼りに向かったわたしがバカだった。

 

もうー、ふて寝するしかないわー。

 

寒さも不安も京子さんへの怒りも、睡魔には勝てなかった

 

 

 

 

翌朝、うるさいエンジン音で目が覚めた。

 

雪を吹き飛ばしながら、バイクが何台も車の横を走っていく。

 

やった、助かった!

 

あわててドアを開け、「ヘルプ」と叫ぶ。

 

最後の一台が止まってくれ、エンジンをふかして

 

なんとかスタックした車をけん引してくれた。

 

ありがとー、と手をふって車を動かしたとたん、

 

また、雪に埋もれた。

 

くうー、どないしたらええねん!

 

思わず、へんな関西弁が口をつく。

 

「わたし、歩いて、山の人たちに応援たのんできます」

 

あさっての京子さんはそう言うと、手をふって雪のなかに消えた。

 

「ちょっと、止めたほうがいいよ。遭難したらどうするの」

 

ススム君はオロオロしていたが、わたしはなぜかまったく心配していなかった。

 

 

あさっての京子さんは、この世的に見れば社会不適応者かもしれない。

 

でも、理性でリミッターをかけていない直観力が彼女の武器だ。

 

「困ったときには、誰かが、ふっと現れてわたしを助けてくれるの。

 

まるで見えない誰かさんがいつもじいっとわたしを見守っていてくれて、

 

助ける役のひとを用意してくれてるみたい。」

 

 

1時間後だったのか、2時間後だったのか覚えてない。時計も見なかった。

 

彼のタバコがつきかけた時、遠くのほうから車のエンジン音が響いてきて、

 

目の前にあずき色の渋いジープが止まった。その後ろには旧式のトラックも。

 

ドアを開けて飛び出してきたのは笑顔いっぱいの京子さん。

 

「約束通り、山の人たちを連れてきました。」

 

雪道を歩き始めてすぐ、彼女はパトロール中の森林警備員に拾われたらしい。

 

さすが、あさっての京子さん。

 

素早い身のこなしで運転席から飛び降りた男性は日本人か。

 

この寒いなか、薄い絣のモンペに黒い長靴、

 

ひたいには煮しめたような色の手ぬぐいをキリリとしめている。

 

彼が山の共同体の村長さんだ。

 

続いて、綿入れを着た白人女性が、幼い子どもを抱いて出てきた。

 

彼の奥さんで山のビッグママと、その息子だ。

 

金の混じった長い髪、ふっくらほっぺのかわいい天使は、

 

藍染のちゃんちゃんこを着て、ママに抱かれていた。

 

トラックからゆったりと降りてきたのは、

 

銀髪にもしゃもしゃの髭をたくわえたハンサムな初老の男性。

 

ドクターボブと呼ばれる彼は、昔は名うての精神科医だ。

 

ボブはススム君にウインクすると、

 

「よく来たね。これから君たちを迎える歓迎パーティーをするよ。

 

でも、困ったことにビールが足りなくてね、いっしょに町まで買いに行こう」

 

ススム君とボブを置いて、私たちはジープに乗り込み、山へ向かった。

 

車がカーブを切るたび、木々のあいだに見えかくれする麓の町が、

 

ミニチュアになっていく。

 

突然、視界がひらけた。

 

森にいだかれた大草原に、真っ白なUFOが着陸している。

 

ジープはその前で止まった。

 

近くで見ると、それはUFOではなくて、

 

白いキャンバス生地が張られた円形の家、ヤートだった。

 

モンゴルのパオそっくりの家のなかに、おそるおそる足を踏み入れると、

 

「やあ、いらっしゃい」

 

日本語だ。

 

頑丈そうな四角い鉄のストーブの上に置かれたドラム缶の中から、

 

手ぬぐいを頭にのっけた男性がニヤリと笑った。

 

それが、このヤートの主、ヒデさんだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

夫とは出会ったのは、カリフォルニアの山の中だ。

 

田舎が大きらいだったわたしが、

 

なぜ、電気もガスも水道もない森のなかに暮らすことになったのか。

 

しかも、夫はまったくタイプじゃない。東京で出会ってたら、絶対近づかないタイプ。

 

なのに、標高1000メートルの山で出会って、結婚し、自宅出産するなんて。

 

はじまりは、あさっての京子さんだ。

 

 

22歳で仕事をやめて語学留学のため東京から、

 

カリフォルニア州バークレイ市に移り住んだわたしの部屋に、

 

ある日、日本人の友だちが訪ねてきた。

 

あさっての京子さん。なぜか、母とおなじ名前。

 

彼女とは東京で出会った。友だちの友だちとして。

 

わたしに西海岸の魅力を語り、アメリカ行きをプッシュしてくれたのも彼女だ。

 

腰までの長い髪、

 

インド風のふわっとしたパンツにバックパックを背負って、京子さんはやって来た。

 

私が住んでいるのは、カリフォルニア州立大学バークレー校の女子寮。

 

レンガ造りの重厚な建物で、大学の目の前にある。

 

一階は、有名なベジタリアンレストラン。

 

まだ日本には、ベジタリアンという言葉すらなかった時代、

 

さすが、ヒッピー文化発祥の地はちがうわ。

 

その日から2週間、京子さんは、狭い女子寮の部屋に泊まりこみ、

 

寮のなかで友達をみつけ、

 

デッドのコンサートに行ってボーイフレンドを連れて帰ってきた。

 

その男の子も5日くらい、わたしの部屋に泊まっていった。

 

まあ、朝のシャワールームで恥ずかしそうにしている男の子たちも見てきたし、

 

彼氏は多めに見てもらえるらしい。

 

彼氏じゃないんだけど、まあいい子だったから許した。

 

 

 

 

「あなたをどうしても、つれて行きたいところがあるの」

 

 

大きくてまあるくて、いつも焦点の定まらない、

 

夢みるような目でわたしをじいっとみつめて

 

京子さんは言った。

 

 

ヒッピーは、やっぱ苦手だわ。

 

 

わたしを連れて行きたいって、

 

結局、自分が暮らしている場所に帰りたいってことでしょ。

 

そこはどんなところなのか、

 

なにを聞いても、あさっての方角から答えが返ってくる。

 

 

遊び友達の男の子に電話して、

 

車で彼女の言う「山」まで行ってくれないか聞くと、

 

「いいよ」のありがたいお言葉。

 

京子さんを送り届けよう。

 

ヒッピーは、なるべくお金を使わず、移動はヒッチかバス。

 

誰かのお世話になっては、心から感謝して、

 

それはいいんだけど、

 

わたしの狭い部屋に当たり前のように居座っても平気でいられるのが理解不能。

 

 

 

 

 

翌日、京子さんの山へ出発した。

 

サンフランシスコを北上し、ワインの産地を抜けて、

 

やがて車は、長野県くらいの広さの国有林が広がる山の中へと

 

進みはじめ、車は突然、真っ白な雪道に飛びこんで、

 

あっという間に沈没した。

 

助けの車は走ってこない。携帯電話もまだない時代だ。

 

そして、私たちは雪に閉じ込められた車で一夜を明かした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本日2019年1月21日(月)
14時11分からの世界同時瞑想のご案内
『集団瞑想』というものが、世界に影響を及ぼすということは、学術的に研究されています。
そして、本日1月21日には『月食』が起きます。
『月食』というのは『時間が無い瞬間』で、
5次元以上の次元と直接繋がることができる瞬間で自由意志の決意の瞬間でもあるそうです。
14時11分から
20分程度、この機会に
それぞれの場所から地球に向けて
一緒に意識をあわせてみませんか?

説明動画
https://www.youtube.com/watch?v=bOjjn3J2rGw

 


 

  

     信じる者は、救われる  

 

 

 

 ちごら石 (和歌山県田辺市熊野川町)

 

アクセスJR 新宮駅から熊野交通バスで1時間15分、本宮大社前バス停下車、徒歩10分

 

熊野本宮大社の裏手を音無川に沿って歩いて行くと、ちごの谷に出る。

 

その谷に乳子大師・子安弘法と呼ばれる石仏が安置されている場所がある。

 

石仏の上を見上げると、驚くことに岩壁に二つのまるい乳房のような形の石があった。

 

昔、お乳の出ない母親たちが、この石に願いをこめて祈りを捧げた。

 

粉ミルクがなかった時代、お乳が出ないということは子どもの死と直結した。

 

 

だいじょうぶ、この石に祈れば、きっと神さまが助けてくれる

 

 

石に祈ったことで、心が安らぎ、その後、お乳が出た母親がいた。

 

その話が広がって,ほかの多くの母親たちが祈りに来た。

 

だいじょうぶ、きっとだいじょうぶ

 

どうか、愛するいのちを助けてください

 

 

 

人々が愛の心で、必死の祈りを捧げた場所には、純粋な愛のエネルギーが満ちていく。

 

エネルギーの磁場となる。

 

すると、この場所に来るだけで、そのエネルギーを受け取れるようになる。

 

そして、その場所は聖地となる。

 

その場所の波動と一体になるように、

 

心を落ちつけて、深呼吸してみよう。

 

目を閉じて、風のゆらぎを感じて

 

空気のなかにひっそりと流れる草木のにおいを感じて

 

感謝の祈りを捧げよう。

 

生きてあることへの感謝

 

いのちの不思議への感謝

 

祈りは、私たち人間と宇宙を結ぶ光のツール。

 

信じることで、

 

目には見えないけれど、生命宇宙に満ちている高次元のエネルギーを

 

わたしたちは引き寄せることができる。

 

欲望ではなく、

 

愛と感謝の心で祈るとき

 

宇宙から光が降りそそぐ。

 

自然信仰は、日本人の、いや、地球人にとって原初の祈りであり、

 

ボロボロになった地球を救い、

 

持続可能な世界へ向かうためのキーワード。

 

 

 

 

 

 

 

                                  玉置神社から拝む、初日の出。 光の年のはじまり、はじまり。

 

 

 

長いあいだ、苦しんできた。

自分と縁の深い聖地が、闇の力に支配されて、人々の業想念が、カルマが、

聖地という、巨大なエネルギー装置によって増幅されてきたことを。

 

神社とは、祈りによって神と人とが、一つになる場所。

 

感謝の祈り

愛と光のエネルギー

 

それが満ちている場なんだ。

 

 

でも人が感謝ではなく、困ったときの神頼みや

願いごとをしていくと

神社に、人の想念エネルギーがたまっていく。

 

毎日、神事を行い、ほうきで落ち葉を掃くように

人が置いていった想いを清めながら

天と地と交流するのが、神主さんの仕事だ。

 

玉置神社の元宮。玉石社に注ぐ、初日。

 

 

 

 

なのに、その天地のコンダクターであるはずの神職が、

わが欲望に走っては自滅をくりかえす。

 

聖地というのは巨大な磁石のようなもので

宇宙エネルギーを引き寄せる場。

 

同時に、人のエネルギーも引き寄せ、増幅させる力がある。

 

でも、もう、闇の時代は終わった。

 

光の時代が始まった!

 

たましいの清らかな神主さまが、新しい年の神事を行い、

 

十津川村の氏子さんたちが、ボランティアでやってきては、

 

温かいぜんざいを参拝者にふるまって

 

なごやかに新年がはじまった。

 

 

 

玉置神社、本殿。

 

 

 

目にみえない神の光、

 

宇宙エネルギーは、

 

感じる人のもとへ、降りそそがれる。

 

どこにいても、

 

いつでも、

 

心のアンテナを宇宙に向けて

 

生きとし生けるものすべての大親さまにむかって

 

こみあげてくる感謝と

 

あふれだす愛を放とう。

 

愛の祈りこそが、光かがやく高次元をひらくカギなんだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

               三重県熊野市。澄んだ川の淵に立つ巨樹。

 

 

 

紀伊半島は、弓の島の母なる乳房

 

ここは、母なる女神のクニ、クマノ。

 

ニシキトベ、イザナミ、母なる大地母神が祀られる地。

 

1500万年前、激しい火山の噴火が起こり、


マグマが冷えて固まって、大地となった。

 

           楯が埼                  三重県熊野市甫母町

 

紀伊半島の先端、南紀熊野は、プレートの沈み込みによって造られた、

 

3つの地質体(付加体、前弧海盆堆積体、火成岩体)

 

で構成される、世界でも珍しい大地。

 

ゴトビキ岩(熊野速玉大社の元宮、神倉神社のご神体)も、

 

古座川の一枚岩も、

 

玉置神社の玉石も、

 

1500万年前に隆起した巨岩だ。

 

人々は、どうして知ったのだろう。

 

怖ろしく永いときをへて、なおも息づく、大いなる岩が

特別であることを。

 

あなたに神が宿る瞬間を

 

古代の人々は体験したんだろう。

 

岩の前で祈りながら、わたしも感じたように。

 

 

 

手のひらを石にあわせて、石の記憶をたどる。

 

そこは、宇宙の図書館。

 

火に焼かれ、水に沈んだ時代もあった、

 

ガスが消え、岩にはじめての花が咲いたときを、

 

銀河のタピストリー織りなす光と闇の物語を、

 

星が焼け落ちて、

 

いく千億の夜が来て、

 

朝が生まれた。

 

そのすべてを、あなたは一瞬でわたしに伝える。

 

天から光の柱が降りてきて、なんだか明るい。

 

素足になって大地を踏みしめ、空を仰ぐ。

 

 

ありがとうございます

 

感謝の祈りをささげる。

 

すると自然からも、感謝の波動がかえってくる。

 

 

自然は、愛と調和のみ。

 

愛と感謝の祈りが響きあって

 

ろうそくのように、そこに光が灯る。