〝苦しみ〟とは?
ヴェーダ(聖典)において、
「苦しみ」は以下のように理解される。
〝苦しみとは・・・
人が、その人本来の進化の道筋から逸脱した時に
≪自然≫がその人にその逸脱を教える手段であり、
苦しみを通してその人は、
本来のダルマ*に適った進化の道筋から逸脱していることに気づくのです〟
(*ダルマ=その人の果たすべき役割・義務)
本来やるべきこと、やれてないから苦しいんですよ!と聞こえます。
そもそもヴェーダでは、苦しみなど存在しないという解釈があります↓
〝生きとし生けるものすべて至福より生まれ、
至福に支えられ、
そして至福に向かい、
ふたたび至福と一つとなる〟
間違った方向へ進んでいたり、
不必要な行動をとろうとしてるから苦しんでいるのかもしれない。
苦しむうちはまだまだ修行が足りないんでしょうねぇ。。
なんだかスッと納得してしまったヴェーダ聖典からの教えでした。
感嘆。。。
シヴァプラーナ "Tarakasura"
Tarakasura 
Taraという名のアスラ(悪魔)がいた。
Taraの息子はTaraka。
Tarakaは神々を倒したかった。
そこで彼はMadhuvanaという場所に赴き、とても激しい苦行(Tapasya)を始めた。
両手を大きく広げ、太陽を見つめた。
片足で、しかもつま先だけで立ったまま100年が過ぎた。
その間、Tarakaは水だけを飲み、何も食べなかった。
そしてその次の100年は水さえも飲まずに苦行を続けた。
そしてまた100年、水の中で。
そしてまた100年は地球の上で。
そしてまた100年は火の中で。
また100年、逆立ちのまま。
また100年、木の枝にぶらさがりながら・・・。
そんなTarakaの激しい苦行にブラフマーは心をうたれ彼の前に現れた。
〝どんな願いを叶えて欲しいか言ってみなさい〟
〝ありがたきお言葉・・・。二つの願いを叶えて頂きとうございます。〟Tarakasuraは答えた。
〝一つ目の願いは、わたくしより強い者を創造しないで頂きたい〟
〝二つ目の願いは、もしわたくしが死ぬ時はシヴァの息子に殺されたい〟
その当時シヴァにはまだ息子がいなかった。
サティは亡くなり、パールヴァティとして生まれ変わったが、彼女はシヴァとは結婚していなかった。
ブラフマーはTarakasuraの願いを叶えることを約束した。
TarakasuraはShonitapuraという町に行き、
そこの悪魔たちは彼を王として迎えた。
願いどおり、神々さえいとも簡単に倒せるほどに強い力を手に入れていた。
神々を天から追い出し、三界すべてを制覇した。
物を盗み、神々を召使にした。
Tarakasuraの横暴振りに困り果てた神々はブラフマーに泣きついた。
〝悪いが、その願いは受け入れられないのだ・・・。〟
いくらブラフマーとも、褒美として捧げた二つの願いを取り消すことはできなかった。
そしてシヴァには息子はいない。
その頃シヴァはヒマラヤ山で苦行をしている最中だった。
一方のパールヴァティはというと、その山の麓で暮らしていた。
シヴァとパールヴァティを会わせて恋をさせ、結婚させるしかない・・・。
つづく。
