神々と人間
舞台はうってかわって古代インドに戻ります。
『ヴェーダ』時代の人々がどう神々との付き合ってきたのかはいくつか勉強してきましたが、
それ以降の時代の流れを今回はみてみたいと思います。
自然神も少し登場してきましたね。
暁の女神ウシャスと太陽神スーリヤとの抱擁により一日が始まる・・・
そんな神々に捧げる賛歌ってステキです。
なのでヴェーダ時代って個人的にはとても魅力的に思えます。
あのキレイな曲、『ガーヤートリー マントラ』 の賛歌の歌詞です↓
〝われわれは、われらに知力を吹き込んでくださる世界創造の主の知恵と力に想いをいたし、祈りを捧げる〟
この神、ガーヤートリーに関してはまた今度詳しく書きます。
祭り火を囲んで供物を火の中に投げ入れる供犠(くぎ)/ヤジュニャがヴェーダの祭祀のやり方。
〝スヴァーハー! (ソワカ~!)〟
(稀に火ではなく水の中ということもあったとか・・・)
供物としては本人が愛用している物やバター、ミルク、肉、酒などだそうですが、、、
注目したいのはこの時代から山羊も供物として神々に捧げられていたということです。
(山羊のサクリファイズと言えばもうカーリーのイメージしかないですが・・・。)
この時代の祭祀の目的はやはり神々に対する忠誠という意味合いが強かったわけですが、
段々と時代の移り変わりと共にこの生贄の意味が変わってくることになるんですよね・・・。
それから『ヴェーダ』は森の道場で師から弟子に口承で伝えられていったそうです。
ここから様々な人種が入り混じり始め、段々と神より人間が世界を支配していくようになったようです。
祖先崇拝が起こった理由もその変化のうちのひとつ。
元々のバラモン教の人たちからしてみたら言語道断だったようです。
これぞまさに非アーリア的文化です。
そのほかに、出家、涅槃、解脱、菜食主義も特徴的な非ヴェーダ文化みたいです。
インドの方でやはりベジタリアンは多いですが、元々アーリア人はベジタリアンではなかったんですね!!
仏教やジャイナ教のベースとなる考えもこのあたりで生まれてきたんでしょうね。
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どの国も面白いのが、
元々はやはり神をそれはそれは偉大なものとして讃えている人間たち。
ひょんなことから友人の誘いで数年前にエジプトに行くことになったのですが、
(その頃は全くもってエジプトの文化も知りませんでしたし、興味さえなかったくらいでした)
その時にガイドさんに習ったことを思い出すと、エジプトも確か元々は神々の力がすごくあったんですが
段々と人間(王)こそ全て!みたいな考えに移り変わり、ピラミッドの大きさなどで権力を見せつけたりするようになっていきますよね。
そう考えると神道は、、、
元々から先祖崇拝と自然崇拝を二大柱として神と人との結びつきをしっかり教えてくれるようでいいですね。
私は「もののけ姫」の映画が好きなんですが、
アシタカが言いますね、
「神と人とが双方に生きる道はないのか」
人間は人間で神々の不死の力を手に入れようと悪巧み、
神は神でそんな人間を汚い動物だとして嫌います。
男と女、合わせてシャクティーパワーがあるように、
神と人間も力を合わせれば生まれ出るパワーが絶対にあると信じています・・・。
混ざり合う宗教
私が小さい頃にお正月の三社参りではもちろんのこと、
それ以外でもよく遊びに行っていた地元の神社が、通称「さんのさん」と呼ばれる稲荷神社でした。
この神社には動物が沢山いて、
馬、オウム、うさぎ、鳥、小さい動物園みたいで好きな場所でした。
(神社の飼育係のおじさんにうさぎが欲しいと言って売ってもらったんです・・・。勝手な子供でした・・・。)
自宅からは自転車でなら行けるくらいの距離で、
どちらかというとまだ祖父・祖母宅の方がこの神社寄りではありました。
その辺一体の地名が「稲荷町」と言います。
今考えると、稲荷神の稲荷なんだということに気づけるのが面白いです。
そもそも稲荷神とは??
⇒ 食物神・農業神・殖産興業神・商業神・屋敷神
「稲荷」=「いねに」が訛って「いなり」になったとか。
日本には2万、3万社かそれ以上とも言われているほどに無数の稲荷神社が存在するそうです。
奈良時代の「日本書紀」の中に稲荷にまつわる話が書かれているみたいです↓
欽明天皇(きんめいてんのう)が即位される前のまだ幼少の頃に見た夢の中で、、、
「はた(秦)の~さん」という名の人を雇うと大人になって天下を治められるという声が聞こえてきたそうです。
秦氏(はたうじ)は渡来系民族で、あの秦の始皇帝の末裔だという話もあるとか・・・。
絹織物の技術に秀でていた民族でもあるようです。
余談ですが、あの鶴のおんがえしは、、「機織」していましたよね。
この「はた」と「織物」も関係あるんでしょうかね・・・。
ここで密教の伝来について見てみると、、、
元々日本に入ってきたのは唐から帰国した最澄によって。
(最澄は現在の滋賀県大津市生まれというから驚きです。姉が住んでいる場所です)
ただ最澄は天台教学を主に学んでいたようですが、
その当時の皇族、貴族から人気が高かったのは現世利益のある密教や、来世への極楽浄土の生まれ変わりを信じる浄土教だったそうです。
なので本格的に密教を勉強した空海によって密教が日本に広まったと言われているんですね。
(最澄と空海を勉強したのは中学校でしたっけ?なんだか記憶がありますね。)
こうして密教が日本に伝来した時期は800年前後でしょうか・・・。
794(ナクヨ)ウグイス平安京でしたから、そう考えると平安時代の後ですかね・・・。
話をまとめると、
その秦氏(はたうじ)という民族が氏神(うじがみ)として祀ったのがこの稲荷伏見大社(他に京都の松尾大社もそうだったとか)。
氏神(うじがみ)というのは、同じ地域の人たちが共同で祀る神道の神のこと。
そもそも神道とは?という気がするので簡単に書いてあったのを抜粋すると・・・
「神道は地縁、血縁などで結ばれた共同体を守ることを目的に信仰されたもの」
ちなみに仏教はその神道に対してもっと個人の魂の救済とか、魂レベルを鍛えるイメージがあります。
ヒンドゥー教の理想的な人間の一生の四段階がありましたが、それに近いですよね。
話を戻すと、
ということは、、、
お稲荷さんは神道ということになりますか?
まずは794(ナクヨ)ウグイス平安京に話を戻してみます。
要するにこの時代に首都が京都になって、京都の土地&秦氏で信仰の深かった宗教がこの神道のお稲荷さん。
秦氏の力も増せば秦氏の氏神の信仰も広がる、という感じで稲荷神が広まっていった、という感じですね。
そして796年にあの有名な五重塔が東寺に建てられた時期で、
このときに秦氏が稲荷山から木材を提供したということで、稲荷神は東寺の守護神になったようです。
東寺は都の東側を守るようにということで桓武天皇によって建てられたわけですから、、
皇族たちの間で人気の高かった現世利益のある密教が取り入れられた・・・
なのでここで秦氏の神道である稲荷信仰と、皇族のお気に入りの密教とが習合されて全国に広まっていった・・・
ということで、この皇族ご贔屓の密教は真言密教(荼枳尼天(だきにてん))であった為に、
「お稲荷さん=お狐さま」というスタイルができてきた、ということでしゅうかね・・・。
お狐さまに乗っている荼枳尼天↓
ということで、
お稲荷さんは神道と真言密教。
となりました・・・。
歴史的背景が色々入り混じっているので本当にこういう宗教的なことは難しいですね。。
間違いもあるかと思いますので、ご指摘頂ければありがたいです。
「TANTRIC DAKINI ORACLE」
次から次に新しいものに手をつけられるほど器用ではないです。
ですがこれもまた昨日の本に続いて最近出会ったもの。
タロットのプロフェッショナルでいらっしゃるSomaさん に教えて頂いた「TANTRIC DAKINI ORACLE」。
真っ赤な色合いがそれらしい。
まだ私にはこのオラクルというものが何かはわかっていない。
ただカードをパラパラと眺めているだけでも異様に楽しい。
独特の雰囲気の絵が最高に私好み。(不気味な感じがとてもいいです!)
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実は、これまた昨日の本ともリンクしていて....
前に書いたこの記事(カパーラと更なる踏ん付け事件) に登場した、
カーリーの親族であるダーキニー<仏教名:荼枳尼天(だきにてん)>が、まさしくこの「DAKINI」ですよね。
(実際、ダーキニーとかダキーニとか、ダキニとか、どれが正しい発音かはわかりませんが)
それと、真言立川流のことを少し勉強しました。<過去記事 >
真言宗はまさにタントリズムですし、
聞いた話によると・・・この立川流はダーキニーのご本尊を勝手にお寺から持ち出して作った宗派だそうです。
そして更に、、、
ダーキニーはあのお狐さん(稲荷神社)らしいのです。
詳しくは柴田さんの記事ダキニ(黒魔術の系譜) が面白いです。
こちらは柴田さんのBlogの関連記事です
京都の伏見稲荷
(リンク失礼致します。)
京都なら姉が近くに住んでいるので伏見神社の総本山である伏見稲荷、ご縁があれば訪れることになりそうです。
これ以降は段々と稲荷神社についての勉強になりそうなので、
今回はTantric Dakini Oracleのご紹介ということにして、、
続きは次の記事に持ち越すことにします。
