開運童子のブログ -121ページ目

雨のあとに虹 その3

「本題に入ろう。」

と矢島は言った。

「お前にうちの顧問に入ってもらいたいと思っている。」

矢島は明確に言った。

「僕で良いのか?」

俊之が言うと

「頼むよ!」

矢島は言った。

「僕でよければ引受けるよ。」

俊之は言った。

「会社経営を抜本的に改善したいと思っているので協力してほしい。」

と言った矢島の決意は固いようだった。

「がんばってみるよ。」

俊之は内心驚きながら言った。矢島は2代目の社長だがしっかりとした経営手腕があるのだ。その矢島が俊之の力を必要としていた。

「頼んだぞ。」

矢島がいつになく真剣な目をして言った。

「高村さん。」

と若者の声が聞こえた。俊之が矢島建設を後にして繁華街を抜けた先にある小さな公園の前に来た時であった。

「翔ちゃんかい?」

俊之は待っていたように言った。笹川翔太は物陰から出て来て

「アポが取れましたよ。」

と言った。

「いつもすまないね。」

俊之は言った。

「いいえ。」

翔太が言うと。

「千晴も高校生だから忙しいかもしれない。」

俊之は言った。

「明後日の16時ジャストに駅前の喫茶店で会えるそうです。」

翔太が言うと

「変な事を頼んですまなかったね。」

と俊之が言と

「気にしないでください。」

翔太は明るく言った。

「僕が直接連絡をしても返事を無もらえないのでね。」

俊之が言うと

「こんな事でよかったら言ってください。」

翔太が言った。

「翔ちゃん少ないけど」

と言って俊之は封筒を翔太のポケットに入れた。

「いらないですよ。」

翔太が言うと

「そう言わないで気持ちだから。」

俊之が言った。

「僕と高村さんの中じゃないですか。」

翔太がさらに言うと

「いいから受取ってよ。」

と俊之は言った。

「でも!」

翔太は言うが俊之は

「いいから。」

と言った。

「それならありがたく受取りますよ。」

翔太が言って封筒を受取った。

「それでは!」

俊之は言うと足早に夜の闇に消えて行った。

「今日は来ないよね。」

久美子は呟いた。

「いらっしゃいませ。」

と大石小百合が言って接客している。昨日の今日だから俊之がトレンドカフェに来なくても不思議はないのだ。ひとみに俊之が来たら話しかけて親しくコミュニケーションを取れと言われても意識すると難しいのだ。年齢も違うし話がかみ合うだろうか?カウンターに立って入って来るお客さんを見ながら余計な事を考えてしまうのだ。俊之が来たらどんなタイミングで話しかけようか?と意識するうちに中年男性はみんな俊之に見えてきてしまう。

「そんな事ではいけない。」

久美子は呟いて自分を戒めた。

「いらっしゃいませ。」

と小百合がいって

「こちらへどうぞ。」

久美子が言う。

ひとみは横から久美子を見ていた。

都心のIT関連企業であるイーエンジニアのフロアーで俊之は仕事を終えて声をかけた。

「織田さん。」

俊之が言うと社長の織田和夫は

「はい!」

と言って俊之の方を見た。

「今日はこれで終わりますけど他に何かありますか?」

俊之が言うと織田は

「今日は無いよ。」

と言った。

「次は来週に顔を出します。」

俊之は言った。

「来週は僕がいないかもしれないけど解るようにしておきます。」

とが言うと俊之は

「織田さん早いけどこれで失礼します。」

と言った。

「お疲れ様でした。」

織田は言った。

「お先に!」

俊之が言うと周囲の社員が俊之を見て会釈をした。社員のひとりである野村孝志が

「お疲れ様でした。」

と俊之に言った。俊之は

「次は来週になります。」

と言って外に出た。秋が深い季節になっているのは吹いてくる風の冷たさで解る。俊之は駅に向かって歩いていった。

雨のあとに虹 その2

俊之は歩きながらズボンを見て

「やはりみっともないかな?」

と言った。久美子に悪気があるわけではないのだから仕方がない。人生にハプニングは付物だと割切るしかないのだ。そう考えているとタイミングよくホームに電車が入って来たドアが開いて俊之が乗った。ドアが閉まって電車が静かに動き出した時にはいつもの俊之に戻っていた。

俊之は駅の改札口を出て矢島建設への道を急いで歩いた。同級生の矢島正一は父親の後を継いで社長をしているが2代目にしては豪快な男である。身長が170センチの俊之に比べると185センチの矢島は大男である。体重も60キロの俊之と110キロの矢島では比べ物にならない。しかも矢島は柔道3段の猛者である。俊之も矢島には負けていないが・・・。駅から歩いて5分ほどの場所に矢島建設の本社ビルが建っている。俊之は1階の受付で会釈をして

「高村と申しますが社長の矢島さんのところまで約束で来ました。」

とまで言うと受付の星野みどりは

「お待ちしておりました。」

と丁寧に言った。

「約束の時間に少し遅れましてね。」

俊之が言うと

「ご案内致します。」

みどりは言ってテキパキと俊之を矢島の待つ社長室へ案内した。

「お先に失礼します。」

久美子は声をかけた。

「お疲れ様。」

ひとみが言葉を返してくれる。

「今日はほんとうにすみませんでした。」

久美子はきちんと自分を謝った。

「気にしなくていいからね。」

ひとみは久美子を気遣って言った。

「はい。」

と久美子が言った。

「明日は10時から出勤だったわね。」

ひとみが翌日の確認をした。

「10時からです。」

久美子は言った。

「気をつけてね。」

ひとみが言って

「お先に失礼します。」

久美子が言った。久美子はひとみを置いてエスカレーターに乗った。今日はハプニングとは言えミスをしてしまった。久美子は自分が後ろから誰かに押されたようにも思うのだが今となっては、はっきり覚えていない。少し恥ずかしくもあり一瞬頭が真っ白になったので覚えていない部分が多いのだ。高村俊之と言う中年の男性は優しく接してくれたが内心は怒っていたに違いない。母親が学生時代に見たという青春ドラマの主人公のように前向きで明るい性格で誰にも好かれる裏表がない性格のようだが、俊之が時折見せる寂しげな表情に久美子は気付いていた。いつの間にか高村俊之という男に久美子は興味を持ち始めていた。久美子が駅ビルの外へ出ると日が落ち夜の色彩が広がっていた。

「忙しいところすまないな。」

矢島は俊之に言った。

「かまわないよ。」

俊之が言う。矢島は俊之と目を合わせたあとズボンを見て

「どうした?」

矢島が言った。

「これか?」

俊之はズボンを指差して言った。

「そうだ。」

矢島が言うと

「みっともないかな?」

俊之は言った。

「まるで子供みたいだぞ。」

矢島は言いながら俊之の汚れたズボンを見た。

「ちょっと珈琲ショップでハプニングがあってね。」

俊之は困った顔をした。

「せっかくのズボンが台無しだぞ。」

矢島が言うと。

「駅ビルの珈琲ショップでミートソースを持って来た店員さんが身体のバランスを崩して溢してしまってね。」

俊之が言うと矢島は状況を悟った。

「お前が避けられなかったとは不思議だな。」

矢島は言った。

「そんな事はないさ。」

俊之が言うと

「避けたら周囲の人が危ないので避けなかったな?」

と言いながら矢島は考え込んだ。

「何が?」

と俊之がとぼけたように言った。

「ところでその店員は美人だったか?」

矢島が言う。

「美人だったよ。」

俊之が少し嬉しそうに言う。

「俺もその店に行ってみるかな?」

そういう矢島の言葉は冗談とも本気ともとれるのである。

「矢島も行ってみると良いよ。」

俊之は久美子とひとみの顔を思い浮かべながら言った。ひとみは20代後半くらいで久美子は20歳くらいに見える。久美子と違って大人の雰囲気をひとみは持っていた。二人とも美人だと俊之は素直に感じっていた。それと同時に46歳の自分とは隔たりがある事も解っていたのである。

「それならこれからが楽しみだな。」

と矢島が言う。

「何が?」

俊之は聞いた。

「お前は実年齢よりかなり若く見えるようだな?」

矢島は言った。

「そうでもないさ。」

俊之が言うと

「早苗が言っていたよ。」

と矢島が言う。

「早苗さんがそう言ったのか?」

俊之が言うと矢島が。

「そうだ。」

と矢島が言う。

「それはきっと世辞だよ。」

俊之が言うと

「あいつはそういう評価は確かだよ。」

と矢島が言う。

「そうかな?」

俊之が言うと矢島は

「早苗はお前に気がありそうだぞ!」

と言った。

「バカを言ってはだめだ。」

俊之は言った。

「まんざら嘘でもないぞ」

矢島が言うと

「俺は友人の奥さんに手を出す趣味はないよ。」

と俊之が言った。

「解かっているよ。」

矢島が言うと俊之は

「変な事を言うと対応に困るよ。」

俊之が言うと矢島は

「お前はまじめだな。」

と言った。

「そうでもないさ。」

俊之は言った。俊之は矢島の前では自分を素直に出していたのである。

雨のあとに虹 その1

「ご注文は何になさいますか?」

久美子が言うと俊之は

「ミートソースとブレンド珈琲をお願いします。」

と言った。

「かしこまりました。」

と久美子が言って作業を始めた。このわずかな時間がいつもの俊之には長く感じられたのであるが今日は意外にも短く感じていた。久美子が珈琲を置いた。

「ありがとう。」

と俊之が言って会計をすませた。

「ミートソースは後ほどお席にお届け致します。」

久美子は笑顔で言い俊之はうなずいた。俊之は空いている席に座って一息つくと少しだけリラックスできた。俊之は店内を見回して落着いた雰囲気に心を和ませた。そして少しずつ頭脳が回転を始めた。俊之は

「矢島のあらたまった話とは何だろうか?」

と呟いた。俊之は親友の矢島正一から久しぶりに呼び出しを受けて少しだけ緊張を覚えたのだ。矢島は高校時代の親友である。たまには落着いた話をするのも必要だろうと思ったのであるがあらためての話とは始めて事である。俊之の頭脳はさらに回転を速めていた。その時

「お待たせ致しました。」

と言いながら久美子がミートソースを乗せたトレイをもって俊之のところへ来た。久美子が俊之の前にトレイを置こうとした時である。客のひとりが急に手を動かして久美子を突飛ばしたのである。俊之はその突飛ばした手を一瞬だけ見た。久美子は身体のバランスを崩さざるを得なかった。やがて大きな音が店内に響いてミートソースを乗せた皿はトレイから俊之の膝を通り床に落ちた。飲みかけの珈琲もこぼれ落ち俊之のズボンはミートソースと珈琲ですぐに汚れてしまった。 

「すみません。」

久美子は言った。

「大丈夫ですか?」

俊之は言って久美子を見た。

「すぐに新しいものをお持ちします。」

久美子が言うと

「僕は大丈夫だよ。」

俊之は言った。

「珈琲もすぐにお持ちします。」

久美子はそこまで言うのがやっとだった。急に誰かに突飛ばされたのであるからひとたまりもなかった。

「僕はかまわないけど怪我をしなかったですか?」

俊之が優しく久美子に声をかけた。不可抗力とは言え久美子がかわいそうになったのである。久美子は

「私は大丈夫です。」

と言って後片付けをしていた。

「気にしなくて良いからね。」

俊之は久美子を見て言った。

「すみません。」

と久美子が言って後片付けをしていると久美子の後ろにあるカウンターからひとみがやって来た。

「お客様大変失礼致しました。」

ひとみは店長として丁寧な対応で俊之に接した。

「僕は大丈夫です。」

と言った俊之のズボンは汚れているのがひとみにもはっきり見えたのである。

「珈琲とミートソースは新しいものをすぐに用意させます。」

ひとみが言うと

「解りました。」

俊之は言った。

「後ほど私のところにお立ち寄りください。」

とひとみが言うと俊之は

「気にしないでください。」

と言った。俊之の言葉を聞きながら久美子は床を片付けていた。急な事で久美子は慌てていた。少し悲しい気持ちとはこういう時の悔しさややるせなさを言うのだろうか?久美子は俊之を見た。そして

「すみません。」

と久美子はもう一度謝った。

「もう大丈夫だからね。」

俊之が言った。俊之の優しい意言葉が久美子を救ったのである。

パスタを食べ終えて珈琲を飲干すと、かなりの時間が過ぎていた。アクシデントがあったのだからそれは仕方がない事でもあるが俊之は久美子の事が気になっていた。こういう時には多少なりとも気分が落ち込むものである。俊之のズボンは子供が食べ物をこぼしたように汚れていたが、それはクリーニングすればすむのだ。俊之は席を立ってトレイをカウンターの横に置いた。

「先ほどは大変申し訳ありませんでした。」

ひとみが言うと俊之は

「もう済んだ事ですよ。」

と言った。その間にひとみは俊之の胸ポケットに封筒をそっと入れた。俊之は中身を悟って

「僕はブランドを着けているわけでなないから。」

と言って封筒を返そうとしたがひとみは

「いいえ!こちらの不注意ですから。」

と言って引かないのである。そこにカウンターをから出て来た久美子も

「先ほどはすみませんでした。」

と言って俊之の目を見た。俊之も久美子と視線を合わせていた。

「気にしないでください。」

と俊之が言うと久美子が

「はい。」

と言った。俊之は久美子がつけている名札を見ながら

「堀川久美子さん。」

と久美子の名前を言った。久美子はすぐに

「はい!堀川久美子です。」

と自分の名前を言った。

「失礼ですけど差し支えがなければお名前を教えてください。」

とひとみが言うと俊之は仕事の癖から名刺を取出して

「高村俊之です。」

と言ってそばにいる久美子にその名刺を渡した。

「高村俊之さんですね。」

久美子は呟くように俊之の名前を復唱した。

次にひとみにも俊之は

「高村俊之です。」

と言って名刺を渡した。

「高村俊之さんですね。」

ひとみが俊之の名刺を見て言ったが表情は冷たかったのである。

俊之は急ぐようにドレンドカフェを出のを久美子とひとみは見送っていた。俊之の姿がエスカレーターの下に消えるとひとみは

「堀川さん。」

ひとみが言った。

「はい。」

久美子は言ってひとみの顔を見た。

「高村さんって何歳くらいに見えた?」

ひとみは言った。

「よく解からないけど30代の後半だと思いますよ。」

と久美子が言った。

「これから高村さんが店に来たらいろいろ話しかけてあげてくれる?」

とひとみが以外な事を言った。

久美子は先ほど目を合わせた時から高村俊之という男に興味を持ったので

「いいですよ。」

と言った。

「それではお願いね。」

とひとみが言った。

「高村さんは自分を出し切れない性格みたいですね。」

と久美子が言うのをひとみはしっかり耳にしていた。