エッセンシャルワーカーの本音と建て前 | ケアマネ時々卓球、時々その他

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仕事は介護、プライベートでは卓球を中心に、その他もろもろ思いつくままに書いてみます。テキトーな独り言です。

 

(1)エッセンシャルワーカーの本音

どんなに憧れたり労働条件が良かったりしても、生きるか死ぬかの状況では仕事はしていられない。それが例えば被災地域で必要のない職種だったら影響は少ないが、介護や看護などエッセンシャルワーカーと言われる人がいなくなると、それは途端に不自由極まりない状況になる。

では、そうしたエッセンシャルワーカーが自分の家族は放っておいて人助けに奔走するかと言えば、本音は家族の方が大事という事になるだろうと思う。

 

(2)BCP(業務継続化)計画の危うさ

最近では企業でも不要不急の外出が控えるようにと注意喚起が出た時には早めに帰宅させるなど、社員の安全確保に注力している会社が増えているように聞く。以前私が勤めていた会社では個人が営業ターゲットだったので、台風の日こそ営業電話を掛けろという姿勢だった。やはりそういうモラルのない会社は潰れる。

介護保険制度では2024年からは全事業所にBCP(業務継続化)計画の作成が義務付けられた。介護の対象者は24時間365日援助を必要としている。だからもし災害が起こったり、感染症がまん延した時の連絡体制やら何やらが義務付けられるわけだが、それ以前に出勤できる人間がどれだけいるのかという事である。自分の家族を放っておいてでも仕事に来いというのは、社会的責任云々言えばその通りだが、逃げ出したくなるというのも理解できる。

 

(3)自分の身は自分で守る

新型コロナがまん延した時、我々介護職から罹患するのではないかと利用者や家族から黴菌扱いされた人も多かったと聞く。その時も我々は自分や家族を放っておいてでも走り回ったものだ。

BCPについてはいくつか研修を受けたが、「自分や自分の家族の安全を確保した上で業務に当たってもらいたい」という研修は一つもない。

やはり周りの福祉従事者に対する考え方は、自己犠牲する人というのもいまだにあるようだ。勿論、利用者を助けたいという気持ちは持っている。しかしそれが出来るかどうかは自分の身の安全を確保した上の話だ。

これは福祉の仕事のみならずボランティアも同じ考えと言って良い。ボランティアも自分の生活が成り立って、余裕がある人が行うものだ。その世間の理想と現実の狭間は意外とエッセンシャルワーカーを苦しめるものかもしれない。