金田一耕助シリーズの短編。顔のない死体。(「・ω・)「にゃおー [???]

※以下すべて反転表示。ネタバレ注意。



G町の蓮華院という寺の墓地の裏手に、「黒猫」という名の酒場があった。それなりに流行っていたのだが、主人夫婦は店を別のひとに譲り、神戸に移り住んでしまったので、現在は改装中であり、夜になるとまったくの空き家になってしまう。

そして、ある夜、巡回中の長谷川巡査は、黒猫亭の庭に、地面を掘る人影を発見する。これは怪しいと眺めると、その人影は低い叫び声を上げた。何があったと近寄って見れば、その人影は蓮華院の若僧・日兆であった。掘られた穴の中を覗き込んで見ると、そこには女の死体があった。

死体の顔は既に腐り落ち、それが誰なのか見分けのつかない状態だった。そしてさらに周囲を調べてみると、喉を掻き切られた黒猫が埋められているのも発見された。

黒猫亭の主人・糸島大伍とその妻・繁は、かつて大陸に住んでいたが、終戦により、まずは繁、そして大伍も日本へと引き揚げることとなった。しかし先に引き揚げた繁は、日本で愛人を作ってしまい、そして大伍もまた、引き揚げの際に、船で知り合った女と愛人関係になる。その後、大伍と繁は元鞘に収まったものの、お互いに愛人関係は引き摺ったままであり、それをすっきり清算するために、縁のない地へ行って再出発しようというのが、黒猫亭を閉める理由であろうと推測された。

大伍の愛人として、鮎子という名が浮上する。以前、黒猫亭の住み込みの娘・お君は、繁に依頼され、大伍を尾行したところ、派手な女と会っているのを目撃したので、それを繁に報告した。すると繁はすぐにその女を思い当たったようで、鮎子に違いない、やはりまだ関係が続いていたのかと、口惜しがり、その晩、夫婦の間で大悶着が起きたという。

繁の愛人も判明した。それは風間俊六という土建業の親分で、繁はかつて手切れ金まで受け取っておきながら、その後も時折会いに行っては、お小遣いをせしめていた。

店を閉める前の二週間ほど、繁は病気を理由に、従業員にほとんど姿を見せなかった。捜査の当初は、死体は鮎子ではなかろうかと疑われたが、大伍と鮎子が共謀して、邪魔な繁を殺害し、鮎子が繁に成り済ましていたという線が浮かぶ。



かつて繁は殺人を犯してしまい、逃亡のために大陸へ渡ったが、そこで知り合った大伍にそれを知られ、脅迫され、夫婦となった。その後、終戦により、夫婦は否応なく大陸から引き揚げることとなったので、そのどさくさに紛れ、繁は大伍から逃げ出した。

繁は俊六のもとへ身を寄せることとなって、幸せに暮らしていたが、大伍に見つかり、俊六と別れることになる。弱みを握られている以上は、繁は大伍の金蔓になるしかなく、繁は大伍を殺そうと決意する。

繁は変装し、鮎子という架空の人物を作り上げる。彼女と会っている大伍は、繁とのちょっとした気分転換のデートと認識していたが、その光景を目撃した者は、大伍が鮎子という女と会っていると錯覚する。そしてさらに繁は、「あの女」との関係について、大伍を責め、その場面をお君に目撃させる。「あの女」とは、大伍の別の女・千代子のことなのだが、店の者は、それは鮎子を指していると錯覚する。

大伍の留守に、繁は千代子を黒猫亭に呼び出し、殺害する。繁が千代子に含むところは何もない。これは単に千代子の死体を利用するためである。千代子の死体は、裏の墓にひとまず埋めておく。血痕を誤魔化すために、黒猫のクロも殺した。帰宅した大伍は、カッとなってクロを殺してしまったという繁の説明を信じ、猫の死体を庭に埋める。これによって、大伍が庭を掘り、まるで女の死体を埋めていたかのように見える場面を作り上げる。

繁は病気を理由に、極力、人前に出ないようにする。これによって、既に繁は殺され、鮎子という人物が繁に成り済ましていたように思わせる。

共犯者として日兆を引き込み、大伍を殺害。誰なのか、既に判別できない状態の、千代子の死体を掘り出し、そこに大伍の死体を隠す。掘り出した、千代子の死体を庭に埋める。繁は寺の土蔵にその身を隠しており、作業は日兆が行なう。その場面を長谷川巡査に目撃させ、事件を発覚させることは、日兆も承知の計画どおり。大伍は既に墓に隠されており、鮎子なる人物などはそもそも架空の人物。事件が発覚し、繁が死んだことになれば、もはや過去の罪に追われることもない。

事件発覚の直前の繁は人目を避けており、その人物が繁だったのかどうか怪しく思われ、そして黒猫亭の部屋に血痕が残っているということで、大伍と鮎子の共謀により繁が殺害されたと見せかけるのが、繁の計画だった。



この作品は、定番トリックである「顔のない死体」の裏を掻くことで、まず一捻り。そしてその裏で、これまた定番トリックである「一人二役」(繁・鮎子)をも仕掛けて、もう一捻りという趣向。犯人に凝った計画をさせているが、趣向を成立させるために、計画自体がかなり不自然なものになっているように思える。

根本的な問題として、「鮎子」という架空の人物の存在が必要だろうか?

千代子の死体を繁の死体として見せかけようというのだから、両者の体型は割と近いのであろう。だったら、繁に成り済ましていたと錯覚させる人物は、架空の鮎子などではなく、千代子でも成立するだろう。大伍にとって、妻である繁が邪魔という動機があったと偽装するために、大伍がベタ惚れしている愛人が居ることにしたい。しかし千代子では役者不足だから、鮎子という架空の女をでっち上げるというのは、いささか苦しいのではないか。わざわざ架空の人物を作り出すくらいなら、大伍が千代子を愛していたという偽装工作のほうが、よほど簡単と思うのだが。その場合は、大伍と千代子の共謀による繁殺害という構図になる。

日兆の言動も素直に頷けない。繁の計画どおりに、自分が死体を掘り出す場面を警官に目撃させたりしたら、ヘタすれば、繁殺害どころか、警察が行方を掴めていない、大伍まで殺したのではないかと疑われる危険さえあると、日兆は想定しないだろうか。そして、もしそうなれば、繁の計画は破綻し、それは繁自身にとっても望ましいことではないだろう。日兆の周辺、墓も寺も、厳しい捜査の対象になったりしたら、まず間違いなく、そこに隠れている繁は発見されてしまい、計画はすべて水泡に帰す。事実、日兆の証言については、警察も怪しんでいる部分があり、いつ追及されることになってもおかしくない状況。日兆の言動については、恋に溺れたがゆえと言ってしまえばそれまでだが、繁がそれをさせたという点は、どうしても引っ掛かる。