発想の転換 | ひろじの物理ブログ ミオくんとなんでも科学探究隊

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 ときどき、おもしろい生徒がいて、物理現象の本質にせまるようなおもしろい質問をしてくることがあります。

 

 そういう質問は、最初は「ん?」と思うような発問から始まるのですが、辛抱強く聞いていると、独自の発想で、じつに興味深い内容を質問していることに気づきます。それがきっかけで、ぼく自身の理解が深まったことも一度や二度ではありません。

 

 最近も、こんなことがありました。

 

 授業が終わった直後、ある生徒がささっと寄ってきて、こういいました。

 

「さっきダメだといってた式ですけど・・・ぼくはこう考えたんですが・・・」

 

 それは、エネルギーについての問題でした。

 

 斜方投射の問題をエネルギーを使って考えるとき、生徒はよく、エネルギーが向きのないスカラー量であることを無視して、方向別に分けて考えることがあるんですね。

 

 例えば、こんな問題のとき・・・

 

 

【例題】初速voで60°ななめ上に投げ出した小石の運動。最高点の高さhを求める。

 

 

 力学エネルギー保存則で問題を解く場合、A点の運動エネルギーKと重力による位置エネルギーUの合計が、B点のそれと同じになるという式を立てます。(上図の【正】と書いてある方の式)

 ところが、初めてこの問題を解く生徒は、往々にして、鉛直方向(上下方向)の速度成分だけで式を立てるんですね。(上図の【誤】)

 そもそも、エネルギーは向きのないスカラー量ですから、方向別に考えるという発想は危ない。実際、力学エネルギー保存則の式として【誤】の式を書くと、当然、×となります。B点での小石の速度は0ではないし、もちろんA点の小石の速度もこんなややこしい値ではなく、単にvoですから。

 でも、おもしろいことに、【誤】の式でも、【正】の式と同じ答になります。

 

 なぜでしょうか。

 

 【正】の式で、左辺の運動エネルギーから右辺の運動エネルギーを引き算すると、【誤】の式の左辺の運動エネルギーと同じ値になるからです。だから、単なる数式としては、【誤】の式も間違っているとはいえません。でも、物理学で力学エネルギー保存則の式を書けといわれたら、明らかに間違った式です。

 

 ・・・なんて説明をしていたのですが・・・

 

 質問にきた生徒は、【誤】の方の式が書かれた自分のノートを見せ、冒頭のセリフをのたもうたのですね。

 

生徒「ぼくはこう考えたんです・・・速度を方向別に分解したんじゃなくて・・・」

ぼく「じゃ、どうしてこの式に?」

生徒「こっち(B)からこっち(A)を見てみたんです・・・ええと、昔習った・・・相対速度・・・」

ぼく「え? よくそんなこと、思いついたね? だったら、その式でも正解だな。物理的に正しいから」

 

 個々の物理量は、見る人が変われば、変わります。

 

 でも、物理法則は、慣性系、つまり、等速直線運動をする人から見ても、止まっている人からみた場合と同様、「=」が成立します。

 

 これがガリレオの発見した「ガリレオの相対性原理」ですね。

 

 力学エネルギー保存則も、この例に漏れません。

 

 B点を通過するときの小石と同じ速度vo/2で進むPさんから、この斜め投げ上げの運動を見ると、A点の小石の相対速度、B点の小石の相対速度は、下図のようになります。

 

 

 Pさんから見た場合の小石の運動エネルギーは図の下段のKの値になります。こう考えて式を立てると、さいしょに示した【誤】の式と同じ式ですね。

 

 じつは、【誤】の式は、質問に来た生徒がいうように、運動をしている人からみた場合の力学エネルギー保存則という意味があります。

 

 見る人を変えて物理現象を見直すというのは、発想の転換として、物理学では定番の考え方の一つですが、これを独自に思いついたのはスゴイ。

 

 その発想の柔軟さに、驚かされます。

 

 ちょっと見方を変えるだけで、何の変哲もないじみな問題も、豊富な物理的内容を持つ問題に変身します。

 

 物理学は、オモシロイ、ですね。

 

 ちなみに、冒頭のイラストは、相対速度を初めて学ぶとき、生徒に最初に見せるものです。

 

 高校の教科書では、相対速度はあくまでも「みかけの速度」という扱いです。しかし、ガリレオの相対性原理からあきらかなように、どのような実験を用いても、止まっている世界と等速度で動いている世界の区別をつけることはできません。

 

 つまり、相対速度は、みかけの速度ではない、ということです。

 

 冒頭のイラスト、常識的にはカラスが動いていて、お地蔵さんが止まっているのですが、これはあくまでも地面に止まっている人からみた物理現象。動くカラスから見れば、自分は止まっていて、お地蔵さんの方が(世界といっしょに)動いている、ということになります。

 

 これを単に「みかけの速度」と考えるのは、もったいない。そもそも、間違っていますからね。

 

 ガリレオの相対性原理、そしてアインシュタインの特殊相対性理論により、すべての速度は相対速度であることがわかります。だから、止まっている地面から見た速度だけを「本物の速度」として特別扱いすることはできません。

 

 ・・・てな話を、かならず紹介するようにしています。

 

 物理学の深淵さを知ることは、興味を喚起し、意欲を解放するきっかけになるからです。

 

 

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