(1)納得して入所したとはいえ
高齢者施設で虐待やサービスの悪さが指摘される記事をよく見る。この記事では部屋に鍵をかけて外に出られないようにする、いわゆる「身体拘束」という身体的虐待である。
身体拘束はこのように部屋に鍵をかけて外に出られ寧用にする、ベッド柵を四方に設置し、ベッドから降りられないようにするなど行動の自由を制限することを禁じている。
高齢者は皮膚病などもあり、痛み痒みを生じるケースは多い。痒いので搔き壊してしまうという事もあるから、昔はベッド柵に縛り付けるという事もあった。
痒いのにかけないというのは苦痛以外何物でもないと思うが、痒みを完全に取ることは出来ないのでそういう対応をせざるを得なかった。
それに施設に入る、入院するというのはやはり気持ちの良いばかりではないだろう。それは認知症でも同じ。居心地の悪さから脱走するケースだってある。
それは契約書にサインしたからといっても、家族が面倒をみてくれないという事が分かっていても、高齢者にとってはやり切れない思いなのだろうと思う。
逆に施設側からすれば脱走されたらたまらない。
事故でもあったら管理責任が問われるのだ。
(2)ケアマネの利用者囲い込み
今でもそうだが、ケアマネを雇う意味を考えれば利用者を確保するためである。
介護が必要になった時、役所か地域包括支援センターで介護申請をし、認定調査を受け、その結果をもってケアマネを依頼する。ケアマネはその利用者にアセスメントを行い、その利用者に必要なサービスを計画する。
そして事業所に依頼し、サービス実行となる。
となると、サービス事業者はケアマネを雇っていれば自分のサービスを使わせる事が出来るので、実際にいたほうが便利。
さらにケアマネ事業所は8割方赤字であった。
なので制度上としても、赤字事業のケアマネをサービス事業所に押し付け、利益誘導する形でケアマネというのは存在した。
しかしケアマネ憲章なるものがあって、ケアマネは自社の利益よりも利用者の利益を優先すべきとある。
その理念は分からなくもないが、営利法人にて例えば、自社のサービスを10件紹介したケアマネと、5件しか紹介しないケアマネがいたら、人事評価はどうなるだろう。言うまでもない事である。
自社に利益を呼ばない社員はいても意味が無いのである。
そのギャップに苦しんだケアマネは多かっただろうと思う。
最近はケアマネの殊遇改善加算が増え、独立するケアマネが増えた。サービス事業所としても赤字事業を廃止する所も多くなっているようだ。
訪問介護の単純に人不足で、ケアマネがいなくても受けられる仕事量は決まってくる。今はそういう流れである。
(3)それなら給料が安いままでいいんだね?
職員の中には正義感に駆られる奴もいれば楽をしたい奴もいる。我が社にも「利用者はいないほうが良い。現場は楽になるんだから当たり前だ。」と堂々と言う奴がいた。「なら給料は上がらなくていいんだな?」というと黙ってしまったが。
経営に憤りを感じる介護職員は多いと思う。
儲け主義と揶揄する人もいるだろう。
しかし、この「給料は上がらなくていいんだな?」という言葉を聞いてもらいたい。高い給料を得たければ、しっかり働くしかないというのは当たり前。
昔の措置制度を知っている私にすれば、介護保険という制度が出来、営利法人が参入する事で、利用者に対する顧客意識というものは出来てきたと思う。と同時に高齢者を食い物にするという儲け主義の人がいてもおかしくない。
あちらを立てればこちらは立たず。いいとこ取りはできないのだ。