ギディオン・フェル博士シリーズの長編第5作。殺人の凶器は時計の長針。戯れの殺人計画の中に紛れ込んだ殺人事件。被害者は変装して邸内に潜入した刑事。被害者が調べていた、万引きを発端とした別の殺人事件との関連。[???]

ジョハナス・カーヴァー:有名な時計師, 妻アグネスはすでに故人
エリナー・カーヴァー(スミス):その養女, 芝居興行主ネヴァーズの秘書
ミリセント・ステフィンズ夫人:カーヴァー夫人の友人
ヘンリエッタ・ゴースン夫人:カーヴァー家の家政婦
キティー・プレンティス:カーヴァー家の女中
ルーシア・ミッツィ・ハンドレス:女事務弁護士
カルヴィン・ボスクーム:カーヴァー家の同居人
クリストファー・ポール:同
ドナルド・ヘイスティングズ:エリナーのボーイ・フレンド, ルーシアの従弟
ピーター・E・スタンレー:ボスクームの友人, 元ロンドン警視庁犯罪捜査部主席警部
エヴァン・トマス・マンダーズ:ガムリッジ・デパートの売り場監督
ヘレン・グレイ:マンダーズ殺害事件の証人

ギデオン・フェル博士:高名な探偵
ウォールター・S・メルスン:その友人, 歴史学者
デイヴィッド・F・ハドリー:ロンドン警視庁犯罪捜査部主席警部
ジョージ・フィンレー・エイムズ:マンダーズ殺害事件の担当警部
ベッツ:巡査部長
プレストン:同, 家宅捜索が得意
ハンパー:同, 元ペンキ屋
ベンスン:警官
ピアス:同
ワトスン:検死医



警官たちがカーヴァー邸内に踏み込んだとき、その部屋の戸口には男が倒れて死んでいた。そこにはそのほかに、男が二人と女が一人いた。男の一人はその手にピストルを持っていた。しかし倒れた男の死因は、背後から首に突き立てられた時計の長針だった。

その数日前、あるデパートで万引きから発展した刺殺事件があった。その犯人の身元は未だにわかっておらず、その事件を精力的に調べている刑事がいた。

カーヴァー邸内で殺された男は、その担当刑事だった。


※以下反転表示部のネタバレ注意。



江戸川乱歩が「死者はよみがえる」と並べて、どこか合理性だけでは割り切れない、チェスタトンからの影響を強く感じさせるものとして挙げた作品。時計の針を凶器に用いるというアイデアは、それだけでも「凶器は何か?」という1本の短編に使えそうなネタなのに、作者カーは惜しみもなく最初から明かしている。

乱歩は本作を上位の第二グループに分類し、そこそこ高く評価していたが、僕には不満のほうが大きかった。その中でも最も大きなものは、カーヴァー邸内の構造がわかりづらいこと。その構造は事件の真相解明に重要なポイントなのだが、見取り図はなく、文章だけでそれを把握しなければならない。しかし僕の理解力ではさっぱりそれが掴めない。その見取り図を描こうとしたが、あまりにもめんどくさくなって結局断念したw

結局は秘密の通路ってのもなぁ。「仕掛けのある家+線状の月光」のヒントでこれを見抜けというのは酷な気が。それにいくら暗がりの中で視界が限定されていたとはいえ、同室内にいるボスクームがこっそり部屋を歩き回って壁の秘密の抜け穴から出入りしてるのに、スタンレーは何も気づかないというのは無理があるのでは。天窓から覗くヘイスティングズでさえ衣擦れの音を耳にしたというのに。

解決編を読むと、実際にその邸内に入って、事件当夜の現場検証を行えば、そこにいくつもの手がかりがあることにあっさりと気づきそう。ところが読者にはそれができないから、事件の真相から遠ざけられてしまってる。それを強く感じさせられてしまうのが大きなマイナス。

ボスクームの表向きの計画は、エイムズを精神的にいたぶって射殺すること。しかし実際には被害者を殺すつもりはなく、慌てふためく共犯者のスタンレーを笑うのが目的というのが裏に隠した計画。…なのだが、真の計画はそれをさらにひねっているため、そのストーリーにゴチャゴチャした印象を受け、内容がいまいち記憶に残らないのも仕方ない。以前読んだことあるのに、凶器が時計の針という部分以外は、ほとんどすべてが僕の記憶からは抜け落ちていたw

ある人物を死刑にするために、何の恨みもない別の人物を殺すという動機は、邪であると同時に無邪気さも内包しており、そこにはサイコホラーな不気味さもある。犯人は自信だけが大きく、最終的には自分の命惜しさにばかり汲々とする、潔さのないトホホな人物なのがサイコに徹せられないところ。

作中でバンコランの名が出るのは、作者のちょっとしたお遊び&読者サービス。フェル博士とバンコランの共演なんて、誰かがパスティーシュで書いてないのかなぁ?w

作中には日付と曜日とが合わない部分があり、それは作者が8月を30日までと勘違いしてしまったためらしい。



[1 開けはなたれていた玄関のドア] フェル博士とメルスンが連れ立って歩いている。フェル博士、マンダーズ殺害事件について話す。メルスン、自宅近くのカーヴァー邸の時計の針の盗難事件について話す。「マンダーズ殺害事件の際には、展示されていた貴重な懐中時計が盗まれた」
[2 時計をめぐる死] 異変に気づき、フェル博士、メルスン、ピアスが邸内に入る。2階の部屋にエリナー、ボスクーム、スタンレー。大時計の長針を突き刺された男の死体が倒れている。その正体を誰もが知らないと言う。「フェル博士たちが死体がある部屋に踏み込んだとき、ボスクームが手にピストルを持っていた。ボスクームは小柄な男。スタンレーは大柄な男。エリナーは化粧している。死体は浮浪者風の服装だが、靴だけは真新しいテニスシューズ。凶器はカーヴァーは製作した時計から盗まれた長針」
[3 打ちこわされた窓] カーテンの裏の窓ガラスが一枚割れていて、窓枠に泥の足跡が見つかる。「部屋を出てから戻って来たエリナーは化粧を落としていた。ボスクームは黒のパジャマを着て、柔らかそうな厚ぼったいスリッパを履いている。ボスクームの椅子は背凭れが高い大きな椅子で、そのそばの絨毯にチョークで書かれたしるし。椅子に座ろうとするフェル博士に先んじてボスクームが腰掛ける。部屋の出入口の近くに大きな衝立がある。灰皿は洗われ、グラスも片付けられている。ボスクームは長椅子の後ろに泥の付いたボロ靴と、ガラスの破片が付いた木綿の手袋を隠した。それをピアスは目撃した」
[4 扉口に倒れていた男] ベッツやワトスンたちを連れてハドリーがカーヴァー邸に到着。死者はエイムズと判明。「玄関扉の鍵を開けておいたのはボスクーム」
[5 屋根の上の二人] ヘイスティングズは屋根から転落し負傷している。金色に塗られた手を見たと言い残して意識を失う。エイムズの報告書には、マンダーズを殺害した女はカーヴァー邸内に居住と書いてある。「エイムズは頭の冴えたほうではなく、物事を信じ込みやすいところがあった。屋根に通じる跳ね上げ戸は施錠されている。凶器に使われた長針のほかに短針も盗まれている」
[6 エイムズ警部の報告書] エイムズの報告書を読む。それによると彼はカーヴァー邸内に密告者のほかに協力者を得て、その中に入り込んだ。「長針には手袋で塗料が擦り取られたような後がある」
[7 鎖の音] ハドリー、カーヴァーを尋問。カーヴァーは午後11時半に玄関の鍵が外された音を聞いた。「ボスクームの趣味はスペインの宗教裁判。時計の針を盗むなら、それ以前にももっと易しい機会はいくらでもあった」
[8 天窓からの情景] ヘイスティングズ、屋根の上から天窓を通して見聞きした情景を語る。ボスクームは遊びの殺人を計画し、それにスタンレーを引っ張り込んでいた。「天窓からヘイスティングズは、いつも扉の方に向けられている大きな椅子の背凭れの一部と、その上にわずかに覗くスタンレーの頭を見た」
[9 不完全犯罪] ヘイスティングズの証言の続き。ボスクームたちが計画を実行する夜、ヘイスティングズはそれを寸前で阻止しようと、天窓からその様子を窺っていた。彼は父を射殺したスタンレーを恨んでおり、これを復讐の機会に利用するつもりだった。ところがボスクームが待ち構える部屋に転がり込んできた標的のエイムズは、すでに首に針を突き立てられていた。「計画当夜、ボスクームの部屋の電灯は消され、室内を照らすのは天窓からの月光だけ。天窓から覗くヘイスティングズからは、衝立に隠れたスタンレーの姿は見えない。椅子に座るボスクームが見えた。椅子からはみ出した彼の手にはピストルが握られていた。ヘイスティングズは衣擦れの音を聞いた」
[10 金色の塗料] ボスクーム、計画はスタンレーを引っ掛けただけのもので、実際には殺人を犯すつもりはなかったと主張。それを裏付けるように、彼の銃は計画には適さない状態。女たちの証言。エリナーとステフィンズが衝突。ポールは酔い潰れて自室に閉じ篭っている。ステフィンズの寝室の洗面器から金色の塗料の痕跡が見つかる。「ボスクームのピストルの消音装置は紛い物。跳ね上げ戸の鍵はエリナーが所持していたが、紛失した。邸内の部屋の扉は、主のカーヴァー以外は基本的に施錠しない」
[11 食わせ者] 塗料について、ステフィンズはヒステリックに弁明。ゴースン夫人とキティー、マンダーズ殺害事件のアリバイを証言。密告者も、その人物に殺人者として名指しされた人物も名乗り出ない。「マンダーズ殺害事件の日、エリナーはその現場のデパートへ行っていたことを認める」
[12 五つの謎] フェル博士とハドリー、マンダーズ殺害事件について話し合う。フェル博士、現状での五つの問題点を述べる。「マンダーズ殺害事件については、グレイと2名の男の証言の信憑性が高いと見做されている。グレイは犯人である女の腕を掴んでもいる。相手の顔は確認できなかった。①3人の女のアリバイを認めると、マンダーズ殺害事件の容疑者はルーシアとエリナー。②マンダーズ殺害事件とエイムズ殺害事件の犯人は同一とは限らない。③カーヴァー邸内の密告者が名乗り出ない。④凶器としては時計の針は1本で足りるのに2本とも、しかも小部屋にしまい込まれてから盗んだ。⑤マンダーズ殺害事件の犯人は、懐中時計を容易に盗み出せる機会がほかにあるのに、わざわざ困難な機会を選んだ」
[13 髑髏時計] フェル博士、カーヴァーの時計のコレクションを見せてもらう。「マンダーズ殺害事件の日、カーヴァーとボスクームは一緒にその現場のデパートに出掛けた。エリナーもその日、そこへ行くと言っていた。カーヴァーは乗り気ではなかったが、貴重な髑髏時計をボスクームに売り渡した」
[14 最後のアリバイ] ルーシア、マンダーズ殺害事件のアリバイを供述。酔い潰れていたポール、目を覚ます。「陳列室からも屋根の上へと通じる階段がある。カーヴァーはすべての合鍵を持っている。ボスクームは髑髏時計が盗まれ、その盗っ人を庇っているように振る舞う。ポールのポケットの中から、鍵の入った女物の手袋が出て来る。手袋には金色の塗料が付着」
[15 飛ぶ手袋] ポール、屋根の上への跳ね上げ戸が開いていたと証言。ハドリーは殺人犯はエリナーと断ずるが、フェル博士はそれを否定。「ポールのポケットにあった手袋は事件当夜の邸内で拾った物。ポールが跳ね上げ戸が開いていたと考える根拠は、一本の線のように射し込んでいた月光」
[16 鏡板の裏の隠し戸棚] エリナーの部屋の隠し戸棚から盗品が見つかる。「カーヴァー邸内にはちょっとした仕掛けがいくつかあり、隠し戸棚もその一つ。エリナーには盗癖がある」
[17 検察側の論告をするハドリー主席警部] ハドリー、エリナーの有罪を論証する。「エリナーの盗癖は、家の中の者はだいたい知っている。ハドリーの推論では、血痕の付いた右の手袋の中に跳ね上げ戸の鍵が入っており、対になる左の手袋はエリナーの部屋で見つかっているので、それは彼女の物と思われる。右の手袋には掌にだけ血痕が付いていた。凶器を握っていたならそこに血痕が付くのは不自然なので、エリナーは左利き。マンダーズ殺害事件の犯人は左利きと見做されているので、どちらの犯人もエリナー」
[18 被告人側の弁論をするフェル博士] フェル博士、ハドリーの論を反証する。マンダーズ殺害事件の犯人が逮捕される。「左の手袋には血痕は微塵も着いていないのだから、それが凶器を握っていたもののはずがない。ハドリーは凶器を右手の手袋で握っていなかったと証明したのだから、左右どちらにしろ、それが凶器を握っていたものという説は否定される。エリナーの部屋から発見された、盗難品と見做される物はどれも既成品で、容易に入手可能な物ばかり。唯一の貴重品である懐中時計だけがない。これは誰かがエリナーに罪を被せるために偽装した証拠品。懐中時計をカーヴァー邸内ではなくわざわざデパートで盗んだのは、その犯人がカーヴァー邸とは無関係な者だから。時計の針が2本盗まれたのは、1本はエリナーの部屋に偽証拠品として置くため。密告者が名乗り出ないのは、その人物こそエイムズ殺害犯だから。カーヴァー邸内で、マンダーズ殺害事件の犯人の特徴と合致する者の中で、アリバイが曖昧なのはエリナーだけ。すなわち殺人犯はエリナーを、自身の罪を擦り付ける標的として選んだ」
[19 居酒屋での一場面] エリナー、自分に罠が仕掛けられていたと知る。彼女はその相手をルーシアと確信している。「ポールは窮地に陥り、エリナーとの会話の中で、その打開策として時計の針を盗み取る話が出ていた。金の工面のために誰かに手紙を書いた」
[20 床下にあった手紙] エイムズの部屋を捜索。スタンレーからの手紙が見つかる。「手紙の本文はタイプライターで打たれたもの」
[21 ありえぬ月光] フェル博士、スタンレーに不利な証拠を挙げる。スタンレー、いきり立つ。「スタンレーは、その手紙を書いたことを否定。ポールが目撃した月光は細い線だった。開いた跳ね上げ戸を通してのものにしてはおかしい。ほかに月光が差し込むとすれば、それは天窓。そして細い線となると、その部屋の壁の秘密の鏡板などの隙間から漏れたものと考えられる」
[22 真相] フェル博士、事件の真相を語る。「まやかしの殺人計画の中に、偶然にも変装した刑事が紛れ込んだり、その目撃者が偶然にもその刑事の元同僚だったりするのは、偶然が過ぎる。ボスクームはまるで警官に見られたいかのように、ピストルを手に持っていたり、泥靴などを隠すそぶりをした。部屋を暗くしておいた理由、スタンレーを衝立の陰に隠れさせた理由が弱い。黒いパジャマに柔らかいスリッパは、暗い室内を密かに移動するのに最適。衝立の陰にいるスタンレーには一定のわずかな視界しかない。チョークのしるしは、椅子の正確な置き場所を示すもの。天窓をわずかに開けておいたのは、暗い室内の限られた部分だけ照らす明かりが必要だったから。マンダーズ殺害事件の日、エリナーが連れもなしにその現場デパートへ行くことはボスクームは知っていた。本文がタイプライターで打たれた、署名入りの手紙はインク消しを使えば簡単に作れる。大柄なスタンレーでさえ頭のてっぺんしか見えないほど大きな背凭れを持つ椅子では、小柄なボスクームは完全に隠れてしまう。背後から見えたのは手袋をした片手だけ。天窓や衝立からの視界は限られ、椅子の背中の右半分しか見えなかった。そこに座った者はピストルを持つ手の模型を見せ、左側から密かに移動し、秘密の鏡板から部屋を抜け出し、部屋の前の男を殺害できる。右手で握った凶器を用いても、その掌に血痕は付着することがある」
天地龍之介シリーズ。幽霊館と呼ばれる廃ビルの壁に映る空中浮遊の人影。幽霊館の中で窓から落ちて消えた女が死体となって発見される。[???]

天地龍之介:IQ190, 臆病
天地光章:龍之介の従兄弟
長代一美:光章のガールフレンド
池渕:支配人
三田村学:地元の小学校の教師
人見優子:助教授
降旗吾光:大学生, 人見の教え子
飛島一馬:同, 同
向井君子:同, 同
次家幸四郎:電気店主, 観光用電気設備保守点検請負
安藤:刑事



旅行中の天地龍之介、光章、長代一美が間欠泉を見物に向かう。案内看板が故障しており、1秒ほどの間隔で点滅する明かりが闇夜を照らしている。そのとき彼らは幽霊館と呼ばれる廃ビルの前の空中に、浮遊する人影を目撃してしまう。一瞬の暗黒の後、人影は少し高い位置に移動し、次に照らされたときにはさらに高い位置、3階の窓の辺りにまで移動していた。そして二度と姿を見せなかった。

彼らは幽霊館の中に入った。3階に上がると、別の窓に腰掛ける女が突然に出現し、窓から外へと落下した。光章が窓の下を見てみると、そこには誰もいなかった。

翌日、脱輪したまま放置された車のトランクから、女の死体が発見された。それは前夜に光章たちが目撃した女だった。


※以下反転表示部のネタバレ注意。



文庫本で138ページ、さらに文字も大きめということで、その分量は通常のミステリの100ページぶんくらいかも。1冊まるごと使ったものとしてはかなり短い。なのに冒頭に本筋とは無関係なちょっとしたエピソードを入れたり、内容は詰め込まれている。普通のミステリでは事件が発生してから、その調査が展開されて、そして解決編という流れだが、本作は事件が発生してすぐに解決編という感じ。

明滅する明りの中で空中を上昇していく人影のトリックは偶然に依ったものだが、人の思い込みを利用している。人影はそれぞれ別人のものなのに、それを同一人物のものと誤認させる。目撃者の一方はそれを女と認識し、もう一方は男と認識するというのがヒントになっている。

3階の映写機のトリックの処理は稚拙だが、この分量では仕方なかろう。死体の隠し場所も含めて、よくそれだけ詰め込んだと、むしろ褒めたい。 繰り返すが、この分量の中に被害者の幼馴染や怪しげな作業員を登場させ、誤った解決まで入れるというのは立派w



[1] 龍之介、光章、一美、温泉地のホテルに滞在中。従業員と客が揉めている。落とし物を拾った客は、従業員が落とし主と話していたと主張するが、従業員はまったく覚えていない。龍之介は難なくその謎を解決。近辺では幽霊館と呼ばれている廃ビルのそばにある間欠泉を見物に行く。案内看板の電飾が故障中で、1秒間隔ほどで青い光の明滅を繰り返している。「落とし主は館内放送で呼びかけても名乗り出なかった。落とし主は実は外国人で、イタリア語を話していたが、それを聞いた客がそれを日本語と勘違いし、たまたまその横にいただけの従業員と会話しているように思い込んでいた」
[2] 明滅する青い光が、幽霊館の西側の壁の前の空中に浮かぶ人の後ろ姿を一瞬照らす。1秒の暗黒の後、人影は少し高い位置に移動している。3度目はさらに少し高く、3階の窓辺りまで移動していた。幽霊館に入る。生徒たちとともに肝試しに来ていた教師・三田村と出会う。彼らもまだ行っていない3階へと上る。人影はない。北側の窓枠に坐る女が突然に出現。女は落下。助けようとした光章は落下とほとんど同時に窓の下を見たが、その姿はなかった。「空中の人影は青い光に照らされていたのでその服の色は断定できないが、青または白装束。性別は不明だが、光章は3度めで女と直感している。幽霊館の3階の短い通路の入り口に大きな暖簾が垂れ下がっている」
[3] 屋上にも誰もいない。看板の電気が、作業員の手により完全に消える。
[4] 光章、窓から消えた女とそれ以前に会っていたことを思い出す。その女は助教授・人見。教え子3名を連れ、ここに帰郷していた。「一美は青い光に照らされた人影を男と直感している。人見はまだ若く美女。3名の教え子(降旗、飛島、向井)を連れていた。うち2名は男で水泳部に所属。事件後、光章がロビーで見かけた降旗たちは洋服を着ていた。浴衣姿の彼らに混じって映る人見の写真。脱輪したまま放置された車のトランクから人見の死体が見つかる」
[5] 人見は殴られ、絞殺されていた。死体が入っていたのは盗難車。殺害現場は血痕が見つかった幽霊館の3階と見られる。光章と一美は安藤刑事から疑いを掛けられている。「被害者の所持品に組み込まれた内蔵時計の停止時刻から、殺害されたのは午後8時52分よりも前と推定。三田村たちが幽霊館に入ったのは午後9時。その後、光章たちが入ったときには、死体は建物内にあったはず」
[6] 人見と幼馴染である三田村も警察から疑われる。「光章が目撃した人見の姿は3階に仕掛けられていたタイマーがセットされた映写機によるもの」
[7] 安藤刑事に連れられて、光章たちは3階へ。次家、空中浮遊の女の正体は、三田村が2階で操作していた風船という説を披露。「窓には映写用のスクリーンの仕掛けがある。仕掛けが回収されてないのは、その仕掛け人が既に死んだ人見だから。本人ならその映像を撮るのも簡単」
[8] 龍之介、事件の真相を説明。「人見は教え子3名を驚かそうとしており、彼らとともに3階に上がった。発作的に教え子たちは人見を殺す。階下に三田村たちが来てしまったので、西の窓から池に飛び込んで逃げる。間隔を置いて飛び降りたので、点滅する明かりに照らされた3人が、まるで同一人物が上昇しているように見えた。光章は最後に見た向井の姿によって、それが女だという印象を持った。一美は最初に見た降旗の姿によって、それが男だという印象を持った。彼らは青い浴衣を着ていた」
[9] 安藤刑事と龍之介による補足説明。「動機は痴情のもつれ。最初、死体は3階のパイプの上に置かれ、その上から暖簾が掛けられていた。ヤジロベエ効果。関係者の名字を並べると…」
[10] 光章、一美から誕生日プレゼントを貰う。
ヘンリー・メルヴェール卿シリーズの長編第2作。雪の密室殺人。足跡は発見者が付けたばかりの一組のみ。(∪^ω^)わんわんお! [???]

ヘンリー・メルヴェール卿(H・M):英国政府高官, 犯罪捜査の天才
ジェームズ・ボイントン・ベネット:その甥, 外交官
マーシャ・テート:ハリウッドの女優
カール・レインジャー:映画監督
ティム・エマリー:マーシャの宣伝係, 妻はマーガレット
モーリス・ブーン:白い僧院の当主, 歴史学者
ジョン・アシュリー・ブーン:その弟, 映画関係者
キャサリン(ケート)・ブーン:その姪
カニフェスト卿:新聞界の大物
ルイーズ・カルー:その娘で秘書
ジャーヴィス・ウィラード:舞台俳優
トムスン:白い僧院の執事
トムスン夫人:その妻
ステラ:白い僧院の女中
ベリル・サイモンズ:同
ビル・ロッカー:白い僧院の馬丁
テンペスト:白い僧院の飼い犬
カーロッタ:マーシャがロンドンに残してきた女中
ハンフリー・マスターズ:ロンドン警視庁の主席警部
チャーリー・ポッター:州警察の警部
ウィン博士:検死医



別館に一人で泊まっていた女優マーシャ・テートの死体が発見された。数時間前に他殺されたと見られるが、家の周囲にはその前夜に降った雪が薄く降り積もっており、発見者が付けたばかりのまだ新しい足跡が一組あるだけで、犯人が逃亡する際の足跡は見当たらなかった。

マーシャは実際に殺害される前に、毒入りチョコレートを贈られ、階段から突き落とされそうになっていた。


※以下反転表示部のネタバレ注意。



ミステリ史上に数ある“雪の密室”の中でも代表的な作品。作中では、的外れなものを含めて三つの解決が提示され、そのうちの二つでは足跡そのものの加工に注目しており、真相から読者の目を逸らしている。機械的なものに頼らない、このトリックと作品を江戸川乱歩は高く評価した。

積雪が薄いというのが本作のトリックを成立させる要素だが、厚い積雪でこのトリックを用いた作品は、これ以前にはなかったのなかなぁ。もしあったのなら、当時の読者がそこに気づかなかったとは思えないが。

定番パターンを用いたものの宿命として、過去の作品で用いられたトリックを一つ一つ潰していく必要がある。そこに苦心する反面、それを利用して物語を組み立てているようでもある。

雪の密室の謎を中心に据えてはいるが、それだけでは真犯人には辿り着けない。そのための手がかりがばら撒かれ、犬の吠え声も重要なポイントとなっている。車の描写という、読者が読み飛ばしそうな、一見どうでも良さそうな記述の中にも重要な手がかりが潜んでいるのはいかにもカーらしい。複数の人物の別の思惑が絡み合うことによって不可能状況を作り出す手法は、その無理を巧みに隠している。

本作ではH・Mが密室についてちょっとばかり語っているが、あるいはこれが後の「三つの棺」の密室講義へと繋がっている…?



[1 鏡の中の映像] H・Mとベネットとの初対面。マーシャに関する説明。「」
[2 弱い毒] 毒入りチョコレート事件について。「エマリーの車には銀メッキの派手なラジエターキャップが付いている。エマリーは妻マーガレットと同じくらいマーシャを愛してると語る。マーシャに贈り物としてチョコが届けられる。マーシャの知人なら彼女が甘い物を好まないことを知っているが、知人でもなければその住所を知るはずがない。レインジャー、ジョン、ウィラード、エマリー、ベネットがそれを食べ、後にエマリーはストリキニーネ中毒で倒れる。残ったチョコレートのうち、ちょっと形が潰れている一つの中から毒が検出される。致死量には達していない」
[3 <王妃の鏡>での死] <白い僧院>の別館<王妃の鏡>でマーシャの死体が見つかる。「6時を過ぎてからベネットが到着したとき、別館の前にジョンが立っており、マーシャが死んでいると告げる。別館は周囲を人工池に囲まれ、そこに通じる道は一つしかない。池には薄氷が張っており、そこも含めて、辺りにはすでに止んでいた雪が2センチほど積もっている。別館へと向かうジョンの、まだ付いたばかりの足跡が一組だけ残っている。室内にはマーシャの死体。床には砕けたグラスが散乱するなど、室内は荒れている。マッチの燃えさしが何本も落ちている」
[4 チャールズ王の階段] ウィラードが事件前夜について語る。「マーシャは一人で別館に泊まっていた。ルイーズは暗い廊下で誰かに手首を掴まれた。ジョンが住む<チャールズ二世の部屋>には、表玄関を通らずに本館の外へと出られる秘密の階段がある。何人かでその階段した際、マーシャが転落しそうになった。誰かが彼女を意図的に落とそうとした疑惑が濃厚。別館のマーシャをウィラードが訪ねると、彼女は別の誰かを待っていた様子。雪は深夜0時から2時頃まで降っていた」
[5 廊下の影] マスターズが捜査のためにやって来る。
[6 「歩いても足跡を残さない者――」] ベネットとキャサリンとの初対面。ウィン博士の見解。「キャサリン、錯乱したルイーズに首を絞められ、痣を作る。暗がりで手首を掴まれたというルイーズには血が付いていた。マーシャ殺害の凶器はまだ判明すらしていないが、キャサリンは唐突に鉛を詰めた乗馬鞭のことを口にする。マーシャの死亡推定時刻は午前3時から3時半。雪が止んだのは2時なので、殺害後に別館から脱出した犯人の足跡が残っていないのは奇妙」
[7 絞首刑にするための筋書] レインジャー、ジョンを犯人として告発する。「レインジャーの証言:マーシャには秘密の夫がいるらしい。カニフェストが劇への出資を取り止めたため、ジョンは彼に再考を求めて出かけたが失敗し、午前1時半に帰って来たという。その根拠はその時刻に犬が吠えたから。ジョンはマーシャの愛人で、別館で彼女に会った。カニフェストの説得に失敗したことを彼女に告げ、話はこじれ、彼女の頭を叩き割った。別館から出ようとしたが、すでに雪は止んでおり、普通に出て行けば足跡が残ってしまう。足跡を掻き消しながら行くことは可能だが、時間を掛けるとまた犬に吠え立てられ、その行動を見られてしまう可能性が高い。そこで彼は小さめの靴で別館を離れ、誰かにその姿を見られるタイミングを待って再び別館へ。その際、大きめの靴で小さい足跡を踏み消した。レインジャー自身にはアリバイがあると言うがその内容は明かさず」
[8 朝食中の無味乾燥居士] 酔い潰れたレインジャーが別室へと運ばれる。モーリスの証言。「レインジャーの服に黒っぽい粉による筋状の汚れが付いている。モーリスは別館に秘密の抜け穴などないと断言。足跡を詳しく調査すると、ジョンは動揺を示す」
[9 当てにならないアリバイ] キャサリンの証言。「マーシャが階段から落ちそうになったとき、そこにいたのは彼女のほかにキャサリン、ルイーズ、レインジャー、ウィラード、モーリス。1時半に犬が吠えたとき、ジョンは帰って来なかった。そのときにキャサリンは、少し前に彼女にちょっかいを掛け誘っていたレインジャーと会ったが、彼は別の用事ができたと言っていた」
[10 死者からの電話] トムスンの証言。キャサリンの証言。ジョンが銃で自殺を図り、重傷。「3時少し過ぎに車が乗り入れる音がした。1時半に犬が吠え、本館と別館との間に人影。犬はその直後に閉じ込めた。ルイーズが錯乱していたのは3時から4時の間頃。足跡は小さい跡を、後に大きな跡で消したものではない。ジョンは心臓の弱いカニフェストを殴って殺してしまったと書き残す。ジョンは片手に銀色の三角片を握り締めていた」」
[11 乗馬鞭] H・Mの到着。ジョンの手当て。ウィラードの証言。ベネットとキャサリンとの会話。「カニフェストは命を取り留めていた。ルイーズが寝ていたキャサリンの部屋のベッドの下に鉛を詰めた乗馬鞭」
[12 H・M事件を論じる] H・Mによる尋問。ちょっとした密室講義。「0時半頃までは犬はロッカーの家の中にいたため、吠えなかった」
[13 妖婦の夫] エマリーの告白。「毒入りチョコレート事件の犯人はエマリー。結局断念せざるを得なくなったが、事件をでっち上げて宣伝に利用しようとしていた。エマリーとマーシャは夫婦。それを隠すため、彼はマーガレットという架空の妻をでっち上げていた。エマリーの車には青銅のコウノトリのラジエターキャップが付いている」
[14 別館の灰] H・M、ウィラードと事件について論じる。「別館の窓の板すだれの隙間から明かりが漏れる。別館からは暖炉の煙突を通って出入りすることは可能。グラスは意図的に砕いて散乱させられたもの」
[15 絞首刑にするための第二の計画] モーリス、レインジャーを犯人として告発。「別館で殺人を犯した犯人が、血の付いた手も洗わずに本館に戻るのは不自然。モーリスの説によると、レインジャーはマーシャを殺し、室内に隠れ、ジョンが残した大きな足跡を辿って本館へと戻った」
[16 銀色の三角片] H・M、銀色の三角片の重要性を指摘。キャサリン、ルイーズを弁護。「事件当夜のルイーズは薬の飲み過ぎで、別館まで歩いて行くのは不可能」
[17 シェード・ランプの殺人という言葉] レインジャーが首を絞められ階段から落とされて死亡。それを発見したH・M、マスターズ、ベネット、エマリー以外の者にはその事実を伏せておく。「事件当夜のレインジャーはベリルとの密会を目論んでいたが、部屋に閉じ込められることになってしまった」
[18 導入部の再演] マーシャが階段から落とされそうになった件の再現実験。階段の下にはレインジャーの死体がある。「ルイーズ、マーシャを落とそうとしたことを告白」
[19 殺人者の映像] H・Mの推理。「マーシャは本館で殺された。ジョンがその死体を運んだ」
[20 ホワイトホールの六月] H・M、ベネットとキャサリンに説明する。「マーシャ殺害の凶器はラジエターキャップ」