バンクス警部シリーズの長編第2作。舞台は羊が草を食む丘に囲まれた地方。被害者は人畜無害そうな学者。殺人の動機が見当たらず、バンクス主席警部は被害者の過去へとその答えを求める。(∪^ω^)わんわんお! [?]

ハロルド・ステッドマン:産業考古学者
エマ・ステッドマン:その妻
ミセス・スタントン:同夫妻の隣人
マイケル・ラムズデン:ハロルドの編集担当
ペニー・カートライト:フォーク・シンガー
カートライト少佐:その父
ジャック・バーカー:ステッドマンの飲み仲間, ミステリ作家
バーンズ先生:同, 医者
テディ・ハケット:同, 事業家
トム・ダーンリー:ハロルドの元同僚
ゴドフリー・タルボット:同

サリー・ラム:女優志望の少女
チャールズ・ラム:その父
ケヴィン:サリーの恋人
キャシー・チャーマーズ:サリーの友人
ヘイゼル・カーク:同
アン・ダウンズ:同

タヴィストック:農夫, 死体の発見者
ミス・バンフォード:ペニーの隣人
デイヴィッド・スレイド:銀行の副頭取
ハリエット・スレイド:その妻
ロバート・カーク:ヘイゼルの父

アラン・バンクス:主席警部
サンドラ・バンクス:その妻
ブライアン:その息子
トレイシー:その娘
グリスソープ:警視
ジム・ハッチリー:部長刑事
ロウ:巡査部長
シェフ・ウィーヴァー:巡査
スミディズ:巡査
ドクター・グレンドニング:病理学者
ピーター・ダービー:カメラマン



殺すほどにハロルド・ステッドマンを恨んでいる者はいないようだった。かと言って衝動的な物盗りによる犯行でもなさそうだった。しかし彼は殺された。

スウェインズデイルは大都会ではなく、丘陵に囲まれた、隣人たちの噂話が好きな小さな村が集まる地方。しかしステッドマン殺しに結びつくような話は一向に聞こえて来なかった。

捜査に行き詰まったバンクス主席警部は、事件の原因を過去へと求めた。

10年も前の夏の記憶――そこに手掛かりがあるはずだった。


サリー・ラムは都会に憧れていた。そんな彼女の目には、自ら希望してロンドンのような大都会から、わざわざこんな退屈な田舎へと移って来たバンクス主席警部は魅力的には映らなかった。だから事件について気懸かりなことがあったが、それを警察に話す気にはなれなかった。

サリーは自分がヒロインになって注目される未来を描いていた。


※以下反転表示部のネタバレ注意。



羊たちが草を食む丘に囲まれた、小さな村が点在する田舎での殺人事件。誰に恨みを買うでもなさそうな被害者。都会への憧れを強く抱く少女。村は観光客たちの存在によってかろうじて衰退を減速しており、その風景は昔の姿を色濃く残している。

僕は情景描写ばかりのミステリを好きじゃないけど、本作の叙情性にはちょっと惹かれた。のんびりと、ゆったりと読むべき物語。


ミステリとして評価すると、やっぱりあんまり面白くないかもw 何度も同じ人物の証言を聞かされるが、それによって事件解決に向けて進展している手応えがまったく感じられない。被害者を恨むような人はいなかったと、繰り返し語られるのを眺めてるだけな気分。それが最後に急転直下。唐突に事件が解決してしまうw

事前にAmazonのレビューを読んで、「表面上は一般小説っぽいけど、実はその裏に手掛かりや伏線が巧妙に隠された本格的な謎解きもの」みたいなのを期待してしまったが、それは僕の完全な勘違いだった。題名からも察せられる通り、謎解き興味の薄い、登場人物の人生に重点を置いた物語ですw

このような、誰が犯人でもいいだろ的なのを読んだ後はいつも落胆するんだけど、これはさほどでもなかった。牧歌的な世界観が心地良いし、ミステリ風な軽めの一般小説としてなら悪くはないと思う。



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[Ⅰ](9) サリーの目覚め。スウェインズデイルの朝の景色。サリーは丘の上にいくつかの動くものを見る。
[Ⅱ](12) イーストヴェイルの朝。バンクス主席警部のもとへ死体発見の報せ。バンクスはすぐに車で出発し、現場の牧草地に到着。
[Ⅲ](18) サリーはいつものように父とちょっとした口論をした後に、丘の上へと向かう。集まっていた人から、殺人事件があったことを知らされる。
[Ⅳ](22) 死体を調べる。後頭部を先の尖った鈍器で殴打されている。昨夜に死んだようだ。被害者はグラットリー村に住むステッドマン。バンクスは悲報を夫人に知らせに向かう。バンクスは泣き崩れる夫人エマから、昨夜のステッドマンの行動を訊き出した。彼は友人であり仕事仲間でもあるラムズデンの家に泊まっていたはずだという。バンクスは部下と落ち合う予定になっている、ヘルムソープ村のパブ<ブリッジ>へと向かった。
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[Ⅰ](35) <ブリッジ>での作戦会議。
[Ⅱ](45) サリーは行きつけのコーヒー・バーへ。集まっていた友人たちに、満を持して殺人事件発生の報告。「あたし、凄いこと知ってるの」 そう言い残し、サリーはバーを後にした。
[Ⅲ](53) バンクスはヨークにあるラムズデンの家へ。ステッドマンが殺されたことをラムズデンに伝える。ラムズデンとステッドマンは気が置けない間柄。ラムズデンの家にはステッドマンのためのベッドが置かれ、彼には合鍵も渡していたほど。詳しい話をまた後日に改めて行うことにして、バンクスは引き上げた。
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[Ⅰ](62) 上司であるグリスソープの家で、彼とバンクスは捜査について話し合う。
[Ⅱ](68) テッチリー丘陵でのサリーとケヴィンの会話。ケヴィンは乗り気ではないが、サリーは“昨夜”のことを警察に話したい様子。
[Ⅲ](71) <ブリッジ>にて、バンクスはステッドマンの飲み仲間たちの話を聞く。
[Ⅳ](84) ペニーは部屋で独り、10年前の夏の思い出に浸っている。
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[Ⅰ](89) 婦人連の井戸端会議。
[Ⅱ](91) サリーは化粧中。
[Ⅲ](92) エマを尋問。ステッドマンに関する揉め事といえば、ハケットとの間での、土地の購入を巡る些細なものくらい。
[Ⅳ](106) バーカーはパニーの家を訪ねた。バンクスについて報告。
[Ⅴ](110) サリーはバンクスに、事件当夜の現場付近で聞いた車の音について話す。
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[Ⅰ](118) ステッドマンの関係者について、バンクスはラムズデンから訊き出す。
[Ⅱ](131) サリーはバンクスに情報を伝えたことをケヴィンに報告。ペニーが通りかかる。
[Ⅲ](135) サリーとケヴィンを眺めつつ、ペニーは郷愁に駆られる。
[Ⅳ](137) バンクスがハケットを尋問。
[Ⅴ](144) バンクスがペニーを尋問。バンクスは帰り際に、ペニーの隣人ミス・バンフォードから情報を仕入れた。事件当夜、ステッドマンはペニーの家を訪問しており、そこにやって来たカートライト少佐につまみ出されたという。
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[Ⅰ](160) バンクスがカートライト少佐を尋問。少佐は村人たちの噂話に苦しめられたと語る。事件当夜、ステッドマンは午後10時頃に立ち去ったという。
[Ⅱ](170) サリーは優雅に容疑者たちを検討中。
[Ⅲ](174) バンクスとハッチリーが話し込みながら歩いている。
[Ⅳ](178) バンクスはハケットの嘘を追及。不貞行為を一つ掘り当てる。エマを尋問。夫とペニーとの間柄にはまったく疑念を抱いていない様子。
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[Ⅰ](195) ステッドマンの葬列。サリーは参加者たちを眺めてる。
[Ⅱ](198) 捜査に行き詰まり、パブに坐るバンクス。ラムズデンを見かけて話を訊く。バンクスは事件の鍵を過去に求めている。
[Ⅲ](210) バンクス家の夕食。フォーク・シンガーが歌うのを見に行こうと、バンクスは妻を誘う。
[Ⅳ](215) その夜のサリーは、その日の午後に思い出した場面の重要性について考えている。
[Ⅴ](217) リーズ大にて、バンクスはステッドマンの元同僚たちから話を聞いた。
[Ⅵ](231) サリーとその友人たちが集まっておしゃべり。サリーは妙に口が重い。思い当たることがあると呟き、店を出た。
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[Ⅰ](236) <ドラッグ・アンド・ガン>でのペニーのステージをバンクス夫妻も鑑賞。バーカーも来ていた。結局、バンクスは仕事抜きでは過ごせない。
[Ⅱ](247) サリーは自宅を出て、ペニーの歌が流れる<ドラッグ・アンド・ガン>の前で足を止めた。そして待ち合わせの相手に警告するために再び歩き出した。
[Ⅲ](249) ペニーの歌を聴きながら、バンクスの酒は進む。
[Ⅳ](251) ひと気のない場所。ここなら誰かに見られて、話が警察に伝わることもない。嵐が近づきつつあるのを感じながら、サリーはこちらに向かって来る車のヘッドライトを眺めている。
[Ⅴ](252) 少々酒を飲み過ぎた翌朝、自宅で目覚めたバンクス。すでに嵐はやって来ていた。サリー失踪の報告を聞く。
[Ⅵ](260) バンクスはサリーの友人たちに会った。彼女が事件について何かを知っているような態度を示していたことを知る。
[[ 9 ]]
[Ⅰ](268) バンクスはバーカーの自宅を訪ねた。ステッドマンがゲイである可能性を尋ねると、一笑に付された。
[Ⅱ](281) <ブリッジ>でのバンクスとペニーとのおしゃべり。ステッドマンに嫉妬したラムズデンの復讐だなんて馬鹿げてると、ペニーは店を後にした。サリーは公衆電話からどこかに電話を掛けていたらしい。
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[Ⅰ](297) バンクスはサリーの友人たちを警察署に呼び出して話を訊いた。ヘイゼルの父ロバートとステッドマンとの間には少々諍いがあった模様。
[Ⅱ](306) ロバートについて調べられたが、彼はすぐにシロと断じられた。サリー捜索は続く。バンクスはグリスソープと語り合う。サリー失踪時、バンクスはペニーのステージを観ていた頃だが、彼女にはバーカーとともに姿を消していた時間帯もあり、彼らにアリバイがあるとは言い切れない。
[Ⅲ](313) バンクスにはステッドマンと親しかった者たちを突ついてみるくらいしかない。エマもペニーもつれない反応。バンクスも観ていた<ドラッグ・アンド・ガン>のステージでの空白の1時間についてペニーに尋ねると、彼が予期した通りの答え。
[Ⅳ](322) ペニーは寝付けなかった。ステッドマンが死んでからというもの、昔のことばかりを思い出す。
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[Ⅰ](324) 小川を流れる死体はひどい有様だった。しかしそれがサリーであることはすぐにわかった。
[Ⅱ](326) サリーの死体は損傷が激しく、死因を掴むにも時間が掛かりそう。
[Ⅲ](328) サリーの死体を見た後、ペニーとバーカーは、二人で酒を飲んでいた。
[Ⅳ](329) サリーの死体は石の下に隠され、豪雨で流れて来たらしい。バンクス夫妻の会話。バンクスは気づかなかったが、サンドラの目には、エマは洒落っ気がないだけで充分に魅力的な女として映っていた。
[Ⅴ](334) ペニーとバーカーとの甘い朝。ロマンティックな気分はすぐに消え失せ、彼女は一人で出掛けた。
[Ⅵ](344) バンクスがステッドマンの家を訪ねると留守だった。隣家のミセス・スタントンに訊いてみると、エマは車でどこかへと出掛けたという。次にペニーの家を訪ねたが、こちらも家の主は不在で、代わりにバーカーが留守番していた。バンクスはバーカーを連れて、車を飛ばした。寂しい道を進んでいくと、ペニーの車が停まっていた。車を降りたバンクスは、その家の玄関の扉を蹴破った。ペニーは横たわり、ラムズデンは唖然としていた。エマはバンクスを睨みつけていた。
[[ 12 ]]
[Ⅰ](352) ラムズデンはすぐにすっかり自供した。ペニーは彼が自分を殺すはずはないと信じていたし、今でもそうだった。しかしバンクスの意見は少し違っていた。
[Ⅱ](354) バンクスは事件の真相に辿り着いた経緯を、サンドラとペニー、バーカーに語った。
ギディオン・フェル博士シリーズの長編第7作。安楽椅子探偵。アラビアンナイトをちょっぴりモチーフに。博物館内の展示用馬車の中の死体。死体が付けていた付け髭。それとは別のものと合わせて三つの付け髭。閉館後の博物館での奇妙な出来事。イリングワース博士の冒険。[???]

ジェフリー・ウェイド博士:富豪, ウェイド博物館主
ジェリー:その息子
ミリアム:その息子
グレゴリー・マナリング:ミリアムの婚約者
サム・バクスター:ジェリーの友人
リチャード・バトラー:ジェリーの友人, 推理小説作家
ロナルド・ホームズ:ウェイド博士の助手
ハリエット・カークトン:ミリアムの友人
プルーン:博物館の夜番
ウォバートン:博物館の昼番
ウィリアム・オーガスタス・イリングワース博士:牧師, 東洋学者
レイモンド・ペンデレル:殺された謎の男
アンナ・ライリー夫人:下宿経営者
ギルバート・ランダル:ジェリーの友人

フェル博士:高名な探偵
ハーバート・アームストロング卿:ロンドン警視庁副総監
ポプキンズ:アームストロング卿の秘書
デイヴィッド・ハドリー警視:ロンドン警視庁勤務
ジョン・カラザーズ警部:ヴァイン・ストリート署勤務
ホスキンズ巡査部長:ヴァイン・ストリート署勤務
ジェイムスン巡査
マーティン巡査
コリンズ巡査
マースデン博士:警察医
クロスビー:指紋係
ロジャーズ:写真係



ホスキンズ巡査部長は夜の通りを巡回中に、博物館の塀に腰掛けるという奇妙な人物を目撃する。その男は塀から飛び降りるなり、彼に向かってこう叫んだ。「貴様、あの男を殺したな。わしは貴様が馬車の中にいるのを見たんだぞ」

言うなりその男はホスキンズに襲いかかってきた。そこでホスキンズはその男をノックアウトした。そこでよくよくその気絶した男の様子を見ると、その頬には白い大きな付け髭。さてどうしたものかと考えて、近くに同僚を呼びに行くことにした。怪人物は完全に気絶しているので逃亡の恐れもなかった。

ところがその男に背を向け、その場から数歩進んだときにふと振り向いてみると、その男は消え失せていた。

そのすぐ後にジェイムスン巡査は博物館の門のそばにいた。彼の目の前には何やらわめいている男。ステッキを振り上げてきたので、とりあえず署まで来るように告げると、そのマナリングと名乗る男はおとなしく付いて来た。

カラザーズ警部がマナリングから話を聞いたところ、彼はどうやら今夜博物館へ招待されていたのだが、なぜか誰も応対に出て来ないので騒いでいたらしい。それからなんとなく話が先ほどの怪人物の話になった。幽霊が巡査部長の目の前で姿を消してしまったなどと、警部はしゃべっていたのだが、マナリングの様子がおかしい。そしてついに彼は完全に気を失った。

これは何かあるなと、カラザーズ警部はすぐに博物館へと足を運んだ。その中に入り込んだ警部が見たのは踊り狂う老人、そして顎に黒い付け髭をぶら下げた死体だった。


※以下反転表示部のネタバレ注意。



三部+αという構成。三人の人物がそれぞれの視点から事件について語り、それを聞いた名探偵フェル博士が最後に自身の推理を披露する。三人はそれぞれ同じ話を繰り返してるわけではないので、その点は別に退屈ではないのだが、43×19文字組で500ページ超は、やっぱり長過ぎ。

イリングワース博士の冒険(笑)といったユーモラスな展開も含め、そのカーらしい馬鹿馬鹿しさは面白いのだが、構成の性格上、描写の大部分を証言に頼らざるを得ないせいもあり、それがくどくてつらい。第二部のプルーンの証言なんて、読んでて頭がクラクラしてきた。登場人物たちがいつどこにいたのかを延々と把握する作業にもううんざり。アイデアは買うが、狙いを絞って、もっと短くまとめて欲しかった。

ミステリ評論で名高いハワード・ヘイクラフトが一時期に大絶賛していたらしいが、その理由がさっぱりw

ハドリー警視の推理をひっくり返す、フェル博士による解決編がやけにあっさりとした印象で、物足りない人も多そうな。でもこれもアラビアンナイト風にまとめたのだと言われればそんな気もする。


犯人は地下で死んだ男の付け髭を取り外して変装し、その死体を階上まで運び、馬車の中に隠し、再び地下へと戻って博物館を脱出。死んだ男に成り済まして玄関から中へと案内され、馬車の中に入って死体の顎に付け髭を戻し、隙を見て地下から脱出。これで殺害推定時刻を遅らせられる。

犯人が何のためにわざわざ死体を馬車の中に運び込んだのか、その理由が今一つ不明。地下室の血痕なんていずれ発見されてしまうだろうし、どんなメリットがあるんだろう? 犯人はその後に地下に戻って脱出しているんだから、いずれにせよ地下に戻る計画。付け髭を戻すなら、その際で充分なわけで。

地下に置いておくと死体が見つかるかもしれないから考えるのは、理由としては弱い。皆の目を盗んで階上の馬車に運び込むくらいなら、広い地下室の何かの陰に転がしておいたほうが、死体を隠すには容易だろう。

別の人物を庇うための補完材料であると考えるにも厳しい。変装した姿を目撃させるだけで殺害時刻を誤認させる目的は充分に達成している。あるいは見方を変えると、馬車に運び込んだところでアリバイの強さは変わらない。

結局、リスクの割にはメリットが小さいのでは? 誰の視線も気にせずに死体に付け髭などを戻す作業ができる時間を確保できるのはありがたいが、それは誰も馬車の中を覗き込もうと思わなければという話。もし犯人が馬車に飛び込んだ際にプルーンがもうちょっと好奇心を働かせていたら、犯人は馬車の中で死体と二人きりでいるところを押さえられてしまうところだった。



[プロローグ] 図書館の一室に、フェル博士を囲むようにして三人の男が集まっている。彼らは怪事件の捜査に難航し、博士に助力を求めてきた。
[[Ⅰ アラビアンナイトのアイルランド人 ジョン・カラザーズ警部の陳述]]
[1 消えた頬ひげ] 夜。ウェイド博物館の前の通りでホスキンズ巡査部長が白い付け髭の男に遭遇。襲いかかってきたので殴り倒した。男をその場に残し、ジェイムスン巡査に応援を求めに向かった。ふと振り向いてみると、気絶していたはずの男の姿がなかった。次にジェイムスン巡査がウェイド博物館の門の前にいるマナリングを見つけ、署に連行する。先ほどの消失した男について話すと、マナリングは気絶した。
[2 “ハルーン・アル・ラシードの奥方”] カラザーズ警部が消失現場に行ってみると、地下の石炭置き場へのマンホールを見つけた。中に入り、奥へと進むと上に向かう階段がある。その先のホールには踊り狂うプルーンの姿があった。彼は消えた男など知らんと語る。警部は馬車の中から短剣が刺さった死体を発見した。その死体の顎には黒い付け髭がぶら下がっていた。
[3 博物館の死体] 死体のそばには料理本が落ちている。管理人室が荒らされている。博物館にミリアムが訪れる。彼女は近所にあるホームズのアパートでのパーティーに行く途中に明かりを見かけて博物館に立ち寄った。彼女もプルーンも死者が誰なのか知らないという。
[4 死体がなくてはならない] 死者はホスキンズ巡査が目撃した男でもない。マナリングのポケットに入っていた手紙には、死体が必要などと何やら怪しい言葉が書かれている。ミリアムは密かにホームズのアパートに電話し、何か伝えようとしていた。死者はどうやらペンデレルという名の人物らしい。そのポケットから、ミリアムについて書かれた新聞の切り抜きが見つかる。カラザーズ警部はホームズのアパートへ。
[5 短剣ケースの鍵] ホームズのアパートには、彼のほかにジェリー、バクスター、ハリエット。全員がペンデレルという人物には心当たりがないという。室内には白い付け髭の男のが写っている写真が飾られている。その男はジェリー。
[6 離れがたい仲間] 写真は大学で演劇を行ったときのもの。アパートに新たな男が現れる。
[7 ヘルメットを蹴飛ばした巡査] 現れたのは警官に扮したバトラー。仮装パーティーに出ていたという。カラザーズ警部はバトラーとジェリー、ホームズを連れて博物館へ戻る。死体発見現場とは別の部屋の壁に石炭を投げつけたような跡がある。死体を見たジェリー、ホームズ、バトラーは、やはりそれが誰なのかわからない様子。凶器の短剣が持ち出されていたガラスケースの中に、二つめの黒い付け髭。
[8 ゾベイデの棺はから] マナリングのポケットの中にあった手紙はホームズの部屋で拾った物だという。それは博物館にあるホームズのタイプライターで打たれたもの。彼はその手紙について一切を否定。ホームズのアパートでは午後9時からずっとパーティーが行われていたと、その参加者たちは語ったが、マナリングは、彼が10時40分に訪ねた際には誰もいなかったと語る。ゾベイデの棺の中は空っぽ。
[[Ⅱ アラビアンナイトのイングランド人 副総監アームストロング卿の記録]]
[9 青銅の扉の前で――いかにイリングワース博士がアリ・ババを演じたか] イリングワース士がジェフリーとの約束で博物館を訪問すると、プルーンが応対に出た。イリングワースが名乗り、用件を告げると、プルーンは腹を抱えて笑い転げた。
[10 魔法のはじまり――いかにイリングワース博士がアラディンを演じたか] イリングワースがホールに入ると、ペルシャ人の貴族のような男がいたのでアラビア語で会話した。そこには若い女もいた。管理人室へ行くように促され、そこにいるもう一人の男と面会した。イリングワースは初めこそその人物こそが彼が会いに来たジェフリーだと思っていたが、様子がおかしい。ここに集まっている者たちは皆変装している。ボスらしき男は、どうやらイリングワースを別の誰かと勘違いしているらしく、自分の白い髭を剥がし、それをイリングワースの頬に付けた。イリングワースは何らかの陰謀に巻き込まれたと気づいた。
[11 恐るべきゲイブル氏――いかにしてイリングワース博士が、ウィリアム・ウォーレスを演じたか] そのとき博物館に集まっていたのはジェリーたちで、彼らはマナリングを脅かそうとしているらしいが、イリングワースはすっかりそれを本物の大陰謀と思い込んでいる。彼は探偵小説の主人公に成りきり、悪漢どもの前でその役割を演じるが、あっさりと故障中のエレベーター内に閉じ込められてしまう。
[12 エレベーターからの展望――いかにしてイリングワース博士があばれまわったか] エレベーターの通気口から、イリングワースはホールの様子を見た。ホールに集まった者たちは、彼の後からやって来た俳優が姿を消したと騒いでいる。バトラーが死体を馬車の中に運び込んでいた。イリングワースはエレベーターを脱出し、博物館の外へ飛び出すと、そこで警官に遭遇した。彼はそれを先ほどの悪漢たちの一人だった偽警官と勘違いして襲いかかったが、逆にノックアウトされてしまう。その後、彼はバトラーの手によりマンホールを通過して、タクシーでホテルに送り届けられた。バトラーは殺人犯は自分であり、他の者たちは無関係と言っていた。
[13 十一の問題点] ポプキンズが11の問題点を披露する。アームストロング卿はジェフリーに電話し、面会することになる。【「①床の石炭粉の汚れ。ペンデレルの靴にも付着しており、彼がいずこかで拾ってきたものと推定。②死体を要求する手紙。イリングワースが見た光景との相違。③壁に投げつけられた石炭。④付け髭騒動。階段に短剣とともに置かれていたはずの付け髭が消失し、ホールに現れ、そして見失われ、元々短剣が入っていたガラスケースの中に置かれていた。⑤博物館のパーティーは11時過ぎに解散したが、ミリアムが再びやって来た理由。⑥カラザーズ警部に見つかった後にミリアムは密かに声を変えてホームズのアパートに電話している。⑦料理本。⑧イリングワースを博物館に10時30分に招待する電報。⑨ペンデレルの遅刻。⑩医学的知識か、あるいは偶然に頼らねば、凶器となった短剣の一突きで見事にペンデレルの心臓を貫通させるのは難しい。⑪イリングワースが博物館に入ったとき、ミリアムは地下室にいた」】
[14 料理書の秘密] アームストロング卿はジェフリーの話を聞く。ライリー夫人がやって来る。
[15 イラクからの秘密] ミリアムはイラクでペンデレルとの子を宿していた。ジェフリーは彼らを引き離し、密かに産ませた子を乳母に預けた。ペンデレルはロンドンまで彼女を追いかけてきていた。それを種にライリー夫人はジェフリーを恐喝するが、アームストロング卿が脅しつけて彼女を追い返した。アームストロング卿はプルーンを尋問する。
[16 役者の登場] プルーンは事件当夜の博物館での出来事を話す。彼は10時45分にやって来たペンデレルをそれ以前にも館内で目撃していた。
[17 十一の疑問、十一人の容疑者] プルーンの証言により、11の疑問についてはだいたい解決したとして、次にアームストロング卿は11人の容疑者の名を挙げる。【「ミリアム、ハリエット、ジェリー、バクスター、ホームズ、バトラー、イリングワース、プルーン、マナリング、ジェフリー、ライリー夫人」】
[[Ⅲ アラビアンナイトのスコットランド人 デイヴィッド・ハドリー警視の陳述]]
[18 アラビアンナイトのヴェールははがれたが、殺人者のヴェールはいつ?] ハドリー警視が話を引き継ぐ。11の問題点について検討。ハリエットが出頭。【「①ペンデレルは閉館前から館内に隠れており、地下室で石炭粉を靴に付け、ミリアムと遭遇した。彼女との再びの面会を約束し、一旦外に出てから玄関から館内に入った。②手紙はすでに破棄された最初の計画についてもの。友人の医学生に協力を依頼しようと書かれたが、使用されなかった。③誰かが石炭を壁に投げつけたために、プルーンは少しの間席を外している。④壁への石炭の投擲直後なら、プルーンが席を外していたので誰にも見られずに短剣と付け髭を持ち出すことも容易。⑤ドライブの帰りに明かりを見かけて立ち寄ったというミリアムの説明と合致する。⑥アパートの特定の誰かに密かに殺人事件が起こったことについて伝えたかったとしてもおかしくはない。⑦料理本は単に見栄えが良いから変装の小道具として持っていただけのこと。⑧ジェフリーが予定変更した後に、別の用事ですっぽかした」 ミリアムは博物館の裏口の鍵を所持していた】
[19 短剣を盗んだ人物] ハドリー警視がハリエットから引き出した証言によると、2階の部屋に一緒にいた彼女とミリアム、バトラー、ホームズのアリバイが成立する。すると残ったジェリーとバクスターが怪しくなる。
[20 矢じり型の鍵] ミリアムは階段に置かれた短剣を少しの間だけ持っており、自分がバクスターに渡すと言っていたと、ハリエットは証言。バトラーとジェリーも出頭する。マナリングを引っ掛けるつもりだった芝居について話す。バトラーは死体を発見した際に、博物館の裏口の鍵が落ちているのを見つけ、それを拾った。
[21 鏡についた指紋] 裏口の鍵を所持していたのはジェフリーとホームズ。ホームズはミリアムにそれを貸していた。そのせいで、ホームズはジェフリーから鍵を借りていた。ハドリー警視は博物館の地下室を捜索し、鏡に付いた指紋を見つけたが、そこに現れたジェフリーのせいでそれは消えてしまう。
[22 なぜミリアム・ウェイドは地下室を訪れたか?] ハドリー警視はウェイド邸に行き、ミリアムから話を聞く。ミリアムはマナリングとの密会のために裏口の合鍵を作っていた。彼女は地下室でペンデレルに遭遇し、持ちだした短剣と付け髭をそこに置き忘れた。
[23 刑事被告事件] 【石炭粉付きの足跡は入口付近で消えてしまっているのだから、それは死んだときもなお靴にたっぷりと石炭粉を付けたままだったペンデレルのものではない。地下室から出て、再び玄関からやって来た人物は、彼に変装したマナリング。死体の付け髭が取れ掛かっていたのは、マナリングが一旦取り外して利用した後に付け直したものだから。彼は石炭を壁にぶつけてプルーンの注意を引き付け、その隙に死体を馬車の中に運び込んだ後に、それを行った】
[24 アリバイ] ジェフリーが大量の証人を用意し、マナリングの容疑は粉砕する。
[エピローグ] フェル博士による解説。【犯人はジェリー。マナリングは本来必要とされる以上にアリバイ偽装している。それは彼がホームズのアパートに入り、そこで手紙を拾ったと見せかけたいため。彼はそれを拾ったのは博物館の殺人現場。それはジェリーが犯行時に落とした物。ジェフリーはジェリーを庇うために、マナリングのアリバイを偽装に協力した。地下室へはエレベーターが通じていた。それは故障中だったが、ジェリーは電気系の学校出身で、それを直す技術を持っていた。ジェフリーは手袋やねじ回しがなくなったと話していた。それはジェリーが修理に使ったから。イリングワースがやってきた際に、ジェリーは彼のおしゃべりについて言っていた。しかし彼がいた管理人室の扉は厚く、ホールでの話し声は伝わらない。エレベーター内にいれば、通風口を通して聞くことは可能。エレベーター内部の指紋が消されていた。イリングワースと30分近くも話していて、それが依頼した役者ではないことに気づかないのは不自然。それを知りつつ気づかないふりをしていた。ジェリーはエレベーターを直し、地下室へ下りた。そこでミリアムがペンデレルに脅されているのを聞き、彼女が立ち去った後に彼を殺害した。窓の外ではマナリングが一部始終を目撃した。ジェリーが階上へ戻ると、マナリングはジェリーが落とした手紙を殺人現場から持ち去った】
ヘンリー・メルヴェール卿シリーズの長編第3作。一人きりで過ごすと死んでしまうという伝説が残る<赤後家部屋>での密室毒殺事件。部屋の窓は鎧扉で固く閉ざされ、唯一の出入口の扉は外から見張られていた。死体発見の15分前までは扉の外の者たちに向けて返事をしていた被害者は、1時間以上前に死んでいた。被害者は家の者の中にいる狂人を探り出そうとしていた。[???]

マイクル・テアレン博士:ハーバード大学教授
ジョージ・アンストラザー卿:大英博物館長
アラン・マントリング卿:実業家
ガイ・ブリクサム:マントリングの弟
ジュディス・ブリクサム:マントリングの妹
イザベル・ブリクサム:マントリングの叔母
ショーター:マントリング家の執事
ロバート・カーステアズ:マントリングの友人
ユージーン・アーノルド:ジュディスの婚約者, 医学博士
ラルフ・ベンダー:アーノルドの友人
マルタン・ロンギュヴァル・ラヴェル:家具専門家, フランス人
ヘンリ・メルヴェル卿(H・M):元軍人, 弁護士
ハンフリイ・マスターズ:主任警部
ブレイン:警察医
ウィリアム・ペラム:精神医

チャールズ・ブリクサム:アランの先祖, <赤後家部屋>の最初の犠牲者
マリイ=オルタンス・サンソン(ロンギュヴァル):その妻
マリイ・ブリクサム:その娘, <赤後家部屋>の第2の犠牲者
ゴードン・ベティソン:マリイの婚約者
マルト・デュピュ・サンソン:マリイ=オルタンスの祖母
先代マルタン・ロンギュヴァル・ラヴェル:現在のラヴェルの大伯父, <赤後家部屋>の第3の犠牲者



一人きりで過ごすと人が死ぬ<赤後家部屋>。長らく封印されてきたが、家の解体を機に、当主のアラン・マントリング卿はその呪いに挑戦しようと考えた。そして数人が集まり、その中の誰か一人がその部屋で2時間を過ごすことになった。その誰かを決めるために、彼らはカードを引いた。最も強いカードを引いたベンダーが部屋に入った。

その挑戦に当たり、彼らはあるルールを定めた。15分置きに部屋の中の人物の無事を確認するために声を掛け、その返事を聞くのである。挑戦は順調だった。10時に開始してから、15分置きの返事はきちんと続いていた。11時45分、何事もなく返事が聞こえた。そして12時になった。部屋の外で待つ者たちは安堵してベンダーに声を掛けたが、彼は部屋から出て来なかった。

密室状態の部屋の中に入ると、そこにはベンダーの死体があった。11時よりも前に彼は死んでいたと断定された。即効性の毒による殺人だった。


※以下反転表示部のネタバレ注意。



カーの歴史趣味が盛り込まれ、ジェームズ・サンドゥーなどはこれぞカーター・ディクスンの代表的な傑作として、「ユダの窓」と並べて賞賛している。単に真相を読者の目から逸らすためだけの小さな謎も多く提示されるが、それらが小出しに解明され、一枚一枚ヴェールを剥がしていくかのようにストーリーが心地良く流れていく。延々と証言が続く退屈さとは無縁で、本格推理を標榜しつつも娯楽性へのこだわりを強く感じさせるのは、いかにもカーらしい。もちろんそこにオカルティズムも健在で、フランス革命の時代にまで遡る呪いの密室での奇怪な死を扱っている。

シャーロック・ホームズのパロディであろうネタなど、お遊び的な読者サービス要素も入っており、「弓弦城殺人事件」の登場人物たちとH・Mとの共演なんてのも楽しい。そこに名探偵ジョン・ゴーントは名前だけしか出ないが、彼はまるでH・Mを崇拝しているようであるという記述にはカー・ファンには堪らないだろう。「弓弦城~」での彼のイメージとはちょっと違う気もするがw

「ジキル博士とハイド氏」や「宝島」などの著者として有名なロバート・ルイス・スティーヴンソンの「新アラビアンナイト」が、本作の冒頭でモチーフとなっているが、彼は本作発表の翌年にジョン・ディクスン・カー名義で「アラビアンナイトの殺人」を発表しているというのも興味深い。

メイン・トリックは素晴らしいのだが、そのせいで今ではとても有名なものになっており、素直に驚く読者は逆に少なくなってしまっていると思われる。カー作品は「手品小説」という面も強いため、「ある程度ミステリを読んだが、これはまだ未読だった読者」からの評価は下がらざるを得ないだろう。トリック・メーカーとして有名な人はこういう点で損をする。

しかし冷めた目で見てみると、第一の死体発見時のサブ・トリックが、時代性を考慮しても陳腐過ぎて、メイン・トリックはわからなくても即座に犯人の目星は付いてしまうような気も。


解決編での真相の説明には素直に首肯できない点もあって、たとえばそれは催眠術だったり、アリバイに大した意味がないのにそのために偽証までさせていたり、本来は不可能状況であることをアピールするはずの密室が読者に対してあまり効果的ではないことだったり、危険度の割にベンダーに余裕がありすぎることだったり、そもそも一つの殺人を偽装するためだけにもう一つの殺人を犯してしまうことだったり。結果的には第二の殺人が杜撰すぎて、第一の殺人は犯人にとっては利点がほとんどなくなってしまってるしなぁ。

それに犯人が実際に失敗したように、ガイを<赤後家部屋>におびき寄せて密かに殺すというのは、犯人にとってリスクが高く確実性に欠ける。アランに罪をなすり付けるための偽証拠も弱い。計画はかなり大雑把で杜撰すぎ、慎重で緻密なはずの犯人の性格にそぐわない。

どうにも意味がわからないのは、犯人がガイに罪を着せるためにベンダーの手帳を盗んだということ。犯人の計画は、ガイを殺してアランにその罪を着せるというものだったはずでは…? 仮に、犯人が保険としてアランを殺してガイに罪を着せる計画も持っていたと考えると、その場合はガイが精神異常者として逮捕されてしまう。すると犯人は財産を手に入れることはできなくなるわけで、二人も殺したのに何も得られなくなってしまう。



[1 霧の夜の招待] 冒険を求めるテアレン博士、ジョージ卿からの指示で、マントリング邸での謎の冒険に参加。【誰かが未使用のカードの箱を開け、中身を床にばら撒いた】
[2 絞刑吏の家] 2時間以上その中にいたものが毒殺されるという<赤後家(ギロチン)部屋>の由来が語られる。部屋や家具は徹底的に調べられたが、毒物や仕掛けは見つからなかった。その怪奇に挑もうと、一人がその部屋に入ることになった。その人物として、最も強いカードを引いた者が選ばれる。【マントリング家は資産家。<赤後家部屋>の家具を家具製作の専門家であるラヴェル商会の主人に、そして部屋も専門家に調べさせたが、仕掛けはなかったとのこと。アランは屋敷内の吹矢をアーノルドに検査させ、そこに毒が付いていないことを確かめた】
[3 暗い戸口で] マントリングの家系には遺伝性の精神病の血筋の疑いがある。<赤後家部屋>だけではなく、そこへと続く廊下もまた閉ざされている。年に一度だけその廊下は手入れされているはずだが、それとは別に人が入った形跡がある。部屋への扉は施錠だけではなく、釘で留められて閉め切られていたはずが、釘はすでに切られ、扉には油が差されている。【オウムと犬が殺された。<赤後家部屋>で人が死ぬのは、一人きりの場合だけ。第2の犠牲者が死んだのは、金融恐慌の年】
[4 死のカード] <赤後家部屋>に入る者を決めるためにカードを引く。スペードのAを引いたベンダーが部屋に入る。10時から12時まで、15分置きに声を掛ける。ベンダーは11時45分まで、きちんと返事をした。しかし12時を過ぎ、扉を開くと、そこには死後1時間以上になろうかという彼の死体があった。【H・Mはベンダーのポケットに手帳らしきものと、別の何かが入っていると感じた。ベンダーは食事の際、押し黙り、スープ以外のものにはほとんど手を付けない。ベンダーは引いたカードを他人の目から隠した。自分が部屋に入る役割になり、一瞬、喜びの表情を浮かべる。カードを引いた者のうち、ガイとイザベルはすぐに自室へ引っ込んだ。11時30分にラヴェルもいなくなった。ベンダーの死体はベッドの陰にほとんど隠れていた。死体発見時、アーノルドはほかのものを静止し、自分だけが死体に近づき、調べた】
[5 多すぎたアリバイ] マスターズ警部ほか、警察の一行が到着する。ベンダー殺害にはクラーレ毒が用いられたと推定される。アリバイという面では、当事者たちの中に容疑者たる者はいない。ベンダーはこの家の中の狂人を捜していたことが明かされる。【ベンダーの死体のそばにスペードの9のカードが落ちている。それは先ほど誰も引かなかったカード。死体の上に魔除けのまじないらしき文字が書かれた羊皮紙が乗っていた。毒が効果を現した際、ベンダーは叫び声一つ上げていない。クラーレ毒は嚥下しても効果がなく、殺すためには血管への注入などが必要。ベンダーのしたいからは手帳は見つからなかった。ベンダーは医師で、アーノルドはその雇い主。イザベルの依頼で、家の者の中に狂人がいないか調べていた】
[6 針のない箱] イザベルが証言。<赤後家部屋>にあった、銀の小箱の危険な仕掛けは解除されていたことを確認。【<赤後家部屋>の窓には錆びついた鎧扉があり、内側から固く閉ざされていた。廊下への扉は見張られており、人の出入りは不可能な状況。銀の箱の製作者の頭文字は「M・L」】
[7 ふたたびスペードのエース] ガイが証言。使用されたカードを確認。【羊皮紙はガイの所有品。ガイの趣味は古代迷信の研究。使用されたカードの中にスペードのAが2枚ある。ベンダーはカードのすり替えを行なっていた】
[8 死体の胸の護符] アランは寝室に引っ込み、イザベルはヒステリーの兆候を示している。カーステアズが証言。イザベルの証言にあった「パテ」については、ガイは反応を示さない。アランは腹話術についてはなかなかの腕前。【ガイは銀の箱を欲しがっている。ラヴェルはマントリング家の遠縁】
[9 後家部屋の由来] ガイ、ブリクサム家の先祖について語る。【晩年のマルトはチャールズへの憎悪を強め、マリイ=オルタンスに何かを誓わせた。<赤後家部屋>の家具は、生前のマルトの部屋にあった物。マリイ=オルタンスは死の床で夫に何かを言い残し、そしてさらに何か警告を発しようとしたが果たせなかった】
[10 吹矢と腹話術] アランが腹話術を披露。吹矢が3本なくなっている。ガイがイザベルの部屋にいたと主張する時間帯に、ラヴェルは彼を見なかったと主張。マスターズ警部は犯人はガイだと自信たっぷり。【<赤後家部屋>に忍び込んだラヴェルはナイフとキリのようなものと粘土棒を持っていた。鎧扉に隠れたガラスの一枚は切り取られている。窓の外にガイの指紋】
[11 窓の人影] カーステアズとラヴェルの格闘。マスターズ警部の推理。「鎧扉の隙間を通し、窓の外から吹矢でベンダーを狙撃した。矢には糸が付けられており、それを引いて回収」【鎧扉の間にはマスターズ警部の説を補完する変わった糸が残されており、それはガイの服のものと一致】
[12 消えた矢] マスターズ警部、ベンダー殺害の再現実験を行う。<赤後家部屋>でガイの死体が見つかる。後頭部を叩き潰され、その手のそばに銀の小箱が転がっている。
[13 秘密の引出し] カーステアズの証言。マスターズ警部の説に不利な材料。銀の小箱の秘密。【ベンダーの死体の下顎にわずかな歪みがある。マスターズ警部の説の根拠となる糸は、単に服からほつれていたものを引っ掛けたもの】
[14 老女マルトの椅子] <赤後家部屋>の椅子に毒針の仕掛けの痕跡。中には宝石が隠されている。ラヴェルの証言。吹矢を持ち去ったのはジュディス。【銀の箱などに仕掛けがなかったというのは、先代ラヴェルがそのように証言していたにすぎない。彼は中の宝石を一つ盗んでいた。子孫のラヴェルは残りを盗もうとしていた。ガイはベンダーが死ぬのを目撃していた】
[15 最後の手がかりが消える] なくなった3本の吹矢の謎と、ベンダーの顎の傷の理由が明かされる。【アランはベンダーが手帳を所持しているのを知っていると証言。ベンダーは髭剃りで顎をわずかに傷つけた。洗面台には、その傷の割にはかなりの量の出血があったのをアランは目撃】
[16 皮下注射の針] H・M、テアレン博士の話の中からヒントを掴む。皮下注射器が見つかる。【ガイは死んでいくベンダーの様子から犯人の見当がついた】
[17 死刑のための証拠] イザベルの証言。ガイの偽アリバイに協力したことを告白。アランの部屋から殺人の証拠品が見つかる。【ガイ殺害犯は、頭皮にでも皮下注射すればそれは可能なのに、毒殺として偽装しなかった。アランの机の引き出しの中から青酸カリが混入された酒瓶が見つかった】
[18 洗面台の血] アランが逮捕されるが、すぐに釈放される。H・M、<赤後家部屋>に事件の当事者たちを集める。【ベンダーは歯痛のために、切開手術を行ったばかりだった】
[19 手錠] ベンダー殺害の方法が判明。【切開手術したばかりの相手なら、経口でもクラーレ毒は効果を表す。ベンダーは痛み止めだと言い聞かされ、小さな瓶に混入されたそれを飲んだ。アーノルドを逮捕】
[20 H・Mは語る] 【ベンダーが誰を怪しんでいたのか、アーノルドが報告を受けていないのは不自然。ベンダーが一週間で簡単にわかったようなことを、アーノルドが1年以上掛けてもわからないのも不自然。ベンダーに指示を与えられるのは、第一にアーノルド。アランとガイのどちらか一方を殺し、もう一方をその殺人犯として排除できれば、財産はジュディスのもの、そして彼女の夫になるアーノルドのものになる。ただし、殺人犯が狂人である場合は、財産が公的機関に管理されてしまう。そのため殺人犯役を押し付けるのは、正常な精神を持つと見做される者でなければならない。吹矢に毒が付着していないことを確認したのはアーノルド。実際には付着していた毒を彼は採取していた。アーノルドにはベンダーの死体を独りで検める機会があり、手帳と小瓶を抜き取った。その際にベンダーのポケットの中にあった羊皮紙が彼の死体の上に落ちた。謎の文句が書かれた羊皮紙は痛み止めのまじない。アランは顔の知られた人物なので、いつガイが殺されようが、アリバイが成立してしまう可能性が高い。そこでアーノルドは、ガイはアリバイが無意味な、仕掛けによって殺害されたと警察に思わせたかった。そのための布石として、まずはベンダーを殺した。手帳を盗んだのは、ガイに殺人容疑を掛けるため。ガイはベンダーが死ぬのを目撃した。彼にとっては自分を精神病院に送り込もうとするベンダーが死ぬのは好都合だったので、彼が確実に死ぬまでの時間稼ぎのために、彼が無事であるかのように、彼に成り済まして返事をした。アーノルドはガイ殺害の際、皮下注射器を用いて、ベンダーと同様に口の中からクラーレ毒を注入しようとしたが、顎が砕けて口が開かず、諦めた】