零細介護事業者の倒産、それは国の思い | ケアマネ時々卓球、時々その他

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仕事は介護、プライベートでは卓球を中心に、その他もろもろ思いつくままに書いてみます。テキトーな独り言です。

 

 

(1)志を持って起業したけれど

昨日は介護事業者が増えているという記事を書き、今日は介護事業者の倒産がという、上げたり下げたりの内容になってしまうが、個人的にはやはり倒産の方が重い。

というのも自分自身が20年前に起業して、様々な苦労や泣き寝入りする忸怩たる思いをしながらここまでやってきたからだ。その思いが気力の問題化経済の問題かは問わず、報われないとか断念せざるを得ないというのは、やはり日本の福祉というものがまだまだ道半ばというか、そういう人が犠牲になっているという事。未来は、そういう人たちの犠牲の上に成り立つ素晴らしいものになってほしいと願う。

 

(2)国の本音が垣間見えた

さて、今年の改定で訪問介護がマイナスという、現場の人間からすれば狂気の沙汰とも思えない事をやられたのは記憶に新しい。その後もちょくちょく見直しを求める声は上がっているが、一向に動く気配はない。

その時だが、マイナス改定の理由として①処遇改善加算の充実②サービス付き高齢者住宅の利益が高いなどが挙げられた。そして今後の対策としては①処遇改善加算を得る事②協業するなど業務の効率化を計る事などが言われてきた。

 

当然の事としてこの二つの対策は零細には困難である。

①の処遇改善加算だが、まずもって有資格者の確保が難しい点が大きい。ただでさえ応募がほとんど無い状態で、有資格者を確保するにはそれなりの労働条件を提示しなければならない。まずそれが難しい。

②の協業だが、請求などの事務作業はもともと事務員がいてその経費削減のために外注するならともかく、そもそもヘルパーや責任者が兼務で行うので、外注すればそれだけ出費が多くなる。この出費も痛い。

 

ということは、これから生き残ってほしい事業所というのは、これらの解決策に乗っかる事の出来る事業所という事になる。

 

(3)個人の介護に対する思い入れなどは関係ない。

経営効率のみを考えればそうだろうと思う事はあるが、大規模化しての経営効率である。つまり事実上の零細企業撤退勧告みたいなものだ。

制度を維持運営するという事は、味方によっては大義である。それにより多くの人が救われるというならその通りなのだろうが、犠牲になっても良いという人、それでも志を持つ人がこれからどれだけ耐えられるかという事だろう。

 

そう思うと、国のやろうとしている事は本当に大企業化した、マニュアル的な介護なのだろうと思う。

 

これからの介護は志なんかいらない。