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「シェイプ・オブ・ウォーター」とても良かった。登場人物に悲しい人しかいないのが良かった。主人公である聾唖の女性も、彼女と恋に落ちる半魚人のような怪物も、同性愛者の絵描きも、夫婦不仲の黒人女性も、成功という言葉に呪われたような勝ち組エリートも、全員悲しくて良かった。深い緑に差す赤が印象的な映像も、大雨の日に海に行きたくなるくらい悲しくて良かった。悲しみのない物語なんてわたしは観たくないです。デルトロ監督作品は異端とされながらも生きるしかないような者たちへの慈愛に満ちていて泣きそうになる。正しさも美しさも決めつけるべきじゃないという叫びが聞こえる。ずっと映画撮り続けてほしいなあ大好き。

冬が終わる

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冬のうちにやりたかったこと、あまり果たせずに春が来てしまった。花火を持って真夜中の海に突っ込むとか。然るべき日に、もしくは超何でもない日に遂行しなければ意味がないことを、一年後に持ち越しなんて出来るのだろうか。次の冬まで好きでいたい。そう多くは無い、色んなことや色んな人。次の冬も好きでいてねなんて可愛いことを言いたいけど、好かれることより好きでいることの方が余程重要で余程困難だ。それでも今年も桜を観にいきたい。くるりを聴きながら。

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「グレイテスト・ショーマン」を観てきた。ミュージカル映画は基本的に好きだ。歌ったり踊ったりすることは最高だから。映画は歌やダンスの喜びに溢れていて、鳥肌が立つ瞬間が何度もあった。最大瞬間風速の大きい映画だな、と思った。謎のタイミングで象が現れては謎の効力をもらたして画面から消えていった。楽しくて後に何も残らないのも含めてショービズといった感じで、そこまで演出によって作られたものだったらすごいなと思ったのだが、果たしてどうなのだろう。あと象ってあんなにお利口なものなのかなとか、サーカスの象って実際見たことないなとか、象を乗りこなす父親格好良いなとか思った。ヒュー・ジャックマンの次に目立っていたのは象だった。
 
 
 
 
楽しいけど後に何も残らないものに対して、どんな感情を抱けばいいのかわからず不安になる時がある。その点ディズニーランドは良い。楽しくて後に何も残らない、というのが行く前からわかりきっている。先日ディズニー嫌いの人とディズニーランドに行った。案の定何も残らず、写真は残り、実際楽しかったのでわたしは満足した。ディズニーランドが好きだと言って君に軽蔑されてみたかった、そんなコピーが浮かんだけどこの先使えるような未来が全く見えないので此処に記しておく。誤解を生みそうなので書くと、わたしはディズニーが大好きです。
 
 
 
 
一緒に仕事をしている人に去年の夏ダムに行ったことを話すと、俺ダム好きなんだよね見ても何も残らないのがいい、とさらりと言われて吃驚した。君はもっと当たり障りの無い何も残らない会話を人とした方がいいと、好きな物書きに言われたこともあった。何も残らない、というものがわたしにわたしの知らない感情をもたらしてくれる可能性があるのかもしれない。しかしそんなものに可能性を見出してどうするのだろうとも思う。次は「シェイプ・オブ・ウォーター」が観たい。ひとりか、もし映画がつまらなかった場合につまんなかったねと言える人と観たい。