ブラウン神父シリーズの第2短編集。ストーリーテリングの妙。今やスタンダードとなったトリックの数々。[???]

J・ブラウン神父:神に仕える蝙蝠傘がトレードマークの小男
ヘルキュール・フランボウ:巨大な身の丈と不敵な腕力の持ち主, 驚くべき軽業師, 天才の閃きも持ち合わせる, 犯罪界の大立者として知られた人物

「グラス氏の失踪」 :姿を見せぬ、謎のグラス氏。
「泥棒天国」 :山賊団のあまりにも脆弱な拠点。
「ヒルシュ博士の決闘」 :対戦者のうちの強そうなほうが決闘から逃げ出す。
「通路の人影」 :目撃者たちの証言がすべて違う人影。
「器械のあやまち」 :正しい機械から導き出される誤った答え。
「シーザーの頭」 :目撃は不可能な出来事を知る恐喝者。
「紫の鬘」:秘密を隠すためには奇妙な鬘。
「ペンドラゴン一族の滅亡」:言い伝えを利用した犯罪。
「銅鑼の神」:犯行の隠し方。
「クレイ大佐のサラダ」:実現していく猿神の呪い。
「ジョン・ブルノワの珍犯罪」:殺人犯と名指しされた人物の小さな犯罪。
「ブラウン神父のお伽噺」:住民の武装解除を徹底した独裁者が射殺される。

※以下の反転表示部はネタバレ注意。




前作と比べればさすがに少々気の抜けたような作品も多いが、「通路の人影」や「器械のあやまち」など、それでも代表作とされる作品も多く含まれており、やはり古典として必読。まあシリーズ通しても5冊だけなんだから、結局全部必読だなw




「グラス氏の失踪」
オリオン・フッド博士:犯罪学者
マギー・マクナブ:下宿屋の娘
ジェームズ・トッドハンター:その恋人



部屋に入ってみると、そこには一騒動の跡があった。トランプが部屋中に散乱している。テーブルの上にはワイングラスが二つ置かれ、もう一つが床の上で砕けている。わずかに血の付いた、刃が真っ直ぐな小剣が落ちている。部屋の片隅にはシルクハットも転がっていた。そして最も目に付くのは、口にスカーフを噛まされ、ロープで肘と踵の辺りをぐるぐる巻きにされて倒れている、この部屋の住人であるジェームズ・トッドハンター氏であった。

彼の恋人であるマギーは、これはグラス氏の仕業と直感した。彼が乱暴狼藉を働いて、彼女の恋人をこのようなひどい目に遭わせたのだと。

グラス氏というのは時折トッドハンターを訪ねて来る人物で、マギーは部屋の中で二人が話すのを何度か聞いている。しかしこの男は後ろ暗いところがあるらしく、いつも密かに立ち去ってしまい、彼女の前に一度もその姿を見せたことがなかった。その怪人物の名前すら、彼女が二人の会話を立ち聞きした際に、トッドハンターが呼び掛けるのを聞いて知ったという次第なのだ。彼女が聞いた、トッドハンターのわずかな言葉からの推測になるが、グラス氏は彼を強請っていたのではないか。

オリオン・フッド博士はマギーとはやや異なる見解を持っていた。彼はシルクハットを拾い上げ、縛り上げられたままのトッドハンターの頭に載せ、サイズが大きすぎることを確かめた。

なぜ早くトッドハンターを縛ったロープを解かないのかという一同の非難を無視して、博士は自身の推理を語り出した。

「このシルクハットはトッドハンター氏とはサイズが合わない。つまりグラス氏の帽子です。この状況は一見グラス氏がトッドハンター氏を縛り上げ、逃亡したように見える。ところがそう考えると、いくつか気になる点があります。第一に洒落者と思われるグラス氏がなぜシルクハットを置いて立ち去ったのか。第二にこの部屋の窓は内側から施錠されている。第三に小剣には血が付いているが、見たところトッドハンター氏は負傷していない。第四に強請というのは被害者が加害者の殺害を目論むことはあっても、その逆はあまりないということです」

そこで一息入れた博士は結論を述べた。

「私はトッドハンター氏のロープを調べました。私はロープの結び方には少々心得があります。これは自分で自分を縛ったものです。彼は自分を強請っていたグラス氏を殺害してどこかに隠し、その疑いから逃れるために、逆に襲われたように見せかけたのです」



博士の話を聞いていたトッドハンターは奇妙な表情を浮かべていた。博士はそれを病的な精神状態の兆候であると推測した。しかしブラウン神父の見解はそれとは異なっていた。

「彼が笑っているのがわからないのですか」

トッドハンターは奇術師だった。大きすぎる帽子はウサギやキャンディーを取り出すためのもの。小剣に血が付いているのは、彼が剣を呑み込む芸の練習中にわずかに口の中を傷つけたため。トランプが散乱しているのは言わずもがな。

ではグラス氏は?

マギーが聞いたグラス氏への呼び掛けの言葉は、トッドハンターがワイン“グラス”のお手玉芸の練習中に何やら呟いていただけだった。砕けていたグラスはその練習の痕跡にすぎない。つまりグラス氏なる人物は存在していなかったのである。

マギーが聞いた二人の人物の会話は、トッドハンターによる腹話術の練習の成果である。



オリオン・フッド博士のシャーロック・ホームズばりの大真面目な推理をブラウン神父があっさりと否定し、馬鹿馬鹿しい結論を引き出すという趣向。この展開がなかなか面白いので、フッド博士とのコンビはシリーズ化して欲しかったw

冒頭でブラウンが若い二人の恋愛相談のためにフッドに会い行き、それがフッドを事件に巻き込むことになるのだが、ブラウンがなぜそんな話をフッドに持ち込んだのかが謎。ブラウンが自身で解決できないような人間関係の問題があり、それを誰かに持ち込むというのがちょっと納得し難い。ブラウン神父ほどの人物ならば最初から展開をすべてお見通しで、あえてフッドに恥をかかせたようにすら思えてしまうw


「男も娘も、お互いに相手と結婚したがっています。だから事態が紛糾しておるんです」




「泥棒天国」
ムスカリ:フローランスの若手詩人
エッツァ・モンタノ:ムスカリの幼馴染
サミュエル・ハロゲイト:銀行家
フランク・ハロゲイト:サミュエルの息子
エセル・ハロゲイト:サミュエルの娘



銀行家・ハロゲイト一行が乗った馬車が峠で盗賊に襲撃された。一行の案内人・エッツァこそが盗賊の頭目だったのだ。ハロゲイトたちを捕らえたエッツァは、それを周辺地域一帯に張り出すつもりだという布告文を読み上げた。

「第一、我々は富豪のサミュエル・ハロゲイト氏を捕らえた。第二、氏は我々に2000ポンド相当の紙幣と証券を譲り渡した。第三、我々はハロゲイト氏の友人方に3000ポンドの身代金を要求する」

エッツァは一般大衆を偽りで騙す不道徳が許せなかったので、第二の点が偽りではないことをすぐに証明した。すなわちハロゲイト氏の懐の2000ポンドを譲り受けたのである。



奇妙な点が三つあると、ブラウン神父は言った。

第一の点。以前、エッツァはハロゲイト氏に対し、エセルが危機に晒される可能性について話していた。もしエッツァがハロゲイト氏を罠に掛けるつもりだったなら、わざわざそんな警告を出すだろうか?

第二の点。なぜエッツァはハロゲイト氏から2000ポンド巻き上げたことを布告文でことさらにアピールするのだろうか?

第三の点。エッツァが盗賊の楽園と称し、その根城だというこの場所は決して堅固な要塞などではなく、外からの攻撃に対してあんまりにも脆弱。

第三の点については、すぐにブラウン神父の見立てが正しいことが証明された。そこに現れた憲兵隊に対して、盗賊団は為す術がなかったのである。

盗賊王は深い崖下へと身を投げた。しかしそれは自称盗賊王のエッツァ・モンタノ氏ではなく、銀行家として知られるサミュエル・ハロゲイト氏だった。

雇った役者の盗賊に捕えられ、横領したカネとともに自分自身も姿を消すというシナリオは、正に偉大な盗賊王の最後の芝居に相応しいものだった。



ブラウン神父は事件に対してはほぼ傍観者で、ムスカリとエセルのキューピッドとしての役割以外には何もしていないw

盗賊の隠れ家として相応しいのは人里離れた山深い地の要塞よりも、むしろ人が溢れる大都会なのだという逆説。ロマンティックな山賊たちはいなくなったのではなく、体裁を整えて街に入り、やり方を変えただけなのだという皮肉。


「啓蒙開化された活動的な社会へなら、どこへでも俺は行く」「なるほど、真の盗賊の楽園へか」




「ヒルシュ博士の決闘」
P・ヒルシュ博士:偉大な科学者
シモン:その召使
モーリス・ブラン:ヒルシュ博士の弟子
アルマン・アルマニヤック:同
ジュール・デュボスク大佐:盲目的愛国士官
ヴァローニュ公爵:決闘の介添人



ヒルシュ博士の家の前で、デュボスク大佐が大音声で告発していた。ヒルシュ博士は自身が発明した無音火薬の秘密をドイツに渡しているというのだ。真っ黒な髪と大きな口髭を生やし、首から耳までをスカーフで覆ったがっちりした体格のこの男は、その罪の証拠だという書類を提示していた。

「かの男に知らせてくれ。火薬の分子式は赤インクで書いてあって、陸軍省大臣室のデスクの左側の一番上の抽斗の中の灰色の封筒に入れてある。P・H」

その筆跡がヒルシュ博士のものではないとは、誰も言えなかった。

ひとしきり演説した後、大佐は博士の家に入った。彼の罵り声は家の外まで漏れた。

すると大通りに面したバルコニーから博士がその顔を覗かせた。そこに集まった群衆は、それまでは売国奴たる博士に対して激しい怒りを表明していた。しかしむき出しのひょろ長い首、垂れ下がったなで肩、雑草のように生えた人参のような色の長い髪、青い眼鏡を掛けた青ざめた顔、いかにも貧弱でコミカルな博士の姿を見た途端、その怒りは笑いにすら変わった。

博士は群衆に向かって語り掛けた。

「私は法廷に出て裁判に勝ち、身の潔白を明かすつもりです。しかしフランス人というものは、英国人がスポーツマンを要求するように、決闘者を要求するのです。私は皆さんの気の済むように野蛮な決闘をしましょう」

家から出てきたデュボスク大佐はこの成り行きに満足していた。


問題の書類については、書かれた内容にいくつかおかしな点があった。火薬の分子式は赤インクでは書かれてないし、抽斗はデスクの左側ではなく右側にあるし、封筒は灰色ではなく白いのである。つまりそこに書かれた情報はどれもデタラメなのだ。

フランボウは思った。これは情報を知らない者、つまり博士以外の人物が書いたものだから間違いだらけなのだと。



ところがブラウン神父の見解は違っていた。すべてを正確に間違うためには、すべてを知っていなければならないのだという。


大ニュースが飛び込んできた。デュボスク大佐が、決闘場で博士に謝罪を伝えてくれと言い残し、国を離れる準備を始めたのだ。それを聞いたブラウン神父の顔に浮かんだ表情の意味をフランボウは悟っていた。神父が真相を掴んだのだと。


ブラウン神父とフランボウ、そしてヴァローニュ公爵の三名はデュボスク大佐の後ろ姿を追い掛けた。神父は言った。

「彼はありとあらゆる所から姿を消してしまうつもりです。死体も見つからないでしょう」

大佐はヒルシュ博士の家に入った。それを見た公爵は、結局博士と大佐が相まみえることになるのかと興奮した。しかし神父は、彼らは永久に会うことなどないと断言した。

三人は部屋を覗き、その中を歩き廻る大佐を見守った。


それまで着ていた服を脱ぎ、洗面所で顔を洗ったデュボスク大佐はすっかり別人のようになっていた。着替えた彼はバルコニーに出ると、熱狂的に彼を出迎えた群衆の歓声に応えた。勝利を称える声がヒルシュ博士の野心を満たしていた。



いくら頭脳の偉大さがあろうとも、原始的野蛮さについての劣等感は消えないという話と見ることもできるだろうか。

国家の重要人物に決闘なんて挑もうものなら、そのプロフィールはすぐに調べ上げられそうなものだ。


「あらゆる点で間違えようとするには、恐ろしく多くのことを知っていなければならんのだ」




「通路の人影」

らふりぃの読書な雑記-110_4
オーロラ・ローム:女優
パーキンソン:衣裳方
イジドール・ブルーノ:米国の名優
ウイルソン・セイモア卿:常識あるものなら誰でも知っている重要人物
カトラー大尉:社交界に縁遠い者でも知る著名人
モンクハウス:裁判官
ウォルター・カウドレイ卿:検事
パトリック・バトラー:王室顧問弁護士



通路の奥で女優のオーロラ嬢が殺害されていた。その命を奪ったのは短い刃物であり、現場からは正にその凶器と見られる短剣が押収された。

ところでオーロラ嬢の死体が発見される直前に、その通路の反対側から三人の男が彼女のものではない人影を目撃していた。ところがその三名の目撃証言は、とても同一人物を目撃したようには思えない奇妙なものだった。

ウイルソン・セイモア卿が見たのは、女のような髪を生やして男のズボンを穿いた、曲線のしなやかな得体の知れぬ人物。

カトラー大尉が見たのは、豚のような剛毛の髪を持つ、猫背のチンパンジー男。

ブラウン神父が見たのは、形はずんぐりしていて太く、そのてっぺんの両側から弓なりの黒い突起物が出た姿。



目撃したものは何かと問われたブラウン神父は、それは自分自身だと答えた。そのとき通路には鏡が立っていたおり、目撃者たちはそれぞれ自分自身の姿を見たのだ。

つまり女のような髪を生やして男のズボンを穿いた、曲線のしなやかな得体の知れぬ人物とはウイルソン・セイモア卿であり、豚のような剛毛の髪を持つ、猫背のチンパンジー男とはカトラー大尉だったのである。

そして凶器は短剣ではなく、刃先の短い小道具の槍であった。彼女の命を奪ったパーキンソンは、己の罪の重さに押し潰されて既にこの世を去っていた。



自分を客観視するのは難しい…というお話。

ほぼ趣向だけで物語が成立していて、事件の細かいところは大雑把。ブルーノの楽屋口から通路に出て来たパーキンソンがオーロラ嬢を槍で刺したのなら、少なくともブルーノは殺人犯がパーキンソンと気づいていても良さそうなものだ。当のブルーノは、読者の前で証言の機会さえ与えられていない…。凶器についても短剣だろうが槍だろうが、どっちでもいい感じ。

僕は現場の図面をここに貼り付けた画像のように想像してるけど、ひょっとして僕は大きく勘違いしてるのかもw


「どうしてあなただけが、鏡に写った自分の姿だとわかったのでしょう?」「私が平生あまり鏡を眺めないせいかもしれません」




「器械のあやまち」
グレイウッド・アシャー:刑務所の副所長
アイアトン・トッド:一大で財を成した富豪
エタ・トッド:その娘
フォールコンロイ卿:英国貴族, 旅行家
オスカー・ライアン:脱獄囚



オスカー・ライアンと名乗る囚人は看守を殺害して銃を奪い、脱走した。現場には書き置きを残していた。

「これは正当防衛だ。相手は銃を持っていた。俺は誰にも危害を加えるつもりはなかった。ある一人だけは別だが。弾丸はピルグリムズ・ポンドのために取っておく。O・R」

たまたま怪しい人物を捕らえた刑務所の副所長・アシャーは、彼こそそのオスカー・ライアンではないかと疑っていた。銃こそ持っていなかったものの、体の大きさに合わぬボロボロの布の服を身にまとい、疲れ切った様子で夜に紛れて畑の中を駆けている者など、脱獄囚以外にまずあり得ないだろう。しかもその男は何一つ話そうとせず、よほどやましいことがある様子だった。

ところでちょうどその頃、ピルグリムズ・ポンドにあるトッド氏の屋敷から散歩に出掛けたフォールコンロイ卿が戻って来ないという事件が発生していた。その事実と囚人の書き置きとは見事に結び付くではないか。すなわち、オスカー・ライアンはピルグリムズ・ポンドにてフォールコンロイ卿に対し、宣言通りに弾丸を使用したということである。死体は池にでも沈めたのであろう。

アシャーはその推理を確かめるために、ある装置を使用した。それは脈拍を測定するもので、被験者の動揺が数値として記録されるのだ。

果たしてその男はアシャーの予想通りの反応を示した。様々な鳥の名前を男に見せると、“フォールコン”(ハヤブサ)に対してだけは大きく反応したのである。そして“フォールコン”に“ロ”を書き加えて“フォールコンロ”とすると、反応はさらに激しくなった。これは明らかにフォールコンロイ卿を撃った犯人の反応に違いない。

しかしまだアシャーはそれについて確信があるとまでは断言できなかった。何せほかに証拠というものがあるわけでもない。ところがアシャーがさらに尋問しようとしたとき――男はもう根負けして、自白する正にその瞬間の直前――だった。尋問待ちの控え室にいた女が男を見るなり叫んだ。

「ドラガー・デイヴィス! ドラガー・デイヴィスが捕まった!」

アシャーはドラガー・デイヴィスという名をよく知っていた。それは長年に渡って警察を悩ませている大犯罪者である。もはやアシャーはこの男が自称オスカー・ライアンで、その正体は大犯罪者ドラガー・デイヴィスであり、フォールコンロイ卿殺害犯と信じて疑わなかった。



ブラウン神父はアシャー氏に言った。

「あんたがたは、ありとあらゆる罪が皆一つの袋にでも入っていると考えておられるようだ。ある犯罪者はほかのどの犯罪にも関わっているのだと」

そのとき、部屋に新たな一人の男が飛び込んできた。彼はアシャーに向かって俺の客を返せと喚いた。仰天して、お前は誰だと怒鳴り返すアシャーに神父は言った。

「このお方のお名前はトッドというんでしょうな」

ブラウン神父は説明した。ピルグリムズ・ポンドで仮装パーティーがあったこと。その客の一人であるフォールコンロイ卿が、散歩中に銃を持った囚人に出会い、慌てふためいて屋敷に逃げ帰るところを刑務所の副所長に捕えられたこと。“フォールコン”という文字に反応したのは、それは殺した相手ではなく、自分の名前だったから。彼が黙っていたのは、自分の様子が貴族として相応しからぬもので、恥ずかしかったから。そしてついに名前を明かそうとした瞬間、自身の別の名前に気づかれ、フォールコンロイと名乗る気も失せたのだ。

米国の純朴な副所長に英国の神父は語った。有力な英国貴族の中には、最近のし上がったばかりの者もいるのだと。その中には、たとえば米国でいかがわしい過去を持っているような、経歴の怪しい者もいるのである。



機械は間違わないが、それを扱うのが人間である以上、その結果が真実とは限らないというお話。今さら気づいたけど、オースチン・フリーマンの「計画殺人事件」と同傾向のテーマだ。

現在では嘘発見器などもだいぶ進歩したんだろうけど、今や脳に偽の記憶を埋め込むことさえ夢物語じゃないからねぇ。もしそうなったら、証言なんてまったく当てにならなくなってしまう。

いずれはDNAだって簡単に偽造できるようになるんじゃないだろうか。


「信頼に足る機械を動かすのは、いつも信頼できぬ機械、つまり人間ですよ」




「シーザーの頭」
カーステアズ大佐:“カーステアズ・コレクション”の設立者
ジャイルズ・カーステアズ:その長男
アーサー・カーステアズ:その次男, “カーステアズ・コレクション”の後継者
クリスタベル・カーステアズ:その長女
フィリップ・ホーカー:クリスタベルの恋人



カーステアズ大佐は放蕩者の長男・ジャイルズを、僅かばかりの仕送りとともにオーストラリアに送った。孝行者で学業優秀な次男・アーサーには――褒美のつもりであろう――年金を付け、ローマ貨幣収集の“カーステアズ・コレクション”の後継者とした。そして長女のクリスタベルには――軽蔑の印であろう――ほかの全財産を遺した。

後継者となったアーサーはすっかりコレクションに打ち込むようになってしまった。コレクション部屋に籠り、めかし込んで出掛けるのは、新たな仕入れのためにロンドンの古銭屋に向かうときだけ。コインに対する態度はもはや偶像崇拝の域に達し、古銭屋から抱えてきた紙包みに自分以外が手を触れることさえ禁忌であるかのようだった。

ある夏の日、アーサーが持ち帰ったばかりの包みを解き、その中身を数枚ずつコレクション部屋に運んでいた。そしてようやく彼が部屋に籠ったのを見届けたクリスタベルは、約束していた恋人のフィリップに会いに行こうと立ち上がった。

そのとき彼女は机の上に、アーサーが置き忘れた一枚のローマ貨幣を見つけてしまった。それはシーザーの頭が刻まれたもので、そこに描かれた姿はフィリップにそっくりなのだ。

昔、ジャイルズはフィリップによく似た顔が刻まれた貨幣があると話していて、フィリップはそれを欲しがっていた。そのコインが目の前にあったのだ。彼女は誘惑に抗しきれず、ついそのコインを盗んでしまった。そして浜辺でフィリップに会うと、すぐにそのコインを彼に贈った。

クリスタベルは寒気に襲われた。遠くの砂の丘を見ると、そこに男が一人。相手は影にしか見えない。決して視線を感じられるような距離ではないのだが、彼女は胸騒ぎを覚えていた。男はまっすぐ彼女の目の前までやって来て、話しかけてきた。黒い顎髭と色眼鏡が目立つ、鼻の先端が曲がった蝋のような肌の男は、どうやら彼女の盗難を種にして恐喝しているのであった。

そのときクリスタベルの中に浮かんだ疑問は、なぜ彼が彼女の盗難を知っているのだろうということだった。盗難はとっさのことであり、周囲には誰もいなかった。そしてフィリップに会うまで握り締めていたコインを誰かに見られるはずもなく、彼にそれを渡した瞬間にはこの正体不明の男は遠くの砂丘にいたのだ。小さなコインを見て取ることは不可能である。

その場はやり過ごしたものの、その後も付き纏われ、結局クリスタベルはとりあえず手持ちのカネをあるだけ渡し、男を追い返した。

そして彼女は逃亡した。



クリスタベルの話を聞いたフランボウは言う。強請には少なくとも三名の人物が関る必要があると。すなわち、秘密を暴かれる者、それを暴露すると脅す者、その秘密を聞かされる者である。

しかしそれに対してブラウン神父は言う。理論上はその通りだが、実際には二人で事足りると。たとえば酒を禁じられた夫が酒場へ通ってるのを知った妻が、別人の振りをして、妻にばらすぞと夫を脅すような場合である。


アーサー・カーステアズは自ら命を絶った。ブラウン神父たちは“カーステアズ・コレクション”が収められた部屋に入った。アーサーが古銭屋から持ち帰った紙包みからこぼれていたのは古代のローマ貨幣ではなく、現代の英国貨幣だった。

アーサーは父の遺産配分の方法についてはまったく快く思っていなかった。古代の貨幣よりも現代の貨幣のほうにより大きな魅力を感じた彼は、古銭屋から古代の貨幣を仕入れるよりも、手持ちの古代の貨幣を現代の貨幣に替えるほうを選んだのだ。そして目ぼしいものは売り尽くした彼は、次に兄や妹を強請るようになったのだった。

今や“カーステアズ・コレクション”で残ったものは、クリスタベルがフィリップに贈ったあのコイン一枚だけだった。



コレクターというのはいつの世も罪深き者で…w

ともかく父・カーステアズ大佐はアホすぎるだろう、と。そりゃあ次男がひねくれるのも当然だよw


「硬貨収集家も守銭奴も、どっちにしても大した違いはあるまい。守銭奴のいけないところというのは、大概は収集狂のいけないところと一致するんじゃないかね」
吉敷竹史シリーズ。怨まれるような人物ではないと誰もが証言する、人望が篤い俳優が失踪し、その右手が家族に送りつけられる。自費出版本に書かれた、事実と合わない内容。吉敷刑事は上司に啖呵を切り、職を懸け、一週間の期限で管轄外の事件に挑む。[??]

吉敷竹史:一課殺人班の刑事
通子:その元妻
大和田剛太:映画俳優
大和田三枝子:その妻
窪田春子:家政婦
駒井:大和田剛太のマネージャー
宮地禎子:「飛鳥のガラスの靴」という本の著者
宮地梅子:禎子の妹, タレント・西田優
宮地しず:禎子と梅子の母
吾妻恒一:西田優のマネージャー
松岡繁子:「ゆみ子の恋」撮影時の西田の付き人
油井明:映画「ゆみ子の恋」の監督
村井:チーフ助監督
大宮:セカンド助監督
久抜:サード助監督
田岡一郎:テレビドラマ「突撃一番」のディレクター



俳優・大和田剛太が失踪し、その自宅には切断された彼の右手が入った小包が届いた。それを送った人物からは何の連絡もなく、大和田剛太の失踪は自発的とも誘拐とも知れぬまま、10ヶ月が過ぎた。

たまたまその事件を知った吉敷刑事は、それが管轄外のものとはいえ大いに興味を持つ。そしてその挙句、上司に職を懸けると宣言してまで、一週間の期限付きでの事件捜査を開始した。

大和田は兄貴肌で人望があり、決して誰かに強く怨まれるような人物ではないと、関係者の皆が口を揃える。怨恨の線は薄いと見られていた。何か見落とされていた事実はないかと調べ回る吉敷刑事だったが、それは既に京都府警が辿った道筋を確認するばかりであった。

しかしついに彼は糸口を掴んだと思った。大和田の失踪直前に彼らしき人物が女を連れ歩いていたという目撃証言を得たのだ。

そしてもう一つ。「飛鳥のガラスの靴」という自費出版本に、事件の手掛かりがあると感じていた。


※以下すべて反転表示。ネタバレ注意。



映画俳優が失踪し、その右手が家族のもとに届けられるという猟奇事件に、「飛鳥のガラスの靴」という自費出版本の謎が絡む。俳優が失踪し、さらにその右手が切断され、郵送された理由が謎。「飛鳥のガラスの靴」に書かれた内容を吉敷刑事が検証すると、地名や民話、その中に書かれた事件など、それが事実としては何一つとして確認できないという謎。

吉敷刑事はそれなりに推理を重ねる頭脳派なのだが、日本各地を駆け巡るその行動力などは、推理というよりも捜査小説寄りな印象を受ける。ま、刑事ものだしねw

推理ものとしての印象を薄めてしまい、捜査ものと感じさせる理由の一つとして、大和田に被害が加えられ、その右手を切断された理由を吉敷が知るきっかけとなる証言がある。これはひどいの一語に尽きる。

それはほとんど事件の核心に触れるような証言で、序盤から繰り返し読者に提示されていた要素を根底からひっくり返すような事実。しかも大和田に不利になるからと偽証していたその人物は、特にこれといった強い理由もなく、なぜか終盤になっていきなり自白するのだ。だったら最初からそう言えよと。

だいたい大和田は被害者と見做されている人物であって、その生死すら不明。失踪発覚当初にそれを証言しなかったせいでその発見が遅れて、結果として彼が死んでしまうことだってあり得る状況。なのに彼の身を案じている者がそれを隠してるなんて無茶苦茶だよ。

本の謎もちょっと拍子抜け。その謎に気づいた吉敷刑事が、ほかにも候補があるのになぜ一発で正解を絞ったのかも書かれてない。本の著者の父の命を奪った水柱の真相は良かった。

吉敷刑事と元妻とのエピソードは別の作品への伏線らしい。つまりこの事件とは関係ない。強いて言えば吉敷刑事と禎子との出会いを演出したわけだが、要らないと言えばまったく要らない…。

この作者・島田荘司はその作中にまでしばしば文明・文化・社会論(と言うか、外国かぶれ傾向の強い、ほぼ日本批判)を挿入しており、本作もそれが少々鼻に付く。ネチネチと陰気に籠り、自分だけを高みに置き、厭味ったらしく他人を陰で批判する吉敷刑事の態度は、まさにその批判の矛先を向ける対象として相応しいものなのだが、彼自身はそれにまったく気づかない。僕はこの吉敷刑事にあまり好感が持てないのだが、まさかそんなつもりで作者は彼を描いているわけではあるまい。

僕は知らなかったが、作者のこの傾向は彼のファンにさえ揶揄されているらしい。まあそれを作中に出すかどうかはともかく、その思想――乱暴に言ってしまえば左翼――傾向はこの作者に特異なものではなく、この世代の者の大半は多少なりともそれを通過し、基本として身に着いているものだろう。(尤も、“左翼”をすべて一括りにするのも乱暴な話だが) 「20歳までに左翼に傾倒しない者は情熱が足りない。20歳を過ぎて左翼に傾倒している者は知能が足りない」という言葉もあるし。

…あれれ~?w



[プロローグ] 大和田家に小包が届く。その中には大和田剛太の右手が入っていた。
[心痛む場所 1] 宮地禎子著「飛鳥のガラスの靴」の内容。その夜、禎子は父の漕ぐ小舟に乗っていた。洞窟に入った。水面に緑色の薄明かりが広がっていた。いくつもの水柱が噴き出した。彼らの小舟が持ち上がり、父は水面へと落下した。
[2] 1990年10月9日(火)。吉敷竹史は元妻・通子との復縁も楽観していたが、先月頃から急に相手が自分を避けるような様子になり、さては別の男ができたのかと思い当たり、堪らず彼女の店を訪れた。シャッターには休業を告げる貼り紙。連絡先の電話番号が記載されていたので、電話する。そこは“宮津総合病院”だった。
[3] 「飛鳥のガラスの靴」。父は死に、禎子は生き残った。以来、母と禎子と妹・梅子の三人は、生活のため日本中を転々とした。梅子は英語の才能を見出し、そして芸能人・西田優になった。元々梅子は内気で恥ずかしがり屋で、どちらかと言えば不向きな性格だったのだが、ともかく彼女の成功で母子三人の生活は楽になった。禎子が好きな学問に勤しんで、この本を自費出版できるようになったのもそのおかげ。
[4] 吉敷、入院中の通子と電話で会話。彼女は入院の理由については言葉を濁し、吉敷の訪問を拒絶する様子。吉敷、彼女に会いに行くのを断念。
[5] 「飛鳥のガラスの靴」。父が死ぬ前の一エピソード。禎子、女人禁制の地というものに納得できず、母に詰め寄る。母は、女は生理があり不浄だからと理由を告げる。納得しきれない禎子、生理中にその地に足を踏み入れ、賽銭泥棒まで行なう。その帰り道、蜂に付き纏われ、挙句の果てに右脚の付け根の辺りを刺される。誰にも相談できず、医師に掛かるなどもってのほか。罰が当たったのだと、その傷の痛みに耐え、怯え、悶え苦しんだ。
[6] 吉敷、自棄酒の結果、見知らぬ場所で目を覚ます。そこは旅館。宮地禎子と出会う。泥酔した彼をここまで連れて来たのは彼女。彼女は吉敷に、自分は男にとって魅力的だろうかなどと尋ねてくる。吉敷は肯定した。
[7] 「飛鳥のガラスの靴」。禎子は幼い頃に、地元に伝わる「すずむし、まつむし」という民話を知り、それに惹かれていた。それは継母に虐げられた姉・すずむしが親切にした旅のおばあさんから小箱を貰い、そのおかげで夏祭りに行くことができ、若殿様の目に留まるという物語。彼女が落とした下駄を若殿様が拾う展開など、「シンデレラ」に酷似。
[8] 吉敷、10ヶ月前から俳優・大和田剛太が失踪していることをたまたま知る。管轄外の事件だったため、それまで吉敷の耳に入っていなかった。興味を抱き、その事件の資料を読んだ吉敷は、それが大和田の右手が彼の家族のもとに送りつけられるという奇怪な事件であると知り、驚く。
[9] 「飛鳥のガラスの靴」。禎子、「すずむし、まつむし」をすっかり覚えてしまい、いつしかこの話の唯一の語り手であるタネおばあさんの代わりに、ほかの人の前で語らされるようにまでなる。その民話を好きなあまり、隠れ家で一人芝居をするようにもなった。禎子は隠れ家へ向かう際は、誰にも会わないように気をつけていた。彼女は死について意識するようになった。もしいつか自死するなら、その隠れ家で死のうと決意した。飛鳥の地を離れた後、禎子の昔語りの最も熱心なファンだったのは梅子だった。梅子は禎子以上にその物語に傾倒した。その後、禎子は「すずむし、まつむし」が「シンデレラ」に似ていることにようやく気づいた。禎子が「シンデレラ」に強く惹かれるようになると、それに影響された梅子もそちらへと興味が移った。さらに梅子のシンデレラへの憧れは外国語へと広がり、英語の才能を開花させ、それが彼女をタレントの道へと導いた。
[10] 管轄外の事件に乗り気な吉敷、売り言葉に買い言葉で、主任に対し、一週間で事件解決できなかったら辞職すると約束してしまう。
[11] 「飛鳥のガラスの靴」。禎子、「シンデレラ」とそれに類する物語の研究に没頭する。
[示された地 月に狂う女] 夜、平らな岩場に女が一人。狂おしいパフォーマンスを見せ、押し殺した泣き声を漏らしている。
[京都 1] 大和田剛太失踪事件では、右手が送られてきたこと以外に犯人の行動はなく、身代金の要求や脅迫もない。大和田は面倒見の良い兄貴分タイプで人望があり、怨んでいる者は特に見当たらず。吉敷、大和田が失踪した10月18日以前の1ヶ月ほどの間に、事件に関わる何かがあったのだろうと考える。
[京都 2] 昨年10月7日の大和田のサイン会の調査。特に不審な点なし。大和田夫人に話を訊く。彼女は右手を送りつけられた理由にまったく心当たりなし。吉敷、犯人がその右手に込めた意味に、家人が気づいていないのではと考える。大和田は仕事についての話を夫人にあまり話さない主義だった。その仕事の内容に右手郵送の謎掛けの鍵があるとの推論。
[京都 3] 吉敷、大和田がチョイ役として出演の「ゆみ子の恋」の台本を入手。
[京都 4] 吉敷、10月17日の7時頃に大和田が車を降りた付近の店で聞き込み。大和田らしき人物がミニスカートの女連れで歩いていたという証言を得る。
[京都 5] 吉敷、サイン会の様子を再び尋ねる。大和田が連れ歩いていたと思しき女の特徴を告げると、それらしき女がサイン会にやって来ていたという情報が得られた。吉敷、女は映画界にコネがなく、サイン会を利用して大和田と接触したのではと推理。吉敷、「ゆみ子の恋」を観る。その物語からは手掛かりを掴めなかったが、配役について異常に気づく。台本には主演女優・西田優となっているが、その名前がスクリーンには出て来ない。吉敷、当時売り出し中だった西田優は女優としては新人で、撮影中に失踪したことを知る。大和田のマネージャー・駒井によると、大和田はチョイ役で、西田とは初対面、その接点もほとんどないという。
[東京 1] 10月5日に西田のマネージャー・吾妻の留守番電話に「捜さないで」という彼女からの伝言が残されていた。それは大和田が「ゆみ子の恋」の撮影に入った日の翌日。大和田は西田の好みのタイプではない。
[東京 2] 吉敷、西田の母・しずに電話し、家を訪ねる。すると家からは煙が上がっていた。彼女は自殺を図っていた。吉敷、彼女は本を燃やそうとしていたと見て取る。
[東京 3] しずが燃やそうとしたのは、西田の姉が自費出版した本。吉敷、吾妻が持っていた無傷のものを入手。著者の名前を見て、それがかつて泥酔した自分を介抱してくれた宮地禎子と知る。ミニスカートの女の正体を掴んだと確信する。
[東京 4] 吉敷、「飛鳥のガラスの靴」を読み、そこに書かれた隠れ家へと行ってみることにする。
[東京 5] 西田は「ゆみ子の恋」の撮影中にホームシックに罹り、塞ぎ込んだり泣いたりしていた。重い生理にもなっていた。生理用品を買い出しに出掛けた付き人・松岡繁子が撮影現場に戻ったとき、西田は怒ったような様子で一人で帰った後だった。松岡が部屋に様子を見に行くと、西田は何も喋らず、泣いていた。翌朝、西田はいなくなっていた。
[東京 6] しず、死亡。吉敷、「飛鳥のガラスの靴」に書かれていた、禎子の父が死亡した事件について調べるが、奈良、飛鳥方面のローカル紙にすらそんな事件の記事はない。
[飛鳥 1] 「飛鳥のガラスの靴」の内容について聞き込み。古くからの地元民ですら、そこに書かれた民話や方言、地名、洞窟、事件を知らぬという。
[飛鳥 2] 吉敷、本に書かれた「飛鳥」とは別の地方の「飛鳥」を指すのではないかと思いつくが、そんなものはないと専門家に一蹴される。
[東京 7] 吉敷、「飛鳥のガラスの靴」は手書き原稿の自費出版本であるのだから、それを本にする際に「飛島」を「飛鳥」と誤植したのではないかと思いつき、出版社にそれを確認した。
[大津] 吉敷、「ゆみ子の恋」の撮影中に大和田が西田にした仕打ちを知る。大和田はホームシックで落ち込む西田を叱責し、彼女のスカートを捲り、右手でその尻を叩いていた。その際、生理中で赤い染みを作った下着が大和田と助監督たちの目に晒された。
[真実の土地 1] 吉敷、山形県の飛島に到着。
[2] 吉敷、死体を発見する。
[3] 吉敷、犯人を発見する。
[4] 吉敷、犯人の自白を得る。
[エピローグ] 吉敷、主任の子飼いの部下に事件解決を告げる。
モース警部シリーズの長編第6作。首なし死体。被害者は誰? 過去の因縁。[???]

ブラウン=スミス:オックスフォード大学の教授
ジョージ・ウェスタビー:同
アンドルーズ:同研究員
アルフレッド・ギルバート:元戦車隊員
アルバート・ギルバート:同
イヴォンヌ:謎の女
ジェーン・サマーズ:成績優秀な学生
マックス:警察医
ルイス:部長刑事
モース:主任警部
ストレンジ:主任警視



何事にもきちんとしていて、特に文法には強く拘るブラウン=スミス博士が、彼に似つかわしくないやり方で休暇に入った。送られてきた手紙がどうしても彼が書いたものとは信じられぬ学寮長の依頼で、モース警部はその件に“気を配る”こととなった。

それから一週間ほどして、運河から死体が上がった。その死体には頭部がなかった。両手がなかった。そして両脚がなかった。

その死体はブラウン=スミスのものなのか、それともそのように見せかけた別人のものなのか、モース警部はその結論を容易に出せなかった。

モース警部は死体のポケットに入っていた左半分だけ残った手紙から、被害者がちょっとした不正の誘惑を受けていたと推測した。


※以下すべて反転表示。ネタバレ注意。



モース主任警部が右往左往しつつ捜査が進むのがこのシリーズの特徴だが、本作はその右往左往にどうも手応えがない。最も大きな謎は「殺害されたのは誰?」だが、読み進めてもその進展がいまいち実感できない。被害者の正体もちょい唐突だしねぇ。

モースの推理も、それが常とはいえ特に本作は想像に頼る部分が大きすぎるようだ。この殺人には共犯者がいるのだが、あまりにも簡単に協力・信頼関係を作りすぎなように感じられる点もマイナス。

この作者は某トリックの使用頻度が比較的高く、それは本作でも用いられているが、それもさすがにそろそろ気になる。

それが気になるのは、全体的な出来があまり良くないせいかもね。



[一マイル 1] [7月7日(月) エル・アラメイン攻防戦の老兵、彼の最大の悲劇の日を想起する] 双子のアルフレッドとアルバート、その弟のジョンのギルバート三兄弟のうち、ジョンだけが戦死した。戦車に閉じ込められた兵士の救出を試みるギルバート伍長を制止した大尉は、右の人差し指を激しく負傷していた。戦車の操縦兵であったジョン・アルバートの死は後に知らされた。アルバート・ギルバートは何もかも確信しているわけではないが、少なくともあの大尉が勇気を試され、臆病さを暴露したことは知っていた。ちょっと珍しい綴りのブラウン=スミス大尉の名を忘れることはなかった。
[2] [7月9日(水) オックスフォード大学古典文学科の7人の試験委員の採点会議] ブラウン=スミス教授は反対するが、対象者に第一級口頭試験を受けさせることが決定。試験は研究員のアンドルーズが受け持つ。その翌日、ブラウン=スミスは奇妙な手紙を受け取った。
[3] [7月11日 オックスフォードの指導教員、首都の悪名高い歓楽街見物に誘われる] ブラウン=スミスは自身の余命は1年もないと既に宣告されており、それを受け入れている。彼は送られてきた手紙に興味を示している。歓楽街へと向かう。ジョージ・ウェスタビーは同僚のブラウン=スミスを嫌っている。もう顔を合わせずに済むと思うと、自身の引退も嬉しくて仕方ない。引越し作業は順調に進行している。
[4] [7月11日(金) われわれは高給売春の一断面をのぞき見る] ブラウン=スミスは目当ての家に到着。イヴォンヌという女に会う。すぐにブラウン=スミスは彼女のフランス訛りは贋物と見破った。室内には多くの種類の酒瓶が並んでいる。それぞれ二瓶ずつあるらしく、その一つは未開封。彼女は未開封の物を開けた。ブラウン=スミスが動かなくなると、彼女は部屋の外に立っている男に囁き、その役目を終えた。
[5] [7月11日(金) いかがわしい女は気持ちを楽にしようとするが、大金をもらってやった役目のことをしばしば、なまなましく思い出す] 女は彼女とその父を知っているという男と少し前に会い、用事を頼まれていた。
[6] [7月16日(水) ロンズデールの学寮長が、やや軽率に警部に同僚についての懸念をもらし、英語文法の細部を論ずる] ロンズデールの学寮長、タイプライターで打たれたブラウン=スミスからの手紙をモースに見せる。数日間留守にするという内容。いつも物事の手はずをきちんと整える彼らしくない行動であり、さらにその手紙の文章は偏執的に文法に拘る彼の手によるものとは思えないものであり、学寮長はその手紙に何
らかの疑念を抱いている。かつてブラウン=スミスの教え子だったモースもそれに同意する。
[7] [7月16日(水)からの一週間 この章では、早く最初の死体に出会いたがっている読者の期待がみたされる。またモース主任警部の性格の興味ある面が 示される] モースは大学時代の思い出に浸っている。死体発見の報を受け、渋々現場へ駆けつけた。
[8] [7月23日(水) 死体恐怖症のモースはいやいやながら死骸をしらべ、皮肉な老警察医と言葉をかわす] 運河から引き揚げられた死体は頭部と両手、両脚がなく、身元不明。尻ポケットには文字が書かれた紙片が入っていた。
[9] [7月23日(水) 警察医が水につかった死体の問題について科学的な原理をのべている間に、モースの心はあらぬところにさまよう] 死体は死後に切断され、水に入れられたと警察医は推定。死体は高級な服を身に着けていた。“サイモン・ロウボーサム”と名乗る釣り人からの電話で死体は発見された。彼は住所を告げずに電話を切った。
[10] [7月23日(水) モースは歯の痛みを我慢しながら捜査をはじめ、手紙の復元をこころみる] 死体が所持していた手紙は切断され、右半分が失われているらしい。モース、各行の後半の文章を想像力で補って、その解読に挑む。それによると、手紙の主は自分の娘の試験結果の正式な発表日を待ちきれず、謝礼をしてでも早く知りたがっているようだ。この娘というのはロンズデールの学寮の優秀な女子学生であるジェーンのことではないか。モース、歯痛に苦しむ。顎に長いマフラーを巻き、歯科医院が開くのを待つ。
[11] [7月24日(木) 歯科の治療、クロスワードの解答、カワカマス釣りなど多岐にわたる活動がモースの見方に適切な寄与をする] モース、歯科医でペニシリンを処方される。ルイス、左半分だけの手紙に書かれていた、下一桁が欠けた電話番号の候補をリストアップ。
[12] [7月24日(木) 短い幕間。ルイスは恐るべき試練の場であるオックスフォードのテスト機関、試験部にはじめて足をふみ入れる] 試験結果が発表される。ルイス、試験の合格者リストの作成手順を教わる。最終リストが出来上がる直前までは、結果について確かなことは誰も知り得ない。
[13] [7月24日(木) 偶然のことからモースは訪れるつもりのなかった学寮の部屋をのぞく] 守衛はモースの質問に答えた。学生も教授たちも、ほとんどは休暇で欧州などへ旅行に出かけている。前日か前々日にはブラウン=スミスから、通知があるまでは不在転送の不要を伝える電話連絡があったという。その声はブラウン=スミスのものだったと言う守衛は、ここの勤務を始めて3ヶ月少々。モース、ブラウン=スミスの部屋に入り、そこにあるタイプライターを試してみた。ウェスタビーの部屋の中では引越し作業員が働いていた。尋ねてみると、ウェスタビーはもう休暇に入っているだろうと作業員は答えた。モース、その部屋のタイプライターも試してみた。怪しい荷物を検めてみると、それは大理石製の頭部だった。ギルバート登場。彼もモースと同様に、下顎にマフラーを巻いていた。モースが部屋を去った後、ギルバートは密かにブラウン=スミスとウェスタビーのタイプライターを入れ替えた。
[14] [7月24日(木) 予備捜査が活発に行われるが、その中で出現する矛盾した証拠をモースは意に介しないように見える] 死体には数多くの献血の形跡が残っている。ブラウン=スミスの最近の献血記録は見つからず。モース、ブラウン=スミスからのものとされる手紙が、ウェスタビーのタイプライターで打たれていたものであることを確かめた。
[15] [7月24日(木) モースは二つの方面から、人間の心――とくにロンズデールのブラウン=スミス博士の心のはたらきかたについて貴重な洞察を得る] モース、野心家のアンドルーズと話す。彼は残り数ヶ月の命のブラウン=スミスの後を引き継ぐことになっている。学寮長の座も目指している。彼だけでなく皆がそうであり、学寮長に選出されなかったブラウン=スミスは失望したであろうとアンドルーズは信じている。モース、医学館長に質問し、脳腫瘍が原因で当人の性格や言動に変化を与えることがあると知る。
[16] [7月24日(木) モースはこれまでの事件の経過をかえりみ、ルイスはみずからそれと気づかずに、ふたたびその触媒となる] ルイスによる調査の結果、ブラウン=スミスからの手紙の文章を打ったのは彼の部屋のタイプライターと判明。モース、誰かがブラウン=スミスとウェスタビーの部屋のタイプライターを、モースが調べた後に入れ替えたと断言。ジェーンの両親は6年前に他界しており、死体の手紙の作者ではあり得ない。
[17] [7月25日(金) 身もとと死についての議論が二人の捜査官をしだいに真実に近づける] もし殺人者が死体の身元を隠すためにその頭部や手足を切断したならば、その着衣も別人のものに着せ替えるのではないか?
[18] [7月25日(金) モースはロンズデールの別の首脳の招待を受け、ルイスは単調で退屈な仕事に取り組む] モース、副学寮長と話す。学寮長は聖職者であってはならず、8名の上級特別研究員の投票で選出され、反対票が0で、かつ賛成が6票以上必要。現副学寮長は聖職者なので、候補者となる資格すらない。5年前の選挙の際にはブラウン=スミスが候補者となったが、賛成6・反対1・棄権1で彼は落選した。次にウェスタビーが候補者となったが、彼もまた賛成6・反対1・棄権1で落選した。最終的には妥協により満場一致で最も当り障りのない現在の学寮長が選出された。ブラウン=スミスとウェスタビーのそれぞれに反対票を入れた人物が誰なのかは、候補者両名ともに確信を持っていた。両者はそれ以前から相性が悪かったが、以来、彼らの関係は完全に決裂した。
[19] [7月25日(金) われわれの二人の捜査官は、バラバラ死体の意味するものを、まだ充分につかみきれないでいる] 死体がブラウン=スミスのものなのか、それとも犯人がそのように見せかけようとしているのか、未だにモースは断定できない。通報者の“サイモン・ロウボーサム”という名は、“O・M・A・ブラウン=スミス”の綴り換え?
[20] [7月26日(土) 事件の最初の段階のきわめて短い結び] モース、死体の主はブラウン=スミスではないと確信している。翌朝、モースのもとに、非常に興味をそそられる手紙が届けられた。
[二マイル 21] [間違った手がかりから正しい道を進むことになったモースは、いま自分の判断の正しさがほとんど全面的に証明されたことを知る] モース、“サイモン・ロウボーサム”は“O・M・A・ブラウン=スミス”の綴り換えではないと指摘される。一字が合わない。そして当の“サイモン・ロウボーサム”が見つかり、モースはその件から興味を失う。モースに届けられた手紙は、なぜかバークレイズ銀行経由で送られてきた。手紙には、7月21日に依頼され、26日に郵送したと添え書きがされていた。銀行側は守秘義務を盾に、その事情については口が固い。ウェスタビーが彼らの顧客であることは確認できた。
[22] [7月28日の午前中にモース主任警部とルイス部長刑事がしらべた、拝啓も最後の署名もない長い手紙の全文] ブラウン=スミスが死体を自分のもののように見せかけたと自白する内容。歓楽街での出来事などについても書かれている。モースへの挑戦状。
[23] [7月28日(月) 必要な調査の仕事を二分して調査が進められる] モースとルイスの四つの大きな調査範囲。1.遠い昔の砂漠の戦争でブラウン=スミスは真の人間を試す試金石に掛けられ――そして惨めに失敗したというが、その事実とはどういうものか? 2.ウェスタビーはますます複雑化してきた全体像の中のどこに位置するのか? 3.ブラウン=スミスが不発に終わったイヴォンヌとの性的冒険の後に会った人物は誰か? 4.発見されたのは誰の死体なのか? モースはジョン・ギルバートの死は公式記録上は戦死となっているが、事実としては自殺であることを知った。
[24] [7月29日(火) モースは二人の女――そのうちの一人には彼は一度も会ったことがない――にたいして大きな影響力をもっているように見える] モース、18日前のブラウン=スミスの足取りを辿る。
[25] [7月29日(火) ルイスは現場へもどり、驚くべき新発見をする] ルイス、死体が投げ込まれたと思しき現場付近にウェスタビーの売り家があることを知る。ウェスタビーの素描にご満悦。「ロンドンっ子。小柄でこざっぱりした我の強い男――少し耳が遠く――かなり秘密主義。少し目を細める癖がある――しかし、これはたいがい口の端に煙草を咥えているせいかもしれない」
[26] [7月29日(火) ケンブリッジ・ウェイの家でなんの応答も得られなかったモースは、“フラメンコ・トップレス・バー”の支配人と会ったときのことを思いかえす] モース、ブラウン=スミスの足取りをさらに辿り、29番地のマンションを訪問。最後は30分以上軟禁される。
[27] [7月29日(火)午後 モースはロンドンの中心地にある豪華なマンションを調べて、居住者の謎のような姿をちらりと見、第二の死体を発見する] モース、29番地のマンションを再訪。補聴器を付けた守衛に話を尋問。部屋の一つは2ヶ月前にウェスタビーが購入。その部屋を守衛に案内させ、調べる。モースは守衛が何か嘘をついていると感じ取るが、その奥にある情報を引き出すことはできなかった。マンション内を歩いている際、モースは金持ちらしいアラブ系の住人と会った。そのときその男はちょっと妙な表情でモースのほうを見た。モース、最近売れたばかりの部屋も案内させた。作り付けの衣装箪笥に錠が掛かっていた。モースの命令により、守衛はドライバーを用いてこじ開けた。背中に小さな孔の開いた死体が入っていた。守衛に尋ねると、見知らぬ男だという。モースはそれがロンズデールの学寮で一度会ったことのある、アルバート・ギルバートの顔であると気づいた。
[28] [7月29日(火) モースはすばらしい女に会い、さらにすばらしいと思われる女性のことを知る] モース、アルバート・ギルバートがイヴォンヌを雇い、ブラウン=スミスに“悪戯”を仕掛けたことを、アルバートの妻から聞き出す。モースはアルバートの死を彼女に伝えて去った。その後、夫が帰宅した途端に妻は失神した。原因がさっぱりわからず慌てた夫はすぐに医師に電話した。
[29] [7月29日(火) 人間はすべて、どんなに悲観的な者でも、一生のある時点でとほうもない希望にうつつをぬかすことがある] モース、イヴォンヌと会う。ウェスタビーがギリシャから投函した絵葉書が届く。
[30] [7月30日(水) この章では“二マイルの教え”がくわしく説明され、モースは上司に呼びつけられる] モース、絵葉書の消印は偽造と断じる。
[三マイル 31] [8月1日(金) この恐るべき事件の主人公の一人は、近来の巡礼者のように重荷を捨てようと決心する] ウェスタビーは29番地のマンションの部屋に入り、ドライバーを取り出し、仕事を始めた。そして部屋を出ると、重荷を捨てた。そして一時の住処であるホテルの部屋に戻ってベッドに倒れ込み、ようやく一息ついた。ところがホッとしたのも束の間、彼のそばに誰かがいることに気づいた。意外な人物の姿を見て驚愕したまま、ウェスタビーはその生涯を終えた。
[32] [8月2日(土) イギリス人はよくイギリスの鉄道について不平をならす。しかし、この場合、そういう不平にはあまり根拠がないように思われる] 列車から降りようとして転倒した男が死んだ。彼はモースに会いに行く途中だった。
[33] [8月2日(土) スラップの運河で発見されたのはだれの死体なのか? 残った論争点はごくわずかであることが、いまやますます明らかになった] 死体の脚が見つかった。
[34] [8月4日(月) モースとルイスは一マイルの境界線まで引きかえす] モース、抜歯する。
[35] [8月4日(月) 彼らは二マイル目をゆっくり進む。モースには途中のいたるところに道しるべがあるように見える] モース、警察医に死体の身元を明かす。
[36] [8月4日(月) いまや二マイル半の長い、曲がりくねった道を歩き終わり、大団円に近づく] モース、想像で穴を埋める。
[37] [8月4日(月) モースは主要な出来事の説明を――すこしばかり彼一流の想像力の助けを借りて――ほとんど完了する] そして誰もいなくなった。
[38] [8月4日(月) 三マイルの里程標] 因果応報。
[39] [早すぎたエピローグ] モース、ロンズデールの立食パーティーに招待される。
[40] [最後の発見] 最初の事件の凶器が見つかる。