放送大学20242日目その1〜光速の測定の歴史 | ひろじの物理ブログ ミオくんとなんでも科学探究隊

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 放送大学2024の第2日、第1限は「光速の測定」。

 例年、林さんが実験方法のマイナーチェンジを繰り返していて、それを事前に知らされないことが多かったので、当日の受講生のみなさんにアドバイスするとき、講師間で混乱が起きていました。

 

 今回はそういうことがないように、事前に実験方法の最新手続きを確認し、さらに、この実験用のオシロスコープ操作パネルを受講生に配布するようにしました。その結果、例年に比べ、混乱は少なかったと思います。しかし、事前に動作確認しておいた装置の一部に不具合が生じ(これはどうしようもないことです)、うまく測れない班がいくつかありました。そこで、うまくいった班の使った装置を使い回すことで、なんとかすべての班の測定ができました。本当に、こういう実験は山あり谷ありですね。

 

 

 2日目の内容は、光電効果実験以外は林さんが作ったキーノートを使っています。

 まず、光速測定に関する歴史をざっと見ることで光速測定の導入としていますが、例年、林さんの光速測定実験そのものに時間がかかるため、歴史部分のおさらいは、軽く流す程度にしています。

 

 が、今回は講義記録の最後ということもありますので、光速測定の歴史に関するうんちくは、私の方で、勝手に補足していきたいと思っています。

 講義の時、光速測定の歴史の説明が短くて不満に思った方もいらっしゃるかと思いますが、今回の記事で、それを解消していただければと思っています。

 

 

 史上初の光速測定実験は、ガリレオ・ガリレイが行っています。

 

 夜、ガリレオと弟子が離れた丘の上に立って、それぞれが灯したランタンの前に光を遮る板を置きます。片方(Aとします)が板を外すと、ランタンから光が漏れ、相手側(Bとします)の目に光が入ると相手には光が見えます。光が見えたら、すぐに自分の手元のランタンの板を外します。すると、そのランタンから光が漏れ、今度はAの目にその光が入るので、そのときの時刻を記録します。

 

 当時、まだ機械式の時計は(振り子式もゼンマイ式も)発明されていなかったので、時間の測定には、脈拍や水時計を使ったと思われます。

 

 その結果、光速の測定値は、測定するたびに値がばらばら。誤差が非常に大きく、測定値として意味のある値が得られませんでした。大失敗です。

 

 なぜでしょう?

 

 これは、高校物理でもたいてい紹介する内容なので、高校で物理を選択した人なら知っている話でしょう。

 

 理由は・・・

 

 人間の反応が光に比べて遅すぎるから。

 

 です。

 

 今の知識でなら、光の速度が秒速30万キロメートルであることは常識ですから、数キロ離れた丘を光が進む時間は、ほとんど一瞬といえます。それに対して、人間が光を見てから手を動かすまでの時間、つまり反応時間は、とんでもなく長い。

 それがA側とB側で起きているので、光の往復時間だと思って測定した時間は、光の往復時間ではなく、二人の人間の反応時間の和だったわけです。

 

 これでは、光の速度は測定できませんね。

 

 ガリレオの光速測定の物理実験は、こうして、失敗に終わりました。

 

 

 歴史上、初めてまともに光速測定に成功したのは、1875年、デンマークの天文学者オラウス・レーマーです。

 レーマーの光速測定については、通常の高校物理ではあまり紹介されません。受験レベルで登場するくらいでしょうか。

 ざっくり説明するなら、レーマーの光速測定は実験ではなく、観測によるものです。

 光速、つまり、速度は「距離/時間」で計算します。

 光速がかなり速いということは、なんとギリシャ時代から知られていました。それが無限のスピードなのか、有限なのかがわからなかったのです。

 

 それほど速い速度を測るのですから、とても長い距離を使うか、とても短い時間を測るか、のどちらかしかありません。

 

 昔は現代のように短い時間を測る時計はありませんから、距離を長くするしかありませんでした。

 

 レーマーが使ったのは、地球の公転半径程度の距離です。

 それにしても、レーマーは、その距離を使って、どうやって光速を測定したのでしょうか。

 

 このレーマーの光速測定については、なかなかドラマチックな逸話がありますので、さきにそちらを紹介します。(*)

 

 レーマーは当時の天文学会の重鎮カッシーニが1665年に測定した、木星の衛生イオの周期をもとに、光速が有限であるとしてイオが木星と重なる時刻を予測し、それが自分の理論どおりになることを確認しました。さらに、天文学者の集まる学会で、レーマーは発言し、イオが次に木星と重なる時刻をカッシーニが予告した時刻より十分遅くなると発言しました。

 

 地球と木星の距離が遠ざかるにつれ、光がイオから地球に届くまでにかかる時間が長くなるため、イオが木星と重なる時刻は、地球上で観測するとカッシーニの予測より遅くなると計算したのです。

 

 これは、レーマーの戦略で、いいわけのできない状況で自分の予測の方がカッシーニより正しいことを印象付けたのです。若いレーマーは野心家でもありました。

 

 結果は、レーマーの予測通り。

 ところが、カッシーニおよびその取り巻きの天文学者たちは、その時刻のずれは別の原因にあり、レーマーの理論は正しくないと、いいはりました。よってたかって自分の理論を封殺されたレーマーは失意の中、故郷のデンマークに戻り、天文の世界を諦めて港湾管理人として後世を過ごしました。

 

 それから50年後、カッシーニの権威が弱まった天文学会で、レーマーが正しかったことが再評価されました。

 科学の世界では、こういう「権威により正しい理論の封殺」がよく起こります。

 

 

 年周視差は、たとえば右目と左目で自分の指を交互に見ると、背景と指の位置関係が、右目と左目で見たときに変わることに似ています。

 半年後の地球から見た近くの恒星の位置は、背景の遠くの星座に対して、視差によりずれます。(上図)

 年周視差は、近くの恒星までの距離を測るのに使われています。

 

 

 光行差は、感覚的にわかりにくい現象だと思いますが、身近な例で考えると、なんとか理解できるでしょう。

 

 雨が真上から降っている時、みなさんが走ると、雨は斜めに降ってくるように見えます。

 

 これが、相対速度による光行差です。

 

 

 こんな感じですね。

 

 雨でなく、光であっても、地球の公転速度は結構大きい速度なので、光の降り注ぐ向きもごくわずか(Δθ)傾きます。

 半年後には地球の公転の向きはちょうど逆向きになるので、光の傾きも逆になります。

 

 このΔθと地球の速度から、光の速度を測定することができます。

 これに成功したのが、1728年、イギリスの天文学者、ジェームズ・ブラッドリーです。

 

 

 さて、ここまでは、宇宙規模の観測を用いた光速度測定ですが、次はいよいよ、地上での実験による光速度測定です。

 

 

 1848年、地上での光速度測定に成功した最初の人が、フランスの物理学者、アーマンド・HL・フィゾーです。

 フィゾーの実験は高校物理の基本事項で、どの教科書でも必ず紹介されます。

 

 フィゾーは、短い時間をうまく測定する方法を考案しました。

 

 高速回転する歯車を光が抜け、遠くにあるレンズで反射して戻って来る光が歯車で止められるまでの非常に短い時間を利用しました。

 

 歯車と歯車の間の隙間を抜けた光が戻って来るのですが、歯車の回転が十分速くないときは、反射して戻ってきた光はその隙間を抜けて観測する人の目に戻ってきます。

 

 ところが、歯車の回転数を上げていくと、光が往復する時間に、歯車が動き、隙間の隣の歯が隙間を埋め、反射してきた光を防ぐようになります。こうすると、観測者の視野は暗くなります。

 

 このときの歯車の回転数をある方法で測定することで、光の往復時間を割り出すことができるので、片道約8キロメートル、往復16キロメートルという短い距離(光速測定実験では、ということですが)で、光速測定に成功することができたのです。

 

 

 こちらは、今説明した話をグラフで表現したものです。(かえってわかりにくい人もいるかもしれませんが笑)

 

 

 そして、ついに、1949年に実験室での光速測定に成功したのが、フィゾーの弟子のフランスの物理学者、ジーン・ベルナルド・レオン・フーコーです。

 

 フーコーは、歯車の代わりにモーターの軸に貼り付けた小さな鏡を回転させることで、フィゾーの実験よりさらに短い時間を測定することに成功しました。

 それに伴い、使用した距離も、片道20メートル、往復で40メートルになりました。

 

 そんなに大きな実験室があるのか?

 

 と、思うかもしれません。

 

 もちろん、そんなに大きな実験室は、通常はありません。

 

 では、問題。フーコーはどうして片道20メートルの距離を、実験室で実現したのでしょうか。

 

 ・・・

 

 ・・・

 

 ・・・

 

 ・・・

 

 ・・・

 

 さて、わかりましたか?

 

 正解は、「鏡を使う」です。

 

 鏡をうまく実験室内に配置して、光を鏡でジグザグに進ませ、小さな実験室内で長い距離を実現させたのですね。

 

 なお、フィゾーの実験でも、フーコーの実験でも、鏡で光を反射させてもとの位置に戻すためには、ひと工夫いります。

 普通の鏡を置いただけでは、ほんのちょっと角度がずれただけで、光がもとの位置に戻ってこないからです。

 

 現在なら、いわゆる「コーナーキューブ」と呼ばれる、鏡3面を直行させたものを用いれば、簡単にもとの位置に光を戻すことができます。

 

 フィゾーは、この代わりに、何を使ったでしょうか。

 

 ・・・

 

 ・・・

 

 ・・・

 

 ・・・

 

 ・・・

 

 フィゾーは、鏡の前に凸レンズを置くことで、この問題を解決しました。

 

 鏡の位置を凸レンズの焦点の位置に置けば、反射した光は、鏡の角度の少々の違いにはよらず、再び凸レンズに通るときに平行光線に戻り、やってきた方向に戻っていくのです。

 

 

 一方、フーコーは、鏡として、平面鏡でなく凹面鏡を利用することで、この問題を解決しました。

 凹面鏡の中心に回転鏡を置けば、回転鏡から出た光は凹面鏡の反射で再び回転鏡の場所に戻ってきます。

 

 上のパネルでは「積分されて明るくなる」という難しい表現がされていますが、要するに、いくつかの光がすべて戻ってくるので、反射して戻って来る光の量が増える、ということです。

 

 戻ってきた光は、光が往復する時間の間にわずかに角度を変えた回転鏡により、最初の光線より、ごくわずかずれた方向へ反射されます。

 このわずかにずれる方向と最初の光線の間の角度αは、ちょうど鏡の回転角θの2倍に当たります。(下図)

 

 

 この角度θは、回転鏡の回転数により表すことができ、それによりその角度回転する非常に短い時間も計算できます。

 これにより、片道20メートルという短い距離での光速度測定が実現されたのです。

 

 さて、ガリレオ→レーマー→ブラッドリー→フィゾー→フーコーという高速度測定の歴史をざっと見てきました。

 

 放送大学講座では、ここまで詳しい解説をする余裕がありませんでした。

 放送大学後の復習として、追加した内容ですが、楽しんでいただけたでしょうか。

 

 では、今回はここまで。

 次回は、林さんオリジナルの、現代版光速度測定実験のお話です。

 

 

(*出典)『E=mc^2』(デヴィッド・ボダニス著/伊藤文英他訳/早川書房)

 

 

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