ヘンリー・メルヴェール卿シリーズの長編第3作。一人きりで過ごすと死んでしまうという伝説が残る<赤後家部屋>での密室毒殺事件。部屋の窓は鎧扉で固く閉ざされ、唯一の出入口の扉は外から見張られていた。死体発見の15分前までは扉の外の者たちに向けて返事をしていた被害者は、1時間以上前に死んでいた。被害者は家の者の中にいる狂人を探り出そうとしていた。[???]

マイクル・テアレン博士:ハーバード大学教授
ジョージ・アンストラザー卿:大英博物館長
アラン・マントリング卿:実業家
ガイ・ブリクサム:マントリングの弟
ジュディス・ブリクサム:マントリングの妹
イザベル・ブリクサム:マントリングの叔母
ショーター:マントリング家の執事
ロバート・カーステアズ:マントリングの友人
ユージーン・アーノルド:ジュディスの婚約者, 医学博士
ラルフ・ベンダー:アーノルドの友人
マルタン・ロンギュヴァル・ラヴェル:家具専門家, フランス人
ヘンリ・メルヴェル卿(H・M):元軍人, 弁護士
ハンフリイ・マスターズ:主任警部
ブレイン:警察医
ウィリアム・ペラム:精神医

チャールズ・ブリクサム:アランの先祖, <赤後家部屋>の最初の犠牲者
マリイ=オルタンス・サンソン(ロンギュヴァル):その妻
マリイ・ブリクサム:その娘, <赤後家部屋>の第2の犠牲者
ゴードン・ベティソン:マリイの婚約者
マルト・デュピュ・サンソン:マリイ=オルタンスの祖母
先代マルタン・ロンギュヴァル・ラヴェル:現在のラヴェルの大伯父, <赤後家部屋>の第3の犠牲者



一人きりで過ごすと人が死ぬ<赤後家部屋>。長らく封印されてきたが、家の解体を機に、当主のアラン・マントリング卿はその呪いに挑戦しようと考えた。そして数人が集まり、その中の誰か一人がその部屋で2時間を過ごすことになった。その誰かを決めるために、彼らはカードを引いた。最も強いカードを引いたベンダーが部屋に入った。

その挑戦に当たり、彼らはあるルールを定めた。15分置きに部屋の中の人物の無事を確認するために声を掛け、その返事を聞くのである。挑戦は順調だった。10時に開始してから、15分置きの返事はきちんと続いていた。11時45分、何事もなく返事が聞こえた。そして12時になった。部屋の外で待つ者たちは安堵してベンダーに声を掛けたが、彼は部屋から出て来なかった。

密室状態の部屋の中に入ると、そこにはベンダーの死体があった。11時よりも前に彼は死んでいたと断定された。即効性の毒による殺人だった。


※以下反転表示部のネタバレ注意。



カーの歴史趣味が盛り込まれ、ジェームズ・サンドゥーなどはこれぞカーター・ディクスンの代表的な傑作として、「ユダの窓」と並べて賞賛している。単に真相を読者の目から逸らすためだけの小さな謎も多く提示されるが、それらが小出しに解明され、一枚一枚ヴェールを剥がしていくかのようにストーリーが心地良く流れていく。延々と証言が続く退屈さとは無縁で、本格推理を標榜しつつも娯楽性へのこだわりを強く感じさせるのは、いかにもカーらしい。もちろんそこにオカルティズムも健在で、フランス革命の時代にまで遡る呪いの密室での奇怪な死を扱っている。

シャーロック・ホームズのパロディであろうネタなど、お遊び的な読者サービス要素も入っており、「弓弦城殺人事件」の登場人物たちとH・Mとの共演なんてのも楽しい。そこに名探偵ジョン・ゴーントは名前だけしか出ないが、彼はまるでH・Mを崇拝しているようであるという記述にはカー・ファンには堪らないだろう。「弓弦城~」での彼のイメージとはちょっと違う気もするがw

「ジキル博士とハイド氏」や「宝島」などの著者として有名なロバート・ルイス・スティーヴンソンの「新アラビアンナイト」が、本作の冒頭でモチーフとなっているが、彼は本作発表の翌年にジョン・ディクスン・カー名義で「アラビアンナイトの殺人」を発表しているというのも興味深い。

メイン・トリックは素晴らしいのだが、そのせいで今ではとても有名なものになっており、素直に驚く読者は逆に少なくなってしまっていると思われる。カー作品は「手品小説」という面も強いため、「ある程度ミステリを読んだが、これはまだ未読だった読者」からの評価は下がらざるを得ないだろう。トリック・メーカーとして有名な人はこういう点で損をする。

しかし冷めた目で見てみると、第一の死体発見時のサブ・トリックが、時代性を考慮しても陳腐過ぎて、メイン・トリックはわからなくても即座に犯人の目星は付いてしまうような気も。


解決編での真相の説明には素直に首肯できない点もあって、たとえばそれは催眠術だったり、アリバイに大した意味がないのにそのために偽証までさせていたり、本来は不可能状況であることをアピールするはずの密室が読者に対してあまり効果的ではないことだったり、危険度の割にベンダーに余裕がありすぎることだったり、そもそも一つの殺人を偽装するためだけにもう一つの殺人を犯してしまうことだったり。結果的には第二の殺人が杜撰すぎて、第一の殺人は犯人にとっては利点がほとんどなくなってしまってるしなぁ。

それに犯人が実際に失敗したように、ガイを<赤後家部屋>におびき寄せて密かに殺すというのは、犯人にとってリスクが高く確実性に欠ける。アランに罪をなすり付けるための偽証拠も弱い。計画はかなり大雑把で杜撰すぎ、慎重で緻密なはずの犯人の性格にそぐわない。

どうにも意味がわからないのは、犯人がガイに罪を着せるためにベンダーの手帳を盗んだということ。犯人の計画は、ガイを殺してアランにその罪を着せるというものだったはずでは…? 仮に、犯人が保険としてアランを殺してガイに罪を着せる計画も持っていたと考えると、その場合はガイが精神異常者として逮捕されてしまう。すると犯人は財産を手に入れることはできなくなるわけで、二人も殺したのに何も得られなくなってしまう。



[1 霧の夜の招待] 冒険を求めるテアレン博士、ジョージ卿からの指示で、マントリング邸での謎の冒険に参加。【誰かが未使用のカードの箱を開け、中身を床にばら撒いた】
[2 絞刑吏の家] 2時間以上その中にいたものが毒殺されるという<赤後家(ギロチン)部屋>の由来が語られる。部屋や家具は徹底的に調べられたが、毒物や仕掛けは見つからなかった。その怪奇に挑もうと、一人がその部屋に入ることになった。その人物として、最も強いカードを引いた者が選ばれる。【マントリング家は資産家。<赤後家部屋>の家具を家具製作の専門家であるラヴェル商会の主人に、そして部屋も専門家に調べさせたが、仕掛けはなかったとのこと。アランは屋敷内の吹矢をアーノルドに検査させ、そこに毒が付いていないことを確かめた】
[3 暗い戸口で] マントリングの家系には遺伝性の精神病の血筋の疑いがある。<赤後家部屋>だけではなく、そこへと続く廊下もまた閉ざされている。年に一度だけその廊下は手入れされているはずだが、それとは別に人が入った形跡がある。部屋への扉は施錠だけではなく、釘で留められて閉め切られていたはずが、釘はすでに切られ、扉には油が差されている。【オウムと犬が殺された。<赤後家部屋>で人が死ぬのは、一人きりの場合だけ。第2の犠牲者が死んだのは、金融恐慌の年】
[4 死のカード] <赤後家部屋>に入る者を決めるためにカードを引く。スペードのAを引いたベンダーが部屋に入る。10時から12時まで、15分置きに声を掛ける。ベンダーは11時45分まで、きちんと返事をした。しかし12時を過ぎ、扉を開くと、そこには死後1時間以上になろうかという彼の死体があった。【H・Mはベンダーのポケットに手帳らしきものと、別の何かが入っていると感じた。ベンダーは食事の際、押し黙り、スープ以外のものにはほとんど手を付けない。ベンダーは引いたカードを他人の目から隠した。自分が部屋に入る役割になり、一瞬、喜びの表情を浮かべる。カードを引いた者のうち、ガイとイザベルはすぐに自室へ引っ込んだ。11時30分にラヴェルもいなくなった。ベンダーの死体はベッドの陰にほとんど隠れていた。死体発見時、アーノルドはほかのものを静止し、自分だけが死体に近づき、調べた】
[5 多すぎたアリバイ] マスターズ警部ほか、警察の一行が到着する。ベンダー殺害にはクラーレ毒が用いられたと推定される。アリバイという面では、当事者たちの中に容疑者たる者はいない。ベンダーはこの家の中の狂人を捜していたことが明かされる。【ベンダーの死体のそばにスペードの9のカードが落ちている。それは先ほど誰も引かなかったカード。死体の上に魔除けのまじないらしき文字が書かれた羊皮紙が乗っていた。毒が効果を現した際、ベンダーは叫び声一つ上げていない。クラーレ毒は嚥下しても効果がなく、殺すためには血管への注入などが必要。ベンダーのしたいからは手帳は見つからなかった。ベンダーは医師で、アーノルドはその雇い主。イザベルの依頼で、家の者の中に狂人がいないか調べていた】
[6 針のない箱] イザベルが証言。<赤後家部屋>にあった、銀の小箱の危険な仕掛けは解除されていたことを確認。【<赤後家部屋>の窓には錆びついた鎧扉があり、内側から固く閉ざされていた。廊下への扉は見張られており、人の出入りは不可能な状況。銀の箱の製作者の頭文字は「M・L」】
[7 ふたたびスペードのエース] ガイが証言。使用されたカードを確認。【羊皮紙はガイの所有品。ガイの趣味は古代迷信の研究。使用されたカードの中にスペードのAが2枚ある。ベンダーはカードのすり替えを行なっていた】
[8 死体の胸の護符] アランは寝室に引っ込み、イザベルはヒステリーの兆候を示している。カーステアズが証言。イザベルの証言にあった「パテ」については、ガイは反応を示さない。アランは腹話術についてはなかなかの腕前。【ガイは銀の箱を欲しがっている。ラヴェルはマントリング家の遠縁】
[9 後家部屋の由来] ガイ、ブリクサム家の先祖について語る。【晩年のマルトはチャールズへの憎悪を強め、マリイ=オルタンスに何かを誓わせた。<赤後家部屋>の家具は、生前のマルトの部屋にあった物。マリイ=オルタンスは死の床で夫に何かを言い残し、そしてさらに何か警告を発しようとしたが果たせなかった】
[10 吹矢と腹話術] アランが腹話術を披露。吹矢が3本なくなっている。ガイがイザベルの部屋にいたと主張する時間帯に、ラヴェルは彼を見なかったと主張。マスターズ警部は犯人はガイだと自信たっぷり。【<赤後家部屋>に忍び込んだラヴェルはナイフとキリのようなものと粘土棒を持っていた。鎧扉に隠れたガラスの一枚は切り取られている。窓の外にガイの指紋】
[11 窓の人影] カーステアズとラヴェルの格闘。マスターズ警部の推理。「鎧扉の隙間を通し、窓の外から吹矢でベンダーを狙撃した。矢には糸が付けられており、それを引いて回収」【鎧扉の間にはマスターズ警部の説を補完する変わった糸が残されており、それはガイの服のものと一致】
[12 消えた矢] マスターズ警部、ベンダー殺害の再現実験を行う。<赤後家部屋>でガイの死体が見つかる。後頭部を叩き潰され、その手のそばに銀の小箱が転がっている。
[13 秘密の引出し] カーステアズの証言。マスターズ警部の説に不利な材料。銀の小箱の秘密。【ベンダーの死体の下顎にわずかな歪みがある。マスターズ警部の説の根拠となる糸は、単に服からほつれていたものを引っ掛けたもの】
[14 老女マルトの椅子] <赤後家部屋>の椅子に毒針の仕掛けの痕跡。中には宝石が隠されている。ラヴェルの証言。吹矢を持ち去ったのはジュディス。【銀の箱などに仕掛けがなかったというのは、先代ラヴェルがそのように証言していたにすぎない。彼は中の宝石を一つ盗んでいた。子孫のラヴェルは残りを盗もうとしていた。ガイはベンダーが死ぬのを目撃していた】
[15 最後の手がかりが消える] なくなった3本の吹矢の謎と、ベンダーの顎の傷の理由が明かされる。【アランはベンダーが手帳を所持しているのを知っていると証言。ベンダーは髭剃りで顎をわずかに傷つけた。洗面台には、その傷の割にはかなりの量の出血があったのをアランは目撃】
[16 皮下注射の針] H・M、テアレン博士の話の中からヒントを掴む。皮下注射器が見つかる。【ガイは死んでいくベンダーの様子から犯人の見当がついた】
[17 死刑のための証拠] イザベルの証言。ガイの偽アリバイに協力したことを告白。アランの部屋から殺人の証拠品が見つかる。【ガイ殺害犯は、頭皮にでも皮下注射すればそれは可能なのに、毒殺として偽装しなかった。アランの机の引き出しの中から青酸カリが混入された酒瓶が見つかった】
[18 洗面台の血] アランが逮捕されるが、すぐに釈放される。H・M、<赤後家部屋>に事件の当事者たちを集める。【ベンダーは歯痛のために、切開手術を行ったばかりだった】
[19 手錠] ベンダー殺害の方法が判明。【切開手術したばかりの相手なら、経口でもクラーレ毒は効果を表す。ベンダーは痛み止めだと言い聞かされ、小さな瓶に混入されたそれを飲んだ。アーノルドを逮捕】
[20 H・Mは語る] 【ベンダーが誰を怪しんでいたのか、アーノルドが報告を受けていないのは不自然。ベンダーが一週間で簡単にわかったようなことを、アーノルドが1年以上掛けてもわからないのも不自然。ベンダーに指示を与えられるのは、第一にアーノルド。アランとガイのどちらか一方を殺し、もう一方をその殺人犯として排除できれば、財産はジュディスのもの、そして彼女の夫になるアーノルドのものになる。ただし、殺人犯が狂人である場合は、財産が公的機関に管理されてしまう。そのため殺人犯役を押し付けるのは、正常な精神を持つと見做される者でなければならない。吹矢に毒が付着していないことを確認したのはアーノルド。実際には付着していた毒を彼は採取していた。アーノルドにはベンダーの死体を独りで検める機会があり、手帳と小瓶を抜き取った。その際にベンダーのポケットの中にあった羊皮紙が彼の死体の上に落ちた。謎の文句が書かれた羊皮紙は痛み止めのまじない。アランは顔の知られた人物なので、いつガイが殺されようが、アリバイが成立してしまう可能性が高い。そこでアーノルドは、ガイはアリバイが無意味な、仕掛けによって殺害されたと警察に思わせたかった。そのための布石として、まずはベンダーを殺した。手帳を盗んだのは、ガイに殺人容疑を掛けるため。ガイはベンダーが死ぬのを目撃した。彼にとっては自分を精神病院に送り込もうとするベンダーが死ぬのは好都合だったので、彼が確実に死ぬまでの時間稼ぎのために、彼が無事であるかのように、彼に成り済まして返事をした。アーノルドはガイ殺害の際、皮下注射器を用いて、ベンダーと同様に口の中からクラーレ毒を注入しようとしたが、顎が砕けて口が開かず、諦めた】