広い広い海の向こう 小さな黒い点が ボクに向かってやってくる。
その黒い点がだんだん大きくなって やがて舟の形になる。
そして、ボクは 両手を大きく振りながら叫ぶんだ。
「とうちゃん。おかえり!」
波の音や 舟のエンジンの音 かもめの声
そして 潮風の黒板消しで ボクの声は
本当にこの港に近づかないととうちゃんに聞こえないらしい。
とうちゃんは、たった一人で海に出て魚をとってくる。
「ボク。大きくなったら、とうちゃんみたいな漁師になるんだ」
ボクが、むねをはって にこにこしながら言うと
とうちゃんもにこにこしながら ボクの頭をなでてくれた。
だけど、かあちゃんだけは
ボクがそう言ってもいつも何も言わなかった。
「けんちゃんちのおとうちゃんみたいに サラリーマンもいいかもよ」
かあちゃんが、時々とうちゃんがいない時ボクの目を見て言った。
学校で時々
「お前 魚くせー」
って ボクに 意地悪を言うやつがいることを知っているのかな。
だけど、白いTシャツは とうちゃんが 他のとうちゃんより
一番似合うと思うよ。参観日の時に いつも思う。
それに くみちゃんは 言ってくれる。
「うみ君の パパがとった お魚、昨日 おばあちゃんと食べたよ。
とってもおいしかった。おばあちゃんも うみ君のパパのお魚が
一番新しくて良いって言ってたよ」
って。
そんな時 ボクはとっても うれしくて じまんな気持ちになる。
ボクは けんちゃんのとうちゃんが、疲れた顔で 家にいるのを
何度もみたことがあるんだ。
日曜日に遊びに行った時だよ。
青白い顔で ふらふらって 椅子に座って だまって 新聞を読んでた。
ボクのとうちゃんは、魚がとれないと 不機嫌な顔になるけど
いつも元気だ。
でも、やっとわかったんだ。
かあちゃんが、なんで あんなことを 言うのか。
とうちゃんが、嵐の日から まだ 家に帰って来ない。
かあちゃんは、毎日ボクを抱きしめて 泣いてる。
かあちゃんは、こんなことが 起こるかもしれないと思って
ボクが とうちゃんみたいな漁師になりたいって言っても
とうちゃんみたいに よろこんでくれなかったんだね。
きっと、そうだね。
ボクは、かあちゃんにそのことを聞いていない。
今は 聞けない。なぜか 聞いちゃいけないって思うんだ。
でも、とうちゃん。
ボクは きっと とうちゃんみたいな漁師になるよ。
だって、ボクは海が 大好きだし
もし サラリーマンになっても ボクは 楽しくない気がするから。
それにね。
とうちゃんは きっと 「海の何処かで
魚をとっている」とボクは思っている。
いつか、ボクがそこへ行くのを待っていてくれているんだと思う。
かあちゃんに そう言ったら
泣きながら とうちゃんみたいにならないでほしいって 言った。
かあちゃんは さみしいんだね
かあちゃんの気持ちもわかる。
ボクだって 嵐の日から毎日港に むかえに行っているんだよ。
だけど 小さな黒い点が とうちゃんの舟になることがないんだ。
「とうちゃん。おかえり!」
何度もそう言うけど、潮風の黒板消しがすぐに消してしまう。
夕暮れまで待って とうちゃんが帰って来ないと
ボクは とても さみしい気持ちになる。
だから、かあちゃんの気持ちがわかる。
かあちゃんも ボクもとっても さみしいんだよ。
でも ボクは信じてる とうちゃんは 絶対 海の何処かで
魚をとっているって。
だから ボクが そこに行くまで がんばって
魚をいっぱい とっていてね。
いつか かあちゃんを舟に乗せて 連れていくよ。
ボクは とうちゃんみたいな 漁師になるんだ。
ボクは 漁師になるんだ。
だって、ボクは とうちゃんに会いたいんだ。