吉敷竹史シリーズ。怨まれるような人物ではないと誰もが証言する、人望が篤い俳優が失踪し、その右手が家族に送りつけられる。自費出版本に書かれた、事実と合わない内容。吉敷刑事は上司に啖呵を切り、職を懸け、一週間の期限で管轄外の事件に挑む。[??]
吉敷竹史:一課殺人班の刑事
通子:その元妻
大和田剛太:映画俳優
大和田三枝子:その妻
窪田春子:家政婦
駒井:大和田剛太のマネージャー
宮地禎子:「飛鳥のガラスの靴」という本の著者
宮地梅子:禎子の妹, タレント・西田優
宮地しず:禎子と梅子の母
吾妻恒一:西田優のマネージャー
松岡繁子:「ゆみ子の恋」撮影時の西田の付き人
油井明:映画「ゆみ子の恋」の監督
村井:チーフ助監督
大宮:セカンド助監督
久抜:サード助監督
田岡一郎:テレビドラマ「突撃一番」のディレクター
俳優・大和田剛太が失踪し、その自宅には切断された彼の右手が入った小包が届いた。それを送った人物からは何の連絡もなく、大和田剛太の失踪は自発的とも誘拐とも知れぬまま、10ヶ月が過ぎた。
たまたまその事件を知った吉敷刑事は、それが管轄外のものとはいえ大いに興味を持つ。そしてその挙句、上司に職を懸けると宣言してまで、一週間の期限付きでの事件捜査を開始した。
大和田は兄貴肌で人望があり、決して誰かに強く怨まれるような人物ではないと、関係者の皆が口を揃える。怨恨の線は薄いと見られていた。何か見落とされていた事実はないかと調べ回る吉敷刑事だったが、それは既に京都府警が辿った道筋を確認するばかりであった。
しかしついに彼は糸口を掴んだと思った。大和田の失踪直前に彼らしき人物が女を連れ歩いていたという目撃証言を得たのだ。
そしてもう一つ。「飛鳥のガラスの靴」という自費出版本に、事件の手掛かりがあると感じていた。
※以下すべて反転表示。ネタバレ注意。
映画俳優が失踪し、その右手が家族のもとに届けられるという猟奇事件に、「飛鳥のガラスの靴」という自費出版本の謎が絡む。俳優が失踪し、さらにその右手が切断され、郵送された理由が謎。「飛鳥のガラスの靴」に書かれた内容を吉敷刑事が検証すると、地名や民話、その中に書かれた事件など、それが事実としては何一つとして確認できないという謎。
吉敷刑事はそれなりに推理を重ねる頭脳派なのだが、日本各地を駆け巡るその行動力などは、推理というよりも捜査小説寄りな印象を受ける。ま、刑事ものだしねw
推理ものとしての印象を薄めてしまい、捜査ものと感じさせる理由の一つとして、大和田に被害が加えられ、その右手を切断された理由を吉敷が知るきっかけとなる証言がある。これはひどいの一語に尽きる。
それはほとんど事件の核心に触れるような証言で、序盤から繰り返し読者に提示されていた要素を根底からひっくり返すような事実。しかも大和田に不利になるからと偽証していたその人物は、特にこれといった強い理由もなく、なぜか終盤になっていきなり自白するのだ。だったら最初からそう言えよと。
だいたい大和田は被害者と見做されている人物であって、その生死すら不明。失踪発覚当初にそれを証言しなかったせいでその発見が遅れて、結果として彼が死んでしまうことだってあり得る状況。なのに彼の身を案じている者がそれを隠してるなんて無茶苦茶だよ。
本の謎もちょっと拍子抜け。その謎に気づいた吉敷刑事が、ほかにも候補があるのになぜ一発で正解を絞ったのかも書かれてない。本の著者の父の命を奪った水柱の真相は良かった。
吉敷刑事と元妻とのエピソードは別の作品への伏線らしい。つまりこの事件とは関係ない。強いて言えば吉敷刑事と禎子との出会いを演出したわけだが、要らないと言えばまったく要らない…。
この作者・島田荘司はその作中にまでしばしば文明・文化・社会論(と言うか、外国かぶれ傾向の強い、ほぼ日本批判)を挿入しており、本作もそれが少々鼻に付く。ネチネチと陰気に籠り、自分だけを高みに置き、厭味ったらしく他人を陰で批判する吉敷刑事の態度は、まさにその批判の矛先を向ける対象として相応しいものなのだが、彼自身はそれにまったく気づかない。僕はこの吉敷刑事にあまり好感が持てないのだが、まさかそんなつもりで作者は彼を描いているわけではあるまい。
僕は知らなかったが、作者のこの傾向は彼のファンにさえ揶揄されているらしい。まあそれを作中に出すかどうかはともかく、その思想――乱暴に言ってしまえば左翼――傾向はこの作者に特異なものではなく、この世代の者の大半は多少なりともそれを通過し、基本として身に着いているものだろう。(尤も、“左翼”をすべて一括りにするのも乱暴な話だが) 「20歳までに左翼に傾倒しない者は情熱が足りない。20歳を過ぎて左翼に傾倒している者は知能が足りない」という言葉もあるし。
…あれれ~?w
[プロローグ] 大和田家に小包が届く。その中には大和田剛太の右手が入っていた。
[心痛む場所 1] 宮地禎子著「飛鳥のガラスの靴」の内容。その夜、禎子は父の漕ぐ小舟に乗っていた。洞窟に入った。水面に緑色の薄明かりが広がっていた。いくつもの水柱が噴き出した。彼らの小舟が持ち上がり、父は水面へと落下した。
[2] 1990年10月9日(火)。吉敷竹史は元妻・通子との復縁も楽観していたが、先月頃から急に相手が自分を避けるような様子になり、さては別の男ができたのかと思い当たり、堪らず彼女の店を訪れた。シャッターには休業を告げる貼り紙。連絡先の電話番号が記載されていたので、電話する。そこは“宮津総合病院”だった。
[3] 「飛鳥のガラスの靴」。父は死に、禎子は生き残った。以来、母と禎子と妹・梅子の三人は、生活のため日本中を転々とした。梅子は英語の才能を見出し、そして芸能人・西田優になった。元々梅子は内気で恥ずかしがり屋で、どちらかと言えば不向きな性格だったのだが、ともかく彼女の成功で母子三人の生活は楽になった。禎子が好きな学問に勤しんで、この本を自費出版できるようになったのもそのおかげ。
[4] 吉敷、入院中の通子と電話で会話。彼女は入院の理由については言葉を濁し、吉敷の訪問を拒絶する様子。吉敷、彼女に会いに行くのを断念。
[5] 「飛鳥のガラスの靴」。父が死ぬ前の一エピソード。禎子、女人禁制の地というものに納得できず、母に詰め寄る。母は、女は生理があり不浄だからと理由を告げる。納得しきれない禎子、生理中にその地に足を踏み入れ、賽銭泥棒まで行なう。その帰り道、蜂に付き纏われ、挙句の果てに右脚の付け根の辺りを刺される。誰にも相談できず、医師に掛かるなどもってのほか。罰が当たったのだと、その傷の痛みに耐え、怯え、悶え苦しんだ。
[6] 吉敷、自棄酒の結果、見知らぬ場所で目を覚ます。そこは旅館。宮地禎子と出会う。泥酔した彼をここまで連れて来たのは彼女。彼女は吉敷に、自分は男にとって魅力的だろうかなどと尋ねてくる。吉敷は肯定した。
[7] 「飛鳥のガラスの靴」。禎子は幼い頃に、地元に伝わる「すずむし、まつむし」という民話を知り、それに惹かれていた。それは継母に虐げられた姉・すずむしが親切にした旅のおばあさんから小箱を貰い、そのおかげで夏祭りに行くことができ、若殿様の目に留まるという物語。彼女が落とした下駄を若殿様が拾う展開など、「シンデレラ」に酷似。
[8] 吉敷、10ヶ月前から俳優・大和田剛太が失踪していることをたまたま知る。管轄外の事件だったため、それまで吉敷の耳に入っていなかった。興味を抱き、その事件の資料を読んだ吉敷は、それが大和田の右手が彼の家族のもとに送りつけられるという奇怪な事件であると知り、驚く。
[9] 「飛鳥のガラスの靴」。禎子、「すずむし、まつむし」をすっかり覚えてしまい、いつしかこの話の唯一の語り手であるタネおばあさんの代わりに、ほかの人の前で語らされるようにまでなる。その民話を好きなあまり、隠れ家で一人芝居をするようにもなった。禎子は隠れ家へ向かう際は、誰にも会わないように気をつけていた。彼女は死について意識するようになった。もしいつか自死するなら、その隠れ家で死のうと決意した。飛鳥の地を離れた後、禎子の昔語りの最も熱心なファンだったのは梅子だった。梅子は禎子以上にその物語に傾倒した。その後、禎子は「すずむし、まつむし」が「シンデレラ」に似ていることにようやく気づいた。禎子が「シンデレラ」に強く惹かれるようになると、それに影響された梅子もそちらへと興味が移った。さらに梅子のシンデレラへの憧れは外国語へと広がり、英語の才能を開花させ、それが彼女をタレントの道へと導いた。
[10] 管轄外の事件に乗り気な吉敷、売り言葉に買い言葉で、主任に対し、一週間で事件解決できなかったら辞職すると約束してしまう。
[11] 「飛鳥のガラスの靴」。禎子、「シンデレラ」とそれに類する物語の研究に没頭する。
[示された地 月に狂う女] 夜、平らな岩場に女が一人。狂おしいパフォーマンスを見せ、押し殺した泣き声を漏らしている。
[京都 1] 大和田剛太失踪事件では、右手が送られてきたこと以外に犯人の行動はなく、身代金の要求や脅迫もない。大和田は面倒見の良い兄貴分タイプで人望があり、怨んでいる者は特に見当たらず。吉敷、大和田が失踪した10月18日以前の1ヶ月ほどの間に、事件に関わる何かがあったのだろうと考える。
[京都 2] 昨年10月7日の大和田のサイン会の調査。特に不審な点なし。大和田夫人に話を訊く。彼女は右手を送りつけられた理由にまったく心当たりなし。吉敷、犯人がその右手に込めた意味に、家人が気づいていないのではと考える。大和田は仕事についての話を夫人にあまり話さない主義だった。その仕事の内容に右手郵送の謎掛けの鍵があるとの推論。
[京都 3] 吉敷、大和田がチョイ役として出演の「ゆみ子の恋」の台本を入手。
[京都 4] 吉敷、10月17日の7時頃に大和田が車を降りた付近の店で聞き込み。大和田らしき人物がミニスカートの女連れで歩いていたという証言を得る。
[京都 5] 吉敷、サイン会の様子を再び尋ねる。大和田が連れ歩いていたと思しき女の特徴を告げると、それらしき女がサイン会にやって来ていたという情報が得られた。吉敷、女は映画界にコネがなく、サイン会を利用して大和田と接触したのではと推理。吉敷、「ゆみ子の恋」を観る。その物語からは手掛かりを掴めなかったが、配役について異常に気づく。台本には主演女優・西田優となっているが、その名前がスクリーンには出て来ない。吉敷、当時売り出し中だった西田優は女優としては新人で、撮影中に失踪したことを知る。大和田のマネージャー・駒井によると、大和田はチョイ役で、西田とは初対面、その接点もほとんどないという。
[東京 1] 10月5日に西田のマネージャー・吾妻の留守番電話に「捜さないで」という彼女からの伝言が残されていた。それは大和田が「ゆみ子の恋」の撮影に入った日の翌日。大和田は西田の好みのタイプではない。
[東京 2] 吉敷、西田の母・しずに電話し、家を訪ねる。すると家からは煙が上がっていた。彼女は自殺を図っていた。吉敷、彼女は本を燃やそうとしていたと見て取る。
[東京 3] しずが燃やそうとしたのは、西田の姉が自費出版した本。吉敷、吾妻が持っていた無傷のものを入手。著者の名前を見て、それがかつて泥酔した自分を介抱してくれた宮地禎子と知る。ミニスカートの女の正体を掴んだと確信する。
[東京 4] 吉敷、「飛鳥のガラスの靴」を読み、そこに書かれた隠れ家へと行ってみることにする。
[東京 5] 西田は「ゆみ子の恋」の撮影中にホームシックに罹り、塞ぎ込んだり泣いたりしていた。重い生理にもなっていた。生理用品を買い出しに出掛けた付き人・松岡繁子が撮影現場に戻ったとき、西田は怒ったような様子で一人で帰った後だった。松岡が部屋に様子を見に行くと、西田は何も喋らず、泣いていた。翌朝、西田はいなくなっていた。
[東京 6] しず、死亡。吉敷、「飛鳥のガラスの靴」に書かれていた、禎子の父が死亡した事件について調べるが、奈良、飛鳥方面のローカル紙にすらそんな事件の記事はない。
[飛鳥 1] 「飛鳥のガラスの靴」の内容について聞き込み。古くからの地元民ですら、そこに書かれた民話や方言、地名、洞窟、事件を知らぬという。
[飛鳥 2] 吉敷、本に書かれた「飛鳥」とは別の地方の「飛鳥」を指すのではないかと思いつくが、そんなものはないと専門家に一蹴される。
[東京 7] 吉敷、「飛鳥のガラスの靴」は手書き原稿の自費出版本であるのだから、それを本にする際に「飛島」を「飛鳥」と誤植したのではないかと思いつき、出版社にそれを確認した。
[大津] 吉敷、「ゆみ子の恋」の撮影中に大和田が西田にした仕打ちを知る。大和田はホームシックで落ち込む西田を叱責し、彼女のスカートを捲り、右手でその尻を叩いていた。その際、生理中で赤い染みを作った下着が大和田と助監督たちの目に晒された。
[真実の土地 1] 吉敷、山形県の飛島に到着。
[2] 吉敷、死体を発見する。
[3] 吉敷、犯人を発見する。
[4] 吉敷、犯人の自白を得る。
[エピローグ] 吉敷、主任の子飼いの部下に事件解決を告げる。
吉敷竹史:一課殺人班の刑事
通子:その元妻
大和田剛太:映画俳優
大和田三枝子:その妻
窪田春子:家政婦
駒井:大和田剛太のマネージャー
宮地禎子:「飛鳥のガラスの靴」という本の著者
宮地梅子:禎子の妹, タレント・西田優
宮地しず:禎子と梅子の母
吾妻恒一:西田優のマネージャー
松岡繁子:「ゆみ子の恋」撮影時の西田の付き人
油井明:映画「ゆみ子の恋」の監督
村井:チーフ助監督
大宮:セカンド助監督
久抜:サード助監督
田岡一郎:テレビドラマ「突撃一番」のディレクター
俳優・大和田剛太が失踪し、その自宅には切断された彼の右手が入った小包が届いた。それを送った人物からは何の連絡もなく、大和田剛太の失踪は自発的とも誘拐とも知れぬまま、10ヶ月が過ぎた。
たまたまその事件を知った吉敷刑事は、それが管轄外のものとはいえ大いに興味を持つ。そしてその挙句、上司に職を懸けると宣言してまで、一週間の期限付きでの事件捜査を開始した。
大和田は兄貴肌で人望があり、決して誰かに強く怨まれるような人物ではないと、関係者の皆が口を揃える。怨恨の線は薄いと見られていた。何か見落とされていた事実はないかと調べ回る吉敷刑事だったが、それは既に京都府警が辿った道筋を確認するばかりであった。
しかしついに彼は糸口を掴んだと思った。大和田の失踪直前に彼らしき人物が女を連れ歩いていたという目撃証言を得たのだ。
そしてもう一つ。「飛鳥のガラスの靴」という自費出版本に、事件の手掛かりがあると感じていた。
※以下すべて反転表示。ネタバレ注意。
映画俳優が失踪し、その右手が家族のもとに届けられるという猟奇事件に、「飛鳥のガラスの靴」という自費出版本の謎が絡む。俳優が失踪し、さらにその右手が切断され、郵送された理由が謎。「飛鳥のガラスの靴」に書かれた内容を吉敷刑事が検証すると、地名や民話、その中に書かれた事件など、それが事実としては何一つとして確認できないという謎。
吉敷刑事はそれなりに推理を重ねる頭脳派なのだが、日本各地を駆け巡るその行動力などは、推理というよりも捜査小説寄りな印象を受ける。ま、刑事ものだしねw
推理ものとしての印象を薄めてしまい、捜査ものと感じさせる理由の一つとして、大和田に被害が加えられ、その右手を切断された理由を吉敷が知るきっかけとなる証言がある。これはひどいの一語に尽きる。
それはほとんど事件の核心に触れるような証言で、序盤から繰り返し読者に提示されていた要素を根底からひっくり返すような事実。しかも大和田に不利になるからと偽証していたその人物は、特にこれといった強い理由もなく、なぜか終盤になっていきなり自白するのだ。だったら最初からそう言えよと。
だいたい大和田は被害者と見做されている人物であって、その生死すら不明。失踪発覚当初にそれを証言しなかったせいでその発見が遅れて、結果として彼が死んでしまうことだってあり得る状況。なのに彼の身を案じている者がそれを隠してるなんて無茶苦茶だよ。
本の謎もちょっと拍子抜け。その謎に気づいた吉敷刑事が、ほかにも候補があるのになぜ一発で正解を絞ったのかも書かれてない。本の著者の父の命を奪った水柱の真相は良かった。
吉敷刑事と元妻とのエピソードは別の作品への伏線らしい。つまりこの事件とは関係ない。強いて言えば吉敷刑事と禎子との出会いを演出したわけだが、要らないと言えばまったく要らない…。
この作者・島田荘司はその作中にまでしばしば文明・文化・社会論(と言うか、外国かぶれ傾向の強い、ほぼ日本批判)を挿入しており、本作もそれが少々鼻に付く。ネチネチと陰気に籠り、自分だけを高みに置き、厭味ったらしく他人を陰で批判する吉敷刑事の態度は、まさにその批判の矛先を向ける対象として相応しいものなのだが、彼自身はそれにまったく気づかない。僕はこの吉敷刑事にあまり好感が持てないのだが、まさかそんなつもりで作者は彼を描いているわけではあるまい。
僕は知らなかったが、作者のこの傾向は彼のファンにさえ揶揄されているらしい。まあそれを作中に出すかどうかはともかく、その思想――乱暴に言ってしまえば左翼――傾向はこの作者に特異なものではなく、この世代の者の大半は多少なりともそれを通過し、基本として身に着いているものだろう。(尤も、“左翼”をすべて一括りにするのも乱暴な話だが) 「20歳までに左翼に傾倒しない者は情熱が足りない。20歳を過ぎて左翼に傾倒している者は知能が足りない」という言葉もあるし。
…あれれ~?w
[プロローグ] 大和田家に小包が届く。その中には大和田剛太の右手が入っていた。
[心痛む場所 1] 宮地禎子著「飛鳥のガラスの靴」の内容。その夜、禎子は父の漕ぐ小舟に乗っていた。洞窟に入った。水面に緑色の薄明かりが広がっていた。いくつもの水柱が噴き出した。彼らの小舟が持ち上がり、父は水面へと落下した。
[2] 1990年10月9日(火)。吉敷竹史は元妻・通子との復縁も楽観していたが、先月頃から急に相手が自分を避けるような様子になり、さては別の男ができたのかと思い当たり、堪らず彼女の店を訪れた。シャッターには休業を告げる貼り紙。連絡先の電話番号が記載されていたので、電話する。そこは“宮津総合病院”だった。
[3] 「飛鳥のガラスの靴」。父は死に、禎子は生き残った。以来、母と禎子と妹・梅子の三人は、生活のため日本中を転々とした。梅子は英語の才能を見出し、そして芸能人・西田優になった。元々梅子は内気で恥ずかしがり屋で、どちらかと言えば不向きな性格だったのだが、ともかく彼女の成功で母子三人の生活は楽になった。禎子が好きな学問に勤しんで、この本を自費出版できるようになったのもそのおかげ。
[4] 吉敷、入院中の通子と電話で会話。彼女は入院の理由については言葉を濁し、吉敷の訪問を拒絶する様子。吉敷、彼女に会いに行くのを断念。
[5] 「飛鳥のガラスの靴」。父が死ぬ前の一エピソード。禎子、女人禁制の地というものに納得できず、母に詰め寄る。母は、女は生理があり不浄だからと理由を告げる。納得しきれない禎子、生理中にその地に足を踏み入れ、賽銭泥棒まで行なう。その帰り道、蜂に付き纏われ、挙句の果てに右脚の付け根の辺りを刺される。誰にも相談できず、医師に掛かるなどもってのほか。罰が当たったのだと、その傷の痛みに耐え、怯え、悶え苦しんだ。
[6] 吉敷、自棄酒の結果、見知らぬ場所で目を覚ます。そこは旅館。宮地禎子と出会う。泥酔した彼をここまで連れて来たのは彼女。彼女は吉敷に、自分は男にとって魅力的だろうかなどと尋ねてくる。吉敷は肯定した。
[7] 「飛鳥のガラスの靴」。禎子は幼い頃に、地元に伝わる「すずむし、まつむし」という民話を知り、それに惹かれていた。それは継母に虐げられた姉・すずむしが親切にした旅のおばあさんから小箱を貰い、そのおかげで夏祭りに行くことができ、若殿様の目に留まるという物語。彼女が落とした下駄を若殿様が拾う展開など、「シンデレラ」に酷似。
[8] 吉敷、10ヶ月前から俳優・大和田剛太が失踪していることをたまたま知る。管轄外の事件だったため、それまで吉敷の耳に入っていなかった。興味を抱き、その事件の資料を読んだ吉敷は、それが大和田の右手が彼の家族のもとに送りつけられるという奇怪な事件であると知り、驚く。
[9] 「飛鳥のガラスの靴」。禎子、「すずむし、まつむし」をすっかり覚えてしまい、いつしかこの話の唯一の語り手であるタネおばあさんの代わりに、ほかの人の前で語らされるようにまでなる。その民話を好きなあまり、隠れ家で一人芝居をするようにもなった。禎子は隠れ家へ向かう際は、誰にも会わないように気をつけていた。彼女は死について意識するようになった。もしいつか自死するなら、その隠れ家で死のうと決意した。飛鳥の地を離れた後、禎子の昔語りの最も熱心なファンだったのは梅子だった。梅子は禎子以上にその物語に傾倒した。その後、禎子は「すずむし、まつむし」が「シンデレラ」に似ていることにようやく気づいた。禎子が「シンデレラ」に強く惹かれるようになると、それに影響された梅子もそちらへと興味が移った。さらに梅子のシンデレラへの憧れは外国語へと広がり、英語の才能を開花させ、それが彼女をタレントの道へと導いた。
[10] 管轄外の事件に乗り気な吉敷、売り言葉に買い言葉で、主任に対し、一週間で事件解決できなかったら辞職すると約束してしまう。
[11] 「飛鳥のガラスの靴」。禎子、「シンデレラ」とそれに類する物語の研究に没頭する。
[示された地 月に狂う女] 夜、平らな岩場に女が一人。狂おしいパフォーマンスを見せ、押し殺した泣き声を漏らしている。
[京都 1] 大和田剛太失踪事件では、右手が送られてきたこと以外に犯人の行動はなく、身代金の要求や脅迫もない。大和田は面倒見の良い兄貴分タイプで人望があり、怨んでいる者は特に見当たらず。吉敷、大和田が失踪した10月18日以前の1ヶ月ほどの間に、事件に関わる何かがあったのだろうと考える。
[京都 2] 昨年10月7日の大和田のサイン会の調査。特に不審な点なし。大和田夫人に話を訊く。彼女は右手を送りつけられた理由にまったく心当たりなし。吉敷、犯人がその右手に込めた意味に、家人が気づいていないのではと考える。大和田は仕事についての話を夫人にあまり話さない主義だった。その仕事の内容に右手郵送の謎掛けの鍵があるとの推論。
[京都 3] 吉敷、大和田がチョイ役として出演の「ゆみ子の恋」の台本を入手。
[京都 4] 吉敷、10月17日の7時頃に大和田が車を降りた付近の店で聞き込み。大和田らしき人物がミニスカートの女連れで歩いていたという証言を得る。
[京都 5] 吉敷、サイン会の様子を再び尋ねる。大和田が連れ歩いていたと思しき女の特徴を告げると、それらしき女がサイン会にやって来ていたという情報が得られた。吉敷、女は映画界にコネがなく、サイン会を利用して大和田と接触したのではと推理。吉敷、「ゆみ子の恋」を観る。その物語からは手掛かりを掴めなかったが、配役について異常に気づく。台本には主演女優・西田優となっているが、その名前がスクリーンには出て来ない。吉敷、当時売り出し中だった西田優は女優としては新人で、撮影中に失踪したことを知る。大和田のマネージャー・駒井によると、大和田はチョイ役で、西田とは初対面、その接点もほとんどないという。
[東京 1] 10月5日に西田のマネージャー・吾妻の留守番電話に「捜さないで」という彼女からの伝言が残されていた。それは大和田が「ゆみ子の恋」の撮影に入った日の翌日。大和田は西田の好みのタイプではない。
[東京 2] 吉敷、西田の母・しずに電話し、家を訪ねる。すると家からは煙が上がっていた。彼女は自殺を図っていた。吉敷、彼女は本を燃やそうとしていたと見て取る。
[東京 3] しずが燃やそうとしたのは、西田の姉が自費出版した本。吉敷、吾妻が持っていた無傷のものを入手。著者の名前を見て、それがかつて泥酔した自分を介抱してくれた宮地禎子と知る。ミニスカートの女の正体を掴んだと確信する。
[東京 4] 吉敷、「飛鳥のガラスの靴」を読み、そこに書かれた隠れ家へと行ってみることにする。
[東京 5] 西田は「ゆみ子の恋」の撮影中にホームシックに罹り、塞ぎ込んだり泣いたりしていた。重い生理にもなっていた。生理用品を買い出しに出掛けた付き人・松岡繁子が撮影現場に戻ったとき、西田は怒ったような様子で一人で帰った後だった。松岡が部屋に様子を見に行くと、西田は何も喋らず、泣いていた。翌朝、西田はいなくなっていた。
[東京 6] しず、死亡。吉敷、「飛鳥のガラスの靴」に書かれていた、禎子の父が死亡した事件について調べるが、奈良、飛鳥方面のローカル紙にすらそんな事件の記事はない。
[飛鳥 1] 「飛鳥のガラスの靴」の内容について聞き込み。古くからの地元民ですら、そこに書かれた民話や方言、地名、洞窟、事件を知らぬという。
[飛鳥 2] 吉敷、本に書かれた「飛鳥」とは別の地方の「飛鳥」を指すのではないかと思いつくが、そんなものはないと専門家に一蹴される。
[東京 7] 吉敷、「飛鳥のガラスの靴」は手書き原稿の自費出版本であるのだから、それを本にする際に「飛島」を「飛鳥」と誤植したのではないかと思いつき、出版社にそれを確認した。
[大津] 吉敷、「ゆみ子の恋」の撮影中に大和田が西田にした仕打ちを知る。大和田はホームシックで落ち込む西田を叱責し、彼女のスカートを捲り、右手でその尻を叩いていた。その際、生理中で赤い染みを作った下着が大和田と助監督たちの目に晒された。
[真実の土地 1] 吉敷、山形県の飛島に到着。
[2] 吉敷、死体を発見する。
[3] 吉敷、犯人を発見する。
[4] 吉敷、犯人の自白を得る。
[エピローグ] 吉敷、主任の子飼いの部下に事件解決を告げる。