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第四章 【篤誠会の木庭】 その3

それから5分後、ボブは事務所のソファに座わり、


俺はコーヒーを二杯入れていた。見たくねんだよな、コイツのパジャマ姿。


コーヒーをテーブルに置き、俺はソファに深く腰掛けた。


「で? 悩みってなんだよ」


「恋してるんだよ」

「あ、恋の悩みな。恋の悩みは若者を成長させるんだ。悩め悩め」

「なんだよそれ。真剣に聞いてくれないのかよ」

俺は昨日から2箱目が残り少なくなったラークに火を点けた。

こいつといるとどんどん本数が増える。

「どんな悩みか具体的に言ってみろよ」


「その子、今どき珍しい位のすっごく純粋な子でさ。 あんな子はどこ探してもいないよ」

ボブもつられてレイシに火を点ける。

「ところがその子には悪いヒモがついてるんだ」

「ヒモっていうか付き合ってる相手だろ?悪りいってどう悪りんだ?」

「ヒモってだけで十分悪いだろ? だから俺、ちょっと気になって調べたんだ。 そしたらそいつ、ここいらでも結構有名なワルでユスリタカリ専門のチンピラなんだよ」


「そりゃ良くねぇな。てかお前調べたって気持ち悪りぃ事すんなよ」

「好きな子の事は気になるだろ。あんな奴と一緒じゃ絶対不幸になるよ」

「本人がそう言ったのか?」

「そうは言ってないけど……」


「じゃお前が悩む事ねぇだろ。 本人が選んでんだから周りがとやかく言う事じゃねぇよ」

ボブの貧乏ゆすりが少し激しくなった……そして俯いたまま呟く。

「興味本位で言ってる訳じゃないよ。俺は彼女を幸せにしたいんだ」

「その子が望んでんならそれも結構な事だけど今んとこお前の片想いだろ?」

「だから堀渕さんに相談してるんじゃないか。 どうやったら好きになって貰えるのか」

「どんだけ努力しても報われるとは限らねぇのが恋愛だ。 相手にその気がなきゃ始まんねぇよ」



「その気にさせる方法とかないの?」

「のび太かお前は! 人は頭じゃなくて心で好きになるんだ。理屈じゃねぇの」

「堀渕さんがドラえもんだったらな~」


「やかましい。お前、幸せにしたいとかどうとか言ってっけど、結局自分の事しか考えてねぇだろ」

「失敬な! 俺はその子の事考えて……」


「いいかボブ。愛の本質は与える事だ。お前が飽くまでもその子を愛してるって言うなら、一度自分の欲求を切り離して考えてみろ」

「自分の欲求?」

「そう。時間を共有したい。付き合いたい。愛されたい。そういう想いが報われなくても、お前はその子の為に惜しみなく与える事が出来んのか?」


「与えるって何を?」

「気持ち、時間、物質的なもの、相手が求めるならその全てにおいてだよ」

「……出来るよ……」

「若いうちは愛情を性欲やら独占欲やらの執着と勘違いしてる場合が多いんだ。 自分の想いからそう言うモンとっぱらったら愛情の余りの小ささにきっと驚くと思うよ」


「自分の欲求も相手が好きだから湧き上がるもんだろ?切り離すなんて無理だよ」

「愛情は献身、自己愛は執着って姿で現れる。 自分の思いを行動に移す前に必ずどっちか良く考えろ。その思いは愛か自己愛か」


「重いんだよ、堀渕さんは。恋愛が凄く大変な事に思えてくるよ」


「お前、片想いだろ? 片想いはもっと大変だよ。恋愛とは全く違う。 今のお前に出来る事は『相手が快く受け取ってくれるだけの善意を、歓びをもって捧げる事』。自己主張の為じゃなく相手の為の善意をな」


「で、相手が認めてくれなかったら?」


「その恋はそれで終わりだ」


ボブは溜息をついて肩を落とした。


「恋は終わりでもお前の人生はまだまだ続く。勿論次の恋もその先に待ってる。 精一杯人を愛する事が出来りゃ、例え報われなくても人生の意義に触れる貴重な経験になるよ」


「何が人生の意義だよ。おめでたいだけじゃないか……そんなの」



「おめでたいのはお前だよ。人が生まれてきたのは与える為なんだ。 そんで与える事は愛の本質だ。だから人は人を愛する為に生れてきたといえる。 恋愛はその真理を教える最も優秀な教師って訳だ……帰って一人で考えろ。眠いし」


俯いてしばらく考えていたボブはゆっくり立ち上がった。


「納得した訳じゃないけど、今日のところは帰るよ」


「そうしてくれ」


「その子、涼子って言うんだけど、もしかしたら今日ココ来るかもしれない」


「そうか。素直な良い子なんだろ? 大歓迎だよ」



ドアノブに手を掛けたままボブは呟くように言った。


「堀渕さん、馬鹿にしないって約束してくれる?」


「何を?」


「涼ちゃんの仕事……実は風俗で働いてるんだ」


「働いてる人間を俺が馬鹿にする訳ねぇだろ」


「そうだよな、堀渕さんはそうだよな。やっぱ風俗だと……どうかなって思ってさ」


「それ、お前が馬鹿にしてんじゃねぇの?」


「……してないよ……」 ボブは微かな声を絞りだした。


「だったら良い」


「俺なんかが馬鹿に出来る訳ないよ……」


「じゃあなボブ。おやすみ」


俺は飲み残したコーヒーを流しに捨ててカップを水に浸けた。

鍵を掛けに事務所に戻ると、さっきと同じ姿勢でボブが立っていた。

「お前立ったまま寝てんだろ。鍵、閉めんぞ! 帰って寝ろ!」


「俺、自分が情けないよ」

肯定したい衝動を俺は抑えた。

「昨日そのヒモにシメられた、涼ちゃんの前で……。 涼ちゃんが殴られたのに……怖くて俺、何も出来なかったんだ…… ホント情けないよな……」



「情けねぇな確かに。でもそれがそん時のお前なんだから仕方ねぇよ」

ボブの肩は小刻みに震えているように見えた。

「俺はいつまでも自己嫌悪だの自己否定だのに捉われてる奴は信用しねぇ。 過ぎた事は過ぎた事だ。それが死ぬほど嫌なら死ぬ気で自分が変われば良い」

ボブは黙って出て行った。


また俺の悪い癖だ。話してる相手を無意識に追い詰めてしまう。


俺のしている事は抱えきれない程の課題を背負い込ませるだけなのだろうか。


間違いなく今夜のボブは意見より共感を求めていただろうに……。



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