美空です。

元デパート販売員としては
投げ掛けられることばに敏感です。

ことばもおもてなしのひとつだし
ことばにはパワーがあるし

そのことばで相手の感情を左右するのだから
大切に扱いたいな、と思うのです。

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先日入った釜飯の老舗のレジで
対応してくれた女性が

「恐れ入ります」
を頻発していて違和感を感じました。

そのことばを言われるようなことは
そこには存在していなくて

あえてことばを選ぶなら

「ありがとうございます」

が適当なんじゃないかなぁ、という場面。

近所のセブンイレブンのおばさんが

「すみません」

をやたらと使うのも気になっています。

なんだろう。

みんな、
開運言葉って知らないのかな?(笑)

それは知らなくても

人の気持ちを考えながら
ことばを選ばないのかな?

※私もうっかりすることはあるけど。

いや、違うな。

書いてるうちに気づいたけど

私が反応したのはそこじゃないんだ。

そのことばに
温度がなかったことが気になってるんだ。

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温度がない「恐れ入ります」と

温度がない「すみません」。

口から滑り落ちただけのことば。

意味のあることばを

無意味に使っていることに違和感だったんだ。

そのことばが伝えたい世界観を
なくしたままに

そのことばが行き交うことが 
すごく気持ち悪かったようです。

あと

本音とずれてるときね。

『そんな気持ちがないのに
    そのことばを選んでんじゃねーよ』

と思うことがある。

そのことば以外にも選択できるんだから

自分にしっくりくることばを
使ってほしいな、と思ってしまうんだ。

「それでいいよ」と
そう思ってないときに言わないでほしい。 

これはきっと
私自身にも言いたいことだな(笑)

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「恐れ入ります」も「すみません」も

「ありがとうございます」
変えることはできないんだろうか?

もし変えることができるのなら

私だったら

「ありがとうございます」
の方が嬉しいな。
美空です。

長男、長女さんとか

しっかりものでいようとした人とか

人の顔色をうかがえる人たちは

もしかしたら

無意識に我慢してきたのかもしれない。

私は末っ子だけど

小さい頃から

『私がお母さんを助けなきゃ』
って思って生きてきた。

『お母さんのためにしっかりしなきゃ』
と思ったから

今では想像ができないくらい

品行方正で
真面目ないい子ちゃんだった。 

それが壊れたのは
いつだっただろう。

大学に入って独り暮らしをしてから

いい子ちゃんではいられなくなったし

エリート街道からも外れた。

あのときから 
自分を取り戻し始めたはずだったのに

今思うと

まだまだ浅かった。

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本当の意味で
今を生きてこれなかった私は

その分を取り返すように
ここ数年で
今を生き始めた。

あのとき

本当はもっと泣きたかったし

かっこ悪いところも
できそこないなところも

全部見せたとしても愛される、って実感が
ほしくてたまらなかった。 

なのに

あのときの私は
本当の私を押さえ込んだ。

『どうせ、愛されないんだ』

『どうせ、わかってもらえないんだ』

諦めて

拗ねて

愛してもらえるように

たくさんの鎧を身につけた。

鎧をつけることが癖だから

「我慢しなくていいよ」と言われても

どこが我慢なのか
わからなかった。

「自分らしく」ということばが

自分のからだのどこまでを指すのか

ずっとずっと
探し続けていたのかもしれない。

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自分に向き合って
 
自分の鎧に気づいて

少しずつ自分に戻っていって

罪悪感とかざわざわに
押し潰されそうになりながらも

それでも

私は私の手を離さないと誓った。

だからこそ

私は前よりぶれなくなったし

ぶれたとしても
戻ってこられるようになった。

無意識の我慢ほど

自分でわからないものはない。

反射的にしてしまう我慢ほど
 
自覚しにくいものはない。

それを知るために

誰かがいるんだと思うんだ。

誰でもいい。

あなたが信頼できる誰かでいい。

この人になら話せる、と
心から思える誰かでいい。

もし
自分を見失っても
そのまま一人で抱え込んだりしないで。

一人になりたいならなってもいいけど  

一人でいて寂しくなったら
誰かに会いに行けばいい。
美空です。

私を『美空P』と名付けてくれた
なっちゃんこと井内 菜摘さんのおかげで
出会えたメイクセラピストの
荻野 愛子さん。

美しくてかっこよくて
素敵な旦那様がいる愛子さんに
眉メイクを習ってきました。

(現在、パートナー募集中の私は
 良好なパートナーシップを築いてる人に
 たくさん会いに行っています)


眉を書きながら思ったことは
『眉もアートなんだなぁ』
ってこと。

虹色天使アーティストのなっちゃんは
すごく上手に書いてるし

絵を描かれる方とか
元美容学校に通ってた方とかは
やっぱり上手で

私は
「ここに点をうって、こう書くんですよ」
と説明されてもすぐにわからなくなって

「愛子さーん😢」
って何度も助けを求めてしまいました。

「美空さんは何でもできるイメージ」
と誰かに言われたことがあるけど

苦手なことがとことん苦手だから
得意なことに集中して生きてきて

そつなくこなしているように
見えているだけなの。

私の芸術のセンスは
中学生以降、音楽に注ぎ込まれて

美術に関わることも
それからは減ってしまったから

絵を見るのは好きなんだけど
描くことは得意じゃない。

最近、
得意じゃないことに挑戦させられるなぁ、
って思っていたら

まさかの
ここでも挑戦させられるとは。

眉を書くのは大変だったけど
なっちゃんと昔の眉の話をできたし 

(私と出会った頃のなっちゃんは
今よりしっかり眉を書いてて
そのときの方が肩に力が入ってたらしい)

お仕事場での愛子さんと
旦那様の航さんとのやり取りが
私的にはとってもほっこり。

いやぁ、

自分がほしい未来を手に入れている人に
会いに行くって
すっごく大事。

『あんな風になりたいな』に
憧れだけじゃなくて感情も乗るから

もっとわくわくが強くなって
引き寄せ力が上がる気がする。

旦那様に一目惚れされたという愛子さんに
少しでも近づきたいなぁと思ったし

なにより
メイクに対して苦手意識ばりばりの私が

『いや、このまま諦めたらダメだ』
ってメイクに向き合おうとできたのが

私にとっては
ものすごい進歩で。

なっちゃんにも愛子さんにも航さんにも
本当に感謝。

そして

会ったことがなかったのに
友達のシェアで知ったなっちゃんの個展に
行こうと思った一年半前の私に

改めて感謝。

ご縁はこうやって繋がって
私を幸せにしてくれるんだなぁ❤
美空です。

どうやら私には
俯瞰力があるらしい。

いつからあるんだろう、と思い出してみると
小学生のときからあった。

体育でバスケットボールをしているとき

体育でドッチボールをしているとき

私は俯瞰力を使っていた。 

どうしてできるようになったのか
わからない。

小学生のときになぜかできてて

大人になってからも
それをやっているだけにすぎない。

自分の視界に入るものに関しては

だいたい見えている。

「どうやったらできるようになりますか?」

と聞かれて

答えたかったのだけど

考えても答えがでなかった。

答えたかったのだけど
 
なんでできないのかわからなくて

うまく伝えられなかったなぁ、と
反省した。

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俯瞰力を高める方法。

今の私が思うのは
 
自分の目の高さではなく

鳥のように上から眺めてみること。

あぁ、
そのまますぎて申し訳ないわ。

俯瞰できないな、って人は

もしかしたら
目の前に集中できる人なのかも。
 
私はすぐに飽きちゃうから
けっこう周りを見ている。

俯瞰できないな、って人は

もしかしたら
その環境でリラックスしているのかも。

私は自分の世界が安全であってほしいから
見回す癖があるんだと思う。

危険があれば
脱兎のごとく逃げられるように。

私がこわがりさんだから
そんな能力が芽生えたのかもしれないな。
美空です。

自分の意見にこだわりを持つと

そのこだわりが
時として頑固になってしまうことがある。

自分のこだわりを大切にするのは
とっても素敵なことなんだけど

ちょっとしたことで

「批判された」びっくり

ってイラつくのは違う気がする。

こだわりって
人によって違うし

どんなに伝え続けても
伝わらない人はいるし

どんなに伝え続けても
それを気に入らない人はいる。

もし
批判された、と思うときは

その人を見返してやるくらいの勢いで
さらなる改良を加えるのもいいし

そもそも
本当は自分が不満を持ってないか
内観してみてもいいし

批判されたことで生じるメリットが
ほしいのかもしれないし
 
嫌な気持ちになっただけで終わるのは
もったいないなぁって思った。

私にはそこまでこだわるものがないから
こだわるものがある人を尊敬するし

こだわりのある人を
応援していきたい。

だけど

こだわりが争いに繋がっていくのは
あんまり好きじゃない。

できることなら

お互いのこだわりをわかった上で
別々に生きることを選択したい。

そういえば昔から
喧嘩とかアクション映画とか
好きじゃなかったなぁ。
 
議論するのは仕方ないけど

その先に何を手に入れようとしているか、
が気になってしまうんだ。