「儀礼・浄化」と出ました。
今日このオラクルカードを引く機会を頂きました。
正直、初めてだったのでカードを引く手が一回躊躇しました。。。
以下、よろしくお願いいたします。
(読者の方には状況説明不足でもうしわけございません。どうぞスルーしてくださいませ。)
14: Puja(儀式・儀礼)/Purification (浄化・清めること)
最も神秘的なこのナンバーは、精神の基盤と知能原理の問題解明の完了を意味する。
タロットカードでいう「Temperance(節制) 」と関連がある。(リンク失礼致します。)
聖職者が正方形のプールの中の黒いリンガ(男根像)に水をかけている。
これはシヴァのリンガであり、この男根像はインドのBenaresというところにあるVishvanathの黄金の寺にあるシヴァの男性のエネルギー表している。
*Benares:聖地、Varanasi
*Vishvanath:宇宙の主(神)、シヴァ
聖職者が聖なる水を神に捧げている儀礼は「男性の宇宙原理」を表している。
この行為は宇宙の主への敬意であり、同じ原理が自身の中にも関連している。
この行為の意図と結果は、源泉へ向けて回りながら上昇する柱や、上から下へ流れ落ちる滝に見られるような花のシャワーによって描写される。
注ぐ(流す)行為は同時に二つの特性表す。
現実と神秘、そして形になることと意図的なこと。
この行為の内なる力は「過去への赦免(しゃめん)/許し」、「現在への責任/約束」、「未来への反響」の中にある。
集中することにより、見えないものを経験の実として現実化することができる。
<予言的な意味>
赦免(しゃめん)/許し: 無私による自己の浄化。
更なる上を目指しての献身的行為により、それは己の神秘的意識の達成となる。
神にたいする宇宙と世俗の崇高。
自己の規律的行動の訓練。
謙遜、適応性、神秘的な道の意志の成長、それを実らせる努力。
基本的に現世の行為に関連している:
脾臓(ひぞう):減食と消化の規律の必要性を勧める。
*脾臓(ひぞう):胃の左側にあるリンパ系の臓器
へそ:心理的な浄化の場所。
心臓:神秘的成就。
のど・頭:先生。
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こんな感じで言語を変えても大変理解が難しゅうございます。
よろしくお願いいたします。
「母」とは・・・?
さてさていよいよこの本に触れていきます。
何が書かれているのやら、ずっと気になっておりました。
普段見慣れない言葉が沢山出て来てたりするので辞書を片手にコツコツ・・・。
これがなかなか面白い。
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ヨガやタントラのベースとなっているのが『ダキニ』。
このダキニの概念を探っていこうと思う -
まず『ダキニ』とは・・・
「女性の賢明エネルギーの原型である」
全ての人の中に存在している64のダキニ。
それは、創造的かつ破壊的。
これらのエネルギーなしでは我々は存在し得ないという・・・。
あまり深くは考えないで先へ進むと、、、
最も古いダキニ寺院が東インドのオリッサ州にあるという。
オリッサ・・・
どこかで聞いた名前・・・
そうだ!
つい2日くらいに柴田氏のサイト で見た名前。
それはジャガンナート(ジャガンナータ)というへんてこりんな神の出身地だった。
なんとも愛嬌のあるその風貌にすぐに私の心は踊った。
確か愛用の神々辞典にも載っていたはず、と本を開く。
クリシュナの変化神で、ジャガンナートが一番右。
その隣の黄色いのが妹(妻)のスバドラー、そして左が兄のバラバドラ。
こんなのもある。
可愛らしい印象を受ける。
失礼な意味はないけれど、、
とにかくカワイイ・・・。
話を戻すと、このジャガンナートの出身と同じオリッサ州のサンバルプール(Sampalpur)に、
Ranipur Jharialという名の最古のダキニ寺院がある。
砂岩で作られたその寺院の真ん中に、
〝a single dancing male figure〟
シヴァだ。
そして64のdancing female figures、
ダキニ(シャクティ)である。
このフォーメーション自体が概念を表しているというが今の私にはまだわからない。
なのでとりあえずここからは少し本から離れてみようと思う。
色々調べているうちに、サンバルプール(Sampalpur)という町の代表的な神を見つけた。
名前は、Maa Samaleswari
マー サマレスワリ (読み方は不確かです)
この〝Maa〟は、「AGHORA」の中にも出てくる〝Ma〟と同じものかもしれない・・・(?)
パティジィに聞くと〝母〟という意味があると言っていた。
まずはそのサマレスワリ↓
なんだか動物的な風貌である。(象?)
この神は私の持っている本には出てこない。
どうやらマーサマレスワリは、太古の時代にMahanadi(マハナディ)という川の岸で祀られていた神のようだ。
同じく、Jagatjanani, Adishakti, Mahalaxmiという神も祀られていた・・・
Adishaktiは「AGHORA」の記事 でできた。
Mahalaxmiは「マハー」とは「偉大な」という意味で、ラクシュミーだろう(?)
では、Jagatjananiは・・・?
Googleで調べてもうまくヒットしない。
GoogleのImageを使って検索。
そうするとJagat Janani(ジャガット ジャナニ?)という名のようで、
出て来るイメージのほとんどがこの神↓
ドゥルガー?
もしくはこのお方↓
写真でもわかるが、実在する(していた?)人物のよう。
このお方が、Jagatjanani Shri Mata Ji ('Holy Mother')と呼ばれ、
'atmagyan'という精神を広めていらっしゃったようだ。
HPに載っていた最初の文章がこれだ↓
'Mother' is the central figure in anyone's life. She gives us birth and she is our first teacher. We receive our first impressions of life in this world from her. She is our source of food, comfort and shelter, but even more than that, she is our source of love and security. The guidelines she offers in our early years help us negotiate our way through the maze of influences, good and bad that surround us as we grow up. A mother's function is two-fold, to give birth and then steer and nurture the child through to adulthood.
「母」というのは・・・
命を産み出すだけでなく、子供を導いてしつけ大人にさせることである。
きっとこの方は、「母」としての役割をしっかりと説いてくださった方だろう。
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まさに「シャクティ」。
とても興味深い域に導いてもらっているようでありがたい。
これから必要となる知識を授かっているのだろう。
将来私には子供を育てる役目がある。
それは嫁いだ家族の血をしっかり受け継ぎ、幸せをもたらし、また後世に受け継がれるものでなければならない。
その責任を果たすために「嫁」というのは重要な立場にあると思っている。
だからと言って実際に妻も母も未経験。
ならばこれから少しでも多くのことを知っていけばいいと思う。
そしてこの記事を私の実の母も読んでくれていることを願う。
お金があれば衣食住を与えることは簡単かもしれない。
でもお金で与えられない母としての役割というものがある。
これ以上迷う子供(大人)を作ってはいけない。
なぜ日本の自殺者が過去最高となっているのか、
なぜ大事な宗教や説法を後世に残さない時代になってきたのか、
なぜこんなに信じるものをなくしてしまった大人が増えたのか、
なぜ人とうまく付き合えない人間が増えているのか、
いつから人は心を閉ざして生きるようになったのか?
こういう疑問全てを「母」が救えるような気がしてならない。
「母」とは・・・?
生きているのか死んでいるのか
なんだかんだと慌しい数日から、やっと落ち着きましたぁ。
私の一番の楽しみと言えばこの勉強の時間なのです

パティジィが風邪ひきかけなので、具合次第では両親と週末にでもマンディルに行きとうございます。
今回はNeasdenの大きいところではなく、Golders Greenにあるマンディルに行く予定です。
こちらにうちのファミリーゴッドがおられるということです。
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昨日の断食繋がりで、
やはりどうしても〝供犠(くぎ)・サクリファイス〟というと、
カーリーとかシヴァとかを思い浮かべてしまいます。
ということで久々に開きます。
『シヴァとディオニュソス』から -
〝太陽は自らの本体を燃やすことで光を放つ。
火は宇宙的なシンボルで破壊のもっと純粋なイメージである〟
ここに書いてあることは、
〝神々は火の向こう側にいて、供物の煙をその糧としている〟
何でもそうですが、
炎が存在しているときは必ずそれ自身が燃えています。
キャンドルでも、紙や木を燃やしてもそうです。
己自身を犠牲にして光を放っているわけです。
面白いことが書いてありました。
昨日言っていた体のしくみのことがそのままこの本にも載っていたんです。
ただ、胃酸で食べ物を燃焼させることが書いてあったので、
空腹の状態で自らを燃焼させる=断食とは書いてはないですが、
私はやはりそういう気がします。
婚姻式前日から当日にかけて私の体も胃酸に襲われていましたね。
あのエネルギーはすさまじいです。
そのすごさを身を持って感じたというわけです。
気になるのはこの文章です↓
〝火は宇宙的なシンボルで破壊のもっと純粋なイメージである〟
(勝手な解釈になるかもしれませんが・・・)
破壊しながらも存在している。
己を捧げる。
とてつもなく純粋な思想がそこには存在している。
死に向かいながらも生きる。
生きているのか死んでいるのか。
死んでいるわけでもないが、
かといって、生きているわけでもない。
そんなバランスのとれた空間が人間の体の中に存在している。
まさに宇宙(コスモス)である。
肉体と精神。
動物的欲求、
そしてそれをコントロールする心。
体の機能が、細胞レベルで求める。
精神とは裏腹に。
自然に逆らうように。
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こうして考えると、、、
断食なんてしている私たち人間はなんて愚かなのかと思ってしまう。
自然に生きようとしている己の肉体を自らの精神で押さえつけるわけだから。
そうしてまでも(犠牲を払わないと)、喜びや強さを得られないだろうか。
いや違う、、、
精神とはこの世の中の動物の中で人間のみに与えられた素晴らしいギフトだろう。
与えられた者だからこそ、与えられる試練のような・・・。
考える機能があるからこそ、それに向き合う義務がわたしたちにはあるのだろう。
更に高まる探究心。
まだまだ知らない世界や思想が先にあるのがわかります。







