ストレス社会で戦う私に
父親も何かしら胃を悪くする(下痢)ので、良く考えなくても気づけ!という感じでしたが…ようはストレスが胃に来るタイプ、ということで。
しかも最近生理痛がわけわからんレベルに襲ってくるようになり、
生理痛+ストレス胃
という最強コラボ、眼を開けられないくらいの激痛を全身(胃中心)にくらわせてきます。
眼が開けられないってすごいですよ。
立てない+眼が開かない
え、もうこのままトコシエの眠りか?とのたうちまわり叫びながら考えます(叫ばないと痛みでどうしようもない)
そんな痛みになんとさっき襲われ、学校にも行けず、かなり凹み。
色々仕事もあったにもかかわらず、それらも終わらず、天手古舞いです…。
兎に角、元々生理で気分も鬱、必要以上にストレスを感じやすい時に毎回こうなっていてはどうしようもない。
なんとかせねば。
真剣に考えてます。
迷惑
『迷惑』
こういう言葉、簡単に書いちゃいけないと思うから、客観的に書くよう自制して…。
人ってどんなときに、この気持ちを感じるんでしょうか。
やっぱり自分に危害が加わったり、自分が不利になったり、マイナスの要素が浮上したりした時なんでしょうか。
私個人の価値観ではありますが…例え自分が不利になっても、相手が「自分を高める為」(時にそれは自己中であったりワガママであったりするけれど)に迷惑になるようなことを求めているのだとしたら、それは仕方ないというか、お互い様な面もあるかと思うんです。
けれど…相手に何かを求める時、「自分が良く思われたいから」「自分のことを考えて欲しいから」ていう自己防衛、自己愛的要素が大半を占めているとしたら、そういう時こそ人はそれを『迷惑』て思うのかな…と感じ。
「協力してくれ」じゃなく、『かまってくれ』
「手伝ってくれ」じゃなく、『私だけをみて』
言葉をどんなに誤魔化しても、裏にある本心はいつか伝わってしまう。
相手が自分を見ていなくて、それが寂しくて…どうしても自分をかまって欲しい時、自分を見て欲しい時、人はどうしても…『頑張ってね』て言葉が、言えないんだ。
口をついて出てくる言葉は、『かまってくれ』を隠した「SOS」。
心配かけて、ワガママ言って、少しでも良いからこっちを振り向いてほしい。
だけど、それじゃダメなんだ。
本当に相手を手放したくないなら…
『頑張って』
そう言って、背中を押せる勇気が必要で。
それだけが、振り向いてくれない相手の心を自分と繋げる方法で。
相手と同じ気持ちを共有する。時にそれは「応援」であって。
それがわからないと、「SOS」はただの『迷惑』になってしまうときがあるんだ。
本当に欲しい物は、「SOS」に応えてくれる台詞じゃなく、自分をかまってくれる気持ちだから。
早く気づかないと…繰り返し「SOS」ばかり出すような、『迷惑』な人になってしまうよ…。
自覚。
それは人から与えられるものじゃないから、きっと価値がある。
くるくる回る
さて、何を書こう。
ああ、そうでした。
「信用」について、ちょっと考えるようになりました。
相手を信用するかどうかっていうのは、書類や口約束だけでは難しくて。
多分、相手の人柄や行動で判断する要素が大きいと思うんです。
都合の良い言い訳も、その場限りの口約束も、通用するのは本当に初めのうちだけで。行動が伴わなければ、結局信頼を失ってしまう。
そして失った信用を取り戻すのは、とても多くの時間と倍の行動が必要なんじゃないかな…
以前も書きましたが、口から出ていく言葉は全て「言霊」であって。
そこに真実が、行動が伴わなければ…ただの「嘘」になってしまう。
嘘は、嫌い。
人を傷つけるから。それはいつか自分に返ってくるよ。
言葉の力、そしてそれに誠実でいること…忘れないで。