身体抑制で処分されるか、賠償金を支払うかの選択 | ケアマネ時々卓球、時々その他

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仕事は介護、プライベートでは卓球を中心に、その他もろもろ思いつくままに書いてみます。テキトーな独り言です。

 

(1)身体抑制は必要

人は生まれた時は小さく縮こまっているが、成長すると共に身体が伸び、身体が自由に動くようになる。同時に年を取り筋肉が衰え、病気などの影響もあれば、どんどん体は縮こまっていく。生まれる時は大きく息を吐き、死ぬ時は息を吸う。そうして人は一生を過ごす。

 

身体が動かなくなる過程で出来なくなる事が増えるし、痛みや痒みに襲われる。そうした本能的な心地悪さを解消しようとする動きは、単純に足腰が不自由になったとしても残るものだ。

例えばトイレに行けなければおむつに用を足す。心地悪いから自分でおむつを外してしまうという行為はその通りだが、おむつに用を足した瞬間に介護職員が飛んできておむつを交換する程今の介護状況が充実しているわけではない。

また疥癬などの痒みは強烈だ。皮膚を書き壊すほど掻きむしりたくなる。中には搔きすぎて血だらけになる人もいる。

更に言えば何らかの理由でベッドから出たいという気持ちは自分の足腰の弱さとは関係なく起こるもの。そうすれば転倒もありうるし、場合によってはベッドからの転落という事もありうる。

 

そうしたことを防ぐための身体拘束は否定はされていない。勿論、やり方によって未然に防ぐことは必要だが、絶対ということは無い。もし絶対に事故を防ぎたいなら拘束は必要な行為である。

 

(2)それでも身体拘束は・・・

私が最初に勤めた平成初期、病院では身体拘束は多く行われていた。ベッドに縛り付けるもの、車いすから急に立ってしまう懸念から車いすに縛り付けておくものと多く見られたものだ。

 

ある時、抑制をしている場面に出くわしたことがある。女性の方だったが、「なんでベッドに縛り付けるの?」と聞くと看護師が「あなたが暴れるからよ。」と答える。そんな場面は当たり前だったと思う。

 

そういう光景というのは病院では当たり前だろうが、やはり一般の目から見れば異常なことだろう。しかし抑制を解消出来るほど人的な余裕も無ければ方法も無い。下手に動かれて怪我でもされるのであればベッドに縛り付けておくしかない、というのが当時の結論であった。

 

最近では虐待という概念の下、拘束は身体的虐待として我々も学ぶ機会がある。ここでの抑制=身体的虐待というのは広く言われる。

先に挙げたベッドに縛るのは勿論、ベッドを四方にベッド柵をつけて出られないようにするという事、部屋から出られないようにするという事、おむつに手を入れないようにするための衣服も否定された。

 

しかし安全面を考えればやむを得ないことだとも思う。

そうした時は会議で必要性、方法、期間などを明記し、関係者や家族の了承を得たうえで行うとされている。

 

今は入院する際も念のためだろうが、承諾書を取るようにしている病院もある。

 

抑制をしないと何らかの事故が起こるリスクは将来的に無来ればよいが、今の時代はまだ追い付いていない。今は拘束もやむを得ない時代なのだ。

 

(3)究極の選択

随分前だが、認知症の女性が徘徊中に電車に轢かれて死亡した事件があった。この時の判決は家族が管理不行き届きのための事故として、鉄道会社へ賠償金の支払いが命じられたと記憶している。

 

この判決は介護業界に激震が走った。

 

認知症による徘徊が予想されるが、下手に難しい鍵を設置すると拘束になる。介護サービスも一日中入れないから一人の時間が発生する。高齢者も何とか外に出ようとする。どうしても目の届かない時間、隙をついての外出での事故。これを管理不行き届きとなるならば、やはり拘束は必要なんだろうと思う。

 

身体拘束は刑法に該当する犯罪というのが法的解釈だ。

だから介護者を抱えた場合、そのリスクは付きまとう。それで事故が起こらないように細心の注意を払っても、それを乗り越えて事故が発生する可能性はゼロではない。

 

つまり身体拘束をして刑法に触れるか、自己の責任を取って多額の賠償金を払うかという究極の選択の中で介護は行われているという事だ。

 

記事は病院での事故の話だが、大変な患者を抱えて、事故を防ぐ方法(拘束)も甘くせざるを得ない状態で、予想されたであろう事故が実際に発生し、挙句の果てに賠償金を支払う羽目になる、なんていう事が常態化されれば、そんなリスクのある仕事を誰がやるのかという事だ。

 

逆に言えば、介護者を押し付けられれば、こうした事故があった時にお金をせびることが出来る。

最近の裁判例では多くの介護事業所や病院が敗訴になっている。その判決では「患者の安全確保策が取られていなかった」というものが多い。

 

こういうリスクも介護職から遠ざける一因になっているのではないかと思う。