金田一耕助シリーズの短編。そっくりな二人が出征し、一人は帰還した。残った一人は本当に自称どおりの人物? 物語は手紙の記述として語られる。[???]

※以下すべて反転表示。ネタバレ注意。



明治維新後もますます盛んになった本位田家に対して、秋月家は没落の一途を辿るのみだった。そんな中、秋月善太郎・お柳夫婦に子が生まれると、すぐに善太郎は自死した。その理由は、村人たちの誰の目にも明らかだった。その赤子には、両目とも瞳孔が二重という特徴があり、それは本位田家の大三郎にも備わっている特徴だったのだ。そして大三郎にも妻があり、秋月家に遅れることひと月ほどで生まれた子が成長するに連れ、村人たちはその推測に確信を持つようになる。秋月家の子・伍一と本位田家の子・大助はあまりにも似通っていた。両者を見分ける最も大きな特徴は、伍一にのみ備わった二重瞳孔だった。

伍一には姉が居た。その姉・りんの、没落した自らの家に対して、遥かに裕福な本位田家への恨みは凄まじいものであった。幼い頃より、事あるごとに伍一にその恨みを吹き込み、伍一もまたそれを受け入れた。ただし、伍一の思いと姉のそれとは齟齬もあった。伍一にとっては、本位田大三郎は本来の父であり、本位田家へ向けられるは強い憧れであり、恨みは主に、本来自分が居るべき場所を占めている、大助へと向けられるのである。

大助の妻・梨枝には、ある噂があった。それはかつて彼女は伍一と恋仲であったが、羽振りの良い大助にあっさりと乗り換えたというものだった。もしそれが事実なら、伍一が大助への恨みをさらに強くしたことは当然だった。

伍一と大助は出征した。戦局が激しくなり、大助が果たして帰還できるか怪しくなってきた頃、本位田家の刀自・槇は、もしいざという場合は、大助の弟・慎吉と、残された妻・梨枝とを結びつけ、家の存続を図ろうと考え始めたようだった。大助が帰還したのは、まさにそんな折だった。

大助は無残な姿となっていた。聞けば、部隊からはぐれた大助と伍一は敵の砲撃を受け、伍一は落命。そして伍一の形見の品を身に付け、さまよう大助にさらなる砲撃が加えられ、大きな負傷を負ったとのこと。大助はそのときに両眼を失い、もはや己の意思では動かぬ義眼を嵌めて、我が家へと戻ってきたのである。

大助は、以前とはどこか違っていた。かつての朗らかで陽気な性格はすっかり失われ、まるで別人のように、その振る舞いに影を落としていた。そんな彼を見て、妹・鶴代は疑惑を持つ。ひょっとして、彼は兄・大助ではなく、伍一が成り済ましているのではないだろうか。偶然のことなのか、それとも意図的になのか、両者を区別する印たる眼を失いしを幸いに。

そして惨劇が起きる。梨枝が殺され、大助もまた井戸の中から死体となって発見される。死体からは片方の義眼がなくなっていた。

容疑者として、これまた村の没落した家のひとつ、小野家の血筋の昭治が逮捕される。昭二は幼き日には本位田家の者とも親しくしていたのだが、義母である咲に疎まれ、家を追い出されてからは、悪事に手を染めるようになり、常に警察の厄介になっているような状態だった。そして逮捕された彼のポケットには、おそらく犯行時に紛れ込んだのであろう、義眼が入っており、言い逃れも効かぬと知ったか、自らの犯行を認めるのであった。



物語は、病気のために療養所に居る兄・慎吉への、鶴代からの手紙という形で綴られる。伍一が大助へ成り済まして、本位田家の乗っ取りを図るというベタな筋書きをほのめかしておいて、実は…という話。本格ミステリというよりも、江戸川乱歩言うところの“奇妙な味”のような後味を残すが、伏線はいくつも張られており、メイン・プロットであろう記述トリック的な趣向もホンカク志向。

大助殺害の際のアリバイ・トリックはオマケみたいなものだが、大助の死体が井戸に放り込まれたことにきちんと理由を持たせているのもホンカク的。

大助亡き後は梨枝を慎吉に任せようかと、槇が鶴代にほのめかす場面は、そのときは大した意味を持たぬが、それもまた大助の変化に大きな意味を持っていたと、後に判明する。

かつて伍一と恋仲にあった、梨枝が大助に奪われたという噂。それは伍一が大助を恨む要因のように読めるが、裏を返せば…というのもお見事。
金田一耕助シリーズ。由緒正しき家での日本刀による密室殺人。(「・ω・)「にゃおー [???]

※以下すべて反転表示。ネタバレ注意。



村の資産家・一柳家の当主・腎蔵と久保克子との婚礼の夜。皆が寝静まった頃、悲鳴らしき音と琴の音、そして障子が倒れるような音を聞き、新婚夫婦が居る、水車小屋の傍に立つ離家に駆けつけた一同は、刃物で斬られ、既に絶命していたふたりを発見する。

駆けつけた際、離家は固く閉ざされていた。外界との繋がりは、欄間のわずか五寸にも及ばぬ隙間のみ。とても人がくぐり抜けることなど不可能だったが、家の中には誰も居なかった。そして凶器であろう日本刀は、庭に突き立てられていた。



本作発表当時は、日本家屋は密閉性も低く、機械・密室トリックには不向きとも言われており、そんな時代において、本作のトリックは「我が国にもついに欧米物にも比肩する密室・機械トリックが!」と絶賛されたらしい。しかし琴を用いての舞台仕立て・雰囲気作りの素晴らしさこそ称賛を惜しむものではないが、現代の目で見ると、このトリックには特に感銘を受けることもまずないのでは。

犯人の元々のアイデアは凶器の処分だけで、密室を作ろうなどとは意図しておらず、離家に入ってくる足跡と出ていく足跡を偽装しておいた。ところが、出ていく足跡が、想定外の降雪で消えてしまった。そのため、戸を開けたままにしておくと、逃亡する犯人の足跡がないというおかしなことになってしまう羽目に追い込まれ、どうせならばと密室を作ってしまったという説明は、少々強引で苦しい。

潔癖性とプライドの高さゆえと言える犯行動機は納得できるのだが、ならば共犯者を作ってしまったのはどうも腑に落ちない。これほど他人に弱みを握られることを忌避していた人物が、果たしてこのような精神的隷属を許容するだろうか。

最後に披露される、叙述トリックについてのくだりは、作者としては、してやったりだろうなぁw
金田一耕助シリーズ。落ち武者の伝説の残る村での連続殺人。[??]

※以下すべて反転表示。ネタバレ注意。



黄金を奪い取ろうと、8名の落ち武者を殺害したものの、祟りを恐れ、八つの墓を立てて奉ったことに由来する、八つ墓村。時代は下り、大正の世に惨劇は起きた。落ち武者たちへの襲撃の首謀者の子孫、田治見要蔵が一夜にして32名もの村人を惨殺したのだ。そして翌朝、要蔵は姿を消し、その行方は杳として知れず、四半世紀が過ぎた。

神戸に暮らす寺田辰弥は、辰弥の母方の祖父だという井川丑松と引き合わされ、自分が田治見という家の一族であると知らされる。田治見家の嫡男たる久弥と、その妹の春代は病弱で、子が望めず、それでは血筋が絶えてしまうということで、その弟である辰弥を呼び戻したいという。初めて会う祖父と何を話したらいいのかと戸惑いつつも、言葉を掛けた次の瞬間、急に丑松が苦しみ始める。水を飲ませる間もなく、丑松は絶命した。毒殺だった。

疑惑の目は向けられたものの、一応のところは嫌疑は晴らされた辰弥は、数日前までは名前すら知らなかった、八つ墓村へと向かう。

辰弥は村に到着した途端、濃茶の尼なる人物から、八つ墓明神が云々、お前は村に来るな、と罵倒される。それは村に来る前に届いた、謎の手紙に書かれていた内容と似ていた。

田治見家に到着すると、なるほど兄・久弥は明日をも知れぬ体だった。久弥と、その大伯母の小竹・小梅姉妹は、要蔵の弟・修二の家系である里村慎太郎にはなぜかどうしても田治見家を継がせたくないらしく、それもあって辰弥は歓迎されているようだった。しかし何かの含みを持たせたような笑顔を見せていた久弥は咳き込みだす。薬を飲ませてみたものの、それは治まるどころか激しくなるばかり。そして吐血し、動かなくなった。

その場に立ち会っていた医師・久野恒実は形ばかりの治療を行ったが、既に絶命していることは明らかだった。「興奮のしすぎで死期を早めたのですね」と語る彼の言葉は、不思議なほどに周囲の者に自然に受け入れられた。しかし、そう告げた久野の声は、かすかに震え、狼狽したように、辰弥の視線から顔を背けた。

そして金田一耕助というひとが村へとやって来た。いったいどういう人物なのか不明ながら、どうも警察関係者らしい。久弥の死は再調査され、それは毒殺と判明する。その後も続く、連続殺人事件のひとつだった。



不気味な由来を持ち、狂気の惨劇の記憶を残す村。その村の由緒正しき名家に病弱な兄と妹と、その大伯母である双子。屋敷の地下から繋がる、大迷宮の鍾乳洞。落ち武者の呪いなのか、次々と増える犠牲者たち。過剰なほどに古色蒼然たる設定が、僕にとっては素晴らしいw この世界観が徹底しているからこそ、ある意味ではロマンティックで、普通ならあまりにも非現実的として首を捻りそうな、この犯行の動機も受け入れられるのだろう。

名探偵・金田一耕助は、最後に本人もそう述べたとおり、いまいち活躍してない。事件解決に金田一の推理はほとんど貢献しておらず、添え物程度の扱いなのは不満ではあるのだが、とにかくこの物語は面白い。犯人を特定する決定的な証拠があまりにも直接的で、推理小説的とは言い難い点などからして、辰弥を主人公とした、冒険小説と捉えたほうが妥当なのかも知れないが、伏線の張り方はかなりフェアであり、ミステリとしても面白い。再読してみれば、犯人の言動や反応には、なるほどそんな意味があったのかと、改めて気づく部分も多いだろう。

犠牲者リストとも言える謎のメモは、もっと村の伝説との繋がりをはっきりと感じさせるように、8名の犠牲者が出ると読者に意識させるようにして、明確に童謡殺人として見せたほうが良かったのでは。そのメモの基となった日記についてだが、本作発表年からすると、おそらくエラリー・クイーンの「Yの悲劇」は念頭にはあっただろう。

麻呂尾寺の英泉については、やや筆が強引か。

作中に登場する、謎の地図を読者も見られるようにしてあったら、もっと嬉しかったなw