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第三章 【事の発端】 その3

安西から視線を外さないボブ。


ボブと安西の視線を遮る様に割ってはいる涼子。


「迎え来たから帰りますね。じゃあ明日必ず……」


二人に向かい歩きだす安西。


「誰だそいつ」

「友達のボブさん」 慌てて取り繕う涼子。


「な訳ねぇだろ」 涼子を押しのけボブと対峙する安西。

「こいつのナリじゃお前には釣り合わねぇ」


ボブは震えた声を絞り出す。


「アンタも十分不釣り合いだと思うけど……」

「なんだとコラ」



「ボブヤバいよ善ちゃん!」


俺は飛び出そうとするハセプの腕を掴んだ。

「出しゃばんなハセプ。ボブに恥掻かすんじゃねぇ」




「アンタ、涼ちゃん幸せに出来んのか?」


「ボブさん、やめて下さい!」


「不幸にしたらボクが許さない……ってか?」


そう言い終わると突然ボブに跳びかかる安西。


両肩を掴まれ、背後の壁に身体ごと叩き付けられるボブ。


「なめた口きいてっとブチ殺すぞコラ!!」


叫びながら更にボブの背中を壁に叩き付ける。


「義弘さんやめて!」


安西の腕に飛び付く涼子、頬を平手で殴られ倒れる。


「おめえが隙みせるから俺が不愉快な思いすんだろ!」


「堀渕さん、大変だよ」 サキは動揺して俺に訴えた「何とか出来ないの?」


「いいから黙ってみてろ」


あの安西という男は冷静だ。必要以上に傷付けず恐怖心を植え付ける術を心得ている。


ボブから手を放し涼子に視線を移した安西は肩で息をしながらマルボロに火を点ける。


壁にもたれかかったボブは身動き一つ出来なかった……。


うずくまる涼子が視界に入り、安西に対する怒りが全身を貫いたが身体が一向に反応しない。


暴力の持つ破壊的なエネルギーは、強者の力を鼓舞し、弱者から更に力を奪い去る。


それはその場を満たしてボブの全身にも間違いなく作用していた。


ボブは自分の弱さに失望し、今この場で意識があることを呪った。


涼子の二の腕を掴み立たせる安西。


「大丈夫か涼子」


「大丈夫」


殴られた頬をおさえたままボブに向かって歩き出す涼子。


呆然と定まらなかった視界に涼子の姿を見止めたボブは思わず俯き目を逸らした。


「本当にごめんなさい」 深々と頭を下げる涼子。


めまぐるしく思考は駆け巡るが言葉にすればどれも女々しい。ボブはただ立ち尽くしていた。



「行くぞ涼子」


涼子の肩に手をおく安西。


涼子はもう一度深く頭を下げて立ち去る。


「おい童貞」 安西はマルボロを捨てボブを顧みる。


「風俗嬢イコール不幸ってのはお前の偏見だろ。 人の生き様見下してんじゃねえよ」

唾を吐き立ち去る安西。


黒のセダンが走り去ったあと、ボブはその場に崩れ落ちた。


涼子に語った理想は一瞬の暴力と怒号に砕け散り、押し潰されそうな程の自己嫌悪だけが残った。



ボブは顔を隠して泣いた……湿ったコンクリートの壁に押し殺した嗚咽が沁み込んでいった。



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