自殺肯定派の反出生主義者とグミ分け合って食べた

突っ立ってるより踊ってる方が楽なんだよね、ってこと、突っ立ってる時には大抵忘れていて、それを思い出す為に踊りに行くのかもしれない。DC/PRGのライヴに行った。会場は新宿歌舞伎町のライヴハウス。一年に一度、ここで彼等の演奏を見る。近くには映画館と歓楽街が、目の前には無駄な広場がある。そういえば夏にはここで寝転がってアイスを食べた。


ポリリズムと変拍子の波に飲まれて踊る三時間。リズムからリズムへと身体ごと乗り換える瞬間の高揚。ダンスの官能。踊るということは、傍観者ではいられないのです、ということの分かりやすい表明だと思う。踊るっていいよね。踊るの大好き。健康第一。


菊地成孔氏、「自分の神に背くな」って言ってた。嬉しくなっちゃった。そんな当たり前のこと言ってくれる人、わたしの周りにはあまりいないから。神対応してくれないわたしの神様。チョコばっか食べてるわたしの神様。電話予約が苦手なわたしの神様。神様は何も禁止なんかしてないっぽい。でも少し禁止されてるくらいが何事も楽しい。なんて言ってられるのも今のうちかな。十一月が終わる。本当のことしか言えなくなってしまうくらい寒くなれば良い。







名前と人生を与えられて十二年が経った。たったひとつ信じると決めた嘘を信じ続けて、守れたことを証明できない約束ばかり繰り返して、奇跡待ちの人生に嫌気が差してはばかみたいに歌って、這うように踊って、何にも慣れない、痛みは消えない、虚しさは増すばかり、でも何となくいい感じ。ウケんね。十一月二十七日、東京は曇り。そこからわたしが見えますか。

五月は春ですか。春にカテゴライズするには空気がくたびれてる気がしませんか。お元気ですか。会いたい人に会えず行きたい場所に行けないのに元気でいられるのって虚しくないですか。わたしは元気。君も元気だといいです。








一週間前のこととなってしまいましたがワンマンライブ「STILL A ROSE」に来てくれた皆さん、本当にありがとう。久しぶりのワンマン、とても楽しくて、楽しくて、楽しくて、君にとってもそうだったかしら、そうだったらいいなと終わってからも毎日考えています。




タイトルには“薔薇は薔薇のままで咲き続ける”という意味が込められています。五月は薔薇の季節だしね。薔薇として生まれたわけではないけれど、薔薇として生きると勝手に決めたので、そのように生きますね、これからも。




歌や詩作をはじめて、ある程度の年月が経って、飽きることが全然出来なくて、喰らい付くように続けて、それらの選択を重ねることでやっと生きるということを許容できるようになってきたというか、良い意味で観念したというか、最近はそんな感じです。二十五年も経ってやっと。自分が生きてることとか、どうしたって生きていられることが赦せなかったんです、ずっと。だからみんなが生きてくれていることがわたしは嬉しい。瞬間瞬間、生きる方面の選択をしてくれているということだから。生きてるとたまに会えて、たまに人生が交差ちゃったりするしね。わたしはあの夜、あの場にいた全員の人生を祝福したい気持ちでいっぱいでした。




ゴールデンウィークと新元号に浮かれる渋谷は騒がしくて汚くて最高でしたね。やらしいホテルとクラブとライブハウスが乱立するあの一帯、わたしは案外好きです。泥濘の中の光を掬う瞬間こそ美しいのだと思うの。その光は別に希望の光とかじゃなくていい、煙草の火とか、iPhoneの液晶とか、偏光ラメのアイシャドウとか、スポットライトとか、そんな光が好いです。

自我を殺すことも年に二、三度は受け入れたい