殺人事件の容疑が最も濃い双子にはそれぞれアリバイ。頭部と手首が失われ、どちらのものか不明な双子の死体。[???]

空知雅也:推理作家
柚木新一:古美術商
柚木恵:新一の妻
柚木健一新一の双子の弟
高井美保:健一の内縁の妻
高井秀司:美保の前夫
三沢ユカリ:恵の妹
片桐光雄:編集者
小桑龍:私立探偵
加瀬警部
杉山警部補
広瀬警部:空知の創作中の人物

※以下すべて反転表示。ネタバレ注意。



その夜、柚木恵はあまり機嫌が良いとは言えなかった。せっかく別荘に来たものの、夫・新一が仕事の都合で到着が遅れるのだ。独りで暇だったので、久しぶりに妹・ユカリの声が聞きたくなった。

10時頃に電話してみると、不在のようだった。夜遊びしているな、と思いつつ、11時半頃に再び電話すると、今度は繋がった。別荘に独り置き去りにされてることを愚痴る恵に対して、ユカリはついさっきまで酒豪の友人に付き合っていたせいで、どこか気のない相槌を打ったりしてる。

しかし互いの近況を伝え合ううちに、ユカリが偶然にも推理作家・空知雅也と再会したと、恵は知った。かつての恋人だった空知を思うと、恵は少し胸が痛むのを感じた。

恵とユカリは30分ほども話しただろうか。それが姉妹の最後の会話となった。

翌朝、恵が殺された。死亡推定時刻は10時30分から、死体が発見された10時58分までの間。犯行当日、新一は博多への移動中であり、彼の双子の弟・健一は山形への移動中だった。二人のアリバイは確かめられたが、あまりにもできすぎていて、どこか作為的なようでもあった。

捜査には目立った進展も見られぬまま、数ヶ月が過ぎた頃、恵が殺害された別荘で、また事件が発生した。

現場の状況からして、そこで惨殺が行われたことは間違いなかった。そして、浴槽に置かれた死体には頭部と、両方の手首から先がなかった。新一あるいは健一の死体と判断されたが、そのどちらなのかは判断がつかなかった。一方は死体となって見つかり、もう一方は行方をくらましていた。

またもや関係者の事件当夜の行動が調査されたが、ほとんどの者にアリバイが成立した。その中のひとり、空知は独りで自宅に居たが、偶然にも裏の物置小屋で火災が発生し、それによって、この犯行時刻に別荘に居ることは不可能であろうと確かめられたのである。



公共交通機関を駆使したアリバイトリックは苦手なんだよねぇ。「●時発の特急電車に乗って、●駅で途中下車し、反対方向へと向かう各駅停車の電車に乗り換えて~」なんて、読んでいても頭に入らない。時刻表の数字を眺めてるだけでうんざりしちゃうw 本作では二つの事件が扱われており、第二の事件では時刻表は要らない。物語的には、重心が傾けられているのはそっちのほうなのがまだ救いだw

ストーリー展開は、ミステリ読者にとっては期待どおり、あるいは予想どおりと言える。犯人の意外性はないだろう。加瀬警部と私立探偵・小桑との役割分担はいまいちで、統合してしまっても良かったんじゃないかと思う。

二人を殺すことによって状況を偽装するトリックは古典の雰囲気も漂わせる。死体の頭部と手首と、もうひとつの死体の処理が雑だが、そのほうがむしろリアリティがあるのだろう。だが、これは蟻の一穴が開けばすぐに証拠を握られるということにもなりかねない。犯人が、時計に残された証拠を隠滅しようとしたことで、かえって墓穴を掘ってしまったのは、やや過剰反応によるものとも思える。しかし、わずかでも引っ掛かりを残してしまえば、隠した死体も簡単に発見されてしまうという、厳しい状況下に犯人が置かれていたと考えれば、この行動も仕方なきこと。

文庫本が現場から持ち去られた理由が(ミステリ的には)つまらないのは残念。

ディクスン・カーの密室講義の向こうを張るような、アリバイ講義も付いてますw
金田一耕助シリーズの短編。金田一の戦友はその妹たちを案じる謎の遺言を残す。妹たちが次々と殺される。見立て殺人。(「・ω・)「にゃおー [???]

※以下すべて反転表示。ネタバレ注意。



かつて流刑の地とされたことに由来すると伝えられる獄門島。金田一耕助は、戦友・鬼頭千万太から託された手紙を届けるため、島へと向かう。千万太は息を引き取る前に、金田一に奇妙なことを告げていた。「俺が帰らないと、三人の妹たちが殺される…だが、俺はもう駄目だ…金田一君、俺の代わりに獄門島へ行ってくれ…」

手紙には、和尚・了然、村長・荒木、医師・村瀬という三つの宛名が並んでいた。金田一は島へと向かう途上で、偶然にも手紙の宛名のひとり、了然に出逢った。手紙を受け取り、千万太の訃報を聞いた了然は、大きな衝撃を受けたようだった。

獄門島で権勢を誇る、網元・鬼頭家は大きく二つに分かれている。一方は本鬼頭、もう一方は分鬼頭と呼ばれていた。親類筋であるのだが、近年の両家の関係はあまり良くないとのことだった。特に分鬼頭の現在の主である儀兵衛の妻・志保が、なかなかに個性の強い人物であることも要因である。千万太は本鬼頭の跡取りであった。

その千万太が死んだ。しかし、その従兄弟の一はなんとか生き残ったらしく、いずれビルマから復員してくると伝えられている。「本家は死んで、分家は助かる、これも是非のないこと…」 了然は吐き出すように、そう言った。

金田一は了然とともに、本鬼頭家に到着した。出迎えたのは、一の妹・早苗。千万太の祖父である嘉右衛門が健在の頃は、彼が君臨することで、本鬼頭は盤石だった。しかし彼の妻・勝野はまったくおとなしい性質である。そして、その子である、与三松は気が触れて、座敷牢に幽閉されている身であり、その妻はもう亡くなっている。というわけで、嘉右衛門亡き後の本鬼頭は、早苗が取り仕切っている。

早苗に続いて、三人の美しい娘たちが金田一の前に現れた。18を頭に三人年子の、月代、雪枝、花子。千万太が、「俺が帰らないと、殺される」と言っていた、彼の妹たちである。

千万太の通夜に、花子が殺害された。寺の庭に生えた梅の古木の枝に、逆さ吊りとなっていた。その光景を見た了然が、ふと呟く。「キチガイじゃが、仕方がない…」

ひとまず、周囲を調べてみると、寺の勝手口の南京錠がねじ切られていた。そして、賽銭箱の傍に煙草の吸殻を見つける。手巻き煙草を巻いた紙は、英語の字引きの紙らしい。そのような物がありそうなのは、この島では本鬼頭家くらいなもの。そして、本鬼頭家で煙草を吸うのは与三松。

先ほどの了然の呟きからして、もしやと、金田一は了然に問う。座敷牢に居るはずの与三松が、この事件に関わっていると、あなたは考えているのかと。それを否定する了然を、金田一はさらに追及する。ならば先ほどの「キチガイじゃが、仕方がない…」とは、いったいどういう意味なのかと。

了然は呆気に取られた。まったく覚えもなく、その意味もわからないようだった。しかし、しばし思案に暮れると、何かに気づいた。大きく目を見開いたかと思うと、両手で顔を覆い、よろめくようにあとずさりした。それを見た金田一は、どういうわけなのかと、問い詰める。しかし、了然は、「あんたは大きな勘違いをしている。確かに、そんなことを言ったかも知れんが、それは与三松とは無関係だ。いずれ打ち明けるときもあろうが、今は言えん」と、答えるのみであった。

雪枝も殺された。海に面した、「天狗の鼻」と呼ばれる場所に仮置きされていた、釣鐘の中に、その死体は座っていた。釣鐘の下から、着物の裾が覗いており、それで発見されたのである。

そして、ついに月代も殺された。そのとき彼女は祈祷所に籠り、鈴を鳴らして、祈っていたはずが、いつの間にやら、手ぬぐいで絞殺されていたのである。鈴はまだ鳴っていた。部屋の片隅には、飼い猫のミイ。その尾には、鈴を付けた布が結わえ付けられていた。

そしてその事件の横で、もう一つ、死体が増えていた。花子が殺害された夜、寺を荒らしたのは、警察に追われ、この島へ逃げ込んだ海賊であるらしかった。そしてその人物は追い詰められ、銃撃戦が始まり、倒れた。死体に弾丸の痕はなかった。撲殺だった。



事件の筋書きは、嘉右衛門によるものだった。

嘉右衛門は千万太に告げていた。千万太が無事帰還すれば、何の問題もなく、家は安泰。千万太と一、両方が死んだ場合は、仕方ないので、婿養子を取り、本鬼頭を継がせることになる。しかし、もし、千万太が死に、一が生き残った場合は、少々まずいことになる。本家の三姉妹が居る限り、分家の者である、一は本家を継ぐことができない。あの三姉妹では、とても家を守れない。ならば、どうするか。三姉妹には、死んでもらうしかない。

死の床に伏した嘉右衛門はその任を、和尚・了然、村長・荒木、医師・村瀬の三名に託した。殺害方法も詳しく伝授した。三姉妹の死体が、いずれも奇妙な状態に置かれていたのは、嘉右衛門が好んでいた句に見立てたものだったからである。


特殊な歴史によって、その住人には特異な気質が育まれた、獄門島。カリスマとも言える存在であった、故人の遺志。そのような環境なのだから、などという説明では、いまいち納得できないほど、作り物めいている。

千万太が死に、一は生き残る。そして、供出し、もう戻ることもあるまいと思われた、釣り鐘が返還された。こんな三つもの条件が揃ってしまったのは、奇跡的で、運命とすら感じられる。だから、三姉妹を殺すことを決意する…と説明されても、なお苦しい。

「見立て」は、ミステリの定番パターンのひとつだが、本作では、その理由が、「故人の遺志だから」。ミステリにおいては、何の理由もないに等しいw

雪枝殺害の釣り鐘トリックが妥当かどうか、気になる。釣り鐘の中に雪枝の死体を置き、裾を出しておく。そして、その鐘の上からハリボテの鐘を被せ、裾を隠す。まず、裾が出ていない状態の鐘を目撃させ、その後、ハリボテを外して、海へと捨てる。それにより、最初の目撃の時点までは、まだ鐘の中には死体がなかったと錯覚させ、アリバイを偽装する。

ハリボテ要るかなぁ?

たとえば、裾を袋か何かに入れて、糸を付けておいて、後から裾を引き出す。この場合は、鐘と地面の間に隙間がないと無理だけど、それを補うために、そこに目立たぬ小さな物を挟んで隙間を作っておく。そして、裾を引き出した後に、挟んでおいた物を抜けば、可能かも知れない。

もっと良さそうな方法としては、はみ出した裾の上に、別の布地でも乗せて、地面と紛れるように、土砂を掛けておけばいいんじゃないだろうか。何せ、辺りは既に夕闇に包まれている。懐中電灯で照らされた程度で気づかれるはずもない。少なくとも、ハリボテが気付かれない程度の状況ならば、充分な偽装にはなっているだろうw

月代殺害では、祭壇の脇にぶら下がった、色とりどりの吹流しの中に、長い手ぬぐいを紛れ込ませておく。すると、それは一方が固定された手ぬぐいとなり、もう一方を掴めば、片手でも絞殺できる。殺害後、手ぬぐいを適当な長さに切り取り、現場に残しておく。手ぬぐいで絞殺するのは、片手で行なうのは不可能と思われるので、左腕を負傷している、村瀬は疑われない。

うーむ…。まあ確かに、普通の手ぬぐいでの絞殺を、片手が効かない状態で行なうのは困難なのかも知れない。しかし、そんなことで、あっさり容疑が晴れるとは思えないなぁ。徹底的に調べられたらバレそうだし、このトリックだけで偽装するのはちとキツイのでは。しかも、こんなトリックのためだけに、わざと片腕を折るというのも、ちょっとなぁ…。

結局、計画にあるどの犯行も、見立てを成立させるだけのために、かなりの無理をしてるんだよね。傍から見れば、無駄な苦労と言うか…。ある目的のために用いられるトリックではなく、あるトリックを成立させること自体が目的化してる作品は、どうも萎えるんだよなぁ。そこを誤魔化すために、「故人の遺志」なんてものを持ち出してるんだろうけど。

花子殺害について、何かを目撃された可能性があるため、島をうろついていた逃亡犯を了然が殺害するのは、元々の計画外の犯行。警察も含め、島の者多数によって、逃亡犯は発見され、銃撃戦が始まる。隙を見て、逃亡犯を撲殺する。

計画外というだけあって、まったくの行き当たりばったりで、運任せの犯行となっている。逃亡犯は周囲を多数の者に囲まれている。弾丸が飛び交っている。そんな状況で、了然は特に何の工夫もなしに、誰にも目撃されず、逃亡犯の傍に寄って、撲殺。

いくら何でも、ご都合主義すぎなのでは。特殊訓練を受けたわけでもない、高齢の和尚が、銃をぶっ放し、ぶっ放されてる逃亡犯に、そんなにあっさりと近づけるくらいなら、それより先に、周囲に居る警官たちがその人物を取り押さえてしかるべきだろう。

花子殺害は了然、雪枝殺害は荒木、月代殺害は村瀬、と、各々の犯行こそ単独犯によるものだが、結局は三名による共謀ということ。こうなると、もう、四名だろうが五名だろうが、共犯者をいくら増やしてもいいような気がするし、アリバイなり何なり、偽装工作はいくらでもできるんじゃないか? アガサ・クリスティーの「オリエント急行殺人事件」のように、複数犯であること自体に特に趣向がある作品ならまだいいが、この作品においては興冷めなだけ。

早苗は逃亡犯を、復員した兄と勘違いして、その逃走生活を消極的ながら援助する、ってのもなぁ。まあ、勘違いするまでは良しとしよう。しかし、早苗もそれが兄と、決して確信を持っていたわけではない。作中でもそれは書かれている。なのに、その人物の影を目撃して以降、それまでは欠かさず聴いていた、ラジオでの復員情報をぱったりと聴かなくなるのはおかしい。

いつものこととも言えるが、今回の金田一の無能っぷりはひどすぎるんじゃなかろうか。花子殺害については、まだ何一つ掴んでいない状態だったので、これは仕方ない。雪枝殺害時には、檻の中にその身を置いており、これまた止むを得ないだろう。だが、月代殺害については、さすがに防げなかったものか。三姉妹すべてが狙われているのは、もはや明白。島民たちすら、いずれ月代が殺されるだろうと予期していた。なのに、あっさりと犯行は実行された。

一応は、金田一も警戒はしている。指示して、数人の男を鬼頭家に残しておいた。ところが、その警戒態勢がとても緩い。祈祷所などという離家に、月代がたったひとりで籠ることを問題視もせず、家に残した者には、月代を守ることについて、特に注意も与えていない。

月代殺害時、金田一は逃亡犯を追い込む山狩りに参加しているが、この時点において、この人物は犯人ではないだろうと推測している。つまり、月代を誰から守ればいいのかはまだ不明であり、それはあるいは、非常に月代の近くに居る人物の可能性もあるのだ。それにしては、無用心すぎやしないか。
金田一耕助シリーズの短編。顔のない死体。(「・ω・)「にゃおー [???]

※以下すべて反転表示。ネタバレ注意。



G町の蓮華院という寺の墓地の裏手に、「黒猫」という名の酒場があった。それなりに流行っていたのだが、主人夫婦は店を別のひとに譲り、神戸に移り住んでしまったので、現在は改装中であり、夜になるとまったくの空き家になってしまう。

そして、ある夜、巡回中の長谷川巡査は、黒猫亭の庭に、地面を掘る人影を発見する。これは怪しいと眺めると、その人影は低い叫び声を上げた。何があったと近寄って見れば、その人影は蓮華院の若僧・日兆であった。掘られた穴の中を覗き込んで見ると、そこには女の死体があった。

死体の顔は既に腐り落ち、それが誰なのか見分けのつかない状態だった。そしてさらに周囲を調べてみると、喉を掻き切られた黒猫が埋められているのも発見された。

黒猫亭の主人・糸島大伍とその妻・繁は、かつて大陸に住んでいたが、終戦により、まずは繁、そして大伍も日本へと引き揚げることとなった。しかし先に引き揚げた繁は、日本で愛人を作ってしまい、そして大伍もまた、引き揚げの際に、船で知り合った女と愛人関係になる。その後、大伍と繁は元鞘に収まったものの、お互いに愛人関係は引き摺ったままであり、それをすっきり清算するために、縁のない地へ行って再出発しようというのが、黒猫亭を閉める理由であろうと推測された。

大伍の愛人として、鮎子という名が浮上する。以前、黒猫亭の住み込みの娘・お君は、繁に依頼され、大伍を尾行したところ、派手な女と会っているのを目撃したので、それを繁に報告した。すると繁はすぐにその女を思い当たったようで、鮎子に違いない、やはりまだ関係が続いていたのかと、口惜しがり、その晩、夫婦の間で大悶着が起きたという。

繁の愛人も判明した。それは風間俊六という土建業の親分で、繁はかつて手切れ金まで受け取っておきながら、その後も時折会いに行っては、お小遣いをせしめていた。

店を閉める前の二週間ほど、繁は病気を理由に、従業員にほとんど姿を見せなかった。捜査の当初は、死体は鮎子ではなかろうかと疑われたが、大伍と鮎子が共謀して、邪魔な繁を殺害し、鮎子が繁に成り済ましていたという線が浮かぶ。



かつて繁は殺人を犯してしまい、逃亡のために大陸へ渡ったが、そこで知り合った大伍にそれを知られ、脅迫され、夫婦となった。その後、終戦により、夫婦は否応なく大陸から引き揚げることとなったので、そのどさくさに紛れ、繁は大伍から逃げ出した。

繁は俊六のもとへ身を寄せることとなって、幸せに暮らしていたが、大伍に見つかり、俊六と別れることになる。弱みを握られている以上は、繁は大伍の金蔓になるしかなく、繁は大伍を殺そうと決意する。

繁は変装し、鮎子という架空の人物を作り上げる。彼女と会っている大伍は、繁とのちょっとした気分転換のデートと認識していたが、その光景を目撃した者は、大伍が鮎子という女と会っていると錯覚する。そしてさらに繁は、「あの女」との関係について、大伍を責め、その場面をお君に目撃させる。「あの女」とは、大伍の別の女・千代子のことなのだが、店の者は、それは鮎子を指していると錯覚する。

大伍の留守に、繁は千代子を黒猫亭に呼び出し、殺害する。繁が千代子に含むところは何もない。これは単に千代子の死体を利用するためである。千代子の死体は、裏の墓にひとまず埋めておく。血痕を誤魔化すために、黒猫のクロも殺した。帰宅した大伍は、カッとなってクロを殺してしまったという繁の説明を信じ、猫の死体を庭に埋める。これによって、大伍が庭を掘り、まるで女の死体を埋めていたかのように見える場面を作り上げる。

繁は病気を理由に、極力、人前に出ないようにする。これによって、既に繁は殺され、鮎子という人物が繁に成り済ましていたように思わせる。

共犯者として日兆を引き込み、大伍を殺害。誰なのか、既に判別できない状態の、千代子の死体を掘り出し、そこに大伍の死体を隠す。掘り出した、千代子の死体を庭に埋める。繁は寺の土蔵にその身を隠しており、作業は日兆が行なう。その場面を長谷川巡査に目撃させ、事件を発覚させることは、日兆も承知の計画どおり。大伍は既に墓に隠されており、鮎子なる人物などはそもそも架空の人物。事件が発覚し、繁が死んだことになれば、もはや過去の罪に追われることもない。

事件発覚の直前の繁は人目を避けており、その人物が繁だったのかどうか怪しく思われ、そして黒猫亭の部屋に血痕が残っているということで、大伍と鮎子の共謀により繁が殺害されたと見せかけるのが、繁の計画だった。



この作品は、定番トリックである「顔のない死体」の裏を掻くことで、まず一捻り。そしてその裏で、これまた定番トリックである「一人二役」(繁・鮎子)をも仕掛けて、もう一捻りという趣向。犯人に凝った計画をさせているが、趣向を成立させるために、計画自体がかなり不自然なものになっているように思える。

根本的な問題として、「鮎子」という架空の人物の存在が必要だろうか?

千代子の死体を繁の死体として見せかけようというのだから、両者の体型は割と近いのであろう。だったら、繁に成り済ましていたと錯覚させる人物は、架空の鮎子などではなく、千代子でも成立するだろう。大伍にとって、妻である繁が邪魔という動機があったと偽装するために、大伍がベタ惚れしている愛人が居ることにしたい。しかし千代子では役者不足だから、鮎子という架空の女をでっち上げるというのは、いささか苦しいのではないか。わざわざ架空の人物を作り出すくらいなら、大伍が千代子を愛していたという偽装工作のほうが、よほど簡単と思うのだが。その場合は、大伍と千代子の共謀による繁殺害という構図になる。

日兆の言動も素直に頷けない。繁の計画どおりに、自分が死体を掘り出す場面を警官に目撃させたりしたら、ヘタすれば、繁殺害どころか、警察が行方を掴めていない、大伍まで殺したのではないかと疑われる危険さえあると、日兆は想定しないだろうか。そして、もしそうなれば、繁の計画は破綻し、それは繁自身にとっても望ましいことではないだろう。日兆の周辺、墓も寺も、厳しい捜査の対象になったりしたら、まず間違いなく、そこに隠れている繁は発見されてしまい、計画はすべて水泡に帰す。事実、日兆の証言については、警察も怪しんでいる部分があり、いつ追及されることになってもおかしくない状況。日兆の言動については、恋に溺れたがゆえと言ってしまえばそれまでだが、繁がそれをさせたという点は、どうしても引っ掛かる。