【第十六話】

 

前回のあらすじ

獣人族の長老のもとを訪れ、その伝承を聞いたミンシアたち、人と獣人族の間の争いの根源を知る。それでも平和を願う長老の家を後にするミンシアたちであった。

 

 その夜、獣人族の人たちが歓迎の宴を開いてくれた。一部の人たちの姿は無かったが・・・マーラの姿も初めの挨拶の時に見かけたきり、いつの間にやら居なくなっていた。美味しい料理に、激しくも繊細な舞踊の数々。宴は最高潮の時を迎えていた。

 

「宴はどうかな? 客人たち。」

 

 エリオスがお酒の器を片手に、一人一人に注ぎながら話しかけてきた。

 

「ええ、楽しませてもらってますわ。」

 

「みんな気のいい人達ばかりですね。」

 

「うまうまー! ごちそうがいっぱい! ぐふふ。」

 

「おかげでこいつらも楽しんでいる様だ。ありがとな。エリオス。」

 

 ヴァイトがお礼を口にすると、どういたしましてという顔でエリオスが笑顔を返してきた。そして、ヴァイトの肩に腕を回して、エリオスが顔を近づける。

 

「マーラは・・・」

 

「・・・」

 

「そうか・・・。どうぞ今宵はゆっくりと楽しんでいってください」

 

 そう言ってエリオスは他の獣人族へ酒を注ぎに行ってしまった。

 

「マーラは、僕達の事・・・嫌いなのかな?」

 

 ミンシアが、気になっていたことをぽつりとつぶやいた。ヴァイトが言葉を選ぶように考えながら、ぽつりぽつりと話し始めた。

 

「あいつは・・・親を。人間との戦いで亡くしてな。」

 

「え? ヴァイトと兄妹じゃなかったの?」

 

「血は繋がってねえのさ。俺のオヤジが助けに行ったあいつの里で、瓦礫の前で佇むあいつを見つけてな。そのまま引き取って来て俺の妹に。初めは全く口をきいてくれなかった。余程ショックだったんだろうな。」

 

「そうなんだ。そんなことが。」

 

「だから、あいつのことは・・・許してやってくれ。決して悪気があるわけじゃないんだ。ただ・・・」

 

「わかったわよ。そっとしておいてあげる。」

 

「すまない」

 

「ヴァイトが謝る事でもないでしょ。」

 

 ヒューラがヴァイトの肩をポンポンと叩いた。ネルセンもうんうんと頷く。

 

「ん~! トイレ!」

 

 ミンシアが場違いな声を張り上げて、席を立った。

 

「勝手に行って来いよ。」

 

 ネルセンがあきれた表情でトイレの方向を指さす。

 

「いってきま~す!」

 

 ミンシアがトイレ目がけてどぴゅーんと駆け出していった。

 

「あの子ったら本当に・・・」

 

 ヒューラも保護者の様にあきれた表情で見送る中、その様子にヴァイトがプッとと吹きだした。

 

 

 

 里を見渡せるひときわ大きな欅の木。その太い枝の一つにマーラの姿はあった。見下ろすと楽し気に里のみんなが歌い踊っている。人間と一緒に・・・。見上げると木々の隙間から星がのぞいている。すぅーと一つ息を吸い込む。頬を撫でる風が、優しくマーラを包み込むように流れる。思いかけず一滴の滴が頬を伝い落ちた。ハッとするが、何をするわけでもなくそのままその瞬間に身を委ねた。

 

「こんな所にいたんだ。もう、探しちゃったよ。」

 

不意にかけられた言葉にビクッと身体が反応する。無意識に頬を拭い、作り笑顔を装いつつ周りを見回した。

 

「誰?」

 

 欅の幹から姿を現したその影は、不意にバランスを崩し、もたれかかって来た。

 

「わっ! 危ない!」

 

 マーラがその影を受け止めつつ、勢い余って枝に倒れ込む。

 

「ごめんごめん。こういう所って慣れてなくて」

 

 そう言ってミンシアが頭をポリポリと掻いてみせた。

 

「あなたは・・・」

 

ミンシアが起き上がった所で、マーラは木から降りようと立ち上がり、その横を通り過ぎる。

 

「あの! ちょっとだけ・・・話さない?」

 

 申し訳なさそうに様子をうかがっているミンシアに、いたたまれなくなったマーラが、ハァと一つため息を漏らして枝に腰を下ろした。

 

「少しだけでしたら」

 

「やったね!」

 

「・・・で、話って何ですか?」

 

 マーラは一刻も早く去りたいのか、少しイライラした声でミンシアを促した。

 

「あのさ。マーラってヴァイトとは血が繋がってないんだよね?」

 

 直球の質問にマーラの眉がピクリと上がる。

 

「兄さまから聞いたのですか? 確かに兄さまとは血が繋がっておりません。でも、私にとって、兄さまは兄さまです。」

 

「お兄さんがいるってどんな感じ? 僕さ。一人だから兄妹がいないんだ。お兄さんって、どんな感じ?」

 

「えっ、と・・・」

 

 思わぬ質問に言葉が詰まるマーラ。ひとしきり考えを巡らせて。

 

「どんな感じと言われても・・・」

 

「じゃあさ。ヴァイトの事。どう思ってんの?」

 

 ミンシアのするどい質問の数々にたじろぎながらも、マーラはヴァイトに想いを巡らせてみた。

 

「兄さまは・・・優しくて繊細な人です」

 

「えー! あのヴァイトがー!」

 

 険しい表情をするマーラに、思わず開けた口を両手で塞ぐミンシア。

 

「兄さまは、何も話そうとしない私に、ただぶっきらぼうに話しかけてきました。一方的に。これ、使うか? この花の蜜は甘くておいしいんだ。この虫は、すっごくクセェんだぞって。」

 

「何て言うか・・・ヴァイトらしいね」

 

「ある時、私が父様が大事にしていた首飾りを壊してしまい困惑していた所に、兄さまが来て『大丈夫、お前は何も言わなくていい』そう言ったんです。あとから聞いた話では、兄さまは自分が壊したと・・・」

 

「そっか、良い奴だな、ヴァイト。」

 

「良い奴なんです。兄さまは」

 

 そう言ってマーラははにかんで見せた。

 

「マーラの両親って・・・」

 

 そう言い淀んで、マーラの様子を見る。表情がみるみる陰っていくのが分かる。

「人間に、殺されたんだよね?」

 

「・・・はい」

 

 顔を伏せるマーラに向かって、ミンシアは言葉を続けた。

 

「実は僕の両親も争いで失ったんだよね。僕の親も・・・人間に殺されちゃった。」

 

 あっけらかんと語るミンシアの顔を、驚きの表情でマーラが見つめている。

 

「だから、マーラの気持ち・・・少しはわかるよ。少しは・・・わかる」

 

 そう言ってミンシアはマーラの手に自分の手を重ねた。マーラは手を返して、そっと優しくミンシアの手を握り返してきた。ミンシアにはそれだけで十分だった。

 

「いきなりすべてを信じて! なんてことは言えないけど。僕はもう少しだけマーラと仲良くしたいな。」

 

 そう言ってミンシアがマーラに笑いかけると、うんと頷いてマーラもにっこりと微笑み返してくれた。

 

 

 

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【第十五話】

 

前回のあらすじ

ヴァイトとマーラの再会を邪魔しないように長老の家を訪れたミンシアたち。

ヴァイトとマーラは久しぶりの再会を喜び合うが、マーラはまだ人間に対して警戒している。

兄の言葉にうなずきはするが・・・

 

 長老がごほんと咳払いをして、静々と語り始めた。

 

「人がこの世に繁栄するより遥か昔。この世界は、自然の理を愛す民獣人族と、世界の秩序と理を守る精霊たち、万物の創造主たる神々、混沌と闇が支配する宇宙意思、ダークマターとの絶妙なバランスにより保たれていた。しかし、そんな平和な時も永久に続くことはなく、一人の獣人族の過ちをきっかけにして、後に“神々の惨劇”と呼ばれる最悪の時への連鎖が始まっていったのじゃ。」

 

 長老は、悲しげな眼差しで壁に掛けられた一つの絵を眺めながら、静かに目を伏せた。

 

「美味しそうなクルミパン・・・」

 

「シッ! 大人しく話を聞く。」

 

 ミンシアが目の前に置かれたクルミパンに目を奪われている所を、ヒューラが小声でたしなめる。

 

「よいよい。好きかのう? クルミパン。」

 

「うん! ありがもふ。」

 

 御礼を言い終わるより先に、クルミパンはミンシアの口へと吸い込まれていた。ポントが思わずキューと喉を鳴らす。ミンシアはこっそりとクルミパンを一口ちぎって、ポントの前へと投げた。ポントは嬉しそうにクルミパンに飛びついた。

 

「面白い子じゃ。続けるぞ? その者は大切な家族を失った悲しみに耐えきれず、邪な意思に身を委ねてしまった。気持ちの揺らいでいた所をダークマターに付け込まれてしまったのじゃな。」

 

「そんな・・」

 

 ヒューラが言葉に詰まり、思わず口元を押さえる。

 

「闇の力によって蘇った家族の姿は、愛すべき以前の面影は見る影もなく、世界を闇と混沌へと導く邪悪な存在として、目の前に禍々しい姿でその身を晒した。そして、家族であった者にその身を裂かれ、肉体は贄として捧げられ、ダークマターに付き従う4体の邪神として、愛しき者たちはこの世界に蘇った。何とも悲しい話じゃ。」

 

 長老は目を閉じて、悲しげに頭を横に振りながら、ふぅと短い溜息を洩らした。ミンシアがクルミパンを片手に口をぽっかりと開けて固まっている。

 

「その後、邪神となった人達はどうなったんですか?」

 

 ネルセンが興味のままに長老に尋ねる。クルミパンを口へとねじ込んだミンシアが、うんうんと頷いて続きを促す。

 

「邪神となった者たちは、その後、次々と神々を襲い続けた。不意を突かれた神々たちは成す術もなくその手にかかり、半数の神がそこで命を落とした。これが“神々の惨劇”じゃ。」

 

「油断しすぎじゃない?」

 

 ミンシアが思わず本音を漏らす。

 

「それだけ平和な世の中が続いていたという事じゃな。だが、神々もただやられているだけではなく、反撃に打って出る。邪神の誕生と共に闇の眷属が世界に進出し、獣人族たちも平和な時は終わりを迎え、自分たちの身を守るために戦いの日々を送っていた。そこに神々からの神託が降りるのじゃ。『聖獣の巫女の魂の祈りに応え、獣王神、その姿を現わす。闇を払い、邪神を滅し、世界に輝きが戻るであろう』その神託の通り、聖獣の巫女となった獣人族の姫の魂の祈りにより、獣王神が降臨して、邪神を滅ぼし、ダークマターを封印することに成功し、世界にはまた平和な時が訪れた。この壁に掛けられている絵には“神託戦争”と呼ばれるその時の様子が描かれておる。」

 

「ふーん。私たちが生まれる前に、色んなことがあったんだね。」

 

 ミンシアがしげしげと壁に掛けられた絵を見回してみる。

 

「ただし、全ての獣人族が一つにまとまり、正しき道を歩んだ訳ではない。中には道を踏み外し、ダークマターの手先に・・・世界の秩序を破った者達には、精霊から枷を与えられたのじゃ。」

 

「枷?」

 

「獣人としての能力の消失。いわゆる人間の誕生じゃな。」

 

「え? 僕らの祖先って・・・獣人族なの!?」

 

「それは初耳ね。」

 

「じゃあ僕たちは兄妹って訳だ。よろしくよろしくぅ!」

 

 長老の手を取ってぶんぶんと振り回すミンシアを、ネルセンとヒューラが慌てて取り押さえて座らせる。二人の背中に嫌な汗が流れる中、当の長老はふぉっふぉっふぉと物珍しいものでも見たかのように楽しげに笑っていた。

 

「人の歴史は儂らより浅い。知らなくても当然じゃ。実の所、儂らも伝え聞くのみで、本当のところは知る由もない。それに・・・」

 

 そう言って、長老は口ごもった。だが、意を決して言葉を綴った。

 

「誕生の歴史からして、獣人族の中には人間を快く思わん輩もおる。裏切者・・・とな。」

 

「そっか」

 

 ミンシアが少し悲しげな顔をしてうつむいた。

 

「知らないとはいえ、皮肉な物ね。人間の中にも獣人族を下に見て、見下す輩がいる。獣以下・・・と。」

 

 苦々しい顔をしてヒューラが唇を噛みしめる。

 

「実際、人間と獣人族の間には何かと諍いが絶えなかった。そのほとんどは人間が仕掛けてきたモノじゃがな。儂らはただ、自然の営みの中で静かに生きていたいだけじゃというのに。」

 

 悲しげに目を瞑った長老の表情は、人間と獣人族の未来を憂いているように見えた。空気を変えようとネルセンが疑問を口にした。

 

「聖獣の巫女は、今もこの世界にいらっしゃるんですか?」

 

「神託戦争以降、獣王神を呼び出した記録はない。じゃが、その血筋は脈々と受け継がれている・・・はずじゃ。」

 

「ずいぶんと歯切れが悪いのね。」

 

「その性質上、一族の者以外にその存在は伏せられておる。今はどこで何をしているやら」

 

「また獣王神の力が必要になったら?」

 

「儂の目の黒いうちには、そのような時が来ないことを願うばかりじゃな。」

 

 そう言って長老は、目を細めながらふぉっふぉっふぉと笑ってみせた。

 

「儂の話は退屈じゃなかったのう」

 

「いえ、とても興味深い話でした。」

 

「まだまだこの世界には知らないことがたくさんあるものね」

 

「おいし・・・いや、面白かったよ。お話、また聞きに来てもいい?」

 

「いつでもおいでなさい。また、クルミパンを用意しておくからのう。」

 

「わーい」

 

 ミンシアたちの後姿を見送りながら、おもむろにぼそりと長老がつぶやいた。

 

「本当に面白い子達じゃ。」

 

「本当に食い意地の張った、変わった娘でしたね。」

 

 エリオスのその言葉に、長老はただにっこりと微笑みを返すだけであった。

 

 

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【第十四話】

 

前回のあらすじ

ヴァイトの里に着いたかと思われたその時、先頭を行くミンシアの足元に矢が!

ヴァイトの呼びかけにより姿を現したのは、エリオスと名乗る獣人族の青年だった。

エリオスに案内されてヴァイトの里、メンデルに足を踏み入れる。

 

 

「兄さま!」

 

「マーラ!」

 

ヴァイトの姿を目にしたマーラがその瞳に涙を浮かべながら駆け寄り、ヴァイトの逞しい胸に顔を埋めた。ヴァイトとマーラが再会の喜びに包まれる中、僕達はそっとその場を後にして、エリオスに案内してもらいつつ里の中を見て回ることにした。森の木々に馴染むかのように家が並んでいる。森の奥へ足を進めると、切り立った崖が見えてきた。その崖に小さな扉がついているのが見える。扉の前に立つとエリオスが中に向かって声をかけた。くぐもった声が中から聞こえてくる。エリオスは皆に中に入るように促した。

 

「ここは?」

 

「長老の家です。何千年と続く獣人族の歴史を語り継ぐ語りべ。私達には耳たこですが、あなた達なら面白い話が聞けるかなと思って。」

 

 入り口をくぐると、中は思いの外広かった。伝統的な衣装なのだろうか? 民族的な装飾品が、土でできた壁を色鮮やかに彩っている。奥の部屋から近づいてくる人影が。一人の老人が姿を現した。

 

「ようこそおいでなすった。この里に客人とは、何十年ぶりじゃろうか。ゆっくりしてお行きなさい。」

 

「ありがとうございます。」

 

 物珍し気に周りを見渡していた皆が、大きなテーブルの周りに腰を掛ける。ポントがササッとネルセンの椅子の下に潜り込みうずくまる。ミンシアが好奇心旺盛な子供のように目を輝かせながら、待ってましたとばかりに長老に声をかけた。

 

「ねえねえねえ! あれ何? あれ!」

 

「ちょっとは落ち着けよ。」

 

「恥ずかしい。」

 

 ネルセンとヒューラが縮こまる中、長老が笑いながらミンシアの問いかけに答える。

 

「まあまあ、そうお気になさんな。あれは、獣人族の古き言い伝えを絵にしたものじゃ。」

 

「昔話? 面白そう。」

 

「ミンシアが期待しているようなものじゃないと思うよ。」

 

「お子様にはまだ早いかもね」

 

「ヒューラまで! ぶぅー!」

 

 ミンシアが頬を膨らませて二人に抗議する。

 

「ふぉっふぉっふぉ。なるべくわかりやすく伝えてやろう。」

 

 その様子を微笑ましく見守っていた長老が、獣人族に伝わる伝説を静かに話し始めた。

 

 

「心配をかけた。元気にしていたか?」

 

 一年ぶりに再会した妹に軽く声をかける。

 

「本当にそう思っておいでですか? 兄さまはいつもそう言って私のそばから離れて行ってしまう。」

 

「まあそう言うな。二人きりの兄妹なんだ。心配しない訳ないだろ。」

 

「そういう事にしておきます」

 

 必死に取り繕うヴァイトの姿に、ふとヴァイトに背を向けたマーラは、その顔にくすくすといたずらな笑顔を浮かべた。

 

「あの方たちは・・・」

 

 そう言って不安な表情を浮かべるマーラを落ち着かせるように、ヴァイトが語り掛ける。

 

「心配ない。気の良い奴らだ。お前が人間を嫌っているのはわかる。だが、獣人族にも良い者と悪い者がいるように、人間の中にも良い奴らはいるもんだ。」

 

「兄さまがそう言うのであれば・・・でも、何か嫌な気配を感じます。」

 

「気にしすぎだ。人間の事となるとマーラはいつもそうだな。」

 

「そんなこと・・・ありません!」

 

 ちょっとムキになって否定する妹の姿を可愛らしく感じながら、ヴァイトはポンポンと妹の頭を優しく撫でた。

 

「大丈夫だ。俺がついている」

 

 その言葉を噛みしめるかのように、マーラが“うん”と一つ頷いた。

 

 

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