Rashiv
サイズを小さくすると全然色味が分かりません。
というか、とても不気味すぎてBlogのトップに持って来れないという・・・
鮮やかな色を入れると浮いてしまってダメでした。
なので基本的に暗いです。
元々不気味な絵が好きなのでやっぱりこういう風にしか仕上がらなそうです・・・。
色塗りして気づいたことがあります。
それはShivaって耳だけはグレーじゃないんですね。
サドゥも灰を体に塗ってますよね。耳は塗らないのでしょうか・・・(?)
ちなみに私はインドハーブを体に塗ることはあります。
異様な気持ちになります。(怪しい感じではなく、神秘的な感じです)
あんまり納得がいっていないのでまたいつか、塗り直そうと思います。
こうして時間をかけて、一人あーだこーだと言ってるのもなかなか楽しいものです。
Om Namah Shivaya
あなたの体は借り物です
丸一日くらいインターネットがダウンしてました。
たまにはネットのない生活も悪くないです。
昨日の午後はLife in the UKのテスト勉強をしていました。
ただ、こういう暗記型の勉強と言うのはなんとも眠くなりやすいもので、
一時間もすると睡魔に襲われます。
気分転換に早めの夕食の支度、
外がとてもいい空気だったので、
イギリスの秋の夕方を撮りにカメラを持って散歩に出たりしていました。
さてさて、皆さんはいつも何時に起床されますか?
こないだのBlog記事にも書いたように、
朝方にオイルマッサージをする習慣をつけようと心がけているわたくしですが、
今日はなんとか7時半に起床。
でも理想は日の出前
なんです。調べたところイギリスのサンライズは6:20AM前後。
この日の出前の時間帯は、
血液循環がよく、神経系の動きも活発・敏感になっているのだそうです!
なのでこの時間帯に起床することで全身の代謝機能の効率が高められて、
それが美肌効果へとつながるわけなんですねぇ

私の場合は美肌はもちろんのこと、でもその前に体のケアの方が先で、、、
10代のうちから職業柄健康に対してストイックになり過ぎた反動で、
20代後半は自分の体を甘やかしてきたところがあります。
そして今また徐々に規律のあるライフスタイルを心がける時期に差し掛かりました。
こないだ面白い読み物を見つけました。
真言立川流をご存知な方、そうでない方、それに対しての様々な意見等あるかと思いますが、
恐縮ながらわたくしの意見を述べますと、、、
宗教は思想だと思っていて、
どんな宗教(思想)にも共感できたり、新しいものの見方を取り入れたりできるいい部分があります。
なのでわたくしの中ではこの宗教は世界一!というような考えはありません。
過去記事でご紹介した、ゾロアスター教も良かったです。
もちろんヒンドゥー教も仏教もいいところが沢山です。もちろんこの世界はもっと沢山の宗教(思想)に溢れています。
そして最近は密教(タントリズム)を見たりしていますが、これもまたいい考えを教えてくれます。
日本の密教は大きく分けて真言宗と天台宗とのことですが、
その真言宗のさらに立川流という流派でのとても興味深い思想がありましたので、
それを今回、早起きをしよう!というアーユルヴェーダに関連付けて書き留めておこうと思いました。
自分の肉体というものは本来借り物であるということ。
我々人間は、この肉体をあたかも自分のもののように思い過ごしている節がある。
働いて働いて、ボロボロになるまで酷使したり、不摂生な生活を繰り返しては病気になってしまったり・・・。
もちろん一生の中で自分は自分以外誰のものでもないが、
この一生が終わって死に行くときは、この肉体をお返しすることになる。
そのときに、故障だらけの体で返すわけにいかず、
いくら古くなったとはいえ、しっかりとした状態でお返しする義務がある。
今ある肉体を粗末に扱ってはならないのだ。
まとめるとこのような内容になるのですが、
これを知ってハッとしました。
もう一度摂生しながら自分の生活を見つめなおそうと思いました。
私は今後、誰かの妻になって、誰かの母親になって、誰かのおばあちゃんになっていくわけですから、
その為にも心も体も健康でしっかりしていないと、その役目が果たせません。
まあ、、図々しく誰の為ということは考えなくとも、
借りた体をちゃんときれいな状態でお返しするということで、
早起きもしないとなぁ、、、と思うわけです・・・。
負けて悔しい怒りの顔
今回は、ざっくりと密教の歴史的な流れをまとめたいと思います。
過去記事 にてどうしてインドで密教ができたのかは勉強しました。
その頃、勢力のあったヒンドゥー教に追いつけ追い越せの気持ちで頑張っていたわけです。
ヒンドゥー教のマントラを真似て〝真言〟や〝陀羅尼 (だらに・呪文の一種)〟を生み出しました。
しかも現世利益があると説いていたと言いますから、よほど信者を増やしたかったように見えます。
これが初期の密教のあり方です。
それが中期になると、、、
それでもまだまだ勢いの止まらないヒンドゥー教にさらに対抗するためにできたのがこないだの記事 の
『大日経』と『金剛頂経』という経典、そして曼荼羅。
もっと理論的に攻めようという作戦です。
ただ、庶民などの大衆向け信仰を広めていたヒンドゥー教に対して、
密教は複雑過ぎて庶民と言うよりは僧侶向けでした・・・。
確かに分かりやすいものでないと庶民たちには人気はでないでしょうね。
このBlogの最初の頃に書いていたヒンドゥー教の、
神へいたる三つの道を思い出しますね。
知識、
行為、
信愛。
知識は学者レベルの人たち、
行為は寺院へ赴いたり、
そして信愛はただひたすら心の中で思うだけ。
貧富の差が激しいインドの民衆の間に広まらないわけがないですよね。
密教の作った経典は、ある一部の富裕層や僧侶にしか手にするチャンスがなかったのかもしれないです。
そんな負け惜しみから生まれたのが!
あの降三世明王などの踏ん付け事件であります!
これ以外に新たに見つけたのがこちら↓
わかり難いですが、下敷きになってるのがガネーシャ。
上はマハーカーラ(マハーが偉大な、カーラは黒ということで大黒天とされています)
なんてことを・・・という気がしてなりません。。。
いくら悔しかったとはいえ、これはやり過ぎだと思います。
こればっかりは本当に気分が悪くなってきますね・・・

要するにこの頃に明王とかの憤怒尊ができたようです。
ということは、、、
負けて悔しい!ヒンドゥー教なんか踏ん付けちゃえ!みたいな怒りの顔なんでしょうね。
後期へつづく・・・
。
