開運童子のブログ -12ページ目

もうひとつの物語・3月の花

冬から春の日差しに変わって暖かく北風がない日には地面から芽が出て花が咲く気配をかじるようになった。何かが始まる季節になって人々が街中を行き交う姿は動きが速く感じられるのは私だけだろか?私は重いコートを脱げないままでいつものように駅ビルのエスカレーターに乗るとそのまま人の流れの一部になった。外の日差しが来ない店内では独特の雰囲気がある。私はいつのように珈琲ショップの入口に立つと特別な気持ちを持ってカウンターに歩いて行ったのである。

「いらっしゃいませ。」

店長さんがいつものように言うと

「こんにちは。」

私は店長さんの目を見て言った。

「今日は何になさいますか?」

店長さんが言うと

「ミートソースとホット珈琲をお願いします。」

私は特別の思いを持って言った。

「ミートソースは後ほどお席までお届けいたします。」

店長さんは言った。私のこの言葉を何度となく聞いていたが今日は特別な思いで聞く自分に素直になっていた。

 

何も考えないで時を過ごすわずかな時間が私を成長させてくれたのだ。時には怒った時もあり時には笑った時もある。悲しい気持ちを抑えた時もあったのだが今はそれらの出来事も過去に変わる時期なのかもしれないと思った。私が人の気配を感じて目を上げると

「こんにちは。」

若い女性店員さんが横に来て言った。

「3月に入ってから忙しかったので来られなかったけれど今日は来れてよかったよ。」

私は言った。

「店長は今月で移動ですから寂しくなりますよ。」

若い女性店員さんは言った。

「本社の人事部に異動だったね?」

私が言うと

「この店での実績を評価されて本社に移動ですから店長は優秀ですよ。」

若い女性店員さんは言った。

「本社に移動すれば違う苦労もあるだろうけれど店長さんならすぐに仕事をこなせると思うよ。」

私が言うと

「私も頑張って店長に続きますよ。」

若い女性店員さんは言った。

「僕も応援しているから頑張ってください。」

私が言うと

「悩んだ時には相談しますから力になってくださいよ。」

若い女性店員さんは言った。

「僕でよければいつでも気軽に言ってください。」

私が言うと

「ありがとうございます。」

若い女性店員さんは笑顔で言いながらカウンターに戻って行った。私は時間だけがゆっくりと流れるこのひと時に癒されるのであった。

 

「しばらくお顔を拝見していなかったのでお会いできないかと思いました。」

店長さんは私の横に来るとあたり前のように言った。

「店長さんが今月で移動だと聞いていたので必ず来ようと思っていましたよ。」

私が言うと

「私は来月には本社に移動になりますがこれからも気軽に珈琲を飲みに来てくださいね。」

店長さんは言った。

「僕はこれからもここに来させていただきますよ。」

私が言うと

「そうだったわね。」

店長さんは言った。

「ちょうど去年の今日でしたよ。」

私が言うと

「彼女と最後にお会いになられた日ですね。」

店長さんは言った。

「あれから1年が経って時間は確実に流れてしまったね。」

私が言うと

「彼女もインドネシアで何かを得た1年だったと思います。」

店長さんは言った。

「一昨年の秋からいろいろな事がありましたよ。」

私が言うと

「ここで珈琲を飲まれるだけでどんな事があったのですか?」

店長さんは興味を持ったように言った。

「彼女と出会えたおかげで私は何かを彼女から貰ったような感じがしたよ。」

私が言うと

「私たちのミスから始まった小さなご縁でしたね?」

店長さんは言った。

「僕は彼女に感謝の意味を込めて小説を書いています。」

私が言うと

「あなたは作家さんでしたか?」

店長さんは驚いて言った。

「僕はただの経営コンサルタントですよ。」

私が言うと

「小説を書かれるとは意外ですね?」

店長さんは言った。

「僕はパソコンの画面に向かってキーボードを叩くと自然にイメージが頭に浮かんできます。」

私は小説を書く時のイメージを思い出しながら言った。

「彼女をヒロインにしてどのようなストーリーが展開されるのですか?」

店長さんが言うと

「近いうちにお見せ出来ると思いますよ。」

私は言った。

「それは楽しみです。」

店長さんが言うと

「彼女も店長さんも運命の神様がいたずらをして縁を持たせてくれたから逆にこの縁を大切にして神様を見返してみたくなりましたよ。」

私は少し微笑んで言った。

「これからもあなたと彼女に私も含めた縁の行く末を神様がどのような気持ちで見守っていてくれるのでしょうね?」

店長さんが言うと

「優しい気持ちで見ていてくれるはずですよ。」

私は言った。店内に少し混雑しているような気配があったのであるが店長さんは私の横に立ったままであった。

「その縁がある人たちに私も加えてくださいよ。」

カウンターから近づいて来た若い店員さんは悪戯っぽく微笑んでから言った。

 

私は立ち上がってトレイを所定の場所に置くとすぐにカウンターにいる店長さんと若い女店員さんと視線を合わせていた。この店にいたわずかな時間にドラマが生まれてやがて完結をむかえるのである。四つの季節が過ぎてそれぞれが違う場所へと旅立つのを少しだけ寂しく思えるには私だけではなかった。

「ありがとうございました。」

若い女性店員さんは言った。

「ご馳走様でした。」

私が言うと

「これからもずっと来てください。」

店長さんは強いまなざしで言った。

「僕は来るなと言われても来ますよ。」

私は短く言った。

「小説を見せていただく約束がありますよ。」

店長さんが言うと

「私はこの店にずっといますから来てくれないと怒りますよ。」

若い女性店員さんは少しだけ冗談を交えて言った。

「僕はこの店にはすっと通い続けるのが義務になりましたよ。」

私が言うと

「お待ちしています。」

若い女性店員さんは言った。

「近いうちに会いましょう。」

私は背中を向けて店長さんに言うと

「私も楽しみにしています。」

店長さんは言った。背中から聞こえた店長さんの声に振り向けないでいる私はすぐに下りのエスカレーターに乗っていた。私が駅ビルの出口から外には現実という空間が待っていた。3月のという早春の空気が氷を溶かして植物の芽を地面から出させて花を咲かせるのは楽しい事である。別れがあれば同じ数だけ新しい出会いがあるはずである。街中を歩く人たちは私と存在を知らなくてもいつか友人になる人もいるかもしれない。その可能性があるから楽しいのである。あの日に偶然にもハプニングが起きて彼女と店長さんが私に特別な何かを教えてくれたように運命は次のいたずらを考えているのかも知れない。

もうひとつの物語・2月の氷

バレンタインデーが過ぎて寒さは厳しくなっているが数週間もすれば確実に春が来るのである。春一番が吹くのも数日後と予報が出ているが朝には氷が張っているのを見ると寒さは身体の芯までしみてくるのである。いつものように駅ビルのエスカレーターに立つと特別な時間が特別なドラマを用意してくれる場所に私を導いてくれるのである。

「こんにちは。」

私の方から声をかけてみると

「いらっしゃいませ。」

店長さんがいつものように挨拶をしてくれた。

「今日は気分を変えてミルクティにしてみるよ。」

私が言うと

「ブレンド以外をご注文なされるのは初めてですね?」

店長さんは言った。

「自分でも解らないけれど今日は紅茶を飲んでみたくなったよ。」

私は言った。

「時には気分を変えてみるのもいいですよ。」

店長さんが言うと

「春と言うには早いけれど気分を変えて何かをしたいね。」

私は言った。

 

 珈琲と違って紅茶には別の味わいがある。珈琲が若さと可能性を秘めているとすれば紅茶は熟練した技術と確実性を持っていると言える。席に座った私が店内を見てから大きく息を吐くと

「こんにちは。」

若い女性店員さんが私の横に来て言った。

「先ほど僕が来た時にはカウンターにいなかったね。」

私が言うと

「今休憩から戻ったばかりですよ。」

女性店員さんは言った。

「今日は寒くて氷は張っていたね。」

私が言うと

「春にはまだ早いですからね。」

女性店員さんは言った。

「冬は嫌いだと言う人が多いけれど冬にも楽しい事がいっぱいあるよね?」

私が言うと

「言われてみたらそうですね。」

女性店員さんは気づいたように言った。

「クリスマスやお正月もそうだけれどバレンタインデーなども冬だから絵になると思うよ。」

私が言うと

「夏にサンタのおじさんやチョコレートはイメージがわかないですね。」

女性店員さんは言った。

「南半球では季節が反対になるけれど僕は今ある季節の良さを楽しみたいと思うよ。」

私が言うと

「そう言えばスキーをするのも冬ですね。」

女性店員さんは言った。

「ゲレンデに降る雪を見て空を見上げたのは10年以上も前になるよ。」

私は過去の記憶を辿って言った。

 

「紅茶はおいしいですか?」

店長さんが私の横に来て言った。

「とてもおいしいですよ。」

私が言うと

「この言葉は懐かしく思ったのではないですか?」

店長さんは言った。

「彼女がよく僕に言ってくれた言葉だったね。」

私が言うと

「ケーキはおいしかったですか?」

店長さんは言った。

「パスタはおいしかったですか?」

私が言うと

「今日の珈琲はおいしく出来上がりましたよ。」

店長さんは言った。

「今日の珈琲は苦くありませんか?」

私が言うと

「彼女はそう言っていつもあなたに話しかけていましたね。」

店長さんは言った。

「あれからそろそろ1年になるね。」

私が言うと

「彼女が辞めてから四つの季節が過ぎようとしているのですね。」

店長さんは言った。

「1年は長いようで意外に短いよね?」

私が言うと

「日々の生活に追われているうちに時間が過ぎていくのですね。」

店長さんは言った。

「僕はこの1年で成長していると良いけれどどうだろうね?」

私は彼女の笑顔を思い浮かべながら言った。

「今日は内緒の話をしますね。」

店長さんが言うと

「内緒の話とは何だろう?」

私は言った。

「私は来月で移動になって本社勤務になります。」

店長さんが言うと

「本社に戻ると企画部に移動ですか?」

私は言った。

「新規事業の企画をする事になっています。」

店長さんが言うと

「それはある意味での栄転だね。」

私は言った。

「私は今の職場が楽しくて好きですよ。」

店長さんが言うと

「それで今日は珈琲ではなく紅茶を飲んでみたくなったのかも知れないね。」

私は言った。

 

「ありがとうございました。」

若い女性店員さんが言うと

「ごちそうさまでした。」

私はいつもの言葉を言って出口まで来ると店長さんと視線が合った。私が思わず微笑んで店長さんも笑顔になっていた。

「あの事はまだみんな知らないのでお願いします。」

店長さんは小声で私に言った。

「誰にも言いませんよ。」

私も小声で店長さんに言った。

「ありがとうございました。」

店長さんが少し大きな声で言うと

「ごちそうさまでした。」

私も少し大きな声で言った。合わせていた視線を逸らして私は歩き出してすぐにエスカレーターに乗るといつの間にかいつもと変わらない日常に変化していた。店長さんは来月で移動であるが新しい職場でも活躍する事が私にも容易に想像ができた。春は氷が解けて暖かく花が咲く季節である反面に別れの季節でもある。その別れは他の誰かと出会うための別れでもあるのだと私は思った。彼女がインドネシアに行ったように店長さんは企画部で新しい自分を見つけるはずであると私は思った。

もうひとつの物語・1月の虹

気温が季節はずれに暖かい日があったと思えば雨がふれば雪に変わりそうな寒いもある。私は底冷えがして霧雨が降る中を歩いていた。駅前はいつものように人がたくさんいて人混みに紛れていると寒さを忘れる何かがあるように赤信号を待つ私は寒さを忘れていた。傘を差すほどの強い雨ではないが傘を差さないと濡れて寒さが身体を震わす雨であった。私は駅前の交差点で信号が青になるとすぐに歩き出して駅ビルの中に入ったのである。エスカレーターではビニールの中に傘を入れている人が目立っていて雨の日に見られる独特の光景があった。私はエスカレーターで大きく息を吐き出すと珈琲ショップの入口に立っていた。

「いらっしゃいませ。」

いつのもように店長さんがカウンターの向こうで言うと

「雨が降ってきましたよ。」

今日は私から店長さんに言ったのである。

「天気予報があたりましたね。」

店長さんが言うと

「霧雨だから濡れると寒そうだよ。」

私は店長さんに言った。

 

「すまないけれどあとでこちらから電話をするよ。」

私は電話の相手に言うとすぐに携帯の電源をオフにしたのであった。この店では携帯で誰かと話をする気にはなれなかったからである。この店では黙って珈琲を口に運んで静かに時間を過ごすのが私の楽しみでもあった。私が黙って書類を見ていると

「雨が降ってきたそうですね?」

若い店員さんがいつもように私に言った。

「降ってきたと言っても霧雨だよ。」

私が言うと

「霧雨は意外と濡れますよね?」

若い店員さんは言った。

「しっかり傘を差さないとだめだね。」

私が言うと

「雨が止んだら虹が出ると良いですね。」

若い店員さんが無邪気に言った。

この降り方では例え晴れても虹は出ないよ。」

私が言うと

「そうですよね。」

若い店員さんは残念そうに言ったのである。

「僕も虹になればいいと思うけれどならないだろうね。」

私が言うと

「それなら雪になれば良いのにね。」

若い店員さんは言った。

「寒いけれど雪になるかな?」

私は天気予報を思い出して言った。

「そこまでは寒くはないですよね?」

若い店員さんは微笑んで言った。

 

「今日は雨だから混むかと思ったけれど意外とお客さんが少ないですよ。」

店長さんが私に言うと私は書類から目を上げて店長さんを見た。

「混んできたらすぐに出ようかと思ったけれどお客さんが少ないね。」

私は周囲を見回しながら言った。

「今日は何処の店舗もお客さんが少ないみたいですよ。」

店長さんが言うと

「仕事で忙しい時間だから少ないのかな?」

私は時計を見てから言った。

「隣のビルでイベントがあってお客さんがそちらに言っているみたいですよ。」

店長さんが言うと

「イベントは一時的なものだから仕方よね?」

私は言った。

「年末にはマナーが悪いお客さんに注意をしてくださってありがとうございます。」

店長さんはあらためて私に言った。

「クリスマスなのに余計な事を言ってすまなかったね。」

私が言うと

「そんな事はありません。」

店長さんは首を横に振って言ったのであった。

「今日の雨が早くやめば虹が出ると思いますか?」

私は店長さんに言った。

「霧雨だったら虹にはなりませんよ。」

店長さんが言うと

「誰が考えても虹は出ないよね?」

私は静かに言った。

 

「ありがとうございます。」

若い女性店員さんが言った。

「ご馳走様でした。」

私は言うとカウンターにいる店長さんとも目線が合って会釈をしてゆっくり歩いて出て行こうとした。

「虹が出たら良いなと思うことは私にもありますよ。」

店長さんは言った。

「彼女に言われるまで僕も虹を忘れていましたよ。」

私が言うと

「そんな小さな夢をいくつも見ることで人は心を豊かにするのかもしれませんね。」

店長さんは言った。私が背を向けてエスカレーターに乗って下に降りて行くと駅の改札付近は人が多く大変な混雑であった。私は交差点まで来ると赤信号で立ち止まって空を見上げていた。虹は出るはずはなかった。虹は出ていないが虹が出てほしいと言う夢はいつまでも持っていたい。虹が出て来てほしいと私は思ったのである。