パールヴァティの谷を目指して・・・
なんだかいきなりの流れでインドに行けることになった。
本日無事にインドの観光ビザも取れた。
航空券の手配もしたし、
しばじーにもたくさんのアドバイスをもらった。
とても心強い。
できれば一緒に来て欲しかったんだけど・・・笑
そっかぁ、、
やっとお呼びがかかったんだなぁ。。。
案外意外なときにお呼びはかかるもんだなぁ。
最初にインドに行けることになっても、正直、実際どこに行っていいやらわからなかった。
インドのことはよく知らない。
だけどすぐに頭に浮かんだのは、
パールヴァティ渓谷。
前にしばじーにそういう場所があると教えてもらっていた。
ここしかないな!
結婚できたことを伝えに行きたいとUKにいる間ずっと思っていた。
インドには親戚がうようよしてて、正直パティジと二人旅なんて、到底無理なんかなぁと思ったりもしてた。
わざわざ日本に来てからインドに行くってのも変かもしれないけど、
今しかない!と思った。
絶対今!
27日にUKからパティジが福岡へやってくる。
29日から韓国経由でデリーに向かう。
そこから北へ400キロくらい。
そうそう、前にインドに行った時もこんな時期だった。
ちょうどインドが無茶苦茶暑い時じゃない?
ううん、でも違った。
パールヴァティ渓谷はちょうど今がシーズンらしい。
なーんにも準備しないで行きたいところだけど・・・
THE 初心者!そうも言ってられないかな。
二度目のインド。
今回はどんな顔を見せてくれるんやろかぁ。。
パティジと二人で会いに行きますから、待っていてください!!
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メモ
<大阪インド総領事館>
梅田(大阪)⇒御堂筋線で本町⇒中央線で堺筋本町(6番出口)
観光ビザは2日かかる。(受け取りは一週間までに)
用紙はそこでもらえる。
写真一枚と2000円くらい。
親鸞(しんらん)
ミサママに教わって、数日前に本家のお仏壇の中のお位牌の位置を変えに行くことになりました。
浄土真宗は、真ん中に阿弥陀如来がいて、サイドにご先祖のお位牌が置かれていたのですが、
これは間違っているのだそうで。
正しくは、阿弥陀如来の位置から下の段からお位牌をおくべきだそうで。
そして実際にお位牌を下の段に移すと、隠れて見えていなかった
お二人のお坊さんの絵が出てきました。
調べてみるとこれが親鸞(しんらん)と覚如(かくにょ)か蓮如(れんにょ)のようです。
親鸞は中学で習いましたよね。
名前だけは記憶にあります。。。
そしてお大師さまと呼ばれる、こちらもお坊さんのような格好のお人形もお仏壇の中に入れられていました。
お仏壇の引き出しの中を開けると、いくつもの真言宗のお経が。
こちらもミサママから教わったとおりにお仏壇の外へ出しました。
ですが、このお大師様を出したほうがいいと伯母に言っていると、
そのときに近所のおばさんが本家に遊びに来ていて・・・・
これは出したらだめよ!といわれました。
友人の故郷でもこのようなことがあったことは聞いていたので、
(現地の人たちは、それが正しいと思ってなかなか聞き入れてくれません)
よしきた!と思い、なんとかその近所のおばさん&うちの伯母を説得して
やっとのことでお大師様を外に出すことができました・・・。
このことについては、お寺を尋ねた際に住職さんにも確認をとりました。
どうやら江戸時代の後に、色んな圧力やら宗教上の争いなどで強制的に真言宗を学ばせるような背景があったそう。
ミサママも言っていたけど、本来なら真言宗は個人で信じていくものであり、家系の宗教とは別だそうで。
同じように住職さんも言ってらっしゃいました。
そして調べていくうちに・・・
この親鸞という方が浄土真宗を開祖された方のよう。
覚如(かくにょ)が、親鸞の思想を受け継ぎ教団を築き、続いて蓮如(れんにょ)が広めたそうです。
だからこうして、阿弥陀如来をはさむ形で左右にいらっしゃるわけですね!
この親鸞が9歳で両親を亡くし、
慈円(じえん)というお坊さんのいるお寺に出家した。
その後、親鸞は比叡山で修行。
比叡山と言えば、琵琶湖の近くですよね。
今、姉が住んでいるところです。
姉が前に言っていました。
比叡山(延暦寺)は最澄で天台宗です。
それから親鸞は19歳で行き詰る。
そのときに尊敬していた聖徳太子から夢で忠告を受けたそうです。
『阿弥陀仏は、すべての者を救わんと、力尽くされている。
日本は、真実の仏法が花開くにふさわしいところである、
よく聴きなさい、よく聴きなさい、私の言うことを。
あなたの命は、あと10年なるぞ。
命終わると同時に、清らかな世界に入るであろう。
よく信じなさい、深く信じなさい、真の菩薩を』
住職さんも10年の間、死を感じるほどの絶望に立たされたとおっしゃっていました。
そして自分自身をすべて阿弥陀様に贈呈したそう。
そのとき初めて闇から抜けたと。
夢告を受けて10年ののち・・・
29歳で親鸞は比叡山を下ります。
彼の中で何があったんでしょうか。
益々興味が湧きます!
リアル歴史
日本に戻ってきてから・・・
市役所に戸籍謄本を取りに行ったり、
お寺の住職さんに会いに行ったり、
実際既に嫁に出てはいるものの、
まだやり残していることがあるようです。
今日は明治時代にさかのぼり、当時の戸籍から家系図を作ってみました。
不思議なことに先日9日が丁度、曾祖父の命日だったことが後で判明。
私の母にはとってもいいおじいちゃんだったそう。
いつも足の間に入れて一緒に寝てくれていたのだとか・・・。
祖母は痴呆で施設におりますが、祖父は私がイギリスに行ってから二年しない間に他界しました。
そうそう、
渡英する際に直接、当時住んでいた東京からUKに向かおうとしたところ、
東京で知り合った友人に言われました。
〝イギリスに行く前に地元に帰って。じゃないと会えなくなる人がいるから・・・〟
不思議な話に聞こえるかもしれませんが、
実際にその友人の言ったとおりになりました。
度々、彼の言ってくれたことを思い出し感謝せざるを得ません。
お金がなかったのもあり、祖父が他界してしばらくしてから祖国にやっと帰ることができたんです。
子供の頃からそんなに親戚付き合いをやっていなかったのは、、、
最初の理由は母もそうであったということが挙げられますが、大人になってからは私自身の決断。
一方でうちの姉はちゃんと親戚付き合いをやっていましたから。
恐らく今になって、
うちの母も私も、
あることに気付かなくてはいけない、
避けて通れない、
乗り越えるべきところにきているように思います。
もうひとつのBlogをご覧になってくださっている読者さまはご存知かもしれないですが、
幼少時代に両親の間で問題があり、
姉と私は、母の兄のいる本家に預けられ
母とは違う県で一人暮らしをしながら働いていました。
当時私たち姉妹を育ててくれた人が母の兄夫婦です。
大人になってやっとそのありがたみを感じることができるようになり、
先日初めて、思っていたことをおばに伝えることができました。
涙を流して喜んでくれるとは思ってもおらず・・・
ハッとしました。
私はなんて子供だったんだろうなぁと。
そんな過去を乗り越えるべく、
今目の前にある、自分ができることを精一杯やらせてもらっているような感じです。
今はすっかりもぬけの殻のようになった本家をなんとか建て直すべく、
おじ&おばと向き合い、お墓のことも含めて、、動いているような次第です。
今の世代、そして次の世代の人たちが、幸せに暮らせるように・・・
ご先祖に頂いたチャンスですから、母と話し合いをしながら、
しっかり挽回しないといけない気持ちでおります。
そして来月6日は、祖父の妹さんの一周忌。
それまでにもやっておきたいことがいくつかあります。
いつもは嫁いだ先で守るべくヒンドゥーについて主に勉強させてもらっていますが、
日本にいる間はこの場をお借りして、浄土真宗について勉強させて頂ければと思います。
今母と一緒に本を読みながら勉強を進めています。
お墓のことで、おじ&おばと向き合っていくために、できる限りのことはやろうと思っています。
本を少しばかり読んだくらいでは・・・ですが、ゼロより0.00001
きっとやれることからやるだけです。
宗教と聞くと難しいですが、
ご先祖が信じていたであろう人の道みたいなところで何か知ることができればと思っております。
何かわからないことがあれば、お寺のおしょうさんのところへもいけます。
あっさりした性格の方ですが、先日とっても面白いお話を沢山教えていただきました。
せめてお墓がちゃんと建つまで・・・
インドの神もそれを見守ってくれているように思います。
しばらくの間は里帰り。
しばらくの間はこっちで勉強させてください。
長々と失礼致しました。
いつもご指導くださる、師匠であり精神の母である、ミサママに感謝の意も込めて。
勉強させてください。
よろしくお願いします。
母も姉もこれを見てくれていると思います。
Hana