NAミーティングに参加してきました | メンタルヘルス ~希望へ向かって~

メンタルヘルス ~希望へ向かって~

メンタルヘルスナビゲータによるカウンセリングの提供と、「ホリスティック医学」の概念を基盤とした「次世代型 療院構想」について発信しています。

動画①

動画②

 

こんばんは、hamano0708です。

 

今日は、毎月恒例の「NAミーティング」に参加しに行ってきました。

 

「NA(ナルコティクス・アノニマス)」薬物依存症者の自助グループです。

 

今日は、5名参加していました。

 

いつものように、テーマを決めて自由に言いっぱなし聞きっぱなしをし、減薬・断薬に取り組まれている仲間と、回復への思いを共有しました。

 

今日のテーマは「自分を受け入れる」ことでした。

 

最初に私が発言し、「発達障害」や「適応障害」で生きづらさを抱えながら、子供の頃に「なんで自分だけ、こんなにいじめられなきゃならないのか」「なんで自分には友達がいないのか」「なんで自分は勉強できないのか」そう思い返して、対人恐怖症になり自己嫌悪に陥っていたことを話しました。

 

一昨年、精神病院に入院した時、初めて自分が先天性の「発達障害(自閉スペクトラム障害)」や「適応障害」という病気だったと知り、これまでの生きづらさは病気のためなんだったと分かり、自分を責めることを辞めました。

 

しかし、自分を責めることは辞めても、この病気とは一生付き合っていかなくてはならないので、生きづらさは今も続いています。

 

それがストレスになり、後天的な二次障害を患い、精神疾患になって「双極性障害」「広汎性不安障害」「薬物依存症」となって、精神障害者3級の太鼓判を受けました。

 

かろうじて「薬物依存症」は、現在、断薬は継続できていますが、その他の元々の精神疾患である「発達障害」「適応障害」「双極性障害」「広汎性不安障害」は完治しておらず、何度も何度も「自分は治るんだ」「障害者なんかにはなりたくない」という激しい心の葛藤の末にも関わらず、症状は治まることを知らず、とうとう観念して、障害者として生きていくことを受け入れました。

そのような話をしました。

 

障害者だからって、将来に夢や希望を持ってはいけないことはないので、私はこれまでの経験やスキルを活かして、20年来の悲願である「療院構想」実現に向けて、目標をもって生きてきました。

 

しかし、昨日のブログにも書かせて戴いた様に、脳の機能的な疾患であろう「病的な物忘れ」「被害妄想」「記憶にない異常行動」が現れる様になり、先日は交通事故を起こし、スマホは紛失するし、自分では全く記憶にないのですが、110番通報し、警察官5人を自分宅に来させたらしいのです。

警察を呼んだ日は、確か、なかなか仕事が決まらないことで不安になり、滅多に飲まないお酒(缶チューハイ)を飲んでいて、記憶が飛んでいたんです。

 

このような異常な状態で、大目標である「療院建設」を実現するのは、自分では貴い夢であると思うのですが、記憶にない異常行動を起こしてしまうような危険な人間では、たくさんの方々に迷惑を掛けてしまう可能性があるので、身を引かざるを得ないかも知れません。

 

それは私にとって、この先、生きていく上での意義を失うことになり、唯一の希望を自ら断たなければならないことなのです。

武士でいえば、ちょんまげを断髪し刀を奪われ、のうのうと生き恥を晒しながら、禁治産者として不自由な施設に入れられるか、再び精神病院に入院することになるであろうと予想できます。

 

私は自尊心が高い人間なので、使命を全うするためには孤高と敵に向かって戦う過激的な面を持ち合わせています。その戦う相手が自分となると、誰にも迷惑を掛けたくないし、誰にも面倒を見てもらうことも拒むので、尊厳を貫くために自決します。

 

命より、プライドや誇りの方が大事なのです。

これ以上、親に迷惑を掛けて不安にさせたくないし、今度「異常行動」をしたら、施設に入れて親子の縁を切ると言われました。

 

自分の人生は自分で決めさせていただきます。

 

親にとっては子供が先立たれることは親不孝ではありますが、私のために常に不安を感じ乍ら生きてもらうことの方が親不孝だと思います。

 

私には、別れた元妻との間に子供がいます。もし、我が子が亡くなったら、後追いするかもしれません。

なので、親の気持ちはよく分かります。ですが、両親共にもう高齢なので、余生は穏やかに暮らしてほしいと願っています。

これ以上、親に悲痛な思いはさせたくないのです。

私が死んだら、哀しみで涙すると思いますが、もうそれ以降は、親を不安にさせることもなくなります。

 

私の今後の人生は、選択肢が多くありません。

 

イチかバチか、最後の悪あがきで、家を出て「療院構想」に共感していただける精神科医とタイアップして、一般社団法人の法人格を得て、基金を資本に「療院建設」を開始しようと思っています。

 

これが駄目だったら、この世に未練はありません。

半生、このために生きてきました。

自分の責任において、あの世に先出させていただきます。

尊厳をもって「生きる権利」があれば「死ぬ権利」もあると思います。

 

これが私の生き方です。

 

この二つに一つです。

 

長文、最後までご高覧いただき、ありがとうございました。

 

感謝します。

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