【第19話】

 

前回のあらすじ

森の泉へ水を汲みに行こうとしたマーラ。だがいつの間にやら迷ってしまう。そこで出会った二人の子供の様子をうかがっているうちに、怪しい小屋を見つける。怪しい男に見つかりそうになったマーラは猫のマネをしてみるが・・・

 

 

 

・・・思わず人生で初めての猫の鳴き真似などしてしまった。ベタだ。ものすごいベタだ。昔エリオスが、長老が大切に育てていた木の苗を踏み折って、猫の鳴き真似をして誤魔化そうとしたが見つかって、こっぴどく怒られていたことを思いだした。こんな状況なのに、急にものすごく恥ずかしくなってきた。いけない、いけない。そんな場合ではない。中では何やらまだ話し込んでいる様だ。『ちょっと外を見てくる。』『どうせ猫だろ? やめとけ、やめとけ。』とでも言ってくれているのであればありがたい。今のうちに・・・。

 

ガチャ

 

扉が開いて一人の男が出てきた。これはやばい! 足音でこちらの方へと向かってくるのが分かる。見つかる! そう覚悟して顔を伏せたマーラの隣を白い生き物が通り過ぎる。

 

「なんだお前は? シッ! シッ! どっか外に行け!」

 

男は白い生き物を追い払って、小屋の中へと戻って行った。

 

「あ。・・・あれ?」

 

力いっぱいに閉じた目と両手で耳を塞ぎながら、その瞬間を待ち構えていたマーラが恐る恐る目を開けてみると、そこには先ほどの白い生き物が。

 

「ポン・・・ト?」

 

 キューと一声鳴いて、こちらを見つめている。ちょっと誇らしげに見えるその様子が何とも可愛い。

 

「ありがとう。助かったわ。今のうちに帰りましょう。」

 

サーッとポントが走り去っていく。でも、あの子達がここに来たら・・・人間の子供なんて私には関係ない。私たち獣人族が人間と余計な関わりを持ってはいけないのだ。さて、里に帰る道でも探そうと歩き出したマーラだったが、その耳に『わぁー!』という歓声が聞こえてきた。あの子達、もうこんな所まで! 小屋の存在を見つけて駆け寄っていく子供たちに、私には関係ないと言い聞かせる。ハーバントとエミリオが扉をドンドンと叩きだした。中からガラの悪い男が姿を現し、『ガキは帰れ』とあしらっているようだ。このまま大人しくあの子達が帰ってくれれば・・・。そんなマーラの想いとは裏腹に、ハーバントが『宝物』と口にした瞬間、ガラの悪い男の顔つきが一変した。その顔には薄気味悪い笑顔を浮かべながら、右手が背中に回されている。

 

(人間の子供なんて! 人間なんて!)

 

弱い者をいたぶる恍惚の表情を浮かべながら男の右手が高々と掲げられ、その手にナイフが鈍い輝きを放っている。悲鳴を上げながら恐怖の表情で逃げようとするハーバントと、恐怖のあまり身動きできないでいるエミリオの様子を楽しむように、気味の悪い笑い声を響かせながら、男が何の抵抗もできない獲物に容赦なくナイフを突き立てる! 

 

グッ!

 

確かな肉の感触に、男に電流が走る様な高揚感が走り抜けた。が、次の瞬間、思いもかけない目の前の光景に驚きの声を上げる。

 

 「だ、誰だ! てめぇは!」

 

 エミリオを抱えたマーラの右腕にはナイフが突き刺さっていた。私のバカ! そう何度も自分に言い聞かせながら、マーラがエミリオを突き飛ばし、力いっぱいに叫ぶ。

 

「早く逃げなさい! 早く!」

 

 動揺したままの男をよそに、ハーバントとエミリオが一目散に今来た方へと逃げ帰っていく。突然獲物を2匹失って激情する男の姿を見ながら、『本当に、私のバカ。』とマーラが一言つぶやいた。騒ぎを聞きつけた他の二人の男が『なんだ、なんだ?』と外に出て来てしまい、もうマーラには逃げる術がなくなってしまった。腕の痛みが抵抗する気力を余計に奪っていく・・・。激しい恐怖心に襲われる中、視界がチラチラと光に包まれてゆく。その中で、新しい上物の獲物の登場に下品な笑いを浮かべる3人の男の笑い声が、ぼんやりと頭の中でこだまする。マーラの中に何もできない悔しさが込み上げてくる。ニヤニヤと嫌な笑いを浮かべる景色を見ながら、マーラは意識を失った。

 

 

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【第十八話】

 

前回のあらすじ

マーラとすっかり仲良くなったミンシア。ミンシアに触発されて、外の世界へと興味を持ち始めたマーラを悪気なく誘うミンシアだったが、里の掟との間に板挟みにしてしまう事に・・・

 

 

 次の日の朝、マーラはいつものように森の泉へと水を汲みに出かけた。いつもの通いなれた道だ。迷うはずなどない。・・・が、この日はいつの間にか、周りには見慣れぬ景色が広がっていた。

 

(ここは? メンデルの森じゃない・・・どこ?)

 

 急に不安に駆られて足取りが早くなる。いつの間にかマーラは駆け出していた。

 

(え? なに!? 兄さま! 助けて!)

 

 誰かの声がした気がして、ふと身を隠す。その声はだんだんとこちらに近づいてきている様だ。幸いなことにまだこちらに気がついている気配はない。二つの影が姿を現す。その姿を見て思わず声を上げそうになった口を必死に塞ぐ。

 

(人間の子供!?)

 

「大人たちは絶対にこの森には入っちゃいけないよって言っていたけど、きっとすごい宝物があるんだよ。」

 

「だけど二人で森に入るなんて無茶だよ。あとでお父さんお母さんに絶対怒られるよ。」

 

「そんなことが怖くて冒険なんてできるか!」

 

「ねえ、もう帰ろうよ。どんな怪物が出てくるかわからないよ? 今ならまだ間に合う。ね? ハーバント。」

 

「怪物なんて怖くない! 帰りたきゃ一人で帰れよ。エミリオが行かなくても、僕は一人でも行くからね。」

 

 ハーバントと呼ばれた子供は力強い足取りでひたすら前に進んで行く。

 

「そんな、待ってよ。置いてかないで。」

 

 エミリオがきょろきょろと周りを見回しながら、ハーバントの後を必死に追いかけていく。

 

(この辺にそんな宝物なんて・・・。男の子って、獣人族も人間も、どうしてこうお馬鹿なのかしら?)

 

 少しあきれつつも、この小さな男の子たちの冒険をちょっとだけ見届けてみたい。という湧き上がる衝動をマーラは抑えきれなかった。

 

(それにしてもどこに行く気なのかしら?)

 

「本当にこの道で合ってる?」

 

 エミリオが恐る恐る尋ねた。

 

「間違いないよ。この宝の地図によればもう少し先に大きな木があって、その先にバツ印がしてある。」

 

 キラキラと目を輝かせて胸を張りながら、ハーバントが自信ありげに鼻息荒く地図を握りしめている。

 

(そんなアバウトな!)

 

 確かにこの先に大きな木はあるだろうが、モノによっては何本も生えている。果たしてこの子達はどのくらいの木のことを想像しているのだろうか? 気になったマーラはちょっと先回りをしてみることにした。

 それなりに大きな木を見つけはしたが、違うような気がしないでもない。それにその先に何があるという訳でもない・・・あの子達は面白半分に友達にでも騙されたんじゃないのか? そんなことを思って歩いていたマーラの視界が開けた先に、マーラが手を広げた何十人分かもありそうな大きな木の幹が見えてきた。

 

「どう考えても・・・これですよね?」

 

その先に進んでみると、小さな小屋? があるのが見える。人が作った物だろうか? 音がしないように忍び足で小屋へと近づいて行き、そっと中を覗いてみる。人の姿が3人。どう見ても普通の街の人などではなく、ガラの悪そうな人間たちだ。自然と顔が歪んでしまう。

 

 パキッ!

 

しまった! 小枝を踏んでしまった! 中が何やらザワザワしている声が聞こえてくる。どうしよう、このままでは見つかってしまう! ああー! もう! どうしよう! どうしたらいいの! 私のドジ! 天然! ええい! ままよ! 兄さまー、私をお守りください!

 

「みゃーご。みゃーご。ふみゃー! シャーッ!」

 

 

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【第17話】

前回のあらすじ

宴が催される中、マーラの生い立ちをヴァイトから聞く。

トイレへと立ち上がったミンシアだったが、一人木の枝に腰を下ろすマーラを見つけて少し心を通わせ合う二人。

 

 

「ただいまー」

 

 ミンシアが戻るとみんないい感じに顔を赤らめていた。

 

「遅いよミンシア。ずいぶんと長いトイレだったね?」

 

「女の子にそういうことを言うと嫌われるよ? ネルセン。」

 

「ネルセンに女の子の気持ちなんてわかるわけないよねー。」

 

「だ、大丈夫? ヒューラ?」

 

「大丈夫! 大丈夫なのらー!」

 

「誰? こんなにヒューラに飲ませた人?」

 

 シーンと一瞬静まり返り、その視線は一様にヒューラに向けられる。

 

「まだまだ夜は始まったばかり、楽しもー!」

 

 ヒューラが視線を向けると、みんなサッと目線を逸らす中。ヒューラに捕まったネルセンが助けを求めるような目で見つめてくるのを、“生きて帰って来いよ”と生温かい視線で見送りながら、見てはいけない一面、開けてはいけない扉を開けてしまったことに、みんなが衝撃を受けた一夜となったのであった。

 

 

 

 

「ミンシアー、お出かけしましょう。」

 

 

 心浮き立つような声の主が扉の影からぬっと顔を出した。マーラだ。準備万端という出で立ちで、今か今かと足踏みしながらミンシアが姿を現すのを待ち構えている。

 

「ちょっと待ってー。すぐ行く。」

 

扉越しに声をかけたミンシアが、取るものもとりあえず飛び出してきた。

 

「お待たせ。」

 

 ぴょんと跳ねた寝癖が可愛らしい。

 

「ふふっ。じゃあ、行きましょう。」

 

待ってましたとばかりにマーラがミンシアの手を取り、二人は里の中心へと駆けだして行った。

 

「すっかり仲良くなったな。あの二人。」

 

「ああいう所、ミンシアってすごいなーって思うよね。」

 

 ヴァイトとネルセンがお互いを見て、ぷっと吹き出した後に、わははと声を上げて笑い合った。

 

 

「見て見て! 銀の髪飾り。綺麗。」

 

 マーラがうっとりと乙女の顔をしながら銀の髪飾りに見とれている。可愛い・・・ミンシアは素直にそう思った。

 

「西の街から仕入れてきた物だ。見事なもんだろう。」

 

「西の街・・・」

 

 マーラの手がハタと止まる。

 

「人間も大したもんでしょう。」

 

 ミンシアが得意げに鼻を鳴らした。

 

「物に罪はありません。というか、どうしてミンシアが得意げなんですか?」

 

「人間の技術の素晴らしさを、この僕が代表して・・・」

 

「何かこの繊細な髪飾りは、ミンシアとは真逆な感じがします。」

 

 マーラは真面目な顔をしながらそう言って、くすくすと笑いだした。

 

「へ? あ・・・言ったな! マーラだって似たようなもんじゃん!」

 

「私は人間ではなく、獣人族ですから。」

 

 ミンシアがムキになるのを、マーラが涼しい顔をしてかわしていく。

 

「むむむむ! そんな時だけ獣人族とか言って!」

 

「ふふっ。ごめんなさい。でも、人間の世界にはもっと美しいものが・・・私の知らない事がたくさんあるんだなぁ。そう思ったらちょっと・・・ね」

 

 マーラが遠くを眺めながら少し悲し気な表情を浮かべた。

 

「興味津々? 美味しいものがたーくさんあるし、色んな生き物、いろんな人たちがたーくさんいるし、美しい景色だってたくさん広がってるんだよ。」

 

 ミンシアが活き活きとした表情でマーラの周りを歩きながら、大げさに両手をぶんぶん振り回しながら、その様子を必死に伝えようとしてくれた。

 

「そう・・・なんだ。私は前の里も、この里も一歩も出たことがないから・・・。どんな景色で、どんな世界が拡がっているのかな?」

 

 マーラがふと空を見上げて目を瞑り、まだ見たことのない世界へ思いをはせる。

 

「そりゃあもう! ・・・行ってみる?」

 

 ミンシアがいたずらな表情でマーラを覗き見た。

 

「え? でも・・・。」

 

 困惑の表情を見せるマーラ。

 

「行ってみよう。外の世界!」

 

「でも、やっぱり・・・ダメだよ。私は。」

 

 色々と考えを巡らせながら、自分の中に芽生えた淡い期待を振り切るかのように、自分の中にある現実を確かめるかのように、心の中にいるもう一人の自分が、甘い夢を抱いた自分をたしなめるように声を漏らした。

 

「・・・ごめん。また僕一人で突っ走り過ぎちゃった。少しずつって言ったのに。」

 

 ミンシアがその様子を見て、マーラから目を遠ざけるように雑踏をぼんやりと眺めながら謝罪した。

 

「ううん。いいの。でも、いつか見てみたいなぁ。ミンシアが生まれた世界を。」

 

 そう言って空を見上げ、ミンシアに向かって力のない笑顔を見せるマーラの姿を、ミンシアはただ見つめることしかできなかった。

 

 

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