ギディオン・フェル博士シリーズの長編第5作。殺人の凶器は時計の長針。戯れの殺人計画の中に紛れ込んだ殺人事件。被害者は変装して邸内に潜入した刑事。被害者が調べていた、万引きを発端とした別の殺人事件との関連。[???]
ジョハナス・カーヴァー:有名な時計師, 妻アグネスはすでに故人
エリナー・カーヴァー(スミス):その養女, 芝居興行主ネヴァーズの秘書
ミリセント・ステフィンズ夫人:カーヴァー夫人の友人
ヘンリエッタ・ゴースン夫人:カーヴァー家の家政婦
キティー・プレンティス:カーヴァー家の女中
ルーシア・ミッツィ・ハンドレス:女事務弁護士
カルヴィン・ボスクーム:カーヴァー家の同居人
クリストファー・ポール:同
ドナルド・ヘイスティングズ:エリナーのボーイ・フレンド, ルーシアの従弟
ピーター・E・スタンレー:ボスクームの友人, 元ロンドン警視庁犯罪捜査部主席警部
エヴァン・トマス・マンダーズ:ガムリッジ・デパートの売り場監督
ヘレン・グレイ:マンダーズ殺害事件の証人
ギデオン・フェル博士:高名な探偵
ウォールター・S・メルスン:その友人, 歴史学者
デイヴィッド・F・ハドリー:ロンドン警視庁犯罪捜査部主席警部
ジョージ・フィンレー・エイムズ:マンダーズ殺害事件の担当警部
ベッツ:巡査部長
プレストン:同, 家宅捜索が得意
ハンパー:同, 元ペンキ屋
ベンスン:警官
ピアス:同
ワトスン:検死医
警官たちがカーヴァー邸内に踏み込んだとき、その部屋の戸口には男が倒れて死んでいた。そこにはそのほかに、男が二人と女が一人いた。男の一人はその手にピストルを持っていた。しかし倒れた男の死因は、背後から首に突き立てられた時計の長針だった。
その数日前、あるデパートで万引きから発展した刺殺事件があった。その犯人の身元は未だにわかっておらず、その事件を精力的に調べている刑事がいた。
カーヴァー邸内で殺された男は、その担当刑事だった。
※以下反転表示部のネタバレ注意。
江戸川乱歩が「死者はよみがえる」と並べて、どこか合理性だけでは割り切れない、チェスタトンからの影響を強く感じさせるものとして挙げた作品。時計の針を凶器に用いるというアイデアは、それだけでも「凶器は何か?」という1本の短編に使えそうなネタなのに、作者カーは惜しみもなく最初から明かしている。
乱歩は本作を上位の第二グループに分類し、そこそこ高く評価していたが、僕には不満のほうが大きかった。その中でも最も大きなものは、カーヴァー邸内の構造がわかりづらいこと。その構造は事件の真相解明に重要なポイントなのだが、見取り図はなく、文章だけでそれを把握しなければならない。しかし僕の理解力ではさっぱりそれが掴めない。その見取り図を描こうとしたが、あまりにもめんどくさくなって結局断念したw
結局は秘密の通路ってのもなぁ。「仕掛けのある家+線状の月光」のヒントでこれを見抜けというのは酷な気が。それにいくら暗がりの中で視界が限定されていたとはいえ、同室内にいるボスクームがこっそり部屋を歩き回って壁の秘密の抜け穴から出入りしてるのに、スタンレーは何も気づかないというのは無理があるのでは。天窓から覗くヘイスティングズでさえ衣擦れの音を耳にしたというのに。
解決編を読むと、実際にその邸内に入って、事件当夜の現場検証を行えば、そこにいくつもの手がかりがあることにあっさりと気づきそう。ところが読者にはそれができないから、事件の真相から遠ざけられてしまってる。それを強く感じさせられてしまうのが大きなマイナス。
ボスクームの表向きの計画は、エイムズを精神的にいたぶって射殺すること。しかし実際には被害者を殺すつもりはなく、慌てふためく共犯者のスタンレーを笑うのが目的というのが裏に隠した計画。…なのだが、真の計画はそれをさらにひねっているため、そのストーリーにゴチャゴチャした印象を受け、内容がいまいち記憶に残らないのも仕方ない。以前読んだことあるのに、凶器が時計の針という部分以外は、ほとんどすべてが僕の記憶からは抜け落ちていたw
ある人物を死刑にするために、何の恨みもない別の人物を殺すという動機は、邪であると同時に無邪気さも内包しており、そこにはサイコホラーな不気味さもある。犯人は自信だけが大きく、最終的には自分の命惜しさにばかり汲々とする、潔さのないトホホな人物なのがサイコに徹せられないところ。
作中でバンコランの名が出るのは、作者のちょっとしたお遊び&読者サービス。フェル博士とバンコランの共演なんて、誰かがパスティーシュで書いてないのかなぁ?w
作中には日付と曜日とが合わない部分があり、それは作者が8月を30日までと勘違いしてしまったためらしい。
[1 開けはなたれていた玄関のドア] フェル博士とメルスンが連れ立って歩いている。フェル博士、マンダーズ殺害事件について話す。メルスン、自宅近くのカーヴァー邸の時計の針の盗難事件について話す。「マンダーズ殺害事件の際には、展示されていた貴重な懐中時計が盗まれた」
[2 時計をめぐる死] 異変に気づき、フェル博士、メルスン、ピアスが邸内に入る。2階の部屋にエリナー、ボスクーム、スタンレー。大時計の長針を突き刺された男の死体が倒れている。その正体を誰もが知らないと言う。「フェル博士たちが死体がある部屋に踏み込んだとき、ボスクームが手にピストルを持っていた。ボスクームは小柄な男。スタンレーは大柄な男。エリナーは化粧している。死体は浮浪者風の服装だが、靴だけは真新しいテニスシューズ。凶器はカーヴァーは製作した時計から盗まれた長針」
[3 打ちこわされた窓] カーテンの裏の窓ガラスが一枚割れていて、窓枠に泥の足跡が見つかる。「部屋を出てから戻って来たエリナーは化粧を落としていた。ボスクームは黒のパジャマを着て、柔らかそうな厚ぼったいスリッパを履いている。ボスクームの椅子は背凭れが高い大きな椅子で、そのそばの絨毯にチョークで書かれたしるし。椅子に座ろうとするフェル博士に先んじてボスクームが腰掛ける。部屋の出入口の近くに大きな衝立がある。灰皿は洗われ、グラスも片付けられている。ボスクームは長椅子の後ろに泥の付いたボロ靴と、ガラスの破片が付いた木綿の手袋を隠した。それをピアスは目撃した」
[4 扉口に倒れていた男] ベッツやワトスンたちを連れてハドリーがカーヴァー邸に到着。死者はエイムズと判明。「玄関扉の鍵を開けておいたのはボスクーム」
[5 屋根の上の二人] ヘイスティングズは屋根から転落し負傷している。金色に塗られた手を見たと言い残して意識を失う。エイムズの報告書には、マンダーズを殺害した女はカーヴァー邸内に居住と書いてある。「エイムズは頭の冴えたほうではなく、物事を信じ込みやすいところがあった。屋根に通じる跳ね上げ戸は施錠されている。凶器に使われた長針のほかに短針も盗まれている」
[6 エイムズ警部の報告書] エイムズの報告書を読む。それによると彼はカーヴァー邸内に密告者のほかに協力者を得て、その中に入り込んだ。「長針には手袋で塗料が擦り取られたような後がある」
[7 鎖の音] ハドリー、カーヴァーを尋問。カーヴァーは午後11時半に玄関の鍵が外された音を聞いた。「ボスクームの趣味はスペインの宗教裁判。時計の針を盗むなら、それ以前にももっと易しい機会はいくらでもあった」
[8 天窓からの情景] ヘイスティングズ、屋根の上から天窓を通して見聞きした情景を語る。ボスクームは遊びの殺人を計画し、それにスタンレーを引っ張り込んでいた。「天窓からヘイスティングズは、いつも扉の方に向けられている大きな椅子の背凭れの一部と、その上にわずかに覗くスタンレーの頭を見た」
[9 不完全犯罪] ヘイスティングズの証言の続き。ボスクームたちが計画を実行する夜、ヘイスティングズはそれを寸前で阻止しようと、天窓からその様子を窺っていた。彼は父を射殺したスタンレーを恨んでおり、これを復讐の機会に利用するつもりだった。ところがボスクームが待ち構える部屋に転がり込んできた標的のエイムズは、すでに首に針を突き立てられていた。「計画当夜、ボスクームの部屋の電灯は消され、室内を照らすのは天窓からの月光だけ。天窓から覗くヘイスティングズからは、衝立に隠れたスタンレーの姿は見えない。椅子に座るボスクームが見えた。椅子からはみ出した彼の手にはピストルが握られていた。ヘイスティングズは衣擦れの音を聞いた」
[10 金色の塗料] ボスクーム、計画はスタンレーを引っ掛けただけのもので、実際には殺人を犯すつもりはなかったと主張。それを裏付けるように、彼の銃は計画には適さない状態。女たちの証言。エリナーとステフィンズが衝突。ポールは酔い潰れて自室に閉じ篭っている。ステフィンズの寝室の洗面器から金色の塗料の痕跡が見つかる。「ボスクームのピストルの消音装置は紛い物。跳ね上げ戸の鍵はエリナーが所持していたが、紛失した。邸内の部屋の扉は、主のカーヴァー以外は基本的に施錠しない」
[11 食わせ者] 塗料について、ステフィンズはヒステリックに弁明。ゴースン夫人とキティー、マンダーズ殺害事件のアリバイを証言。密告者も、その人物に殺人者として名指しされた人物も名乗り出ない。「マンダーズ殺害事件の日、エリナーはその現場のデパートへ行っていたことを認める」
[12 五つの謎] フェル博士とハドリー、マンダーズ殺害事件について話し合う。フェル博士、現状での五つの問題点を述べる。「マンダーズ殺害事件については、グレイと2名の男の証言の信憑性が高いと見做されている。グレイは犯人である女の腕を掴んでもいる。相手の顔は確認できなかった。①3人の女のアリバイを認めると、マンダーズ殺害事件の容疑者はルーシアとエリナー。②マンダーズ殺害事件とエイムズ殺害事件の犯人は同一とは限らない。③カーヴァー邸内の密告者が名乗り出ない。④凶器としては時計の針は1本で足りるのに2本とも、しかも小部屋にしまい込まれてから盗んだ。⑤マンダーズ殺害事件の犯人は、懐中時計を容易に盗み出せる機会がほかにあるのに、わざわざ困難な機会を選んだ」
[13 髑髏時計] フェル博士、カーヴァーの時計のコレクションを見せてもらう。「マンダーズ殺害事件の日、カーヴァーとボスクームは一緒にその現場のデパートに出掛けた。エリナーもその日、そこへ行くと言っていた。カーヴァーは乗り気ではなかったが、貴重な髑髏時計をボスクームに売り渡した」
[14 最後のアリバイ] ルーシア、マンダーズ殺害事件のアリバイを供述。酔い潰れていたポール、目を覚ます。「陳列室からも屋根の上へと通じる階段がある。カーヴァーはすべての合鍵を持っている。ボスクームは髑髏時計が盗まれ、その盗っ人を庇っているように振る舞う。ポールのポケットの中から、鍵の入った女物の手袋が出て来る。手袋には金色の塗料が付着」
[15 飛ぶ手袋] ポール、屋根の上への跳ね上げ戸が開いていたと証言。ハドリーは殺人犯はエリナーと断ずるが、フェル博士はそれを否定。「ポールのポケットにあった手袋は事件当夜の邸内で拾った物。ポールが跳ね上げ戸が開いていたと考える根拠は、一本の線のように射し込んでいた月光」
[16 鏡板の裏の隠し戸棚] エリナーの部屋の隠し戸棚から盗品が見つかる。「カーヴァー邸内にはちょっとした仕掛けがいくつかあり、隠し戸棚もその一つ。エリナーには盗癖がある」
[17 検察側の論告をするハドリー主席警部] ハドリー、エリナーの有罪を論証する。「エリナーの盗癖は、家の中の者はだいたい知っている。ハドリーの推論では、血痕の付いた右の手袋の中に跳ね上げ戸の鍵が入っており、対になる左の手袋はエリナーの部屋で見つかっているので、それは彼女の物と思われる。右の手袋には掌にだけ血痕が付いていた。凶器を握っていたならそこに血痕が付くのは不自然なので、エリナーは左利き。マンダーズ殺害事件の犯人は左利きと見做されているので、どちらの犯人もエリナー」
[18 被告人側の弁論をするフェル博士] フェル博士、ハドリーの論を反証する。マンダーズ殺害事件の犯人が逮捕される。「左の手袋には血痕は微塵も着いていないのだから、それが凶器を握っていたもののはずがない。ハドリーは凶器を右手の手袋で握っていなかったと証明したのだから、左右どちらにしろ、それが凶器を握っていたものという説は否定される。エリナーの部屋から発見された、盗難品と見做される物はどれも既成品で、容易に入手可能な物ばかり。唯一の貴重品である懐中時計だけがない。これは誰かがエリナーに罪を被せるために偽装した証拠品。懐中時計をカーヴァー邸内ではなくわざわざデパートで盗んだのは、その犯人がカーヴァー邸とは無関係な者だから。時計の針が2本盗まれたのは、1本はエリナーの部屋に偽証拠品として置くため。密告者が名乗り出ないのは、その人物こそエイムズ殺害犯だから。カーヴァー邸内で、マンダーズ殺害事件の犯人の特徴と合致する者の中で、アリバイが曖昧なのはエリナーだけ。すなわち殺人犯はエリナーを、自身の罪を擦り付ける標的として選んだ」
[19 居酒屋での一場面] エリナー、自分に罠が仕掛けられていたと知る。彼女はその相手をルーシアと確信している。「ポールは窮地に陥り、エリナーとの会話の中で、その打開策として時計の針を盗み取る話が出ていた。金の工面のために誰かに手紙を書いた」
[20 床下にあった手紙] エイムズの部屋を捜索。スタンレーからの手紙が見つかる。「手紙の本文はタイプライターで打たれたもの」
[21 ありえぬ月光] フェル博士、スタンレーに不利な証拠を挙げる。スタンレー、いきり立つ。「スタンレーは、その手紙を書いたことを否定。ポールが目撃した月光は細い線だった。開いた跳ね上げ戸を通してのものにしてはおかしい。ほかに月光が差し込むとすれば、それは天窓。そして細い線となると、その部屋の壁の秘密の鏡板などの隙間から漏れたものと考えられる」
[22 真相] フェル博士、事件の真相を語る。「まやかしの殺人計画の中に、偶然にも変装した刑事が紛れ込んだり、その目撃者が偶然にもその刑事の元同僚だったりするのは、偶然が過ぎる。ボスクームはまるで警官に見られたいかのように、ピストルを手に持っていたり、泥靴などを隠すそぶりをした。部屋を暗くしておいた理由、スタンレーを衝立の陰に隠れさせた理由が弱い。黒いパジャマに柔らかいスリッパは、暗い室内を密かに移動するのに最適。衝立の陰にいるスタンレーには一定のわずかな視界しかない。チョークのしるしは、椅子の正確な置き場所を示すもの。天窓をわずかに開けておいたのは、暗い室内の限られた部分だけ照らす明かりが必要だったから。マンダーズ殺害事件の日、エリナーが連れもなしにその現場デパートへ行くことはボスクームは知っていた。本文がタイプライターで打たれた、署名入りの手紙はインク消しを使えば簡単に作れる。大柄なスタンレーでさえ頭のてっぺんしか見えないほど大きな背凭れを持つ椅子では、小柄なボスクームは完全に隠れてしまう。背後から見えたのは手袋をした片手だけ。天窓や衝立からの視界は限られ、椅子の背中の右半分しか見えなかった。そこに座った者はピストルを持つ手の模型を見せ、左側から密かに移動し、秘密の鏡板から部屋を抜け出し、部屋の前の男を殺害できる。右手で握った凶器を用いても、その掌に血痕は付着することがある」
ジョハナス・カーヴァー:有名な時計師, 妻アグネスはすでに故人
エリナー・カーヴァー(スミス):その養女, 芝居興行主ネヴァーズの秘書
ミリセント・ステフィンズ夫人:カーヴァー夫人の友人
ヘンリエッタ・ゴースン夫人:カーヴァー家の家政婦
キティー・プレンティス:カーヴァー家の女中
ルーシア・ミッツィ・ハンドレス:女事務弁護士
カルヴィン・ボスクーム:カーヴァー家の同居人
クリストファー・ポール:同
ドナルド・ヘイスティングズ:エリナーのボーイ・フレンド, ルーシアの従弟
ピーター・E・スタンレー:ボスクームの友人, 元ロンドン警視庁犯罪捜査部主席警部
エヴァン・トマス・マンダーズ:ガムリッジ・デパートの売り場監督
ヘレン・グレイ:マンダーズ殺害事件の証人
ギデオン・フェル博士:高名な探偵
ウォールター・S・メルスン:その友人, 歴史学者
デイヴィッド・F・ハドリー:ロンドン警視庁犯罪捜査部主席警部
ジョージ・フィンレー・エイムズ:マンダーズ殺害事件の担当警部
ベッツ:巡査部長
プレストン:同, 家宅捜索が得意
ハンパー:同, 元ペンキ屋
ベンスン:警官
ピアス:同
ワトスン:検死医
警官たちがカーヴァー邸内に踏み込んだとき、その部屋の戸口には男が倒れて死んでいた。そこにはそのほかに、男が二人と女が一人いた。男の一人はその手にピストルを持っていた。しかし倒れた男の死因は、背後から首に突き立てられた時計の長針だった。
その数日前、あるデパートで万引きから発展した刺殺事件があった。その犯人の身元は未だにわかっておらず、その事件を精力的に調べている刑事がいた。
カーヴァー邸内で殺された男は、その担当刑事だった。
※以下反転表示部のネタバレ注意。
江戸川乱歩が「死者はよみがえる」と並べて、どこか合理性だけでは割り切れない、チェスタトンからの影響を強く感じさせるものとして挙げた作品。時計の針を凶器に用いるというアイデアは、それだけでも「凶器は何か?」という1本の短編に使えそうなネタなのに、作者カーは惜しみもなく最初から明かしている。
乱歩は本作を上位の第二グループに分類し、そこそこ高く評価していたが、僕には不満のほうが大きかった。その中でも最も大きなものは、カーヴァー邸内の構造がわかりづらいこと。その構造は事件の真相解明に重要なポイントなのだが、見取り図はなく、文章だけでそれを把握しなければならない。しかし僕の理解力ではさっぱりそれが掴めない。その見取り図を描こうとしたが、あまりにもめんどくさくなって結局断念したw
結局は秘密の通路ってのもなぁ。「仕掛けのある家+線状の月光」のヒントでこれを見抜けというのは酷な気が。それにいくら暗がりの中で視界が限定されていたとはいえ、同室内にいるボスクームがこっそり部屋を歩き回って壁の秘密の抜け穴から出入りしてるのに、スタンレーは何も気づかないというのは無理があるのでは。天窓から覗くヘイスティングズでさえ衣擦れの音を耳にしたというのに。
解決編を読むと、実際にその邸内に入って、事件当夜の現場検証を行えば、そこにいくつもの手がかりがあることにあっさりと気づきそう。ところが読者にはそれができないから、事件の真相から遠ざけられてしまってる。それを強く感じさせられてしまうのが大きなマイナス。
ボスクームの表向きの計画は、エイムズを精神的にいたぶって射殺すること。しかし実際には被害者を殺すつもりはなく、慌てふためく共犯者のスタンレーを笑うのが目的というのが裏に隠した計画。…なのだが、真の計画はそれをさらにひねっているため、そのストーリーにゴチャゴチャした印象を受け、内容がいまいち記憶に残らないのも仕方ない。以前読んだことあるのに、凶器が時計の針という部分以外は、ほとんどすべてが僕の記憶からは抜け落ちていたw
ある人物を死刑にするために、何の恨みもない別の人物を殺すという動機は、邪であると同時に無邪気さも内包しており、そこにはサイコホラーな不気味さもある。犯人は自信だけが大きく、最終的には自分の命惜しさにばかり汲々とする、潔さのないトホホな人物なのがサイコに徹せられないところ。
作中でバンコランの名が出るのは、作者のちょっとしたお遊び&読者サービス。フェル博士とバンコランの共演なんて、誰かがパスティーシュで書いてないのかなぁ?w
作中には日付と曜日とが合わない部分があり、それは作者が8月を30日までと勘違いしてしまったためらしい。
[1 開けはなたれていた玄関のドア] フェル博士とメルスンが連れ立って歩いている。フェル博士、マンダーズ殺害事件について話す。メルスン、自宅近くのカーヴァー邸の時計の針の盗難事件について話す。「マンダーズ殺害事件の際には、展示されていた貴重な懐中時計が盗まれた」
[2 時計をめぐる死] 異変に気づき、フェル博士、メルスン、ピアスが邸内に入る。2階の部屋にエリナー、ボスクーム、スタンレー。大時計の長針を突き刺された男の死体が倒れている。その正体を誰もが知らないと言う。「フェル博士たちが死体がある部屋に踏み込んだとき、ボスクームが手にピストルを持っていた。ボスクームは小柄な男。スタンレーは大柄な男。エリナーは化粧している。死体は浮浪者風の服装だが、靴だけは真新しいテニスシューズ。凶器はカーヴァーは製作した時計から盗まれた長針」
[3 打ちこわされた窓] カーテンの裏の窓ガラスが一枚割れていて、窓枠に泥の足跡が見つかる。「部屋を出てから戻って来たエリナーは化粧を落としていた。ボスクームは黒のパジャマを着て、柔らかそうな厚ぼったいスリッパを履いている。ボスクームの椅子は背凭れが高い大きな椅子で、そのそばの絨毯にチョークで書かれたしるし。椅子に座ろうとするフェル博士に先んじてボスクームが腰掛ける。部屋の出入口の近くに大きな衝立がある。灰皿は洗われ、グラスも片付けられている。ボスクームは長椅子の後ろに泥の付いたボロ靴と、ガラスの破片が付いた木綿の手袋を隠した。それをピアスは目撃した」
[4 扉口に倒れていた男] ベッツやワトスンたちを連れてハドリーがカーヴァー邸に到着。死者はエイムズと判明。「玄関扉の鍵を開けておいたのはボスクーム」
[5 屋根の上の二人] ヘイスティングズは屋根から転落し負傷している。金色に塗られた手を見たと言い残して意識を失う。エイムズの報告書には、マンダーズを殺害した女はカーヴァー邸内に居住と書いてある。「エイムズは頭の冴えたほうではなく、物事を信じ込みやすいところがあった。屋根に通じる跳ね上げ戸は施錠されている。凶器に使われた長針のほかに短針も盗まれている」
[6 エイムズ警部の報告書] エイムズの報告書を読む。それによると彼はカーヴァー邸内に密告者のほかに協力者を得て、その中に入り込んだ。「長針には手袋で塗料が擦り取られたような後がある」
[7 鎖の音] ハドリー、カーヴァーを尋問。カーヴァーは午後11時半に玄関の鍵が外された音を聞いた。「ボスクームの趣味はスペインの宗教裁判。時計の針を盗むなら、それ以前にももっと易しい機会はいくらでもあった」
[8 天窓からの情景] ヘイスティングズ、屋根の上から天窓を通して見聞きした情景を語る。ボスクームは遊びの殺人を計画し、それにスタンレーを引っ張り込んでいた。「天窓からヘイスティングズは、いつも扉の方に向けられている大きな椅子の背凭れの一部と、その上にわずかに覗くスタンレーの頭を見た」
[9 不完全犯罪] ヘイスティングズの証言の続き。ボスクームたちが計画を実行する夜、ヘイスティングズはそれを寸前で阻止しようと、天窓からその様子を窺っていた。彼は父を射殺したスタンレーを恨んでおり、これを復讐の機会に利用するつもりだった。ところがボスクームが待ち構える部屋に転がり込んできた標的のエイムズは、すでに首に針を突き立てられていた。「計画当夜、ボスクームの部屋の電灯は消され、室内を照らすのは天窓からの月光だけ。天窓から覗くヘイスティングズからは、衝立に隠れたスタンレーの姿は見えない。椅子に座るボスクームが見えた。椅子からはみ出した彼の手にはピストルが握られていた。ヘイスティングズは衣擦れの音を聞いた」
[10 金色の塗料] ボスクーム、計画はスタンレーを引っ掛けただけのもので、実際には殺人を犯すつもりはなかったと主張。それを裏付けるように、彼の銃は計画には適さない状態。女たちの証言。エリナーとステフィンズが衝突。ポールは酔い潰れて自室に閉じ篭っている。ステフィンズの寝室の洗面器から金色の塗料の痕跡が見つかる。「ボスクームのピストルの消音装置は紛い物。跳ね上げ戸の鍵はエリナーが所持していたが、紛失した。邸内の部屋の扉は、主のカーヴァー以外は基本的に施錠しない」
[11 食わせ者] 塗料について、ステフィンズはヒステリックに弁明。ゴースン夫人とキティー、マンダーズ殺害事件のアリバイを証言。密告者も、その人物に殺人者として名指しされた人物も名乗り出ない。「マンダーズ殺害事件の日、エリナーはその現場のデパートへ行っていたことを認める」
[12 五つの謎] フェル博士とハドリー、マンダーズ殺害事件について話し合う。フェル博士、現状での五つの問題点を述べる。「マンダーズ殺害事件については、グレイと2名の男の証言の信憑性が高いと見做されている。グレイは犯人である女の腕を掴んでもいる。相手の顔は確認できなかった。①3人の女のアリバイを認めると、マンダーズ殺害事件の容疑者はルーシアとエリナー。②マンダーズ殺害事件とエイムズ殺害事件の犯人は同一とは限らない。③カーヴァー邸内の密告者が名乗り出ない。④凶器としては時計の針は1本で足りるのに2本とも、しかも小部屋にしまい込まれてから盗んだ。⑤マンダーズ殺害事件の犯人は、懐中時計を容易に盗み出せる機会がほかにあるのに、わざわざ困難な機会を選んだ」
[13 髑髏時計] フェル博士、カーヴァーの時計のコレクションを見せてもらう。「マンダーズ殺害事件の日、カーヴァーとボスクームは一緒にその現場のデパートに出掛けた。エリナーもその日、そこへ行くと言っていた。カーヴァーは乗り気ではなかったが、貴重な髑髏時計をボスクームに売り渡した」
[14 最後のアリバイ] ルーシア、マンダーズ殺害事件のアリバイを供述。酔い潰れていたポール、目を覚ます。「陳列室からも屋根の上へと通じる階段がある。カーヴァーはすべての合鍵を持っている。ボスクームは髑髏時計が盗まれ、その盗っ人を庇っているように振る舞う。ポールのポケットの中から、鍵の入った女物の手袋が出て来る。手袋には金色の塗料が付着」
[15 飛ぶ手袋] ポール、屋根の上への跳ね上げ戸が開いていたと証言。ハドリーは殺人犯はエリナーと断ずるが、フェル博士はそれを否定。「ポールのポケットにあった手袋は事件当夜の邸内で拾った物。ポールが跳ね上げ戸が開いていたと考える根拠は、一本の線のように射し込んでいた月光」
[16 鏡板の裏の隠し戸棚] エリナーの部屋の隠し戸棚から盗品が見つかる。「カーヴァー邸内にはちょっとした仕掛けがいくつかあり、隠し戸棚もその一つ。エリナーには盗癖がある」
[17 検察側の論告をするハドリー主席警部] ハドリー、エリナーの有罪を論証する。「エリナーの盗癖は、家の中の者はだいたい知っている。ハドリーの推論では、血痕の付いた右の手袋の中に跳ね上げ戸の鍵が入っており、対になる左の手袋はエリナーの部屋で見つかっているので、それは彼女の物と思われる。右の手袋には掌にだけ血痕が付いていた。凶器を握っていたならそこに血痕が付くのは不自然なので、エリナーは左利き。マンダーズ殺害事件の犯人は左利きと見做されているので、どちらの犯人もエリナー」
[18 被告人側の弁論をするフェル博士] フェル博士、ハドリーの論を反証する。マンダーズ殺害事件の犯人が逮捕される。「左の手袋には血痕は微塵も着いていないのだから、それが凶器を握っていたもののはずがない。ハドリーは凶器を右手の手袋で握っていなかったと証明したのだから、左右どちらにしろ、それが凶器を握っていたものという説は否定される。エリナーの部屋から発見された、盗難品と見做される物はどれも既成品で、容易に入手可能な物ばかり。唯一の貴重品である懐中時計だけがない。これは誰かがエリナーに罪を被せるために偽装した証拠品。懐中時計をカーヴァー邸内ではなくわざわざデパートで盗んだのは、その犯人がカーヴァー邸とは無関係な者だから。時計の針が2本盗まれたのは、1本はエリナーの部屋に偽証拠品として置くため。密告者が名乗り出ないのは、その人物こそエイムズ殺害犯だから。カーヴァー邸内で、マンダーズ殺害事件の犯人の特徴と合致する者の中で、アリバイが曖昧なのはエリナーだけ。すなわち殺人犯はエリナーを、自身の罪を擦り付ける標的として選んだ」
[19 居酒屋での一場面] エリナー、自分に罠が仕掛けられていたと知る。彼女はその相手をルーシアと確信している。「ポールは窮地に陥り、エリナーとの会話の中で、その打開策として時計の針を盗み取る話が出ていた。金の工面のために誰かに手紙を書いた」
[20 床下にあった手紙] エイムズの部屋を捜索。スタンレーからの手紙が見つかる。「手紙の本文はタイプライターで打たれたもの」
[21 ありえぬ月光] フェル博士、スタンレーに不利な証拠を挙げる。スタンレー、いきり立つ。「スタンレーは、その手紙を書いたことを否定。ポールが目撃した月光は細い線だった。開いた跳ね上げ戸を通してのものにしてはおかしい。ほかに月光が差し込むとすれば、それは天窓。そして細い線となると、その部屋の壁の秘密の鏡板などの隙間から漏れたものと考えられる」
[22 真相] フェル博士、事件の真相を語る。「まやかしの殺人計画の中に、偶然にも変装した刑事が紛れ込んだり、その目撃者が偶然にもその刑事の元同僚だったりするのは、偶然が過ぎる。ボスクームはまるで警官に見られたいかのように、ピストルを手に持っていたり、泥靴などを隠すそぶりをした。部屋を暗くしておいた理由、スタンレーを衝立の陰に隠れさせた理由が弱い。黒いパジャマに柔らかいスリッパは、暗い室内を密かに移動するのに最適。衝立の陰にいるスタンレーには一定のわずかな視界しかない。チョークのしるしは、椅子の正確な置き場所を示すもの。天窓をわずかに開けておいたのは、暗い室内の限られた部分だけ照らす明かりが必要だったから。マンダーズ殺害事件の日、エリナーが連れもなしにその現場デパートへ行くことはボスクームは知っていた。本文がタイプライターで打たれた、署名入りの手紙はインク消しを使えば簡単に作れる。大柄なスタンレーでさえ頭のてっぺんしか見えないほど大きな背凭れを持つ椅子では、小柄なボスクームは完全に隠れてしまう。背後から見えたのは手袋をした片手だけ。天窓や衝立からの視界は限られ、椅子の背中の右半分しか見えなかった。そこに座った者はピストルを持つ手の模型を見せ、左側から密かに移動し、秘密の鏡板から部屋を抜け出し、部屋の前の男を殺害できる。右手で握った凶器を用いても、その掌に血痕は付着することがある」