物理の講義で円運動を扱うとき、必ず投げかける質問があります。
「なぜ、一周は360度(度数法と呼ばれます。英語ではdegreeと綴ります)なのか?」
「なぜ、一周は100度とか、1000度という、切りのいい数でないのか?」
「直角は90度だが、なぜ90度なのか。100度ではいけないのか?」
さらに、こう問いかけてみます。
「英語では、12までが一区切りで、13以上から規則的な数え方になる。なぜ12までが特別なのか? oneteen、twoteenといえばいいのに、なぜeleven、twelveというのか?」
・・・
・・・
みな、答に困ってしまいます。
じつは、この質問は、英語圏で生活している人でも、なかなかわからないようです。
辞書や百科事典にも載っていません。
英語を母国語にする人たちに機会があるたびに質問したのですが、みんな口をそろえて「そうなっているから」としか答えてくれません。
これは、ぼく自身の問いかけでもありました。英語に限らず、ヨーロッパの言語では、なぜか11、12を特別な名称で呼び、10進数の規則性が表れるのは13以降です。なぜ、11と12だけが特別なのか、長い間、疑問でした。
さてさて、前振りが長かったですが、今日は数字のお話です。
まず、360度の問題。
この一見ばかばかしい質問。
じつは、重要な質問です。
物理で使う角度の単位、ラジアン(弧度法と呼ばれます。英語でもradianといいます。日本語訳は直訳ですね)の意味を伝えるときに、同時に投げかけているものです。
毎年、クラスに1人2人は、答えることができます。「昔どこかで聞いたことがある」という生徒が多いのですが「いま思いついた」という生徒もいます。
曰く「一年が360日くらいだから、そこから来たんじゃないか」
すばらしい。そうかもしれません。発想としてはいいです。
でも、エジプト人は、シリウスの観測結果から、一年が365日と4分の1日であることを知っていました。定期的に大洪水に見舞われるエジプトの人には、年間単位で暦を数える必要があったのでしょう。
仮に地球の周期になんらかの関連があるとしても、一周360度は、エジプト、さらにその前のメソポタミア文明で使われてきた「60進数」から生まれたものであることは明かです。
生徒の答の代表的なモノは、これです。
「いろんな数で割りやすいからです」
お見事!
60という数は、等分割しやすい。つまり、割りやすい数です。
60は2でも3でも4でも5でも割り切れます。
農耕民族でなく、狩猟民族だった古代ヨーロッパ人には、得た獲物を必要に応じて、等分配する必要があったと思われます。きっちり2等分したり、3等分したり、4等分したり・・・
元来、「1、2、たくさん」が人類が最初に持った数の体系であったといわれます。
やがて3以上の数も、指を折って数えることで徐々に作られました。ですから、10までで一区切り。10進数の登場ですね。
ですから、10を超える数は、本来、10+1、10+2、10+3・・・という形式で作られるはずです。
アジアの数詞(命数ともいいます)の数え方はそれですね。
中国から文化を輸入した日本でも、「十一」「十二」「十三」・・・と数えます。
ところが、ヨーロッパの言語体系では、様子が異なっています。
むしろ、60進数が基本。
英語では、1、2、3、・・・・、9、10、11、12、13・・・・が、
one two three four five six seven eight nine ten eleven twelve thirteen...
となっています。
1〜12までは特別な言葉。13以降は数学的な規則性のある命名がなされています。
13=thirteen 【3+ten】
14=fourteen 【4+ten】
15=fifteen 【5+ten】
英語圏でよく使われる言葉「〜teens」が絡んでいますね。teenはtenが語源。だから、アジアの数詞と同じ構造です。
13からが「ティーンズ」なので、「ティーンズ」は「少年少女の年頃」くらいの意味合いとなります。
さて、この12までが特別というのは、英語に限らずヨーロッパの言語に特徴的ですから、なにかの理由があるはずです。
人類が最初に使った命数は10進数のはずですから、12までを一区切りにするというのは、後に生まれた考え方でしょう。
ここで、最初の問いかけに戻ってしまいます。なぜ、11、12は特別なのか。
もちろん、本来の語は英語ではなく、古代の言葉。現代英語はヨーロッパ言語の中ではもっとも新しい言語のひとつです。
様々な言葉の混血を繰り返しながら、動詞の「格変化」と名詞の「性別」が極端に省略され、文法上のルールも簡略化されてきました。例外だらけの言語ですから、言葉で過去をたどるのがもっとも困難な言語といえます。
例えば曜日の名称も、その一つ。ギリシャ・ローマ神話と北欧神話の混合でついた名前です。(別記事「七曜の起源」をご覧ください)
日本語なら、さきほど見たように、十以降の数は10進数の厳密な規則性があります。
英語などのヨーロッパの言語でも、13以降の数は10進数の規則で命名されています。
では、なぜ、11をoneteen=one+ten、12をtwoteen=two+tenと呼ばないのでしょうか?
英語圏の人にいくら聞いても「そうなっているから」という答しか得られませんでした。
しょうがないので、自分で勝手に想像してきました。
文明の最初は、狩猟や採取により共同生活を行っていました。当然、収穫物の分配が重要な課題となります。いわゆる未開部族では、リーダーが獲物のいいところを取った後、残りの人員で公平に分けるといいますが、公平に分割するという発想では、簡単に割り切れる数が重要になります。
つまり、約数の多い12が重宝されるわけですね。(ダース=12、グロス=12×12などにもこの名残がある)
「思い続ける」ことは、ときどき奇跡を生みます。
ある日、職場の学校の図書館で、好奇心にまかせて「数学の歴史」(ボイヤー著、朝倉書店)を覗いてみました。何巻もあるシリーズです。
なんと、その第1巻に、長年不思議に思っていた11と12の謎が、さらりと解き明かされていたんですね。
ボイヤーによれば、
eleven=one over (ten)(=10を1越えるという意味の古代語)
twelve=two over (ten)(=10を2越えるという意味の古代語)
の意だそうです。(tenに相当する言葉は省略により消えている)
やはり、elevenもtwelveも、もともと10進法から始まった言葉だったのです。
最初はアジアと同様に十一、十二と呼んでいたのが、古代語から新しいヨーロッパ言語に移る過程で、割りやすい12までが特別扱いされるようになり、11と12は古代語がそのまま残って、一見特別に見える言葉となったのですね。
eleven、twelveも、古代語ではoneteen、twoteenの意味だったわけです。
ですから、特別な言葉には見えますが、ヨーロッパの言語体系でも、数詞(命数)は、明らかに10進数によって作られていたことがわかります。
ヨーロッパでは、人類の知的レベルが上がったときに生まれた60進数が、日常の数詞に影響を落として、12までを特別な名称にしてしまった、というのが、事の真相のようです。
アジアでも、時間を区切るのはやはり数字「12」を基本にしていますから、時間を数えるのに60進数的な「割り切れる数」を基本にするのは、人類共通だったと考えられます。
ごく私的な変遷をいえば、この謎が解けるまで半世紀ほどの時間を費やしたのが、感慨深いですね。
【註】アメブロの不具合で、1度アップしたと思っていた記事が電子のチリとなり(笑&泣)、下書きが違う日時でアップされてしまいました。この記事はそれを書き直した記事になります。(泣泣)
関連記事
〜ミオくんと科探隊 サイトマップ〜
このサイト「ミオくんとなんでも科学探究隊」のサイトマップ一覧です。
*** お知らせ ***
日本評論社のウェブサイトで連載した『さりと12のひみつ』電子本(Kindle版)
Amazonへのリンクは下のバナーで。
『いきいき物理マンガで冒険〜ミオくんとなんでも科学探究隊・理論編』紙本と電子本
Amazonへのリンクは下のバナーで。紙本は日本評論社のウェブサイトでも購入できます。
『いきいき物理マンガで実験〜ミオくんとなんでも科学探究隊・実験編』紙本と電子本
Amazonへのリンクは下のバナーで。紙本は日本評論社のウェブサイトでも購入できます。