ギディオン・フェル博士シリーズの長編第7作。安楽椅子探偵。アラビアンナイトをちょっぴりモチーフに。博物館内の展示用馬車の中の死体。死体が付けていた付け髭。それとは別のものと合わせて三つの付け髭。閉館後の博物館での奇妙な出来事。イリングワース博士の冒険。[???]

ジェフリー・ウェイド博士:富豪, ウェイド博物館主
ジェリー:その息子
ミリアム:その息子
グレゴリー・マナリング:ミリアムの婚約者
サム・バクスター:ジェリーの友人
リチャード・バトラー:ジェリーの友人, 推理小説作家
ロナルド・ホームズ:ウェイド博士の助手
ハリエット・カークトン:ミリアムの友人
プルーン:博物館の夜番
ウォバートン:博物館の昼番
ウィリアム・オーガスタス・イリングワース博士:牧師, 東洋学者
レイモンド・ペンデレル:殺された謎の男
アンナ・ライリー夫人:下宿経営者
ギルバート・ランダル:ジェリーの友人

フェル博士:高名な探偵
ハーバート・アームストロング卿:ロンドン警視庁副総監
ポプキンズ:アームストロング卿の秘書
デイヴィッド・ハドリー警視:ロンドン警視庁勤務
ジョン・カラザーズ警部:ヴァイン・ストリート署勤務
ホスキンズ巡査部長:ヴァイン・ストリート署勤務
ジェイムスン巡査
マーティン巡査
コリンズ巡査
マースデン博士:警察医
クロスビー:指紋係
ロジャーズ:写真係



ホスキンズ巡査部長は夜の通りを巡回中に、博物館の塀に腰掛けるという奇妙な人物を目撃する。その男は塀から飛び降りるなり、彼に向かってこう叫んだ。「貴様、あの男を殺したな。わしは貴様が馬車の中にいるのを見たんだぞ」

言うなりその男はホスキンズに襲いかかってきた。そこでホスキンズはその男をノックアウトした。そこでよくよくその気絶した男の様子を見ると、その頬には白い大きな付け髭。さてどうしたものかと考えて、近くに同僚を呼びに行くことにした。怪人物は完全に気絶しているので逃亡の恐れもなかった。

ところがその男に背を向け、その場から数歩進んだときにふと振り向いてみると、その男は消え失せていた。

そのすぐ後にジェイムスン巡査は博物館の門のそばにいた。彼の目の前には何やらわめいている男。ステッキを振り上げてきたので、とりあえず署まで来るように告げると、そのマナリングと名乗る男はおとなしく付いて来た。

カラザーズ警部がマナリングから話を聞いたところ、彼はどうやら今夜博物館へ招待されていたのだが、なぜか誰も応対に出て来ないので騒いでいたらしい。それからなんとなく話が先ほどの怪人物の話になった。幽霊が巡査部長の目の前で姿を消してしまったなどと、警部はしゃべっていたのだが、マナリングの様子がおかしい。そしてついに彼は完全に気を失った。

これは何かあるなと、カラザーズ警部はすぐに博物館へと足を運んだ。その中に入り込んだ警部が見たのは踊り狂う老人、そして顎に黒い付け髭をぶら下げた死体だった。


※以下反転表示部のネタバレ注意。



三部+αという構成。三人の人物がそれぞれの視点から事件について語り、それを聞いた名探偵フェル博士が最後に自身の推理を披露する。三人はそれぞれ同じ話を繰り返してるわけではないので、その点は別に退屈ではないのだが、43×19文字組で500ページ超は、やっぱり長過ぎ。

イリングワース博士の冒険(笑)といったユーモラスな展開も含め、そのカーらしい馬鹿馬鹿しさは面白いのだが、構成の性格上、描写の大部分を証言に頼らざるを得ないせいもあり、それがくどくてつらい。第二部のプルーンの証言なんて、読んでて頭がクラクラしてきた。登場人物たちがいつどこにいたのかを延々と把握する作業にもううんざり。アイデアは買うが、狙いを絞って、もっと短くまとめて欲しかった。

ミステリ評論で名高いハワード・ヘイクラフトが一時期に大絶賛していたらしいが、その理由がさっぱりw

ハドリー警視の推理をひっくり返す、フェル博士による解決編がやけにあっさりとした印象で、物足りない人も多そうな。でもこれもアラビアンナイト風にまとめたのだと言われればそんな気もする。


犯人は地下で死んだ男の付け髭を取り外して変装し、その死体を階上まで運び、馬車の中に隠し、再び地下へと戻って博物館を脱出。死んだ男に成り済まして玄関から中へと案内され、馬車の中に入って死体の顎に付け髭を戻し、隙を見て地下から脱出。これで殺害推定時刻を遅らせられる。

犯人が何のためにわざわざ死体を馬車の中に運び込んだのか、その理由が今一つ不明。地下室の血痕なんていずれ発見されてしまうだろうし、どんなメリットがあるんだろう? 犯人はその後に地下に戻って脱出しているんだから、いずれにせよ地下に戻る計画。付け髭を戻すなら、その際で充分なわけで。

地下に置いておくと死体が見つかるかもしれないから考えるのは、理由としては弱い。皆の目を盗んで階上の馬車に運び込むくらいなら、広い地下室の何かの陰に転がしておいたほうが、死体を隠すには容易だろう。

別の人物を庇うための補完材料であると考えるにも厳しい。変装した姿を目撃させるだけで殺害時刻を誤認させる目的は充分に達成している。あるいは見方を変えると、馬車に運び込んだところでアリバイの強さは変わらない。

結局、リスクの割にはメリットが小さいのでは? 誰の視線も気にせずに死体に付け髭などを戻す作業ができる時間を確保できるのはありがたいが、それは誰も馬車の中を覗き込もうと思わなければという話。もし犯人が馬車に飛び込んだ際にプルーンがもうちょっと好奇心を働かせていたら、犯人は馬車の中で死体と二人きりでいるところを押さえられてしまうところだった。



[プロローグ] 図書館の一室に、フェル博士を囲むようにして三人の男が集まっている。彼らは怪事件の捜査に難航し、博士に助力を求めてきた。
[[Ⅰ アラビアンナイトのアイルランド人 ジョン・カラザーズ警部の陳述]]
[1 消えた頬ひげ] 夜。ウェイド博物館の前の通りでホスキンズ巡査部長が白い付け髭の男に遭遇。襲いかかってきたので殴り倒した。男をその場に残し、ジェイムスン巡査に応援を求めに向かった。ふと振り向いてみると、気絶していたはずの男の姿がなかった。次にジェイムスン巡査がウェイド博物館の門の前にいるマナリングを見つけ、署に連行する。先ほどの消失した男について話すと、マナリングは気絶した。
[2 “ハルーン・アル・ラシードの奥方”] カラザーズ警部が消失現場に行ってみると、地下の石炭置き場へのマンホールを見つけた。中に入り、奥へと進むと上に向かう階段がある。その先のホールには踊り狂うプルーンの姿があった。彼は消えた男など知らんと語る。警部は馬車の中から短剣が刺さった死体を発見した。その死体の顎には黒い付け髭がぶら下がっていた。
[3 博物館の死体] 死体のそばには料理本が落ちている。管理人室が荒らされている。博物館にミリアムが訪れる。彼女は近所にあるホームズのアパートでのパーティーに行く途中に明かりを見かけて博物館に立ち寄った。彼女もプルーンも死者が誰なのか知らないという。
[4 死体がなくてはならない] 死者はホスキンズ巡査が目撃した男でもない。マナリングのポケットに入っていた手紙には、死体が必要などと何やら怪しい言葉が書かれている。ミリアムは密かにホームズのアパートに電話し、何か伝えようとしていた。死者はどうやらペンデレルという名の人物らしい。そのポケットから、ミリアムについて書かれた新聞の切り抜きが見つかる。カラザーズ警部はホームズのアパートへ。
[5 短剣ケースの鍵] ホームズのアパートには、彼のほかにジェリー、バクスター、ハリエット。全員がペンデレルという人物には心当たりがないという。室内には白い付け髭の男のが写っている写真が飾られている。その男はジェリー。
[6 離れがたい仲間] 写真は大学で演劇を行ったときのもの。アパートに新たな男が現れる。
[7 ヘルメットを蹴飛ばした巡査] 現れたのは警官に扮したバトラー。仮装パーティーに出ていたという。カラザーズ警部はバトラーとジェリー、ホームズを連れて博物館へ戻る。死体発見現場とは別の部屋の壁に石炭を投げつけたような跡がある。死体を見たジェリー、ホームズ、バトラーは、やはりそれが誰なのかわからない様子。凶器の短剣が持ち出されていたガラスケースの中に、二つめの黒い付け髭。
[8 ゾベイデの棺はから] マナリングのポケットの中にあった手紙はホームズの部屋で拾った物だという。それは博物館にあるホームズのタイプライターで打たれたもの。彼はその手紙について一切を否定。ホームズのアパートでは午後9時からずっとパーティーが行われていたと、その参加者たちは語ったが、マナリングは、彼が10時40分に訪ねた際には誰もいなかったと語る。ゾベイデの棺の中は空っぽ。
[[Ⅱ アラビアンナイトのイングランド人 副総監アームストロング卿の記録]]
[9 青銅の扉の前で――いかにイリングワース博士がアリ・ババを演じたか] イリングワース士がジェフリーとの約束で博物館を訪問すると、プルーンが応対に出た。イリングワースが名乗り、用件を告げると、プルーンは腹を抱えて笑い転げた。
[10 魔法のはじまり――いかにイリングワース博士がアラディンを演じたか] イリングワースがホールに入ると、ペルシャ人の貴族のような男がいたのでアラビア語で会話した。そこには若い女もいた。管理人室へ行くように促され、そこにいるもう一人の男と面会した。イリングワースは初めこそその人物こそが彼が会いに来たジェフリーだと思っていたが、様子がおかしい。ここに集まっている者たちは皆変装している。ボスらしき男は、どうやらイリングワースを別の誰かと勘違いしているらしく、自分の白い髭を剥がし、それをイリングワースの頬に付けた。イリングワースは何らかの陰謀に巻き込まれたと気づいた。
[11 恐るべきゲイブル氏――いかにしてイリングワース博士が、ウィリアム・ウォーレスを演じたか] そのとき博物館に集まっていたのはジェリーたちで、彼らはマナリングを脅かそうとしているらしいが、イリングワースはすっかりそれを本物の大陰謀と思い込んでいる。彼は探偵小説の主人公に成りきり、悪漢どもの前でその役割を演じるが、あっさりと故障中のエレベーター内に閉じ込められてしまう。
[12 エレベーターからの展望――いかにしてイリングワース博士があばれまわったか] エレベーターの通気口から、イリングワースはホールの様子を見た。ホールに集まった者たちは、彼の後からやって来た俳優が姿を消したと騒いでいる。バトラーが死体を馬車の中に運び込んでいた。イリングワースはエレベーターを脱出し、博物館の外へ飛び出すと、そこで警官に遭遇した。彼はそれを先ほどの悪漢たちの一人だった偽警官と勘違いして襲いかかったが、逆にノックアウトされてしまう。その後、彼はバトラーの手によりマンホールを通過して、タクシーでホテルに送り届けられた。バトラーは殺人犯は自分であり、他の者たちは無関係と言っていた。
[13 十一の問題点] ポプキンズが11の問題点を披露する。アームストロング卿はジェフリーに電話し、面会することになる。【「①床の石炭粉の汚れ。ペンデレルの靴にも付着しており、彼がいずこかで拾ってきたものと推定。②死体を要求する手紙。イリングワースが見た光景との相違。③壁に投げつけられた石炭。④付け髭騒動。階段に短剣とともに置かれていたはずの付け髭が消失し、ホールに現れ、そして見失われ、元々短剣が入っていたガラスケースの中に置かれていた。⑤博物館のパーティーは11時過ぎに解散したが、ミリアムが再びやって来た理由。⑥カラザーズ警部に見つかった後にミリアムは密かに声を変えてホームズのアパートに電話している。⑦料理本。⑧イリングワースを博物館に10時30分に招待する電報。⑨ペンデレルの遅刻。⑩医学的知識か、あるいは偶然に頼らねば、凶器となった短剣の一突きで見事にペンデレルの心臓を貫通させるのは難しい。⑪イリングワースが博物館に入ったとき、ミリアムは地下室にいた」】
[14 料理書の秘密] アームストロング卿はジェフリーの話を聞く。ライリー夫人がやって来る。
[15 イラクからの秘密] ミリアムはイラクでペンデレルとの子を宿していた。ジェフリーは彼らを引き離し、密かに産ませた子を乳母に預けた。ペンデレルはロンドンまで彼女を追いかけてきていた。それを種にライリー夫人はジェフリーを恐喝するが、アームストロング卿が脅しつけて彼女を追い返した。アームストロング卿はプルーンを尋問する。
[16 役者の登場] プルーンは事件当夜の博物館での出来事を話す。彼は10時45分にやって来たペンデレルをそれ以前にも館内で目撃していた。
[17 十一の疑問、十一人の容疑者] プルーンの証言により、11の疑問についてはだいたい解決したとして、次にアームストロング卿は11人の容疑者の名を挙げる。【「ミリアム、ハリエット、ジェリー、バクスター、ホームズ、バトラー、イリングワース、プルーン、マナリング、ジェフリー、ライリー夫人」】
[[Ⅲ アラビアンナイトのスコットランド人 デイヴィッド・ハドリー警視の陳述]]
[18 アラビアンナイトのヴェールははがれたが、殺人者のヴェールはいつ?] ハドリー警視が話を引き継ぐ。11の問題点について検討。ハリエットが出頭。【「①ペンデレルは閉館前から館内に隠れており、地下室で石炭粉を靴に付け、ミリアムと遭遇した。彼女との再びの面会を約束し、一旦外に出てから玄関から館内に入った。②手紙はすでに破棄された最初の計画についてもの。友人の医学生に協力を依頼しようと書かれたが、使用されなかった。③誰かが石炭を壁に投げつけたために、プルーンは少しの間席を外している。④壁への石炭の投擲直後なら、プルーンが席を外していたので誰にも見られずに短剣と付け髭を持ち出すことも容易。⑤ドライブの帰りに明かりを見かけて立ち寄ったというミリアムの説明と合致する。⑥アパートの特定の誰かに密かに殺人事件が起こったことについて伝えたかったとしてもおかしくはない。⑦料理本は単に見栄えが良いから変装の小道具として持っていただけのこと。⑧ジェフリーが予定変更した後に、別の用事ですっぽかした」 ミリアムは博物館の裏口の鍵を所持していた】
[19 短剣を盗んだ人物] ハドリー警視がハリエットから引き出した証言によると、2階の部屋に一緒にいた彼女とミリアム、バトラー、ホームズのアリバイが成立する。すると残ったジェリーとバクスターが怪しくなる。
[20 矢じり型の鍵] ミリアムは階段に置かれた短剣を少しの間だけ持っており、自分がバクスターに渡すと言っていたと、ハリエットは証言。バトラーとジェリーも出頭する。マナリングを引っ掛けるつもりだった芝居について話す。バトラーは死体を発見した際に、博物館の裏口の鍵が落ちているのを見つけ、それを拾った。
[21 鏡についた指紋] 裏口の鍵を所持していたのはジェフリーとホームズ。ホームズはミリアムにそれを貸していた。そのせいで、ホームズはジェフリーから鍵を借りていた。ハドリー警視は博物館の地下室を捜索し、鏡に付いた指紋を見つけたが、そこに現れたジェフリーのせいでそれは消えてしまう。
[22 なぜミリアム・ウェイドは地下室を訪れたか?] ハドリー警視はウェイド邸に行き、ミリアムから話を聞く。ミリアムはマナリングとの密会のために裏口の合鍵を作っていた。彼女は地下室でペンデレルに遭遇し、持ちだした短剣と付け髭をそこに置き忘れた。
[23 刑事被告事件] 【石炭粉付きの足跡は入口付近で消えてしまっているのだから、それは死んだときもなお靴にたっぷりと石炭粉を付けたままだったペンデレルのものではない。地下室から出て、再び玄関からやって来た人物は、彼に変装したマナリング。死体の付け髭が取れ掛かっていたのは、マナリングが一旦取り外して利用した後に付け直したものだから。彼は石炭を壁にぶつけてプルーンの注意を引き付け、その隙に死体を馬車の中に運び込んだ後に、それを行った】
[24 アリバイ] ジェフリーが大量の証人を用意し、マナリングの容疑は粉砕する。
[エピローグ] フェル博士による解説。【犯人はジェリー。マナリングは本来必要とされる以上にアリバイ偽装している。それは彼がホームズのアパートに入り、そこで手紙を拾ったと見せかけたいため。彼はそれを拾ったのは博物館の殺人現場。それはジェリーが犯行時に落とした物。ジェフリーはジェリーを庇うために、マナリングのアリバイを偽装に協力した。地下室へはエレベーターが通じていた。それは故障中だったが、ジェリーは電気系の学校出身で、それを直す技術を持っていた。ジェフリーは手袋やねじ回しがなくなったと話していた。それはジェリーが修理に使ったから。イリングワースがやってきた際に、ジェリーは彼のおしゃべりについて言っていた。しかし彼がいた管理人室の扉は厚く、ホールでの話し声は伝わらない。エレベーター内にいれば、通風口を通して聞くことは可能。エレベーター内部の指紋が消されていた。イリングワースと30分近くも話していて、それが依頼した役者ではないことに気づかないのは不自然。それを知りつつ気づかないふりをしていた。ジェリーはエレベーターを直し、地下室へ下りた。そこでミリアムがペンデレルに脅されているのを聞き、彼女が立ち去った後に彼を殺害した。窓の外ではマナリングが一部始終を目撃した。ジェリーが階上へ戻ると、マナリングはジェリーが落とした手紙を殺人現場から持ち去った】