ブラウン神父シリーズの第2短編集。ストーリーテリングの妙。今やスタンダードとなったトリックの数々。[???]
J・ブラウン神父:神に仕える蝙蝠傘がトレードマークの小男
ヘルキュール・フランボウ:巨大な身の丈と不敵な腕力の持ち主, 驚くべき軽業師, 天才の閃きも持ち合わせる, 犯罪界の大立者として知られた人物
「グラス氏の失踪」 :姿を見せぬ、謎のグラス氏。
「泥棒天国」 :山賊団のあまりにも脆弱な拠点。
「ヒルシュ博士の決闘」 :対戦者のうちの強そうなほうが決闘から逃げ出す。
「通路の人影」 :目撃者たちの証言がすべて違う人影。
「器械のあやまち」 :正しい機械から導き出される誤った答え。
「シーザーの頭」 :目撃は不可能な出来事を知る恐喝者。
「紫の鬘」:秘密を隠すためには奇妙な鬘。
「ペンドラゴン一族の滅亡」:言い伝えを利用した犯罪。
「銅鑼の神」:犯行の隠し方。
「クレイ大佐のサラダ」:実現していく猿神の呪い。
「ジョン・ブルノワの珍犯罪」:殺人犯と名指しされた人物の小さな犯罪。
「ブラウン神父のお伽噺」:住民の武装解除を徹底した独裁者が射殺される。
※以下の反転表示部はネタバレ注意。
前作と比べればさすがに少々気の抜けたような作品も多いが、「通路の人影」や「器械のあやまち」など、それでも代表作とされる作品も多く含まれており、やはり古典として必読。まあシリーズ通しても5冊だけなんだから、結局全部必読だなw
「グラス氏の失踪」
オリオン・フッド博士:犯罪学者
マギー・マクナブ:下宿屋の娘
ジェームズ・トッドハンター:その恋人
部屋に入ってみると、そこには一騒動の跡があった。トランプが部屋中に散乱している。テーブルの上にはワイングラスが二つ置かれ、もう一つが床の上で砕けている。わずかに血の付いた、刃が真っ直ぐな小剣が落ちている。部屋の片隅にはシルクハットも転がっていた。そして最も目に付くのは、口にスカーフを噛まされ、ロープで肘と踵の辺りをぐるぐる巻きにされて倒れている、この部屋の住人であるジェームズ・トッドハンター氏であった。
彼の恋人であるマギーは、これはグラス氏の仕業と直感した。彼が乱暴狼藉を働いて、彼女の恋人をこのようなひどい目に遭わせたのだと。
グラス氏というのは時折トッドハンターを訪ねて来る人物で、マギーは部屋の中で二人が話すのを何度か聞いている。しかしこの男は後ろ暗いところがあるらしく、いつも密かに立ち去ってしまい、彼女の前に一度もその姿を見せたことがなかった。その怪人物の名前すら、彼女が二人の会話を立ち聞きした際に、トッドハンターが呼び掛けるのを聞いて知ったという次第なのだ。彼女が聞いた、トッドハンターのわずかな言葉からの推測になるが、グラス氏は彼を強請っていたのではないか。
オリオン・フッド博士はマギーとはやや異なる見解を持っていた。彼はシルクハットを拾い上げ、縛り上げられたままのトッドハンターの頭に載せ、サイズが大きすぎることを確かめた。
なぜ早くトッドハンターを縛ったロープを解かないのかという一同の非難を無視して、博士は自身の推理を語り出した。
「このシルクハットはトッドハンター氏とはサイズが合わない。つまりグラス氏の帽子です。この状況は一見グラス氏がトッドハンター氏を縛り上げ、逃亡したように見える。ところがそう考えると、いくつか気になる点があります。第一に洒落者と思われるグラス氏がなぜシルクハットを置いて立ち去ったのか。第二にこの部屋の窓は内側から施錠されている。第三に小剣には血が付いているが、見たところトッドハンター氏は負傷していない。第四に強請というのは被害者が加害者の殺害を目論むことはあっても、その逆はあまりないということです」
そこで一息入れた博士は結論を述べた。
「私はトッドハンター氏のロープを調べました。私はロープの結び方には少々心得があります。これは自分で自分を縛ったものです。彼は自分を強請っていたグラス氏を殺害してどこかに隠し、その疑いから逃れるために、逆に襲われたように見せかけたのです」
博士の話を聞いていたトッドハンターは奇妙な表情を浮かべていた。博士はそれを病的な精神状態の兆候であると推測した。しかしブラウン神父の見解はそれとは異なっていた。
「彼が笑っているのがわからないのですか」
トッドハンターは奇術師だった。大きすぎる帽子はウサギやキャンディーを取り出すためのもの。小剣に血が付いているのは、彼が剣を呑み込む芸の練習中にわずかに口の中を傷つけたため。トランプが散乱しているのは言わずもがな。
ではグラス氏は?
マギーが聞いたグラス氏への呼び掛けの言葉は、トッドハンターがワイン“グラス”のお手玉芸の練習中に何やら呟いていただけだった。砕けていたグラスはその練習の痕跡にすぎない。つまりグラス氏なる人物は存在していなかったのである。
マギーが聞いた二人の人物の会話は、トッドハンターによる腹話術の練習の成果である。
オリオン・フッド博士のシャーロック・ホームズばりの大真面目な推理をブラウン神父があっさりと否定し、馬鹿馬鹿しい結論を引き出すという趣向。この展開がなかなか面白いので、フッド博士とのコンビはシリーズ化して欲しかったw
冒頭でブラウンが若い二人の恋愛相談のためにフッドに会い行き、それがフッドを事件に巻き込むことになるのだが、ブラウンがなぜそんな話をフッドに持ち込んだのかが謎。ブラウンが自身で解決できないような人間関係の問題があり、それを誰かに持ち込むというのがちょっと納得し難い。ブラウン神父ほどの人物ならば最初から展開をすべてお見通しで、あえてフッドに恥をかかせたようにすら思えてしまうw
「男も娘も、お互いに相手と結婚したがっています。だから事態が紛糾しておるんです」
「泥棒天国」
ムスカリ:フローランスの若手詩人
エッツァ・モンタノ:ムスカリの幼馴染
サミュエル・ハロゲイト:銀行家
フランク・ハロゲイト:サミュエルの息子
エセル・ハロゲイト:サミュエルの娘
銀行家・ハロゲイト一行が乗った馬車が峠で盗賊に襲撃された。一行の案内人・エッツァこそが盗賊の頭目だったのだ。ハロゲイトたちを捕らえたエッツァは、それを周辺地域一帯に張り出すつもりだという布告文を読み上げた。
「第一、我々は富豪のサミュエル・ハロゲイト氏を捕らえた。第二、氏は我々に2000ポンド相当の紙幣と証券を譲り渡した。第三、我々はハロゲイト氏の友人方に3000ポンドの身代金を要求する」
エッツァは一般大衆を偽りで騙す不道徳が許せなかったので、第二の点が偽りではないことをすぐに証明した。すなわちハロゲイト氏の懐の2000ポンドを譲り受けたのである。
奇妙な点が三つあると、ブラウン神父は言った。
第一の点。以前、エッツァはハロゲイト氏に対し、エセルが危機に晒される可能性について話していた。もしエッツァがハロゲイト氏を罠に掛けるつもりだったなら、わざわざそんな警告を出すだろうか?
第二の点。なぜエッツァはハロゲイト氏から2000ポンド巻き上げたことを布告文でことさらにアピールするのだろうか?
第三の点。エッツァが盗賊の楽園と称し、その根城だというこの場所は決して堅固な要塞などではなく、外からの攻撃に対してあんまりにも脆弱。
第三の点については、すぐにブラウン神父の見立てが正しいことが証明された。そこに現れた憲兵隊に対して、盗賊団は為す術がなかったのである。
盗賊王は深い崖下へと身を投げた。しかしそれは自称盗賊王のエッツァ・モンタノ氏ではなく、銀行家として知られるサミュエル・ハロゲイト氏だった。
雇った役者の盗賊に捕えられ、横領したカネとともに自分自身も姿を消すというシナリオは、正に偉大な盗賊王の最後の芝居に相応しいものだった。
ブラウン神父は事件に対してはほぼ傍観者で、ムスカリとエセルのキューピッドとしての役割以外には何もしていないw
盗賊の隠れ家として相応しいのは人里離れた山深い地の要塞よりも、むしろ人が溢れる大都会なのだという逆説。ロマンティックな山賊たちはいなくなったのではなく、体裁を整えて街に入り、やり方を変えただけなのだという皮肉。
「啓蒙開化された活動的な社会へなら、どこへでも俺は行く」「なるほど、真の盗賊の楽園へか」
「ヒルシュ博士の決闘」
P・ヒルシュ博士:偉大な科学者
シモン:その召使
モーリス・ブラン:ヒルシュ博士の弟子
アルマン・アルマニヤック:同
ジュール・デュボスク大佐:盲目的愛国士官
ヴァローニュ公爵:決闘の介添人
ヒルシュ博士の家の前で、デュボスク大佐が大音声で告発していた。ヒルシュ博士は自身が発明した無音火薬の秘密をドイツに渡しているというのだ。真っ黒な髪と大きな口髭を生やし、首から耳までをスカーフで覆ったがっちりした体格のこの男は、その罪の証拠だという書類を提示していた。
「かの男に知らせてくれ。火薬の分子式は赤インクで書いてあって、陸軍省大臣室のデスクの左側の一番上の抽斗の中の灰色の封筒に入れてある。P・H」
その筆跡がヒルシュ博士のものではないとは、誰も言えなかった。
ひとしきり演説した後、大佐は博士の家に入った。彼の罵り声は家の外まで漏れた。
すると大通りに面したバルコニーから博士がその顔を覗かせた。そこに集まった群衆は、それまでは売国奴たる博士に対して激しい怒りを表明していた。しかしむき出しのひょろ長い首、垂れ下がったなで肩、雑草のように生えた人参のような色の長い髪、青い眼鏡を掛けた青ざめた顔、いかにも貧弱でコミカルな博士の姿を見た途端、その怒りは笑いにすら変わった。
博士は群衆に向かって語り掛けた。
「私は法廷に出て裁判に勝ち、身の潔白を明かすつもりです。しかしフランス人というものは、英国人がスポーツマンを要求するように、決闘者を要求するのです。私は皆さんの気の済むように野蛮な決闘をしましょう」
家から出てきたデュボスク大佐はこの成り行きに満足していた。
問題の書類については、書かれた内容にいくつかおかしな点があった。火薬の分子式は赤インクでは書かれてないし、抽斗はデスクの左側ではなく右側にあるし、封筒は灰色ではなく白いのである。つまりそこに書かれた情報はどれもデタラメなのだ。
フランボウは思った。これは情報を知らない者、つまり博士以外の人物が書いたものだから間違いだらけなのだと。
ところがブラウン神父の見解は違っていた。すべてを正確に間違うためには、すべてを知っていなければならないのだという。
大ニュースが飛び込んできた。デュボスク大佐が、決闘場で博士に謝罪を伝えてくれと言い残し、国を離れる準備を始めたのだ。それを聞いたブラウン神父の顔に浮かんだ表情の意味をフランボウは悟っていた。神父が真相を掴んだのだと。
ブラウン神父とフランボウ、そしてヴァローニュ公爵の三名はデュボスク大佐の後ろ姿を追い掛けた。神父は言った。
「彼はありとあらゆる所から姿を消してしまうつもりです。死体も見つからないでしょう」
大佐はヒルシュ博士の家に入った。それを見た公爵は、結局博士と大佐が相まみえることになるのかと興奮した。しかし神父は、彼らは永久に会うことなどないと断言した。
三人は部屋を覗き、その中を歩き廻る大佐を見守った。
それまで着ていた服を脱ぎ、洗面所で顔を洗ったデュボスク大佐はすっかり別人のようになっていた。着替えた彼はバルコニーに出ると、熱狂的に彼を出迎えた群衆の歓声に応えた。勝利を称える声がヒルシュ博士の野心を満たしていた。
いくら頭脳の偉大さがあろうとも、原始的野蛮さについての劣等感は消えないという話と見ることもできるだろうか。
国家の重要人物に決闘なんて挑もうものなら、そのプロフィールはすぐに調べ上げられそうなものだ。
「あらゆる点で間違えようとするには、恐ろしく多くのことを知っていなければならんのだ」
「通路の人影」
オーロラ・ローム:女優
パーキンソン:衣裳方
イジドール・ブルーノ:米国の名優
ウイルソン・セイモア卿:常識あるものなら誰でも知っている重要人物
カトラー大尉:社交界に縁遠い者でも知る著名人
モンクハウス:裁判官
ウォルター・カウドレイ卿:検事
パトリック・バトラー:王室顧問弁護士
通路の奥で女優のオーロラ嬢が殺害されていた。その命を奪ったのは短い刃物であり、現場からは正にその凶器と見られる短剣が押収された。
ところでオーロラ嬢の死体が発見される直前に、その通路の反対側から三人の男が彼女のものではない人影を目撃していた。ところがその三名の目撃証言は、とても同一人物を目撃したようには思えない奇妙なものだった。
ウイルソン・セイモア卿が見たのは、女のような髪を生やして男のズボンを穿いた、曲線のしなやかな得体の知れぬ人物。
カトラー大尉が見たのは、豚のような剛毛の髪を持つ、猫背のチンパンジー男。
ブラウン神父が見たのは、形はずんぐりしていて太く、そのてっぺんの両側から弓なりの黒い突起物が出た姿。
目撃したものは何かと問われたブラウン神父は、それは自分自身だと答えた。そのとき通路には鏡が立っていたおり、目撃者たちはそれぞれ自分自身の姿を見たのだ。
つまり女のような髪を生やして男のズボンを穿いた、曲線のしなやかな得体の知れぬ人物とはウイルソン・セイモア卿であり、豚のような剛毛の髪を持つ、猫背のチンパンジー男とはカトラー大尉だったのである。
そして凶器は短剣ではなく、刃先の短い小道具の槍であった。彼女の命を奪ったパーキンソンは、己の罪の重さに押し潰されて既にこの世を去っていた。
自分を客観視するのは難しい…というお話。
ほぼ趣向だけで物語が成立していて、事件の細かいところは大雑把。ブルーノの楽屋口から通路に出て来たパーキンソンがオーロラ嬢を槍で刺したのなら、少なくともブルーノは殺人犯がパーキンソンと気づいていても良さそうなものだ。当のブルーノは、読者の前で証言の機会さえ与えられていない…。凶器についても短剣だろうが槍だろうが、どっちでもいい感じ。
僕は現場の図面をここに貼り付けた画像のように想像してるけど、ひょっとして僕は大きく勘違いしてるのかもw
「どうしてあなただけが、鏡に写った自分の姿だとわかったのでしょう?」「私が平生あまり鏡を眺めないせいかもしれません」
「器械のあやまち」
グレイウッド・アシャー:刑務所の副所長
アイアトン・トッド:一大で財を成した富豪
エタ・トッド:その娘
フォールコンロイ卿:英国貴族, 旅行家
オスカー・ライアン:脱獄囚
オスカー・ライアンと名乗る囚人は看守を殺害して銃を奪い、脱走した。現場には書き置きを残していた。
「これは正当防衛だ。相手は銃を持っていた。俺は誰にも危害を加えるつもりはなかった。ある一人だけは別だが。弾丸はピルグリムズ・ポンドのために取っておく。O・R」
たまたま怪しい人物を捕らえた刑務所の副所長・アシャーは、彼こそそのオスカー・ライアンではないかと疑っていた。銃こそ持っていなかったものの、体の大きさに合わぬボロボロの布の服を身にまとい、疲れ切った様子で夜に紛れて畑の中を駆けている者など、脱獄囚以外にまずあり得ないだろう。しかもその男は何一つ話そうとせず、よほどやましいことがある様子だった。
ところでちょうどその頃、ピルグリムズ・ポンドにあるトッド氏の屋敷から散歩に出掛けたフォールコンロイ卿が戻って来ないという事件が発生していた。その事実と囚人の書き置きとは見事に結び付くではないか。すなわち、オスカー・ライアンはピルグリムズ・ポンドにてフォールコンロイ卿に対し、宣言通りに弾丸を使用したということである。死体は池にでも沈めたのであろう。
アシャーはその推理を確かめるために、ある装置を使用した。それは脈拍を測定するもので、被験者の動揺が数値として記録されるのだ。
果たしてその男はアシャーの予想通りの反応を示した。様々な鳥の名前を男に見せると、“フォールコン”(ハヤブサ)に対してだけは大きく反応したのである。そして“フォールコン”に“ロ”を書き加えて“フォールコンロ”とすると、反応はさらに激しくなった。これは明らかにフォールコンロイ卿を撃った犯人の反応に違いない。
しかしまだアシャーはそれについて確信があるとまでは断言できなかった。何せほかに証拠というものがあるわけでもない。ところがアシャーがさらに尋問しようとしたとき――男はもう根負けして、自白する正にその瞬間の直前――だった。尋問待ちの控え室にいた女が男を見るなり叫んだ。
「ドラガー・デイヴィス! ドラガー・デイヴィスが捕まった!」
アシャーはドラガー・デイヴィスという名をよく知っていた。それは長年に渡って警察を悩ませている大犯罪者である。もはやアシャーはこの男が自称オスカー・ライアンで、その正体は大犯罪者ドラガー・デイヴィスであり、フォールコンロイ卿殺害犯と信じて疑わなかった。
ブラウン神父はアシャー氏に言った。
「あんたがたは、ありとあらゆる罪が皆一つの袋にでも入っていると考えておられるようだ。ある犯罪者はほかのどの犯罪にも関わっているのだと」
そのとき、部屋に新たな一人の男が飛び込んできた。彼はアシャーに向かって俺の客を返せと喚いた。仰天して、お前は誰だと怒鳴り返すアシャーに神父は言った。
「このお方のお名前はトッドというんでしょうな」
ブラウン神父は説明した。ピルグリムズ・ポンドで仮装パーティーがあったこと。その客の一人であるフォールコンロイ卿が、散歩中に銃を持った囚人に出会い、慌てふためいて屋敷に逃げ帰るところを刑務所の副所長に捕えられたこと。“フォールコン”という文字に反応したのは、それは殺した相手ではなく、自分の名前だったから。彼が黙っていたのは、自分の様子が貴族として相応しからぬもので、恥ずかしかったから。そしてついに名前を明かそうとした瞬間、自身の別の名前に気づかれ、フォールコンロイと名乗る気も失せたのだ。
米国の純朴な副所長に英国の神父は語った。有力な英国貴族の中には、最近のし上がったばかりの者もいるのだと。その中には、たとえば米国でいかがわしい過去を持っているような、経歴の怪しい者もいるのである。
機械は間違わないが、それを扱うのが人間である以上、その結果が真実とは限らないというお話。今さら気づいたけど、オースチン・フリーマンの「計画殺人事件」と同傾向のテーマだ。
現在では嘘発見器などもだいぶ進歩したんだろうけど、今や脳に偽の記憶を埋め込むことさえ夢物語じゃないからねぇ。もしそうなったら、証言なんてまったく当てにならなくなってしまう。
いずれはDNAだって簡単に偽造できるようになるんじゃないだろうか。
「信頼に足る機械を動かすのは、いつも信頼できぬ機械、つまり人間ですよ」
「シーザーの頭」
カーステアズ大佐:“カーステアズ・コレクション”の設立者
ジャイルズ・カーステアズ:その長男
アーサー・カーステアズ:その次男, “カーステアズ・コレクション”の後継者
クリスタベル・カーステアズ:その長女
フィリップ・ホーカー:クリスタベルの恋人
カーステアズ大佐は放蕩者の長男・ジャイルズを、僅かばかりの仕送りとともにオーストラリアに送った。孝行者で学業優秀な次男・アーサーには――褒美のつもりであろう――年金を付け、ローマ貨幣収集の“カーステアズ・コレクション”の後継者とした。そして長女のクリスタベルには――軽蔑の印であろう――ほかの全財産を遺した。
後継者となったアーサーはすっかりコレクションに打ち込むようになってしまった。コレクション部屋に籠り、めかし込んで出掛けるのは、新たな仕入れのためにロンドンの古銭屋に向かうときだけ。コインに対する態度はもはや偶像崇拝の域に達し、古銭屋から抱えてきた紙包みに自分以外が手を触れることさえ禁忌であるかのようだった。
ある夏の日、アーサーが持ち帰ったばかりの包みを解き、その中身を数枚ずつコレクション部屋に運んでいた。そしてようやく彼が部屋に籠ったのを見届けたクリスタベルは、約束していた恋人のフィリップに会いに行こうと立ち上がった。
そのとき彼女は机の上に、アーサーが置き忘れた一枚のローマ貨幣を見つけてしまった。それはシーザーの頭が刻まれたもので、そこに描かれた姿はフィリップにそっくりなのだ。
昔、ジャイルズはフィリップによく似た顔が刻まれた貨幣があると話していて、フィリップはそれを欲しがっていた。そのコインが目の前にあったのだ。彼女は誘惑に抗しきれず、ついそのコインを盗んでしまった。そして浜辺でフィリップに会うと、すぐにそのコインを彼に贈った。
クリスタベルは寒気に襲われた。遠くの砂の丘を見ると、そこに男が一人。相手は影にしか見えない。決して視線を感じられるような距離ではないのだが、彼女は胸騒ぎを覚えていた。男はまっすぐ彼女の目の前までやって来て、話しかけてきた。黒い顎髭と色眼鏡が目立つ、鼻の先端が曲がった蝋のような肌の男は、どうやら彼女の盗難を種にして恐喝しているのであった。
そのときクリスタベルの中に浮かんだ疑問は、なぜ彼が彼女の盗難を知っているのだろうということだった。盗難はとっさのことであり、周囲には誰もいなかった。そしてフィリップに会うまで握り締めていたコインを誰かに見られるはずもなく、彼にそれを渡した瞬間にはこの正体不明の男は遠くの砂丘にいたのだ。小さなコインを見て取ることは不可能である。
その場はやり過ごしたものの、その後も付き纏われ、結局クリスタベルはとりあえず手持ちのカネをあるだけ渡し、男を追い返した。
そして彼女は逃亡した。
クリスタベルの話を聞いたフランボウは言う。強請には少なくとも三名の人物が関る必要があると。すなわち、秘密を暴かれる者、それを暴露すると脅す者、その秘密を聞かされる者である。
しかしそれに対してブラウン神父は言う。理論上はその通りだが、実際には二人で事足りると。たとえば酒を禁じられた夫が酒場へ通ってるのを知った妻が、別人の振りをして、妻にばらすぞと夫を脅すような場合である。
アーサー・カーステアズは自ら命を絶った。ブラウン神父たちは“カーステアズ・コレクション”が収められた部屋に入った。アーサーが古銭屋から持ち帰った紙包みからこぼれていたのは古代のローマ貨幣ではなく、現代の英国貨幣だった。
アーサーは父の遺産配分の方法についてはまったく快く思っていなかった。古代の貨幣よりも現代の貨幣のほうにより大きな魅力を感じた彼は、古銭屋から古代の貨幣を仕入れるよりも、手持ちの古代の貨幣を現代の貨幣に替えるほうを選んだのだ。そして目ぼしいものは売り尽くした彼は、次に兄や妹を強請るようになったのだった。
今や“カーステアズ・コレクション”で残ったものは、クリスタベルがフィリップに贈ったあのコイン一枚だけだった。
コレクターというのはいつの世も罪深き者で…w
ともかく父・カーステアズ大佐はアホすぎるだろう、と。そりゃあ次男がひねくれるのも当然だよw
「硬貨収集家も守銭奴も、どっちにしても大した違いはあるまい。守銭奴のいけないところというのは、大概は収集狂のいけないところと一致するんじゃないかね」
J・ブラウン神父:神に仕える蝙蝠傘がトレードマークの小男
ヘルキュール・フランボウ:巨大な身の丈と不敵な腕力の持ち主, 驚くべき軽業師, 天才の閃きも持ち合わせる, 犯罪界の大立者として知られた人物
「グラス氏の失踪」 :姿を見せぬ、謎のグラス氏。
「泥棒天国」 :山賊団のあまりにも脆弱な拠点。
「ヒルシュ博士の決闘」 :対戦者のうちの強そうなほうが決闘から逃げ出す。
「通路の人影」 :目撃者たちの証言がすべて違う人影。
「器械のあやまち」 :正しい機械から導き出される誤った答え。
「シーザーの頭」 :目撃は不可能な出来事を知る恐喝者。
「紫の鬘」:秘密を隠すためには奇妙な鬘。
「ペンドラゴン一族の滅亡」:言い伝えを利用した犯罪。
「銅鑼の神」:犯行の隠し方。
「クレイ大佐のサラダ」:実現していく猿神の呪い。
「ジョン・ブルノワの珍犯罪」:殺人犯と名指しされた人物の小さな犯罪。
「ブラウン神父のお伽噺」:住民の武装解除を徹底した独裁者が射殺される。
※以下の反転表示部はネタバレ注意。
前作と比べればさすがに少々気の抜けたような作品も多いが、「通路の人影」や「器械のあやまち」など、それでも代表作とされる作品も多く含まれており、やはり古典として必読。まあシリーズ通しても5冊だけなんだから、結局全部必読だなw
「グラス氏の失踪」
オリオン・フッド博士:犯罪学者
マギー・マクナブ:下宿屋の娘
ジェームズ・トッドハンター:その恋人
部屋に入ってみると、そこには一騒動の跡があった。トランプが部屋中に散乱している。テーブルの上にはワイングラスが二つ置かれ、もう一つが床の上で砕けている。わずかに血の付いた、刃が真っ直ぐな小剣が落ちている。部屋の片隅にはシルクハットも転がっていた。そして最も目に付くのは、口にスカーフを噛まされ、ロープで肘と踵の辺りをぐるぐる巻きにされて倒れている、この部屋の住人であるジェームズ・トッドハンター氏であった。
彼の恋人であるマギーは、これはグラス氏の仕業と直感した。彼が乱暴狼藉を働いて、彼女の恋人をこのようなひどい目に遭わせたのだと。
グラス氏というのは時折トッドハンターを訪ねて来る人物で、マギーは部屋の中で二人が話すのを何度か聞いている。しかしこの男は後ろ暗いところがあるらしく、いつも密かに立ち去ってしまい、彼女の前に一度もその姿を見せたことがなかった。その怪人物の名前すら、彼女が二人の会話を立ち聞きした際に、トッドハンターが呼び掛けるのを聞いて知ったという次第なのだ。彼女が聞いた、トッドハンターのわずかな言葉からの推測になるが、グラス氏は彼を強請っていたのではないか。
オリオン・フッド博士はマギーとはやや異なる見解を持っていた。彼はシルクハットを拾い上げ、縛り上げられたままのトッドハンターの頭に載せ、サイズが大きすぎることを確かめた。
なぜ早くトッドハンターを縛ったロープを解かないのかという一同の非難を無視して、博士は自身の推理を語り出した。
「このシルクハットはトッドハンター氏とはサイズが合わない。つまりグラス氏の帽子です。この状況は一見グラス氏がトッドハンター氏を縛り上げ、逃亡したように見える。ところがそう考えると、いくつか気になる点があります。第一に洒落者と思われるグラス氏がなぜシルクハットを置いて立ち去ったのか。第二にこの部屋の窓は内側から施錠されている。第三に小剣には血が付いているが、見たところトッドハンター氏は負傷していない。第四に強請というのは被害者が加害者の殺害を目論むことはあっても、その逆はあまりないということです」
そこで一息入れた博士は結論を述べた。
「私はトッドハンター氏のロープを調べました。私はロープの結び方には少々心得があります。これは自分で自分を縛ったものです。彼は自分を強請っていたグラス氏を殺害してどこかに隠し、その疑いから逃れるために、逆に襲われたように見せかけたのです」
博士の話を聞いていたトッドハンターは奇妙な表情を浮かべていた。博士はそれを病的な精神状態の兆候であると推測した。しかしブラウン神父の見解はそれとは異なっていた。
「彼が笑っているのがわからないのですか」
トッドハンターは奇術師だった。大きすぎる帽子はウサギやキャンディーを取り出すためのもの。小剣に血が付いているのは、彼が剣を呑み込む芸の練習中にわずかに口の中を傷つけたため。トランプが散乱しているのは言わずもがな。
ではグラス氏は?
マギーが聞いたグラス氏への呼び掛けの言葉は、トッドハンターがワイン“グラス”のお手玉芸の練習中に何やら呟いていただけだった。砕けていたグラスはその練習の痕跡にすぎない。つまりグラス氏なる人物は存在していなかったのである。
マギーが聞いた二人の人物の会話は、トッドハンターによる腹話術の練習の成果である。
オリオン・フッド博士のシャーロック・ホームズばりの大真面目な推理をブラウン神父があっさりと否定し、馬鹿馬鹿しい結論を引き出すという趣向。この展開がなかなか面白いので、フッド博士とのコンビはシリーズ化して欲しかったw
冒頭でブラウンが若い二人の恋愛相談のためにフッドに会い行き、それがフッドを事件に巻き込むことになるのだが、ブラウンがなぜそんな話をフッドに持ち込んだのかが謎。ブラウンが自身で解決できないような人間関係の問題があり、それを誰かに持ち込むというのがちょっと納得し難い。ブラウン神父ほどの人物ならば最初から展開をすべてお見通しで、あえてフッドに恥をかかせたようにすら思えてしまうw
「男も娘も、お互いに相手と結婚したがっています。だから事態が紛糾しておるんです」
「泥棒天国」
ムスカリ:フローランスの若手詩人
エッツァ・モンタノ:ムスカリの幼馴染
サミュエル・ハロゲイト:銀行家
フランク・ハロゲイト:サミュエルの息子
エセル・ハロゲイト:サミュエルの娘
銀行家・ハロゲイト一行が乗った馬車が峠で盗賊に襲撃された。一行の案内人・エッツァこそが盗賊の頭目だったのだ。ハロゲイトたちを捕らえたエッツァは、それを周辺地域一帯に張り出すつもりだという布告文を読み上げた。
「第一、我々は富豪のサミュエル・ハロゲイト氏を捕らえた。第二、氏は我々に2000ポンド相当の紙幣と証券を譲り渡した。第三、我々はハロゲイト氏の友人方に3000ポンドの身代金を要求する」
エッツァは一般大衆を偽りで騙す不道徳が許せなかったので、第二の点が偽りではないことをすぐに証明した。すなわちハロゲイト氏の懐の2000ポンドを譲り受けたのである。
奇妙な点が三つあると、ブラウン神父は言った。
第一の点。以前、エッツァはハロゲイト氏に対し、エセルが危機に晒される可能性について話していた。もしエッツァがハロゲイト氏を罠に掛けるつもりだったなら、わざわざそんな警告を出すだろうか?
第二の点。なぜエッツァはハロゲイト氏から2000ポンド巻き上げたことを布告文でことさらにアピールするのだろうか?
第三の点。エッツァが盗賊の楽園と称し、その根城だというこの場所は決して堅固な要塞などではなく、外からの攻撃に対してあんまりにも脆弱。
第三の点については、すぐにブラウン神父の見立てが正しいことが証明された。そこに現れた憲兵隊に対して、盗賊団は為す術がなかったのである。
盗賊王は深い崖下へと身を投げた。しかしそれは自称盗賊王のエッツァ・モンタノ氏ではなく、銀行家として知られるサミュエル・ハロゲイト氏だった。
雇った役者の盗賊に捕えられ、横領したカネとともに自分自身も姿を消すというシナリオは、正に偉大な盗賊王の最後の芝居に相応しいものだった。
ブラウン神父は事件に対してはほぼ傍観者で、ムスカリとエセルのキューピッドとしての役割以外には何もしていないw
盗賊の隠れ家として相応しいのは人里離れた山深い地の要塞よりも、むしろ人が溢れる大都会なのだという逆説。ロマンティックな山賊たちはいなくなったのではなく、体裁を整えて街に入り、やり方を変えただけなのだという皮肉。
「啓蒙開化された活動的な社会へなら、どこへでも俺は行く」「なるほど、真の盗賊の楽園へか」
「ヒルシュ博士の決闘」
P・ヒルシュ博士:偉大な科学者
シモン:その召使
モーリス・ブラン:ヒルシュ博士の弟子
アルマン・アルマニヤック:同
ジュール・デュボスク大佐:盲目的愛国士官
ヴァローニュ公爵:決闘の介添人
ヒルシュ博士の家の前で、デュボスク大佐が大音声で告発していた。ヒルシュ博士は自身が発明した無音火薬の秘密をドイツに渡しているというのだ。真っ黒な髪と大きな口髭を生やし、首から耳までをスカーフで覆ったがっちりした体格のこの男は、その罪の証拠だという書類を提示していた。
「かの男に知らせてくれ。火薬の分子式は赤インクで書いてあって、陸軍省大臣室のデスクの左側の一番上の抽斗の中の灰色の封筒に入れてある。P・H」
その筆跡がヒルシュ博士のものではないとは、誰も言えなかった。
ひとしきり演説した後、大佐は博士の家に入った。彼の罵り声は家の外まで漏れた。
すると大通りに面したバルコニーから博士がその顔を覗かせた。そこに集まった群衆は、それまでは売国奴たる博士に対して激しい怒りを表明していた。しかしむき出しのひょろ長い首、垂れ下がったなで肩、雑草のように生えた人参のような色の長い髪、青い眼鏡を掛けた青ざめた顔、いかにも貧弱でコミカルな博士の姿を見た途端、その怒りは笑いにすら変わった。
博士は群衆に向かって語り掛けた。
「私は法廷に出て裁判に勝ち、身の潔白を明かすつもりです。しかしフランス人というものは、英国人がスポーツマンを要求するように、決闘者を要求するのです。私は皆さんの気の済むように野蛮な決闘をしましょう」
家から出てきたデュボスク大佐はこの成り行きに満足していた。
問題の書類については、書かれた内容にいくつかおかしな点があった。火薬の分子式は赤インクでは書かれてないし、抽斗はデスクの左側ではなく右側にあるし、封筒は灰色ではなく白いのである。つまりそこに書かれた情報はどれもデタラメなのだ。
フランボウは思った。これは情報を知らない者、つまり博士以外の人物が書いたものだから間違いだらけなのだと。
ところがブラウン神父の見解は違っていた。すべてを正確に間違うためには、すべてを知っていなければならないのだという。
大ニュースが飛び込んできた。デュボスク大佐が、決闘場で博士に謝罪を伝えてくれと言い残し、国を離れる準備を始めたのだ。それを聞いたブラウン神父の顔に浮かんだ表情の意味をフランボウは悟っていた。神父が真相を掴んだのだと。
ブラウン神父とフランボウ、そしてヴァローニュ公爵の三名はデュボスク大佐の後ろ姿を追い掛けた。神父は言った。
「彼はありとあらゆる所から姿を消してしまうつもりです。死体も見つからないでしょう」
大佐はヒルシュ博士の家に入った。それを見た公爵は、結局博士と大佐が相まみえることになるのかと興奮した。しかし神父は、彼らは永久に会うことなどないと断言した。
三人は部屋を覗き、その中を歩き廻る大佐を見守った。
それまで着ていた服を脱ぎ、洗面所で顔を洗ったデュボスク大佐はすっかり別人のようになっていた。着替えた彼はバルコニーに出ると、熱狂的に彼を出迎えた群衆の歓声に応えた。勝利を称える声がヒルシュ博士の野心を満たしていた。
いくら頭脳の偉大さがあろうとも、原始的野蛮さについての劣等感は消えないという話と見ることもできるだろうか。
国家の重要人物に決闘なんて挑もうものなら、そのプロフィールはすぐに調べ上げられそうなものだ。
「あらゆる点で間違えようとするには、恐ろしく多くのことを知っていなければならんのだ」
「通路の人影」
オーロラ・ローム:女優
パーキンソン:衣裳方
イジドール・ブルーノ:米国の名優
ウイルソン・セイモア卿:常識あるものなら誰でも知っている重要人物
カトラー大尉:社交界に縁遠い者でも知る著名人
モンクハウス:裁判官
ウォルター・カウドレイ卿:検事
パトリック・バトラー:王室顧問弁護士
通路の奥で女優のオーロラ嬢が殺害されていた。その命を奪ったのは短い刃物であり、現場からは正にその凶器と見られる短剣が押収された。
ところでオーロラ嬢の死体が発見される直前に、その通路の反対側から三人の男が彼女のものではない人影を目撃していた。ところがその三名の目撃証言は、とても同一人物を目撃したようには思えない奇妙なものだった。
ウイルソン・セイモア卿が見たのは、女のような髪を生やして男のズボンを穿いた、曲線のしなやかな得体の知れぬ人物。
カトラー大尉が見たのは、豚のような剛毛の髪を持つ、猫背のチンパンジー男。
ブラウン神父が見たのは、形はずんぐりしていて太く、そのてっぺんの両側から弓なりの黒い突起物が出た姿。
目撃したものは何かと問われたブラウン神父は、それは自分自身だと答えた。そのとき通路には鏡が立っていたおり、目撃者たちはそれぞれ自分自身の姿を見たのだ。
つまり女のような髪を生やして男のズボンを穿いた、曲線のしなやかな得体の知れぬ人物とはウイルソン・セイモア卿であり、豚のような剛毛の髪を持つ、猫背のチンパンジー男とはカトラー大尉だったのである。
そして凶器は短剣ではなく、刃先の短い小道具の槍であった。彼女の命を奪ったパーキンソンは、己の罪の重さに押し潰されて既にこの世を去っていた。
自分を客観視するのは難しい…というお話。
ほぼ趣向だけで物語が成立していて、事件の細かいところは大雑把。ブルーノの楽屋口から通路に出て来たパーキンソンがオーロラ嬢を槍で刺したのなら、少なくともブルーノは殺人犯がパーキンソンと気づいていても良さそうなものだ。当のブルーノは、読者の前で証言の機会さえ与えられていない…。凶器についても短剣だろうが槍だろうが、どっちでもいい感じ。
僕は現場の図面をここに貼り付けた画像のように想像してるけど、ひょっとして僕は大きく勘違いしてるのかもw
「どうしてあなただけが、鏡に写った自分の姿だとわかったのでしょう?」「私が平生あまり鏡を眺めないせいかもしれません」
「器械のあやまち」
グレイウッド・アシャー:刑務所の副所長
アイアトン・トッド:一大で財を成した富豪
エタ・トッド:その娘
フォールコンロイ卿:英国貴族, 旅行家
オスカー・ライアン:脱獄囚
オスカー・ライアンと名乗る囚人は看守を殺害して銃を奪い、脱走した。現場には書き置きを残していた。
「これは正当防衛だ。相手は銃を持っていた。俺は誰にも危害を加えるつもりはなかった。ある一人だけは別だが。弾丸はピルグリムズ・ポンドのために取っておく。O・R」
たまたま怪しい人物を捕らえた刑務所の副所長・アシャーは、彼こそそのオスカー・ライアンではないかと疑っていた。銃こそ持っていなかったものの、体の大きさに合わぬボロボロの布の服を身にまとい、疲れ切った様子で夜に紛れて畑の中を駆けている者など、脱獄囚以外にまずあり得ないだろう。しかもその男は何一つ話そうとせず、よほどやましいことがある様子だった。
ところでちょうどその頃、ピルグリムズ・ポンドにあるトッド氏の屋敷から散歩に出掛けたフォールコンロイ卿が戻って来ないという事件が発生していた。その事実と囚人の書き置きとは見事に結び付くではないか。すなわち、オスカー・ライアンはピルグリムズ・ポンドにてフォールコンロイ卿に対し、宣言通りに弾丸を使用したということである。死体は池にでも沈めたのであろう。
アシャーはその推理を確かめるために、ある装置を使用した。それは脈拍を測定するもので、被験者の動揺が数値として記録されるのだ。
果たしてその男はアシャーの予想通りの反応を示した。様々な鳥の名前を男に見せると、“フォールコン”(ハヤブサ)に対してだけは大きく反応したのである。そして“フォールコン”に“ロ”を書き加えて“フォールコンロ”とすると、反応はさらに激しくなった。これは明らかにフォールコンロイ卿を撃った犯人の反応に違いない。
しかしまだアシャーはそれについて確信があるとまでは断言できなかった。何せほかに証拠というものがあるわけでもない。ところがアシャーがさらに尋問しようとしたとき――男はもう根負けして、自白する正にその瞬間の直前――だった。尋問待ちの控え室にいた女が男を見るなり叫んだ。
「ドラガー・デイヴィス! ドラガー・デイヴィスが捕まった!」
アシャーはドラガー・デイヴィスという名をよく知っていた。それは長年に渡って警察を悩ませている大犯罪者である。もはやアシャーはこの男が自称オスカー・ライアンで、その正体は大犯罪者ドラガー・デイヴィスであり、フォールコンロイ卿殺害犯と信じて疑わなかった。
ブラウン神父はアシャー氏に言った。
「あんたがたは、ありとあらゆる罪が皆一つの袋にでも入っていると考えておられるようだ。ある犯罪者はほかのどの犯罪にも関わっているのだと」
そのとき、部屋に新たな一人の男が飛び込んできた。彼はアシャーに向かって俺の客を返せと喚いた。仰天して、お前は誰だと怒鳴り返すアシャーに神父は言った。
「このお方のお名前はトッドというんでしょうな」
ブラウン神父は説明した。ピルグリムズ・ポンドで仮装パーティーがあったこと。その客の一人であるフォールコンロイ卿が、散歩中に銃を持った囚人に出会い、慌てふためいて屋敷に逃げ帰るところを刑務所の副所長に捕えられたこと。“フォールコン”という文字に反応したのは、それは殺した相手ではなく、自分の名前だったから。彼が黙っていたのは、自分の様子が貴族として相応しからぬもので、恥ずかしかったから。そしてついに名前を明かそうとした瞬間、自身の別の名前に気づかれ、フォールコンロイと名乗る気も失せたのだ。
米国の純朴な副所長に英国の神父は語った。有力な英国貴族の中には、最近のし上がったばかりの者もいるのだと。その中には、たとえば米国でいかがわしい過去を持っているような、経歴の怪しい者もいるのである。
機械は間違わないが、それを扱うのが人間である以上、その結果が真実とは限らないというお話。今さら気づいたけど、オースチン・フリーマンの「計画殺人事件」と同傾向のテーマだ。
現在では嘘発見器などもだいぶ進歩したんだろうけど、今や脳に偽の記憶を埋め込むことさえ夢物語じゃないからねぇ。もしそうなったら、証言なんてまったく当てにならなくなってしまう。
いずれはDNAだって簡単に偽造できるようになるんじゃないだろうか。
「信頼に足る機械を動かすのは、いつも信頼できぬ機械、つまり人間ですよ」
「シーザーの頭」
カーステアズ大佐:“カーステアズ・コレクション”の設立者
ジャイルズ・カーステアズ:その長男
アーサー・カーステアズ:その次男, “カーステアズ・コレクション”の後継者
クリスタベル・カーステアズ:その長女
フィリップ・ホーカー:クリスタベルの恋人
カーステアズ大佐は放蕩者の長男・ジャイルズを、僅かばかりの仕送りとともにオーストラリアに送った。孝行者で学業優秀な次男・アーサーには――褒美のつもりであろう――年金を付け、ローマ貨幣収集の“カーステアズ・コレクション”の後継者とした。そして長女のクリスタベルには――軽蔑の印であろう――ほかの全財産を遺した。
後継者となったアーサーはすっかりコレクションに打ち込むようになってしまった。コレクション部屋に籠り、めかし込んで出掛けるのは、新たな仕入れのためにロンドンの古銭屋に向かうときだけ。コインに対する態度はもはや偶像崇拝の域に達し、古銭屋から抱えてきた紙包みに自分以外が手を触れることさえ禁忌であるかのようだった。
ある夏の日、アーサーが持ち帰ったばかりの包みを解き、その中身を数枚ずつコレクション部屋に運んでいた。そしてようやく彼が部屋に籠ったのを見届けたクリスタベルは、約束していた恋人のフィリップに会いに行こうと立ち上がった。
そのとき彼女は机の上に、アーサーが置き忘れた一枚のローマ貨幣を見つけてしまった。それはシーザーの頭が刻まれたもので、そこに描かれた姿はフィリップにそっくりなのだ。
昔、ジャイルズはフィリップによく似た顔が刻まれた貨幣があると話していて、フィリップはそれを欲しがっていた。そのコインが目の前にあったのだ。彼女は誘惑に抗しきれず、ついそのコインを盗んでしまった。そして浜辺でフィリップに会うと、すぐにそのコインを彼に贈った。
クリスタベルは寒気に襲われた。遠くの砂の丘を見ると、そこに男が一人。相手は影にしか見えない。決して視線を感じられるような距離ではないのだが、彼女は胸騒ぎを覚えていた。男はまっすぐ彼女の目の前までやって来て、話しかけてきた。黒い顎髭と色眼鏡が目立つ、鼻の先端が曲がった蝋のような肌の男は、どうやら彼女の盗難を種にして恐喝しているのであった。
そのときクリスタベルの中に浮かんだ疑問は、なぜ彼が彼女の盗難を知っているのだろうということだった。盗難はとっさのことであり、周囲には誰もいなかった。そしてフィリップに会うまで握り締めていたコインを誰かに見られるはずもなく、彼にそれを渡した瞬間にはこの正体不明の男は遠くの砂丘にいたのだ。小さなコインを見て取ることは不可能である。
その場はやり過ごしたものの、その後も付き纏われ、結局クリスタベルはとりあえず手持ちのカネをあるだけ渡し、男を追い返した。
そして彼女は逃亡した。
クリスタベルの話を聞いたフランボウは言う。強請には少なくとも三名の人物が関る必要があると。すなわち、秘密を暴かれる者、それを暴露すると脅す者、その秘密を聞かされる者である。
しかしそれに対してブラウン神父は言う。理論上はその通りだが、実際には二人で事足りると。たとえば酒を禁じられた夫が酒場へ通ってるのを知った妻が、別人の振りをして、妻にばらすぞと夫を脅すような場合である。
アーサー・カーステアズは自ら命を絶った。ブラウン神父たちは“カーステアズ・コレクション”が収められた部屋に入った。アーサーが古銭屋から持ち帰った紙包みからこぼれていたのは古代のローマ貨幣ではなく、現代の英国貨幣だった。
アーサーは父の遺産配分の方法についてはまったく快く思っていなかった。古代の貨幣よりも現代の貨幣のほうにより大きな魅力を感じた彼は、古銭屋から古代の貨幣を仕入れるよりも、手持ちの古代の貨幣を現代の貨幣に替えるほうを選んだのだ。そして目ぼしいものは売り尽くした彼は、次に兄や妹を強請るようになったのだった。
今や“カーステアズ・コレクション”で残ったものは、クリスタベルがフィリップに贈ったあのコイン一枚だけだった。
コレクターというのはいつの世も罪深き者で…w
ともかく父・カーステアズ大佐はアホすぎるだろう、と。そりゃあ次男がひねくれるのも当然だよw
「硬貨収集家も守銭奴も、どっちにしても大した違いはあるまい。守銭奴のいけないところというのは、大概は収集狂のいけないところと一致するんじゃないかね」