haptics -60ページ目

責任の重さ

本日、教職のゼミがございました。
ゼミ関係に出席したのは今回が初めてなので、かなりドキドキ…

3時間のゼミなので、心身共にちょっとヘタレましたが、学校長経験もおありになる講師の方にお教えいただいて、ためになる授業でございました
その中で、「トラブルがおきると、生徒は先生の味方をする場合がある」という一文があり。
初めは意味が良くわからなかったのですが…
授業が進んでいく中で、その意味も明確に。

例えば、修学旅行先が北海道or沖縄として。
自分は北海道に行きたかった、けれど職員会議で『沖縄』になってしまいました。
当然、自分は北海道が良かったわけで。
そんな時、生徒に「何故沖縄になったの?」と聞かれました。
さて、「教員として」私は何と応えるべきか。
ここで、間違っても『私は北海道が良かったんだけど、職員会議で沖縄になってしまったんだ』などど言っては絶対にいけない。
あるいは『○○先生の一存で決まった』なんて台詞は、もっと言っちゃダメ。

そういう「私的な見解」が混じったとき、「トラブル」が生まれ。
まだ18歳やそこらの子供達は、それを聞いてどう思うでしょうか。
「そんなの許せない」という感情が芽生えたら。しかも、それは教師の「影響」によって生まれた感情であり。
そうなる可能性は十分予想できるにも関わらず、ある種「意図的に」教師から聞いてはならない(教えるべきでない)情報を与えたわけで。

それこそ
『トラブルがおきると、生徒は先生の味方をする場合がある』
ということ。

何かを「教える」立場の人間は、その立場を利用して生徒を「先導」してはならない。決して。
「組織の一員」として、その方針を公開することと、私的な感情にまかせて自分を優位に立たせる情報だけをリークすることは、全く別種の事柄。
それを強く自覚した、今日の午後。
きっとそれは教師と生徒の関係だけでなく、教師間、仕事の同僚、様々な場面で必要なことだよね。
責任を取る立場にいる人が、何かを決める。それについて発言する権利を持つ。

背負ってるものの重さ、立場に比例して、口にして良い言葉が決まっていくんだ。
だから。
責任が取れない人は、上に立っちゃいけない。
責任逃れする人は、好き勝手に発言しちゃいけない。

責任の重み。それを感じたときこそ、人は強くなれる。

同じ空の下

試合練習日、終了。
はらはらしながら結果を聞いてみたところ、
「まだ言えない(笑)」との返信が。

3日間はまて、と。
これだから男とかいう生き物は。無駄にカッコつけおってからに。
まあ良いとしましょう、カッコつける余裕があるなら心配は少ない、かな…。


今日はハワイ留学から帰国したラクダ嬢とお食事でした。
楽しかったです、高校卒業から随分会っていなかったので。
さまざまお話しましたが、何を進めるも辞めるも、結局は人間関係なんですね。
最近、同じく別の部活で頑張っていたはずの友達が、いつのまにか辞めてしまったという話を聞き。
それもまた、人間関係が原因のようで。

人と人との関係。
それを持続させていくのは、本当に難しいよね。
自分は良い関係を築いていきたいと思っていても、相手はそうでない場合もある。
相手が良い関係を築きたいと思ってくれていても、好意に応えられない時もある。

平行線、という関係もある。それがベストの時もある。

機械じゃないから、おもちゃじゃないから、苦しい時もあるよ。
どうやって切り抜けていこう、乗り切っていこう。

負けずに、しなやかに。
柔らかさを忘れないこと。

それが一番、大事。

星に願いを

明日から3日間(正確には1日は練習日なのですが)、試合があります。
とは言っても、私自身の試合ではなく、男子メンバーの団体戦。

ハラハラします。ドキドキします。
心配でたまらない。
21歳の彼らを信じたい。22歳の彼らを信じたい。
そんな気持ちはもちろんあって、私が傍にいようといまいと、それで変わるものもなく。
明日が晴れますように、のびのび回れますように、精一杯力を出し切れますように。
そんなことを祈る以外、何も出来ないのだけれど…。
星を見て、太陽をみて、様々なものに願いをかけて。

明日、明るい日の下で、少しでも笑っていてほしい。

頑張って。